#20.雪融け村の報告会
アイネと入れ違う形でオルレアン村に戻ったカオル達は、村人たちの熱い歓迎を受けながらも、村長の次女フィーナの情報を伝える為、いち早く村長宅へと出向いていた。
「――なるほどなあ。カルナスに向かったと思ったら、今度は北か……」
「流石にそれ以上調べるのは時間も掛かるし、北を調べるなら一度村に戻るべきかと思ったんだ」
「いや、助かった……正直な話、名前を聞いたとか、それらしいのが居たとか、噂程度でも知る事が出来ればと思っていたが……思っていた以上の成果だったよ、カオル」
案内された客間で、向かい合う形で腰かけていたカオルとサララ。
ニーニャで聞いた情報を伝え終わるや、村長イルブレードは深いため息と共に安楽椅子に腰かけ、しばし床板を見つめていた。
口では「助かった」と言ってはいても、目に見えて不安に感じているように思え、カオル達も声を掛ける事もなく、じ、とその様を見つめていたが。
やがて顔を上げた村長が「実はな」と、また口を開いたのを見た、二人ともが頬を引き締める。
「フィーナの事とは無関係なんだが、アイネも『ヘータイさんの所に行く』と言って村を出てしまって……」
「アイネさんが?」
「姿を見ないと思ってましたけど、そんな事が……」
村に戻った際、この家を訪れた際。
いずれの時も姿が見られなかったアイネが、実は家を出ていた、というのは二人にとって想像だにしない状況だった。
あの華やかな、それでいて明るい笑顔がこの村ではもう見られない、というのは中々に辛く、残念な気持ちになってしまう。
「それにしても、兵隊さんの後を追ってとはまた……大変だなあ」
「ああ、私も止めようとはしたんだが……だが、無理に引き留めてフィーナの時のように行方知れずになられてもな……そう思うと、『家には居なくともカルナスにいると解る分だけ』と、飲み込むしかないと思ったんだ」
「村長さんも寂しくなっちゃいますね……」
次女に次いで長女まで、となれば、村長の落ち込みも解るというもの。
それでもまだ行方が分かるだけマシというものなのだろうが、それにしても急な話であった。
「ていうか、カルナスっていう事は……もしかして、俺の家に来るかもしれなかったのか?」
「ああ、そういう可能性もありますよね。村長さんは、何か……?」
「んん……最近はアイネが居ない寂しさで頭がおかしくなりそうだったが、確かにそういえばそんなような手紙をアイネが出していたような……君達は受け取らなかったのか?」
「俺は受け取らなかったけど……サララ?」
「私も知らないですね。じゃあ、手紙も入れ違っちゃったって事でしょうか」
「手紙自体は結構前に出していたはずなんだがな。手違いでも起きたのかもしれんね」
いずれにしても、カオル達はその手紙を受け取らず、アイネはカオル達不在のカルナスに向かった事になる。
村長の不安は増すばかりだった。
「……はぁ、アイネ、何事もなければいいのだが」
(前に女神様が言ってた『村長さんが寂しい想いする事になる』ってこういう事だったのかな……)
「おうちに関しては、ハウスキーパーの人が管理してますから、多分不在の間に来てたとしても泊まる事が出来ると思いますけど……どちらかというと、兵隊さんの方が問題でしょうか」
「あー、確かにそうかもしんないな」
不安がる村長を見ながら、かつての女神様の発言を思い出していたカオルではあったが。
サララが兵隊さんの事を話題に出したのもあって、一旦その考えは隅っこへ追いやる事にした。
色々と疑問が湧き出そうではあったが、今はそれよりも問題があるのだ。
「問題と言うと……? もしや、ヘイタイさんの身に何かあったのかね?」
「いや、兵隊さんは別に悪いことにはなってないけどさ……あの人、今船の上だぜ」
「海に出ちゃってますもんねー」
「海!? なんだってまたそんな事に……」
「えーっと……驚かないで聞いてほしいんだけどさ……」
兵隊さんの話になるや、ますます以て困惑してしまう村長ではあったが。
カオルは頬をポリポリ、これまでの一部始終の説明を始める事にした。
「な、なんと……まさかヘイタイさんが城兵隊長に……しかも姫様付きとは」
「まあ、アイネさんの気持ちが届くかどうかはともかく、場所がちょっとな……」
「今はまだリリーマーレンに向かってる最中でしょうし、そうなると戻ってくるのはどれくらい先になるかも解らないですしねえ」
