#12.就職希望者→圧迫面接
翌早朝の事。
まだ陽が昇って間も無くという頃であった。
《ドンドンドン》
《コンコンコン》
ドアを叩く音。これが重なって朝の街に響いていた。
《ドンドンドン》
《コンコンコン》
反応が無いと見るや、更に叩かれる。
静かなはずの朝。他に音らしい音と言えば鳥の鳴き声くらいである。
最高にロックな騒音であった。
《ドンドン――》
《コンコン――》
「ああもううるせぇな朝から何なんだよもうっ!」
当然、その騒音は叩かれていた家の主――カオルにとってもやかましい大層やかましいものであった。
まだ肌寒い時間帯だというのに、突然の騒音に叩き起こされたのだ。
若干涙目であった。
「――あっ」
「――あっ」
立っていたのは若い男女。
カップルだろうか。そう思った矢先、互いが互いを押しのけようとしながら、大変見苦しくカオルの前に立とうとした。
「あのっ、私は集会所でハウスキーパー募集の依頼書を見て来たうぼぁっ」
「――私が先っ、私が先に見つけたんだからぁっ! 抜け駆けしないでよぅっ!」
「ええい邪魔をするなこの田舎娘めがっ! 私の方が先にミズキさんから声を掛けられたんだ、これは私の仕事だっ」
「わたしだもんっ! もう一週間もご飯食べてないんだからっ! 今度こそお仕事もらえないと私飢え死にしちゃうよぅっ!」
「飢えるなら勝手に飢えろ! お前みたいな天然ポケポケ娘にハウスキーパーは十年早いわっ!」
まともに自己紹介する間も無く、勝手に口喧嘩を始める二人。
カオルは唖然としたが、面倒くさくなったので空けたドアを閉めようとした。
「喧嘩は余所でやってくれよな。そんじゃ」
「あっ、待ってくださいっ」
「わぁんっ、待ってぇっ、見捨てないでぇっ!」
二人してドアを掴んで無理矢理開かせようとする。
カオルもこれで力はある方だと思っていたが、ピクリとも動かなくなって諦めた。
ため息混じりにそっと手を離し、ドアが開くに任せる。
「そんで……こんな早くから、なんなんだ?」
「で、ですから、集会所で依頼書を見て、『これだ!』と思いこうして推参したのです」
「わ、私もっ! あのっ、ハウスキーパー募集っていう紙を見たんですっ、それでいてもたってもいられなくなって!」
どうやら先日の依頼書の話らしかった。
まだ眠い目元をこすりながら「随分と早く来たなあ」と思いながらも、二人を改めて見る。
片や、長めの銀髪に青い目をした青年。
皺ひとつないぴしりとした黒いスーツを身にまとい、手には白手までつけている徹底ぶり。
美形と言っても差し支えない顔だちで、線は細いが袖から覗かせる腕はそれなりに筋肉がついているらしいのが窺えた。
片や、ピンク色のロングヘアーと赤眼の少女。
こちらは青年とは逆に真っ白で丈長のワンピースを着ていて、その上に黄色いエプロンをつけていた。
ゆるふわ系の顔だちながら背丈は青年より大柄で、相応に出るところも出ている。
「……あー」
どうしたものか、と、一瞬逡巡し。
周りの家から中の人達がそろそろと顔を出してくるのが見え、「ここで騒がれるのは面倒だな」と気づく。
カオル的には被害者気分だが、カオル達が出した依頼書が元でこうなったのなら、この騒ぎはカオル達の巻き起こしたものと受け取られるはずだった。
なんとも非常識な来客。
だが、無視する訳にもいかなかった。
(また扉叩かれるのも面倒くさいしなあ)
下手な対応をしてまた騒がれても困るし、扉を叩かれ続けるのも迷惑この上ない。
だが、今はまだサララは眠っているはずで、雇用云々の話はカオルには難易度が高すぎる。
至った結論は……騒動の元を家の前から動かす事だった。
「とりあえず、二人とも中に入ってくれよ。朝っぱらから大騒ぎしたら近所迷惑だぜ」
「あっ、すみませんっ」
「はうっ……クラウンさんの所為で怒られたぁ」
「んなっ、私の所為にするな私の所為にっ! そもそもお前が横から入ってくるからこんな事に――」
近所迷惑だと言った矢先にこれである。
流石にカオルも苛立ちの方が前に出てきてしまった。
普段温厚で事なかれ主義なカオルでも、怒る時は怒る。
「あんまりうるさいなら、話聞かずに帰ってもらうぜ」
「あっ、ごめんなさいっ」
「すみませんっ、すぐ入りますっ」
この辺りは雇用主の強みというものなのか。
志望者二人はペコペコ頭を下げながら家の中へと入って来た。
「――それで、騒がしいと思ったらこの人達が家の前に居た訳ですか」
「まあ、そういう事だな」
リビングに戻ったカオルを待っていたのは、ものすごく不機嫌そうなサララであった。
寝間着のままで色っぽく感じない事もない絶妙なラインだが、尻尾がぶわっとなっていた辺りでカオルは「うわこれやべぇ」とその機嫌の悪さを即座に察知した。
「あ、どもー、私、集会所でお仕事を紹介されてきた――」
「何抜け駆けしてるんだお前っ、ち、違いますよっ、私の方こそがミズキさんに紹介されてきた者で――」
「二人とも不採用で」
「えっ」
「えぇっ!?」
