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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
9章.ラナニア王国編1-混沌してゆく世界-
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#8.『通行手形』の衝撃



 《コンコンコン》


 ドアをノックする音が響き、びくん、とカオルの身体が震える。

すぐ後に『カオル様ー』と、眠そうなサララの声が聞こえてきて、意識がそちらに向いた。


「サララ。いやその、うるさくて悪いけど……」

『とりあえず入りますよー』

「ああ」


 特に遠慮も躊躇もなく入ってくるサララ。

パジャマ姿で特に色気などはないのだが、こんな時にサララの顔が見られて、カオルはひどく安堵していた。

とても不安だったのだ。

意味も解らない感覚に襲われ、今しがた、見えない何か(・・・・・・)に身体を触られたような気がして。

どうしようもなく不気味な敵に襲われているのではないか、もしや城で倒したあの魔人に似た様な奴が他にもいて――など、良くない方向に考えが進んでしまいそうになる。


「んん……それで、どうしたんです? こんな遅くに」

「いや、その……なんか、変な感じがして」

「変な感じ?」

「胸元をくすぐられたような……でも、なんにもないし、なんにもいないんだ。なのに何度もそんなことが起きてさ」


 じとっとしたサララの視線に耐えながら、素直に自分の身に起きた事を伝える。

自分ではわからない事でも、サララにはわかるかも知れない。

そんな一縷(いちる)の願いを託すように、サララをじっと見つめていたのだが……不意に「ぷっ」と噴き出したのは流石に彼には予想外であった。


「ぷくっ、あれ? あれっ? もしかしてカオル様……あ、そうでしたっけ? そうだったんですね!?」

「な、なんだよ」


 突然の変容に、カオルは何か善くないものを感じ始めるのだが、サララはにまにまとした顔のままぽんぽん、とカオルの肩を叩くばかりである。


「何か知ってるのか?」

「知ってるというか……えーっと、カオル様、通行手形を持ってますよね?」

「手形? ああ、もちろんだよ」

「とりあえず、出してください。ベッドの上にでも置いちゃって」


 言われるままに胸元から通行手形を取り出し、ベッドの上に置く。

そうして無言のままベッドの上を見つめるサララに合わせ、カオルもまた、じーっと見つめていた。


「……」

「……」


 数分経過。


《こしょっ、こしょこしょっ》


「うおっ!?」

「ふふ、やっぱりそうでしたね」


 突然動き出す『通行手形』。

いや、その中から無数の()がうじゃっと生え、歩き出したのだ。


「ちょっ、ちょちょちょっ、なんだこれ? なんなんだっ!?」


 突然の事にパニックに陥るカオル。

いや、まさかすぎたのだ。

ずっとお守り的な何かだと思っていた布から、こんなに虫っぽい何かが這い出てくるなど想像だにしていなくて。

だというのに、サララは全然取り乱した様子もなく「まあまあ落ち着いて」と、カオルの手を取ってきゅっと握りしめる。


「……う」


 たったそれだけで、カオルはなんともいえない羞恥心を覚えていた。

まるで小さな子供が母親に元気づけられたかのような、そんなやり取りだった。

とてもナチュラルにやられたが、こんな事普段されたらきっと赤面してしまっていたに違いない。

だが、その恥ずかしさのおかげで、我に戻る事が出来たのだ。


「カオル様、これは『通行手形』ですよ?」

「……通行手形から虫が出てきたんだろ?」

「いえ、ですから、これ(・・)が通行手形なんですよ。そういう名前の虫なんです」

「……へ?」


 つんつん、とサララが恐れもなく突く。

すると虫はぴくん、と反応し、手足を布の中に引っ込めてしまう。


「とっても臆病な虫で、他の人が近くにいると手足を仕舞い込んでじっとしてるんですよ」

「害とかはないのか?」

「ありませんありません。というか、養殖されてるくらいお役立ちな子です」


 すごくいい子なんですよ? と、にっこり笑顔になるサララ。

通行手形が虫というのは未だに意味が解らないものの、害がないと聞けばまあ、カオルも必要以上に恐れる気にはなれなかった。


「それで、なんで通行手形が虫なの?」

「便利だからですよ。他の大陸だと書簡とかで必要な書類を用意するんですけど、この子がいると本人確認がとても簡単で~」

「なんだそりゃ」

「いや、この子、こう見えてすごい優秀なんですよ? 一定時間一緒に過ごすとその人を主と認めて、一緒にいる限りはその人以外には絶対懐かないんです」

「……懐くのか?」

「すごく可愛いんですよ?」


 今一サララの説明が噛み合ってない気がするが、手形がフルフル震えているのを見て「あっ、そろそろかな」と、目を輝かせる。

やがて、手形からにゅ、とカタツムリの目のようなものが現れ、それに合わせパカ、と手形が二つに割れた。


「すげぇ、変形した」

「変形しましたね~」


 まるで向こう(・・・)で見たロボットか何かのように変形したその謎ギミックにカオルはつい心を奪われそうになってしまう。

サララはもう奪われているのか、線目のまま癒され始めていた。


《きゅーっ、きゅーっ》


「うおっ、鳴いたぞっ」

「可愛いですよね~」

「可愛い……か?」

「可愛いですよう」

「そうか」


 何の疑いもなく可愛いと連呼するサララに、カオルはついクエスチョンを頭に浮かべそうになっていたが、「見ようによっては可愛いのかもしれない」と、勝手に納得することにした。

