#3.盗賊、強すぎる
「ぐへへへへ。おい兄ちゃん。誰の許可もらってこの森に入ってきたんだぁ?」
「とりあえず全部脱げよ? 払うもん払って、置いていくもの置いて行ってくれりゃ、命だけは取らねぇ」
「なんせ奪いつくしちまったらそれっきりだもんなぁ。家畜にはせいぜい長生きしてもらって、俺達を楽させてくれなきゃぁ、なあ?」
――カオルは、実に不味い状況に陥っていた。
いかにもな屈強な男ばかりが五人。
森に入ったばかりのカオルを即座に囲い、ナイフやらショートソードやらをちらつかせながら、いやらしい笑いを浮かべていたのだ。
「な……なんだ、たったの五人かよ」
口では虚勢を張ってはいるものの。
不良に絡まれたことすらないカオルにとって、本物の悪党に刃物片手に囲まれたとあっては、これはもう、即座にあきらめムードになりかけていた。
(ああ、これ、もうだめじゃん)
本当は、盗賊の姿を見つけた時点で逃げようと思ったのだ。
言われた通り、兵隊さんに「そういう奴らがいたんだ」と伝えようと思ったのだ。
だが、それは叶わなかった。物音に気付かれたのか、それとも気配を悟られたのか。
ともかく、盗賊らはカオルの何倍も素早く動き、逃げようとしたカオルの先に現れ、手慣れた様子で囲んだ。
森に到着するまでこそ棒切れカリバーの威力を試してやろうと意気込んでいたカオルだが、実際に盗賊の姿を見た途端、恐怖の方が先に頭を支配していた。
優れた武器があるからとか、死なない身体だからとか、そんなのは関係ないのだ。
少年だったカオルにとって、平然と人を殺しかねないような悪党の集団は、恐怖でしかなかった。
「へへ、この兄ちゃん、強がりながら震えてやがるぜ?」
「なんだよなんだよ? そういう態度でいると、お兄さんたちちょっと怖い顔したくなっちゃったなあ?」
「殺っちまおうか? なんか大して金目の物持ってなさそうだし」
「いやいや殺すなよ。どうせこいつオルレアン村の奴だろ? こいつ人質にしてさ、あの村の……なんていったっけ? 村長の娘いるじゃん。あの娘連れてこさせようぜ? 『こいつの命が惜しかったら』ってさ」
――だが。
盗賊らの言葉に、カオルは耳をぴく、と動かし。
震える腕を、肩は自然とそれが止まり。逆に、力がこもっていくのを感じていた。
「……おい」
「ああいいな、あの娘可愛いもんなー。ああいう娘に三日三晩――ひひっ」
「皆で回すとあっという間に壊れちまうから――」
「おい、やめろよ」」
「ついでにあの糞忌々しい兵隊野郎もぶち殺さないとな。あいつ強すぎるんだよ。この間だって、あいつ一人に何人――」
つい、村長の娘さんがこの男達に嬲られるのと、兵隊さんが殺されてしまうのを想像してしまう。
そしてそれが、自分の所為でそうなるのだと、自覚してしまった。
気づいてしまったのだ。『俺が変にいきがってたから』、と。
「あいつを村長の娘の前で犯すのもいいな。『ずっと頼りにしてきた衛兵が目の前で無残に掘られる』とか、最高のシチュエーションじゃねぇか!」
「うへぇ、お前の趣味だけはついていけねぇわ」
「きひっ、そういうなよ兄弟。女は譲ってやるからよお」
「――やめろって言ってるのがわかんねぇのかこの盗賊野郎が!!!」
必死に絞り出した怒りの言葉は、盗賊らの下卑た雑談を止まらせるには、十分な声量があった。
びり、としびれるような空気。
それまでのおちゃらけていた盗賊らの目が、途端につまらないものを見るような眼に変わっていくのを、カオルは感じていた。
「おい――」
「ああ」
「こいつ、もういいや」
一人が合図をするようにナイフを舐めると、他の四人が一斉にカオルに襲い掛かる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
カオルは、怒りのままに腰に下げた棒切れに手をやろうとして――
「おらぁっ!!」
「ぐぁっ!?」
「てめぇ如きが! 何俺様たちに! 歯向かってるんだよ!!」
「ぐぇっ?」
「イシウズミみたいな鳴き声しやがって! 舐めてんじゃねーぞ村人風情が!!」
