#5.王都リリーナ
「ハイヤー!!」
「ぷっ……くっ……」
『ブルヒヒヒヒィーン!!』
手綱を引く音と共に上がる威勢のいい声。
同時に噴き出す猫娘。
軍馬車を引く軍馬もまた威勢よくいななき、馬車馬とは比較にならぬ初速で走り出す。
「どうぞ、いってらっしゃいませ」
「お気をつけて」
「いってらっしゃ~い」
見送りに来てくれたベラドンナとリリナ、そしてミスティーの三人は、強い風にスカートを抑えながらも、二人の旅の無事を祈り、小さくなっていく軍馬車を見つめていた。
快速ながら、ゆったりとした心持ちで臨める、そんな昼の道。
ホロは揺れもせず、街道を瞬く間に突き進む。
風であった。軍馬車は今、風となり、地を滑るように駆け抜けていたのだ。
「安全運転で頼みますね」
「任せろ、俺はこう見えて御者のプロだからな」
「ふふふ、それじゃ、頼りにして、サララは眠りにつく事にします……ふぁぁ」
「早速昼寝かよ」
いつものサララの口癖を使ってしてやった感を味わっていたのに、肝心のサララはこれである。
カオルとしてはもうちょっとこう「口癖を真似ないで」とか「言いましたね」とか反応を楽しみにしていただけに肩透かし感が半端なかった。
「だってその、この揺れない馬車の快適さが……いい感じの枕とかも用意しましたし」
「そういえば積み込んでたな寝具……まあ、馬車で快適に過ごせるのはいい事だけどさ」
今回の馬車旅は、準備に掛ける時間に比較的余裕があったので、旅に必須とまではいかないような贅沢品もいくらか用意してある。
暇をつぶす為のボードゲームや食事の幅を広げる釣り具や調理器具、そして余所行き用の服などに始まり、今サララが頭の下に敷いているような枕や毛布なんかも用意してある。
かくいうカオルも、その尻の下にはサララの用意したクッションが用意されていて、普段の操縦より快適に馬を扱えていた。
「長い旅になるかもしれませんからねえ。この軍馬車はその拠点になるかもしれませんから、できるだけ快適にしていきたいものです」
「馬車でくらいはくつろぎたいもんな」
「そうそう、そういう事ですよ。いざって時に休める場所があって、そこが快適だとそれだけで違いますもん。カオル様はいい事言いましたぁ」
今のはポイント高いですよ、なんて寝転びながらのたまう。
いよいよ眠気が強くなってきたらしく、その口調もトロトロとした間延びしたもので。
やがて、すぅすぅと小さな寝息が聞こえてきたので、カオルは「仕方ないな」と苦笑いしながら、正面に視線を移す。
しばらくは、直線である。
この王城に続くよく整備された街道は、途中で大きな分岐点に差し掛かる。
この分岐点で右に曲がれば王都リリーナに続き、ここを経由してエルセリア東部にある国境へと向かう事になっていた。
分岐自体は王城に向かう際に何度も目にしたもので、見落としようもないほど大きいので安心である。
「ま、しばらくはのんびりとした旅になりそうだな……ポチ、全力で走るのは後でだぜ」
『ブルル? ブルァッ』
サララも眠りにつき、話す相手といえばこのポチだけである。
対するポチも「解ってるぜご主人」と、息の上がらぬ程度の速度で駆けている。
それでも十分に速いのだが。風となるほどに。
以前は同じように見え辟易とした風景も、高速で動く今ならばそこまで退屈にはならず。
カオルはそれらを楽しみながら、手綱だけは離さぬ様にぎゅっと握りしめる。
(そういえば、アイネさん達と入れ違ったって聞いたけど、どこのタイミングで入れ違ったんだろうな……どこかの村で休んでてすれ違っちゃったとかかな?)
手綱を握りながらも、考える事は忘れない。
視線は前に向けたままだが、する事が他にないので、考え事に集中する。
ポチは割と出来た馬なので、目印や目的地に近づくと何かしら反応を見せてくれたりするのでこの辺りも便利だった。
(案外、途中ですれ違ってたりしてな。まさか馬車に乗ってるなんて思わなかったし、普通にすれ違った馬車の中にいたりして)
だとしたらすごい偶然だな、などと考え、「アイネさんとはよくすれ違うよなあ」としみじみ口に出す。
兵隊さんに恋する村娘が、聖女に、という話だけでも驚きだが、一度ならず二度までもすれ違い、今はどこにいるやら。
王城へ向かったという話は聞いたものの、なんとなくあの村長の娘さんなら、そこまで緊張はしてないんじゃないか、と思ってしまい、また笑いが込み上げる。
不思議と、そんな気がしてしまったのだ。
村でもよく話す人だったし、人となりというのはそれとなくだが解っていたつもりだった。
とにかく前向きで、そして明るく行動的な村娘である。
聖女だなんて言われて、あっけらかんとそれを受け入れてしまったという話だから、その性質は今でも全く変わっていないはず、と、イメージするのもそんなに難しくなかった。
カオルの想像の中では、アイネはとても可愛らしく笑っていた。
サララといつも一緒にいて免疫ができたはずのカオルでも、思わず胸が高鳴ってしまうくらい愛らしい、そんな笑顔である。
(ミスティーとかステラ様とかハーヴィーとか、可愛い人綺麗な人っていうのは行く先々で見かけるけど……やっぱ一番って言われるとあの人なんだよなあ)