異論をはさんだところでサララの性格上聞かないだろうし、変に『可愛くない』と認めさせたところで何も進まないのだから。

そう、今のままでは何も進まない。

カオルは気づいたのだ。


「それで」

「はい?」

「こいつに懐かれると、何か意味があるのか?」

「すごくありますよ? 入国審査で重要なのは本人確認ですから。一方の国を出る時にこの子を受け取って、次の国に入る時にこの子を離そうとすると、普通は嫌がるんですよ」

「なんでだ?」

「主人と認めた人から離されちゃうから。つまり、相手国から預かった手形であると証明できるんです」

「へえ」


 カオルには、サララの言う事が嘘とも思えないが、それでもなんとなく認めたくないような……素直に受け入れがたい何かがあった。

入国審査の要が虫。

それはまだいいとしても……問題が色々あるんじゃないかと、手を軽く上げて「ちょっといいか」と口をはさむ。


「こいつが便利なのはわかったけどさ、養殖されてるって事はいくらでも偽れちゃうって事じゃね? だって、他の虫を使えばいい訳だろ?」

「あー、それは無理ですねえ。この子、どこの国でも基本的に国境でしか養殖されてませんから。自然界では生きていけず、人間の手によってしか命を繋ぐことができないんですよねえ」


 儚い子なんですよ、と、寂しげに溜息を吐くサララ。

夜の眠気がサララを変なテンションに誘っているのか、それともよほどこの虫が好きなのか。

どちらかは解らないものの、なんとなくカオルは「今のサララはちょっと変だな」と感じ始めていた。口には出さないものの。


「それと、この子って主に懐く事で体色が変化するんですけど、何色に変わるかは主依存なんですよね」

「主依存って事は、例えば俺とサララとで渡された虫の色が違う風になったりするのか?」

「なったりします。基本的に人間は性向で大きく分かれますね。危険人物は赤くなるんです」

「虫がそいつの危険度とかを読み取るのか?」

「主となった人間の性質をにおい(・・・)で感知してるみたいですね」

「……虫すげぇ」


 流石にここまで来るとカオルもこの虫の便利さに驚きを禁じ得ずにいた。

素直に受け入れつつあるというか、聞けば聞くほどに『人の為に在る生き物』というイメージが向こう(・・・)にいた虫と似ているように感じられたというか。


(こっちの世界にもそういう虫っているんだなあ)


 世界が違えど、人は虫を養殖し、活用するのだ。

それがなんとなしに感慨深く、妙に深いため息などをついてしまっていた。

それを見て、今度はサララが不思議そうに首を傾げる。


「……? カオル様?」

「ああいや、なんでもないよ。でも、こいつって寝てる間ずっとこしょこしょしてくるのか? それで目が覚めたんだけどさ」

「へえ、すごいですねえ。普通は気に入られてからじゃないとこしょこしょしてこないから、しばらく無理かなあって思ってたんですけど……もう懐かれてるんですね」

「懐かれてるのか俺」

「慣れると結構気持ちいいですよ? なんていうか、上質なブラシでそーっと撫でられてる様な」

「俺はその所為で目が覚めたんだが……?」

「うーん、そこまででもないと思うんですけど……カオル様って結構敏感体質なんです? 胸が弱いとか?」


 わきわきと手を開いたり閉じたりするサララ。

なんだか妙な方向に話が転がってきたような気がして、カオルは距離を取ろうとするのだが――


「触ってみても?」

「やられたらやり返すぞ?」

「どさくさ紛れにサララの身体に触れたい宣言ですか!?」

「ちがっ、ちょっ、お前なあ!」

「ふふふっ、気が早いですよぉカオル様? サララの身体に触れたいなら、もっとムード満点じゃないと~」


 突然始まったサララの攻勢に赤面させられたカオルだが、反論虚しくサララは手をひらひらさせて「それじゃあ戻りますね」と出て行ってしまう。

なんとももやもやした気分のまま、虫と二人、見つめ合う。


「……」

《きゅー、きゅー》

「寝るか」

《きゅーっ》

「今度は胸の上でこしょこしょしないでくれよ?」

《きゅーっ》

「……前もこんなやりとりあったなあ」


 以前は猫相手である。

その猫は美少女になったが、果たしてこの虫は……と考え、虚しくなった。

流石に二度目はないだろう、と。なったらそれはそれで困るのだから、そんな事起こらないに越したことはないが。

ともあれ、虫に付けられた紐を首に掛け直し、カオルは虫を枕の横に置き、寝直すことにした。

しばらくはこしょこしょと足を動かす音が聞こえたが、こそばゆい感覚もなくなれば気になる事もなく、眠気から次第に何も考えられなくなり、カオルは夜の闇に落ちた。



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