「や、やめっ――」
「素直にビビッて震えてりゃ、2、3発殴られるだけで済んだのによぉ! これだから学のない村人野郎は困るぜぇ!! 糞が!!」
「うっ、やめてっ、やめてくれよっ、もう許っ――」
「ぎゃははははっ、こいつチビってやがるぜ! 情けねぇ! 漏らすくらいなら最初から虚勢なんて張るなよ! イラッとしちまったじゃねぇ、か、よ!!」
「許しぐべぇっ!!」
まず、棒切れに手が伸びた時にはもう、盗賊の暴力が始まっていた。
カオルは、唯一の武器を手に取る事すらできず、横面を殴りつけられたのだ。
そうして次には、ナイフで腕を突き刺され、棒切れを持つことができないようにされてしまった。
激痛と突然の事に混乱しながら泣きそうになっていたカオルに、盗賊らは容赦なく蹴りを見舞い、倒れ込んだ後には足の腱を切り裂かれてしまう。
呻きながら許しを乞えば、笑いながら蹴りつけられ、背中からナイフで切り裂かれ――
(――なんで)
暴行を加え続けられるカオルの頭の中では、激痛に対する理不尽と、どれだけ泣いても、失禁しても許しを乞うても許してもらえない、その理不尽さとが交互に迫り、交わり、増幅し続けていた。
(なんでこんなっ、ひどい事――)
増幅させながら、それらはまた、別の感情へと繋がっていったのだ。
「へへっ、まだ生きてるよこいつ?」
「はぁっ、はぁっ――ふん、村人の癖に妙にしぶといなぁ。冒険者かなんかだったのか?」
「そんな訳ねぇだろ。冒険者が今時棒切れ片手にこんなところうろつくかっての」
「それもそうだな。おい、そろそろ――」
「ああ、もういいだろう。このくらい痛めつけとけば――」
つい、勢いのまま殺しかねないほどの暴行を加えてしまった盗賊だったが。
それでも死にそうにないカオルを見て、少しばかり冷静になった彼らは、一瞬、暴行の手を休めていた。
そもそも、人質にするつもりだったのだ。
中々攻めるに攻めきれない、意外とツワモノ揃いのオルレアン村を攻め落とすために必要な、貴重な人質。
それをこんなところで殺すのはもったいないとばかりに、盗賊らはにやにや笑いながら、死にかけのカオルの足を掴んで、引きずっていこうとした。
「――お前らっ、人間じゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
ふざけんなとばかりに、カオルは再び怒りを爆発させた。
純然たる怒りである。正義だとか、誰かのためにとか、そんなものではなかった。
ただ、自分が今まで生きた中で味わったことのない理不尽の連続に、生理的に怒りを爆発させたに過ぎなかった。
泣いても漏らしても許しを乞うても許されないその暴力の数々に。
罵倒に。あんまりな仕打ちに。何より、自分がモノのように引きずられていく、その状況に。
「なっ、こいつ、いきなり――」
「ちくしょうっ、ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう! 死んでたまるかっ! こんな、ところ、でぇっ!!」
動かなくなっていた身体は、当たり前のように動いていた。
だからと、大して動けた訳ではない。
自分を引きずる盗賊は屈強で、暴れても足が離されることなんてなかった。
「てめぇっ、本当に死にてぇのか!!」
「ぎゃふっ」
「おい馬鹿っ――」
苛立ちを押さえられなくなってか、賊の一人がショートソードを手に、ずぶりとカオルの腹へと突き刺す。
衝動的な行動だったのだろう。
カオルはいよいよもって死を感じたが――直後、それが遠のくのを感じてもいた。
「――ざけっ」
「うげっ、まだこいつ動くのかよっ!?」
「殺しちまえよっ、気味が悪ぃ!!」
「首だ、首を斬り落としちまえ! 生首だけでも村の奴らには効果があるはずだ!!」
残忍な事を平気でのたまう盗賊達であったが。
カオルは、そんな盗賊たちの混乱を内心「ありがたいな」と、妙に冷静に感じながら。
腰の棒切れへと、手を伸ばしていた。
今度こそ、その手は棒切れに届く。
後はもう――先端を、近くの賊へと突き刺すだけだった。