#9.ニューイヤー・昼過ぎ
年明けも昼過ぎともなれば賑わいは倍増しとなっていた。
早朝から人出が多かったが、早い時間帯には見られなかった子供や老人の姿も見られるようになり、いよいよもって祭りの様相を醸し出す。
「この街の人って、ほんとイベント好きだよな。冬祭りの時もそうだったけどさ」
広場にて。
そんな活況の通りを眺めながら、二人は広場に用意された即席の席を確保して寛いでいた。
木造りの器に盛られた『ヒヨヒヨ鳥のゼリームース』なるものを口に運ぶ。
プルプルとしたゼラチン質の食感。
ほどよい温度に温められていて、甘めの煮汁と合わせて焼きたてのパンと交互に頬張る。
「合うなー、これ」
「ふふっ、美味しいですよね、ゼリームース」
「今度挑戦してみよう」
一緒になって食べるサララもほっこり笑顔である。
こちらは、どちらかというとカオルの顔を見て楽しんでいるようだったが。
「エルセリアの中でも、二番目に大きな都市ですからね、カルナスは」
「二番目って事は、こういうでかい街って他にもあるんだな。今のところ、村とか小さな町とかは見たんだけどさ、ここまででかくて塀に囲まれた街って、他に見た事ないなって思ってたけど」
賑わいは街の規模から。
そう考えれば、と、同じような規模の街は国内にどれくらいあるのか、それが気になっていた。
すると、サララは訳知り顔で「そうですねえ」と胸を張りながら説明を始める。若干育っていた。
「この辺りって、王国領内の西側なんですよね。カルナスは西側で一番大きな街でして。それで、王城があるじゃないですか? 王城を挟んで東側が、領内の東側地域になるんです。東側には、国内最大の都市・王都リリーナがあります」
「リリーナかあ……やっぱ、カルナスみたいに壁に囲まれてるのか?」
「リリーナはカルナスと同様にかつての王城防衛の要衝として築かれた城塞都市ですから、同じように大きな城塞に囲まれてますよ。ただ、カルナスと違って軍事設備はそんなでもないらしいと聞きますが」
大体そんな感じです、と、満足げに説明を終える。
細かいところまでは説明がなかったが、カオルにとってはそれで十分だった。
「東側の王都か……機会があったら行ってみたいな」
「後、リリーナほどではないですけど、セレンっていう町が王国でも一番大きな港町だったりします。昔のニーニャみたいな感じになってるようですね」
「へえ……じゃあ、ステラ様の船もセレンから出港したのかな」
「多分そうだと思いますよ。最新式の魔導船ですから、セレンの造船施設じゃないと造れないでしょうし」
あれってお金かかるんですよねえ、と、ちょっと視線を上向けてから、また戻す。
「ただ、これらの街や軍港はあくまで国王の直轄領内ですから、国の北側や東西の隅っこの方とかは貴族領だったりします。そっちはまた、直轄領と違った発展の仕方をしていると聞きますね」
「色々あるんだなあ、この国って」
国王の直轄領だとか貴族領だとか、そんな歴史の授業で習いそうな言葉が出てきて若干苦手意識を感じていたカオルだったが、幸いにしてサララはそこまで難しい事を説明する気もないらしく、また視線を屋台へと向けていた。
「カオル様、これ食べ終わったら次はあの『スプレーパパワ』が食べたいです。虹色の」
「まだ食べるのかよ……なんか食欲すごくないか?」
サララの食欲が旺盛なのはいつもの事ではあったが、それにしても食べ過ぎではないかと。
若干心配になってしまったが、サララは「いやいやそれが」と真顔になって手を振り振り。
顔はともかく、耳と尻尾もぴょこぴょこと動きとてもコミカルであった。
「快気した所為なのかは解らないですけど、ものすごくお腹が空いてしまって。なんなんでしょうねこれ?」
「まあ、病気とかじゃないならいいんだけどな……スプレーパパワか」
本人的には無理矢理食べているという訳でもないらしいので、と、とりあえず屋台を見る。
置かれている看板だけではカオルには何の店なのかすら解らなかったが、実物を見る限り、串刺しにされている果物のようだった。
それに、色とりどりのパウダーが掛けられている。
「あれって、何の果物なんだ?」
「パパワですよ? ご存じないです?」
「ご存知ねぇなあ」
原型が解ればもしかしたら見覚えくらいはあるかもしれないのだが、見た感じカットされていて、しかもパウダーが掛かっているせいで元の色すらはっきりしない。
ただ、甘い香りがさっきから漂っているのがこれだったようで、デザートとして考えれば案外悪くなさそうではあった。
「あの掛けられてるのって……砂糖か何かか?」
「あれはですね、『リーフパウダー』と言って、色によって甘さの種類とか強さが違う粉なんです。虹色は一番甘くて一番濃いんですよ」
濃いの大好きー、と、にぱーっとした顔で語るサララ。
色によって味の変わる粉。
材料は不明ながら、「どんな甘さがあるんだろう」と、興味を感じてはいた。
「んじゃ、これ食い終わったらな」
「やたっ、そうと決まれば食べるのに集中しましょうね」
「わかったわかった」
子供のようにはしゃいでスプーンを手に取るサララ。
スプーンが触れるや弾力豊かに揺れるゼリームースを見ながらに、カオルは「こういう子供祭にいたよな」と苦笑いしていた。
「わー、いい陽射し。素晴らしい年明けですねえ。晴れ晴れしいというか、清々しいというか」
「いい気持ちだよな」
「ほんと、きもちーです」
食事が済めば、後はぽけーっとした時間だった。
賑やかな広場の中、二人、ぼーっと陽射しを浴びながら時間を過ごす。
一年の終わりと共に冬が終わり、新年と共に春が訪れるこの世界は、カオル的にはまだまだ不思議が多かったが。
二人でこうして和みながらに温かな陽の光を浴びてのんびりするひと時。
これこそは、どこの世界に行っても変わらない『幸せ』なんじゃないかと、そんな事をうっすら考えていた。
自分が向こうで知ることの無かった幸せ。
それを、彼は今身をもって知り、そして染み入るほどに浸っていた。
(ああ、いいなあ、これ)
ただ陽を浴びるだけの幸せ。
ただ陽を浴びるだけなのに得られる幸せ。
幸せを感じられるだけの心の余裕が、今のカオルにはあったのだ。
そして、その幸せを共有できる相手も、隣にいた。それが嬉しい。
「サララ」
「うに……? なんです?」
ちょっとうとうとしてきていたのか、反応が遅れるサララ。
それでも、テーブル向かいで笑顔になってくれるこの猫耳少女に、カオルはニカリと笑いながら、こう言うのだ。
「今年も、よろしくな」
カオルの一言に、一瞬驚いたように眼をぱちくりさせていたサララも、やがて柔らかく微笑みながら「はい」と答えた。