#14.後から来たメイド
ある暖かな春先の日の事であった。
「――そんな訳で、今日からここで働いてもらう事になったハウスキーパーの人です」
これから夕食の買い出しでも、と思っていたカオルだが、サララに呼び出され、居間にて見慣れぬ少女と対面していた。
「始めまして。リリナと申します。以後お見知りおきを」
スカート端をつまむようにして優雅に礼の姿勢を取る金髪少女。
小さめのキャップの後ろにリボンがついていて、長い髪が邪魔にならぬようまとめられていた。
赤色のドレスは袖も裾も長く、不必要な露出を極力抑えるようになっている。
そして純白のエプロンスカートはドレス同様大きくゆったりとしていて、ポケットが多い。
お城で見たメイドさんとも遜色ない立派ないでたちで、楚々とした様子でサララの一方後ろに控えているのもいかにもそれっぽかった。
「ああ、よろしく。随分本格的な格好なんだな。普通にエプロンだけつけたお手伝いさんとか想像してたぜ」
「ええ、まあ……お仕事としてきた訳ですから、相応の格好を、と」
「なるほど、プロか。カッコいいな」
「ありがとうございます」
表情自体は硬いを通り越して無表情なのだが、『プロ』という単語が出た際にはぴくりと小さく揺れ、今一度ペコリと頭を下げていた。
意外とこだわりが見られる一面に、カオルは「そういう趣味の人なのかな」と変に感心していたが。
(街では救い主様というだけでなく、変わり者だという噂も流れていましたが……私の意気込みを理解してくださるなんて、ポイント高いですね)
リリナはリリナで変な風に解釈して好感を覚えていた。
サララはというと、さほど気にしないように両者を見やり「まあ、こんなものかな」と考える。
初対面の挨拶だけ済ませれば、後はもう十分だった。
「とりあえず、リリナさんには私達の不在の間、この家の管理をお願いします。居る間はカオル様が料理とかするので、お掃除とか洗濯とかしてもらえればと思います」
「承りましたわ」
相変わらずこの辺りの分野はサララが強いらしく、ぽんぽんと話が進んでいってしまう。
買い出しに行こうとしていたカオルだったが、今ではソファーに腰かけぼんやりそのやり取りを眺めているだけである。
(なんか……今の俺って、嫁さんがなんでもテキパキ決めちゃうからすることの無い駄目亭主みたいだよな……)
ちょっと情けなく感じるものの、だからと言ってどうこうする事が出来る訳でもなく、ただ無力感ばかり味わう。
テレビなんかで見ると「駄目な旦那さんだなあ」とか笑っていられた光景でも、いざ自分がその状況になると、もう笑う気力すら湧かないのだ。
まさにそんな状況だった。
「それから、私達が居ない間にもたまーに、教会のシスターをやっているベラドンナさんという方が来ると思いますので、その時には近況の報告を伝えてあげてください」
「ベラドンナさん……最近教会に入った方ですね?」
「そうですね。この街の方なら見慣れてると思いますが、リリナさんは?」
「私はこの街の者ではありませんので……ですが、この街の教会にはお祈りの際にお世話になった事があるので、ベラドンナさんがどのような方かは存じ上げております」
「それなら大丈夫ですね。説明の手間が省けて助かります」
極めて円滑に、そしてにこやかぁに進む説明。
サララが解りやすいようにきちんと説明しているからというのもあるのだろうが、リリナも答えるべき部分をきちんと応答しているのも大きかった。
この辺り、先日押しかけて来た二人ではこうはいかない気がしたのだ。
「さて、先ほども言いましたが、私とカオル様はもう少ししたらオルレアン村に帰る事になります。その間、貴方には住み込みでここで働いてもらう事になりますが……リリナさんから、質問などはありますか?」
「これといって特には……ですが、そうですね。こちらには書庫などはございますでしょうか?」
「書庫ってほどじゃないけど、棚にいくらか本が入ってるぜ。たまーに買い足したりしてるからな」
ようやくカオルにも参加できる話になってきたので、早速質問に答えてみた。
するとこのリリナ、目を輝かせながら「なんとまあ」と感嘆したのだ。