こればかりはどうしようもない、という雰囲気が漂う。
無事アイネがカルナスでカオルの家を借りられたとしても、そこから先が苦難の道のり、長い待ちの日々になる事は確定してしまっていた。
海を隔てた物理的な距離もさることながら、戻ってきたとしても王城の中に戻ってしまう以上、容易に会う事もできないはず。
そう考えると、かなりアイネの勝ち目は薄い。
三人ともがそれに気づいてしまってはいたが、だからとどうする事も出来ないのも解り、敢えて口には出さずにいた。
あくまで、「兵隊さんが戻ってきさえすれば」という前提で話している限りは、まだどこかでアイネの想いが届く可能性もあるのだと、そう思えるから。
「まあ、随分と遠いところに向かってしまったようだが……しかし、彼がそこまで出世したというのは、村の者としては誇らしくもある。娘の想い人が、と思うと少し複雑な気持ちだが、めでたい事には違いないしな」
この人もまた、村長なりにひとかどの人物であった。
愛娘の気持ちを想えばあまり出世されるのも考え物のはずだが、それでも村の者が出世した、と思えば祝ってやれるのだから。
カオルも「やっぱりこの人は懐が深いなあ」と感心し、小さく頷く。
「俺もちょっと驚いちゃったけどな。でも、兵隊さんデキる人だろ? ちゃんと評価されてるから嬉しいぜ」
実際には兵隊さんの出世には姫君のひいきもあったりするのだが、流石にそこまでは村長に話すべきではないと、カオルは黙っていた。
カオルは、この世界に来てから『言わなくてもいい事』『言わない方がいい事』『言ってはいけない事』の三つを学んでいた。
事なかれ主義かもしれないが、要らない事を言って人の気を害するのは、ただの空気が読めない行為なのだ。
それを言わずにとどめて置けば、相手も笑顔でいられる。
それは、人と仲良く暮らす為の必要な工夫の一つなんじゃないかと、そう思うようになったのだ。
何よりカオルの中では、兵隊さんはとても勇敢で、強く、そして誰にでも優しく在る事が出来る男の中の男、という評価になっている。
いくら始まりはひいきによって城兵隊長になったのだとしても、その優秀さが認められなければ王様の眼鏡に適うはずもない。
それが解るからこそ、解っているからこそ、余計なことは言わないのだ。
「ははは、確かにそうだな。私も、あんないい若者がこんな村で終わってしまうのはもったいないとは常々思っていた。ただ、彼が村にいるとそれだけで村の者が安心して畑仕事に精を出せる。その安心感から、どうしても手放すことができなかったんだ」
村長も兵隊さんに関しては思う所もあったらしく、カオルの言葉には素直に頷いてくれる。
これが馬鹿正直に「実は」なんて姫君と兵隊さんの関わりなんかまで伝えればその笑顔も陰る事になりかねないのだから、その違いは後々の関係性まで含めて大変に大きなものとなりかねない。
この辺りはサララも空気を読んで澄ましていたので、カオルとしても「これが正解かな」と胸をなでおろす事が出来た。
勿論、女悪魔となったベラドンナを仲間にした事、自分が王様と友達になった事や、その後ニーニャで船幽霊問題を解決した事なんかは漏らす事なく説明したし、それによって村長が驚いたり笑顔になってくれたり、心配してくれたりしてくれた。
ただそれを話すだけの時間が、カオル達にとってとても楽しい時間であった。
そういった話を聞かせていくうちに随分と時間が経ち、気が付けばもう夕食という時間になって「続きは食事をしながら聞こうか」と、自然な流れで夕食をご馳走になる事にもなり。
村長も村長で久方ぶりの賑やかな夕食に、満足げに笑いながら、カオルの話に何度も頷いていた。
過ぎた時間は長くとも、体感するは短く思え、カオル達は「もうこんな時間なのか」と惜しむように村長宅を後にしていた。
「村長さん、楽しんでくれてたな」
「アイネさんがいなくなってずっと寂しかったのかもしれませんね……これからは、頻繁に会いに行ければいいんですが」
「そうだな。俺達がアイネさんの代わりになるかは解んないけど、少しでも寂しさを紛らわせてやれればいいなあ」
サララと二人、懐かしいオルレアン村の家への帰路。
村長さんとの会話を思い出し語りしながら、かがり火の道を往く。
暗くなればもう誰もいない道。
だけれど、そのうっすら闇は恐れよりも親しみを感じさせるもので、二人は慣れた道をゆったり、噛みしめるように歩いていた