一番恋しい人は誰かと言われれば間違いなくそれは決まっているのだが、そういうのを度外視して考えると、一番最初の村で一番最初に仲良くなった村娘が一番可愛くて綺麗だったというのは、カオル的には中々に感慨深くもあった。
そして、そんな人とは恋に落ちず、その人の恋を応援したり、今では心配したりしている。
立場の変化というか、他の人の事を考える事で自分の今の立ち位置を改めて認識する、そんな不思議な気持ちになっていたのだ。
(……人間関係って、結構面白かったんだな)
漫画のようにずっと一緒ではない。
ラノベのように画一的ではない。
自分の行動によって変わり、自分の立ち位置によって変わり、時間の経過によっても変わる。
それを肌で感じて、カオルはちょっとだけ、それが面白く感じてしまった。
以前は面倒くさがった、できれば避けたがっていたそれが、やはり必要なモノだったのだと、そう思えるようになっていたのだ。
やはり、彼は成長していた。
「リリーナですよ! 王都です!!」
「でかいな!」
翌朝。一行は王都リリーナに到着していた。
前の晩の時点でほとんど手前まで到着しており、サララの「夜中についても城塞門が閉まってますからー」という一言もあって手前の比較的安全な場所で野宿し、早朝からの出発でここにたどり着いた。
西の入り口となる城塞門はカルナスのそれと比べても巨大で、軍馬車が二台三台余裕ですれ違える幅がある。
こんなものを間近で見せられれば「ここからどんな街並みが」とワクワクが抑えられず。
カオルは思わず周囲を見渡してしまっていた。
「ふふふ、とっても巨大な城塞都市が、みたいに思います?」
「そりゃ、こんなでかい門を見せられちゃな」
「うふふふ、それは楽しみですねえ」
開かれたままになっている門の両脇には、カルナスとは違った装備で揃えられた衛兵が立っており、軍馬に乗ったままのカオルを見てびしりと敬礼する。
「国王陛下よりお話は聞いております。どうぞお入りください!」
「国の英雄カオル殿に、良き旅を!」
「あ、どうも……」
どうやら話は通っているらしく快く通してくれる衛兵らであったが、カオルはそんな事想定してなかったのでドキドキである。
サララなどは笑いをこらえながら「カオル様、もうちょっと格好良くしてください」などとからかってくる始末で、カオルは頬を赤くしながらいそいそと馬車を進める。
「うへえ……なんか、すごいな、おしゃれっていうか」
そうして、門を抜け、実際に街並みを目にしての感想はこれである。
語彙に乏しいカオルには、咄嗟には言葉が浮かばず、ありきたりなものになってしまっていた。
サララはこれを解っていてか「そうでしょうそうでしょう」と、やはり笑いをこらえながらカオルの肩に顔を置く。
「この街はエルセリアの流行の発信地、中心地とも言える大都市ですからね。大陸でもここまで大きな街はラナニアとリーヒ・プルテンに一つずつしかないって言われてます」
「ラナニアはともかく、リーフ・プルテンっていうのは……ああ、アイネさんが向かうっていう聖地か」
「そうですね。私は見た事ありませんけど、目を疑うほどの眩い都市だとか……リリーナがこれだけ綺麗な都市だから、これ以上ってなるとサララにも想像がつきません」
すごいですよねー、と、ニコニコ顔で街を眺めるサララに、カオルも「そうだな」としか答えられない。
カルナスの様な古さも共存する軍事都市と違い、街並みはどちらかといえば新しく、レンガの色なども綺麗なまま。
そして何より若者が多く歩いていて、服装もカルナスなどと比べて洗練されているように見えたのだ。
お洒落には疎いカオルでも「綺麗な服着てるなあ」と、なんとなしにそれが解ってしまうほどには。
「村の女の子とか連れて来たらすごくはしゃぎそうだな」
「そうですねえ。さすが大都会! って感じです」
心なし、サララもはしゃいでいるように見えて、カオルは「こいつも都会ではしゃいだりするんだなあ」と、ちょっと面白みを感じてもいた。
おしゃれに敏感な年頃の娘さんなら、それは当たり前なのかもしれない、とも。
「本当ならここで思うままにお買い物とかして、デートしたりして、沢山思い出を作りたいところですけど、観光が目的じゃないんですよねえ」
「まあ、必要な物資の買い足しと出国の準備するだけだからな」
「うう、せめて朝とお昼のご飯だけは美味しいものを食べましょうね~」
「そうだな。それくらいならな」
折角の大都会だが、この街はあくまで通過地点でしかない。
二人にとっては残念ではあるが、する事を済ませたら速やかに国境まで向かわなくてはならないのだ。
この街での目的は、第一は物資の補填。第二は出国に必要な書類審査と、王国側の人員との合流にあった。
せめてもの救いというか、合流時間までにはまだ余裕があるので、それまでが二人に与えられた自由時間のようなものである。
「約束の時間までは大分あるから、まずは飯を食って、必要な物資を買って時間が空いたら軽くそこら辺見て回ろうぜ。後々来ることもあるだろうし、下見みたいな感じでさ」
「さんせーです! そうと決まれば、美味しそうなお店を探しましょう!」
ちらちらと通り過ぎる街娘に目移りしながら、サララはテンション高く応えてくれる。
朝は弱いはずの猫娘の、貴重なハイテンションな朝であった。
こうして二人は厩に馬車を置き、朝食のあてを探しに街へと繰り出していった。