「すばらしいですね。置かれている本は、空いている時間に私が読んでしまっても……?」
「読みたかったら好きに読んでくれていいぜ。好みのものがあるかは解らないけど」
「大丈夫です。私ラノベから推理物から文学作品から……なんなら春物でも構わず読みふける事の出来る本屋の主ですので」
キラッキラに瞳を輝かせながら、心なし頬を赤く染め「ほう」と、小さくため息をつく。
どこか色っぽくも思えてカオルは慌てて視線を逸らし、そして思い付きを口にした。
「ラノベとか推理とかは解るけど、春物って……?」
「春物とは、男女の交わりを中心に描いた官の」
「――そういうのは! ありませんから!!」
真面目な顔で説明し始めたリリナの横から、サララが「駄目、絶対」と必死の表情でバッテンを作って止めに入る。
どうやらそういう事らしいと気づき、カオルも慌てて「ああ、なるほど」と作り笑いになる。
「……?」
「いや、うん、大丈夫だ。確かにそういうのはないから」
「そうですか……残念ですわ。春物は文学的要素も強く、様々な語彙に恵まれた逸品も多いのですが……」
「貴方が本好きなのは解りましたが、この国にはそういう本は出回ってませんから……一部禁制品みたいなのはあるみたいですけど」
「なるほど、どうりで市場でどれだけ探し回ってもない訳で……ですが、本が読めるのならそれだけで最高の環境ですわ」
それさえ満たされれば、と、ぐ、と拳を握って気合を入れるリリナ。
相変わらず表情は無表情なのだが、どうやらやる気に満ち溢れているらしかった。
そんな訳で、この日、ハウスキーパーとしてリリナを雇ってからというもの。
カオルの仕事が大幅に減った。
「すっげー暇なのな」
「暇ならサララと遊んでください。サララも暇なので」
「まあ、いいけどさ」
冬の間、カオルの家での仕事と言えばサララの話相手を除けば家事の大半がこれに当たるのだが、現状、食事以外の家事は全てこのリリナが片付けてしまっていた。
「……むん」
表情こそ代わり映えしないが、とても有能な家政婦である。
この少女、まだ年若いながら初日の時点で完璧であった。
おかげでテーブルに置かれたボードゲームなどガン無視でカオルの視線が向いてしまう。
掃除にしろ洗濯にしろ、全てが洗練されていて美しくすら思えてしまうのだ。
「メイドさんすげぇなあ」
「はい。メイドはすごいのです。最高なのです。最強ですよ?」
最強らしかった。謎の説得力である。
だがカオルは「確かにそうかもしれない」とそう信じてしまいそうになっていた。
特に根拠のないメイド最強論である。
「私などはメイドが好き過ぎてメイドになってしまったほどで……」
「すげぇな、好きってだけでプロになっちまったのか」
「はい。様々なライバルとの戦いやかつての姉弟子の裏切りなどの悲しみを乗り越え、私はとうとう最強の高みに上る事が出来たのです」
「何それすげぇ気になる」
「この家でメイドに求めるのは最強さではなく真面目さなんですが」
事もあろうに家事においては不真面目オブ不真面目なサララがツッコミに回る事態である。
まあ、口では色々余計なことを言いながらもこのメイド、手の方はシャカシャカ素早く動くのでサララも中々に文句の付け難い相手であった。
というより、カオルの相手を取られなければ別に口出しするつもりもなかったのだ。
「……なるほど。失礼いたしました。では私は隅っこの方で掃除していますわ」
そしてリリナはよくできたメイドであった。
サララの『カオル様の相手は私がするの』という、言葉には出ていない裏の気持ちを悟ったのだ。
気付かれた事を察して、サララも赤くなる。
「べ、別にそんな……むう、カオル様、遊びますよ!」
「別にいいけど、なんでそんな必死なんだ?」
「必死な訳じゃありません。私はいつでも余裕綽々です」
全然余裕がないままに余裕ぶろうとする。
だが、ボードゲームの上に置かれた駒を取ろうとする指先は震えていた。
(サララって結構、焦ってたりすると行動に出やすいよな……)
正面に座りながら、サララに誘われるままにボードゲームを始めるカオルだったが。
なんとなく、サララの癖のようなものが一つ見えたような気がして、楽しくなっていた。