#11.ハウスキーパーを雇おう!
街の東側にあるマーケットの中心部。
人ごみの中ここまできた二人は、ある建物の前で足を止めた。
「集会所?」
「はい。ここには職を探す人が集まって、街の役人さんがそういう人にお仕事を斡旋する仕組みがあるんですよ~ささ、入りましょ」
「お、おぅ」
簡単な説明だけして、手を引いて歩き出すサララ。
カオルもよく知らないだけに、言われるまま、連れられるままについていく。
「おはようございます」
「あら、可愛いお客さんだこと。おはようございます。今日はお仕事を探しに?」
「いいえ、ちょっとお仕事をお願いしたくて」
入るとすぐの所にカウンターがあって、そこに小奇麗な格好の女性が案内役として立っていた。
サララは慣れた様子で話を進めていってしまうが、カオルにとっては入った事もない施設。
ちょっと困惑気味にきょろきょろしてしまう。
この辺り、彼はまだ役所だとか、そういった公共施設を利用する事に慣れていないのだ。
「お仕事の依頼は左側の部屋に窓口があるのでそちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
「いえいえ……良い方と出会えますように」
カオルの顔をちら、と見た後、受付嬢は手先を左へと向け、柔らかな微笑みを見せた。
サララも「ありがとうございます」とだけ返し、すぐにまたカオルの手を引っ張る。
「あ、あの、どうも」
「はい」
引っ張られながらもお礼を言うと、どこか可笑しく思ってか、受付嬢は口元を隠しながら会釈していた。
「なんか、笑われたような気がしたぜ。やっぱこういう場所に俺って、不似合いなのかな」
「まあ、あんまりお似合いではないですよね」
「や、やっぱそうか……」
左側の部屋に入り、そちらの窓口で今度は予約札を受け取り、長椅子に座って待つ。
小さな木片だったが、役所を示すペンのマークが彫られた、ちょっと格好いいものだった。
これを手の中でいじりながら、カオルは先ほどの受付嬢の態度が気になってぽそぽそと話すのだが。
サララはサララで、あまり気にしないのかあっさりとした返答で流すのみであった。
これには、カオルもちょっと虚しく感じてしまう。
必要があるからと連れられたのだろうが、微妙に居心地が悪いというか、不慣れな場所にいるのが辛いのだ。
(なんか、職員室にいるみたいだよなあ……ああ、嫌な懐かしさだなあこれ)
自分もこの世界では大人扱いだと解ってはいたが、大人ばかりで子供が自分一人みたいな状態になりやすい向こうでのそれと、どこか似たようなものを感じてしまっていたのだ。
何せ、周りは自分達と同じように仕事を依頼しに来た大人ばかり。
恰幅のいい中年や、高級そうなスーツに身を包んだ紳士など、ある程度懐に余裕のある者ばかりがいたのだから。
広さ的に余裕のある間取りで、色々な職員が仕事をしているのが見えるのも、それらしく感じてしまう一因であろうか。
「君達は、ここを使うのは初めてかね?」
そんな中、同じように正面に座っていた紳士が、気さくにも声をかけてくる。
ちょっと驚いてしまったカオルだが、すぐに「ああ」と短く答えた。
「仕事を依頼する時は、初めは技能ばかり気にしてしまうが、あまりその辺りは考えず、人柄の方を重視するといいよ。少しくらい使えないと思っても、真面目で人の話をよく聞くような人は、仕事の上達が早かったりするもんだ」
「真面目で人の話を……そうなんだ。ありがとう」
「いやいや。私も君たちくらいの頃から商売をしていてね。最初は能力でばかり選んでいて痛い目を見たから、つい年寄りじみた事を言ってしまった。だが、そんな教訓でも役立ててくれればと思うよ」
「確かに、そういう人の方が信頼しやすいですもんね。勿論、人柄が良くて能力が高い人が一番ですけど」
「ははは、違いないね。だが、毎回毎度、そういう人材が仕事を求めているとは限らないから難しいんだ。時には割り切りも必要になったりする。そういう時は――」
名のある商人らしいこの紳士。