サララのあっさりとした一言に、機嫌を取ろうとしていた二人は一瞬で固まってしまっていた。
カオルも「まあそうだよなあ」と思いながらも、それにしてもばっさり切り捨てたサララに感心してしまう。
迷惑だとは思いながらも、それでも折角来てくれたのだから、と強く出られなかった自分と比べて、この猫娘の思い切りの良さといったら。どちらが男なのか解らないほど男前に感じられたのだ。
「あ、あのっ、そこをどうにかっ」
「私っ、もう一週間もご飯食べてなくて――」
「嫌です。知りません。私の寝る時間を無駄に削る様なハウスキーパーなんて要らないです」
据わったままのじと目で睨みつけながら、一人ソファにぼふんと座るサララ。
近くに転がっていたぬいぐるみなどを抱きしめ、眠そうにアクビなどをして。
そうしてまた、じーっと二人を見るのだ。
「いいですか? 私がハウスキーパーに求めるのは誠実さと真面目さ、そして空気を読める賢さです。家の中に入る前の時点で、カオル様は貴方達になんて言いました? 一度は怒ったはずですよね? それで引けない時点で、貴方達の採用はありえないです」
解りましたか、と、理解を確認するように問いながら手を挙げ、ふりふり。
「――お引き取りなさい。私はとても機嫌が悪いのです。貴方達のその熱意は、別の仕事に向けた方がいいと思います」
「は、はい……」
「失礼、しました」
あくまで声の調子は普段と大差ないままに。
だが、カオルを前にして大騒ぎするような二人をしても低調にならざるを得ない、そんな言葉の重圧が込められていた。
見た目こそただの猫耳少女に過ぎないこのサララを前に、二人は完全に委縮し、低姿勢のまま、カオルへ頭を下げる。
「失礼いたします。ご迷惑をおかけしました」
「あの、ごめんなさい……」
「あ、うん……気を落とさないでくれな」
これに関しては、入り口ではっきりと駄目だと言わなかった自分にも問題があるのだと思い、つい同情的になってしまったが。
肩を落とした様子の二人は、それきり振り返ることなく家から出ていった。
「ふー、全く、迷惑な人達もいたものです」
「まあ、確かに迷惑だったけどな……でも、熱意はすごかったな」
「そうですね。家が大きくなって、お屋敷って呼べるくらいになったら、ああいう人達がいてもいいとは思うんですよ」
さっきまでの緊張感はどこへやら。
ぬいぐるみを抱きしめながら、サララはそのままソファに横たわってしまう。
そのままじゃ寒かろうとカオルが暖炉に火をつけると、サララは「ありがとうございます」と、横になったまま微笑んだ。
「でも、あれ? それじゃ、サララ的には今の人達って、そんなにダメな人達じゃなかったのか?」
「人柄的にはそこまでは。ただ、屋敷の管理を任せるっていうとちょっと心配かなって思いましたね。雇い主に迷惑を掛けちゃうのはダメですよ。お仕事が欲しかったのかもしれないけれど、私が今重視してるのは熱意ではなくて淡々とこなしてくれる堅実さですから」
勢いばかりの人はちょっと、と苦笑い。
どうやら、丁重にお帰り願う為の演技だったらしい。
いや、寝起きを起こされて不機嫌だったのは確かだったのだろうが。
ただ、どこまで演技だったのかはカオルにもちょっと解らなかった。
「ハウスキーパーって、主人の留守の間の家を守らないといけないんです。だから、少しくらい地味でも、真面目で、変な欲を掻かなくて、マイペースな人の方が向いてると思うんですよ」
「そう考えると、確かにさっきの二人はちょっとな」
「一人ずつ来たらダメな部分は隠してたかもしれませんけど、二人同時に来た所為でお互いの地が出てしまっていた感じですね。大きなお屋敷で、メイドとか執事としてなら欲しかったかもしれません。勿論、能力次第ですけど」
少なくともこの家を管理する分には必要のない人材だった、という事。
どっちみちあの二人には無理な話だったんだな、と、カオルも頷いた。
同時に、先ほどからサララの口から出る『お屋敷』というフレーズが、なんとなく気になってしまってもいた。
「やっぱ、サララ的にはでかい家の方がいいのか? 俺としては、これくらいで結構快適なんだけど」
「んー……そうですねえ」
聞かれて、一瞬きょとんとしていたが、やがて考えるように視線を暖炉へと向ける。
ゆらゆらと揺れる炎。
赤い瞳に、その炎が映し出され――やがて、また視線がカオルへと戻った。
「距離感が、大事かなあ」
「距離感?」
「あんまり大きくなって、カオル様と会う頻度が減ったら嫌ですし。そういう意味では今くらいが一番かなあ」
オルレアン村の家も中々でしたが、と、秋までの生活を思い出したような事を語る。
相変わらずの直球であった。
一緒に居たいから今の家がいい、なんて、カオルにはとてもじゃないが言えそうにないセリフだった。
おかげで、朝からカオルは熱くて仕方ない。
暖炉の傍に居るから、赤くなっていても違和感はないかも知れないが。
カオルは、どうやって自分のこの胸の高鳴りを誤魔化そうか、困ってしまっていた。
そんな、一日の始まりであった。