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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
9章.ラナニア王国編1-混沌してゆく世界-
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#7.アンカリへ


 ゴートの案内でリリーナの出入国管理局に出向いたカオル達は、さほど時間をかける事もなく管理局での手続きを終え、移動を始めていた。

ゴートも交えての国境の町『アンカリ』への旅路。

国の東側は街道の整備もより行き届いていて、カルナスから王城やリリーナまでの道のりとは異なり、簡易的な休憩所や食堂なども立ち並ぶ。

これまでの旅とは違い、徒歩(かち)での旅人や牛車(ぎゅうしゃ)にのって野菜を運ぶ農夫など、色んな人達が通るのが見えて、この道の活況さがカオル達にも伝わっていた。


「ここら辺って、通りそのものが町みたいな感じになってるよな」


 通り過ぎた中でも、特に店が並んでいる地域に差し掛かり、手綱を握りながらカオルがサララの方をちら、と見やる。

すぐ後ろに控えていたサララも「そうですね」と、視線を店に向けていた。


「国境からこの辺りまでは、時間制限や審査などでリリーナに入れない人や、逆に国境からすぐに出られない人の為の簡易宿泊場が多いですから……城兵や衛兵が定期的に見回りもしているので、治安も高い水準に保っています」


 話に乗っかるようにゴートが説明を始め、カオルも「なるほどなあ」と小さく頷いていた。

本来危険なはずの街の外に店を構えられるなりの理由があるのが解って、安心したというか納得がいったというか。

街道が平和だとこんな風に店が並ぶものなのだ、と考えれば、国の西側の街道は快適に通れたように見えて、実は治安に問題があったのでは、と思えてくるのが不思議でもあった。


 少なくとも、カオルが通っていた時は賊や魔物と出くわしたことは一度もなかったが。

だが、実際には知らぬ間にそういった輩からの襲撃に遭い、辛い思いをする人もいるのではないかと、そんな気になったのだ。

それからついでに、かつて村に襲撃しようとしていた賊の事も思い出していた。


(ああいう奴らが街道でも悪さしてるんだろうなあ……)