手に持っていたシルクハットを見つめながら、何か言おうとして――やがて『三番の札の方』と窓口から呼ばれ、立ち上がった。
「すまないね、順番が来たみたいだ」
「あ、うん」
「為になるお話、ありがとうございました」
猫かぶりモードのサララは、とてもにこやかあな笑顔で紳士を見送る。
「年寄りの話を聞いてくれてありがとう。猫耳のお嬢さん。それから『カルナスの英雄』殿も、ね」
対し、紳士は爽やかな笑顔と共にカオルを一瞥。
そのまま、手を挙げて去っていった。
「……なんか、続きが気になる話だったな」
「んん……多分、『募集を続けるべきか、打ち切るべきかの判断を柔軟にしなくちゃいけないよ』とか、そんな感じの事を言いたかったんだと思いますが」
「そうなのか? よく解るな?」
「今の人、ちょっとした有名人ですからね」
カオル様は知らないんでしょうけど、と、相変わらず冷めた様子で窓口に立つ紳士を見つめるサララ。
猫を被っていたのはいつもの事としても、その冷めた視線には何か含みがあるように思えて、カオルには気になっていた。
『お待たせしました、五番の札の方』
少し経ち、カオル達の持つ札の番号が呼ばれ、いそいそと窓口へ向かう。
「こんにちは。本日は、どういったお仕事のご依頼ですか?」
窓口では、受付同様大人のお姉さんが微笑みを湛えながら用件を問うてくる。
とても綺麗で、そして優しそうな笑顔。
緊張にコチコチになっていたカオルも、なんとか平静を保つくらいはできていた。
「その、ハウスキーパーを雇いたくて」
「ハウスキーパーですね。人数や性別や年齢、経歴などに指定はありますか?」
「え、えーっと……」
なんとか答えたその先に更なる質問。
カオルはいよいよ後がなくなり、困ったように隣のサララを見た。
職員も、サララへと視線を向けた。
「人数は一名。性別は女性が好ましいですが、選択肢が無かったり特別な事情があるなら男性でも構いません。年齢は16歳以上、上限はありませんが一人でもテキパキ働けて、住み込みでも怠けることなく、毎日きちんと家の管理をしてくれる人がいいですね。経歴は問いませんが、経験者でしたら優遇します」
「その条件でハウスキーパーですと、専門業種扱いで相応の賃金と勤務条件が事業者義務として課せられますが、その辺りは問題ありませんか?」
「大丈夫です。お金も心配要らないので、規定通りの条件で依頼書の作成をお願いします」
「承知いたしました。本来でしたら初めてご依頼の方には人別書や保証書などの提出をお願いするところですが……貴方がたは問題ありませんね。こちらで処理しておきますので、本日はお引き取り頂いて結構です」
すらすらと言葉が引き出せるサララもすごいな、と思って見守っていたが、話の合間、やはりちら、と、職員がカオルの顔を見て、またサララの方を向く。
それがどうにも気になったのだが、話はもう終わったらしく、サララも「お願いしますね」とにっこり猫かぶりスマイルになり、窓口から離れてしまった。
仕方なく、カオルもサララについていく。
「なあ、さっきのって、あれでオッケーなのか? なんか、話がどんどん進んじゃってよく解んなかったんだけど」
結局、それからまともに話ができたのは外へ出てから。
隣を歩きながら、ようやくサララに窓口でのことを聞けたのだ。
サララは「うに?」と不思議そうにカオルを見上げ、また歩き出した。
「さっきのは、依頼書の作成をお願いする工程ですね。ああやって内容を説明して、あちらの人達に『お仕事をしてくれる人』を募集する為の書類を作ってもらうんです。書類が出来たら今度は『お仕事をしたい人』が集まる所に持って行って、張り出すんですよ」
「それを見た人がウチに来るって事か?」
「そうですね。来てくれれば。だから、早くても一日か二日くらい掛かります。あんまり条件が厳しかったりするといくら待っても来なかったりしますけど、家の前に張り紙を張っただけだと条件が良くても一月二月掛かるのがザラなので、さっきみたいに集会所を使う方が効率はいいです」
その辺りの塩梅が難しいんですよね、と、ちょっと伸びてきた髪の毛を弄りながら説明してくれる。
おかげでカオルにもなんとなく、さっきの流れが解ってきた気がした。
「条件的には、さっき言ってたのって厳しかったりするのか? なんか難しい事言ってた気がするけど」
「さっきのって、そんなに難しいことは言ってないんですよ。住み込みで、ある程度真面目な人ならそれでオッケーっていう事ですし」
「なんか、専門業種がどうとか、賃金と勤務条件がどうとか……」
「あー、あれですか。あれは長期間住み込みで働いてもらう時に、規定通りの賃金と食事などの休憩時間や睡眠時間なんかを保証しますよっていう約束ですね。『雇う側はこれを破ってはいけませんよ』っていう確認みたいなものです」
「労働条件、とか、そんなアレか?」
「そんなアレですね。あの人達は、そうやって最低限の条件を提示してそれを元に働いてもらう代わりに、働く人からお給金の何%かを紹介料として受け取ってるんです。集会所がある程度保証してくれてるはずなので、変な人が来にくくなるのも魅力ですね」
なるほど、と、サララの説明で納得できたカオル。
先程よりは明るい顔になり、「為になるなあ」と素直に感心していたのだが。
それとは別に、先ほどの受付嬢や職員の、自分に対しての視線の意味が気になってしまっていた。
自分のような素人はそういう態度で接せられるものなのか、と思うと、これから先、こういったところに出入りするのが怖くなってしまいそうで、なんだかもにょもにょしていたのだ。
どうせ知らないで恥をかくなら、と、これもサララに聞いてみることにした。
「あのさサララ、さっきの人達、なんで俺を見て笑ってたんだろうな」
「笑ってましたねー。まあ、仕方ないですよね。カオル様だし」
「俺だからなのか」
「そうですよー。カオル様だからです」
役所初心者だからとかではなく、自分だから。
そういう理由で笑われていたのだと思うと、なんだか嫌な気分になってしまう。
だが、落ち込みそうになっていたのを見てカオルの思い込みに気づいたのか、「ああ違いますよ違います」と、カオルの手をぎゅっと握りながらカオルの前に立つ。
当然、カオルも足を止める。ぶっつきそうになって、見上げてきたサララとの視線の距離が急速に縮まってしまう。
どき、としながら、視線を逸らすと、サララははにかみながら言葉を続けるのだ。
「あの人達がカオル様に笑いかけてたのは、馬鹿にしてたからとかじゃなくて、多分好意的に見てる事の表れだと思いますよ。『街の危機を救ってくれた方だから』とかそんな感じで」
「……あれ? 笑われてたんじゃなくて、笑いかけてくれてた的な意味だったのか?」
「それはそうですよ。役所の人って基本不愛想ですから、ああいう風に笑いかけてくれるのって珍しいんですよ。それだけ、カオル様は街の人から感謝されてるって事です」
もうちょっと自分のした事に自覚を持ってくださいね、と、苦笑いしながら握った手をそのままに、また隣に立つ。
ちょっと恥ずかしくなってしまって、カオルは頬が熱くなっているのを感じながら、また歩き出した。
「もしかして、さっき窓口の人が言ってた『貴方がたは問題ありませんね』っていうのは――」
「あれはですね、普通なら必要な書類を提出する事を求められるんですけど、カオル様はそれだけこの街に大きな貢献をしてくれたから免除してあげますよっていう信頼の表れです。役所の人がこんな事言ってくれるのはよほどの事ですので、当たり前のように思ってはいけませんよ?」
解りましたか、と、ちょっと先生じみた言い方で確認してくるサララ。
年下っぽいのに、どうしてかこういう時は年上のような知性を見せてくるのだ。
カオルは心底「サララにはかなわないな」と思いながらも、「ああ、解ったよ」と素直に頷いておくことにした。
何もかもそうなるとは限らない、というのは、確かに肝に銘じておく必要があるのだから。
こうして、ハウスキーパーを雇う準備は整ったのだが。
この時二人は、まだ後に起こる騒動を知る由もなかった。