 カオルを殺すことに何ら躊躇しなかった男達。

あの殺意と悪意の塊のような連中が、もしこの平和な街道に襲い掛かったらと思うと、彼は、嫌な汗が流れてくるのを感じずにはいられなかった。

そんな奴らが、まだいるかもしれない。

この国もまるっきり安全という訳ではないんだろうな、と、うっすらそんな事を考えてしまっていたが。

それはそれとして、カオルは管理局で渡された『札』を手に取り、眺めていた。


「なあゴートさん、この札って、出入国の時に使うんだよな?」

「ええ、そうですね。この『通行手形』を見せる事で、国境で足止めを受ける事無くスムーズにラナニアに入国できるようになります」


 首から下げた札を指先で弄りながらに、ゴートが説明をする。

札自体は三人ともが首から下げているのだが、渡される際には職員から『失くすと大変なことになりますのできちんと管理してくださいね』と念を押されていたのだ。

出入国に必要な物ともなれば大切なのはカオルにも解ってはいたが、モノとしてはそれほど耐久性もなさそうな、ただの紐付けされた布製のお守りのようなものである。

些細なことが原因で壊れてしまいそうで、ちょっと心配ではあった。


「雨の日とか、濡れたらやばいかな?」

「多少の雨なら大丈夫だとは思いますが……あまり濡れてしまうと、いざ確認という段になって手間取る可能性は出てきますね」

「じゃあ、普段はしまっていた方が良いのかな?」

「その方が確実でしょうね。素材自体はこう見えてそれなりに頑丈なのですが、いかんせん紐がただの紐なので、ちょっとしたことで切れてしまう事が多いようなので……」

「通行手形って、結構簡単に失くしちゃうらしいですもんねえ」

「そうなのです。なのでお二人も、失くさないように気を付けてくださいね」

「解ったぜ」

「気を付けますね~」


 ゴートの念の押しようからカオルも「よほど失くす人が多いんだろうなあ」と思いながら札を握り、また懐にしまった。

軽いしぎりぎり手のひらに収まる程度のものなので、移動中に落としたら気づきにくいかも知れない事に気づいたのだ。

このような街道で落としてしまったら、それこそどこで落としたのか解らず何もやらずにミッション終了となってしまう。

改めて心の中で「気を付けないとな」と念じ、また操馬に専念する。

ポチの足回りは、本日も軽妙である。




「う、うぅん……?」


 アンカリの手前、馬車宿の一室にて。

一人用のベッドで寝入っていたカオルは、不意に違和感を覚え目を覚ました。


 夜も更け、ゴートより「この時刻では急いで町に着いても国境が閉まっていますので」と、手前の宿場(しゅくば)で宿を取ることにしたカオル一行は、各々部屋に分かれ、揺れる事のない寝床での睡眠を満喫していた。

これまでと違ってゴートがスレイプニルの操馬ができるという事でカオルにもいくらかは休む余地があったのだが、それでもここまでの道のり、多くは野宿で過ごしていた事もあり、久方ぶりの宿に気持ちよく寝息を立てていた……はずだったのだが。


《コショコショコショ》


 何かが自分の胸元を這っているような、そんな感覚。

耳に届く音は不快とまではいかないが、静かな夜の宿では妙に響いて耳に残る。


(な、なんだ……?)


 虫刺されか何かかと思って軽く掻いてみたが、蚊に喰われたような痕もなく。

かゆい訳でも痛い訳でもないのだが、掻いてから少しするとまた、何かが這うようなこそばゆい感覚が胸元に走り、ぞわ、と首筋の産毛が逆毛立ってしまう。


《コショコショコショコショ》


 また聞こえる音。

胸元はかするようにこすられ、なんともいえない感覚を覚えそうになる。


「……ああもうっ」


――とてもじゃないけど眠れやしない。

せっかくの安眠を妨害されたような気分になり、カオルは若干苛立ちながら、ベッド脇の光石を手に取った。

それだけでは光源としては心もとないので、それを頼りに、ランプに火をつける。

ようやくにして明るくなった部屋。

見渡してみれば、やはり何もいない部屋。

サララが入り込んで悪戯でも、なんてことを期待してなかった訳でもないが、虫の影一つ見えない所為で釈然としない顔になっていた。


「なんだったんだ、全く……」


 窓の外を見ても何もない。

ベッドの上にも何かが入り込んでる様子もないとくれば、今までの自分の受けた謎の感覚は、ただの夢の中の『感じた気になっていた何か』だったのではないかと、カオルはそんな事を考えてしまった。

夜も更けて久しい。疲れてもいたし、できればゆっくりと眠りたかった。

そんな気持ちもあって、カオルはまた、ランプの灯りを消し、横になるのだが。


《コショコショコショコショ》

「またかっ!!」


 暗くなり、段々と眠気にまぶたが重くなってきた辺りで、またぞろ胸元がこそばゆくなる。

無視しようにも微妙に無視できないなんともいえない絶妙な感覚。

さりとて気持ちいい訳でもなく、眠りたいのに眠りに落ちる事が出来ない苦しみに、カオルは再び立ち上がる。


「何もねぇ」


 しかし、やはりないのだ。

何もいない。何も起きていない。

今度は先ほどよりいくらか意識の方も鮮明になっていたので、勘違いという事はない。

だが、ない。


「……」


 胸元を見る。

特別何か変わった様子もない。

強いて言うなら、部屋に入ってすぐ、疲れていたので横になってしまったので、寝間着などは着ずに昼間と同じ格好のままなくらい。

それだって別にそこまで不潔な訳でもないし、臭いだって出ていないはずだった。


「……ううーん」


 何かがおかしい。

だけど、何がおかしいのかが解らない。

こんな事は今まで一度もなくて、そして今日になって突然起こった事だった。

――つまり、この宿屋に問題があるのではないか。

カオルはそんな事を考え、ベッドに視線を向ける。


《こしょ》


「うぉわっ!?」


 不意打ちだった。

カオルは『ベッドに何かいるのでは』と思い疑いの目を向けていたのだが、その感触(・・・・)は、胸元から来た。

突然の事だったのでつい飛び上がってベッドから降りてしまう。

降りてしまってから「どうするんだこれ」と、言い知れない不安に駆られ始めた、その時だった。



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