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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
8章.エルセリア王国編4-静かな冬の日々-
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#2.海の王の巫女


「それで、巫女さんはなんか用事があってここの宿に来てたのかい? 今まではここで食べてても全然見かけなかったけどさ」


 あらかたのところ食べ終わり、ようやく一息ついたところで、カオルはこの巫女が自分たちの前に姿を現した理由を問うていた。

もっと早く聞くつもりではあったが、例のマナーだの食品制約だのの話の所為で中々切り出せず、タイミングを窺っていたのだ。

カオルの質問を受け、海の王の巫女リームダルテも口元を拭き紙で拭いながら目を伏せる。


「本当は、もっと早く顔を見せるつもりだったのじゃ……少し前に町を騒がせていた船幽霊の一件。アレは私にも少なからず関係のある事だったのでな……」


 そのつもりだったのじゃが、と、また目を見開く。

少女のようにくりくりとした大きな目ではあったが、そこに込められた視線の力は大人のソレと何ら遜色ない。

いや、むしろ並の大人以上の、何かしらの力を感じる眼力であった。

カオルとサララもそれを感じ、息を飲んで言葉の先を待つ。


「だが、部屋の掃除が忙しくてそれどころではなかったのじゃ……」

「……うん?」

「部屋の、掃除……?」


 俯きながら、深刻そうにため息混じりの言葉ではあったが、カオルもサララも目をぱちくりさせていた。

意味が解らなかったのだ。一瞬、混乱しかけていた。


「ここの宿ときたら、50年前から言っておるのに未だに客室の掃除がなっとらんのじゃ! 仕方ないから私が自ら掃除用具を借りて朝も夜も隅々まで掃除をしていて――」

「まさか、今まで見なかったのって、ずっと自分の部屋の掃除をしてたからなのか……?」


 先程までの威厳すら感じさせる巫女の空気はどこへやら。

今となってはもう「残念な巫女さん」という空気ばかりが漂っていた。


「当然であろう? 私は海の王の巫女。汚い部屋で生活などしていたら気が淀んでしまうではないか! だがこの寂れた港町という空気自体にも問題があるのじゃ。こう、人気が無いと空気の方も淀んでくるというか、その所為で窓を解放しただけで淀んだ外気が――」

「あ、あの、とりあえずお部屋の事は良いので、その話はやめません?」


 空気だけが漂うならまだいいのだが、よほど部屋の掃除がなっていなかったのが腹立たしかったのか、ぐちぐちと大声でまくしたてる始末である。

食堂で、ほかに客がいるのにそんな事をすれば、当然他の客からの視線も浴びる。

これにはサララが敏感に反応し、即座に収めようとした。


「む……確かに、このような場所で愚痴るのは不作法であった。すまぬ」


 幸い、興奮していても自分を客観視出来る程度には自覚があるのか、リームダルテは俯きながら小声で謝罪した。

それを見て、他の客は視線を元に戻す。

これ以上続いていたら絡んでくる客の一人もいたかもしれないが、誰しも朝から騒ぎなど起こしたくない、というのが本音だったらしい。

この辺り、ここに集まる客は変に荒くれている連中ではなく、ある程度の文化的な生活が根付いている人ばかりなのがよく解る一幕であった。



「それで、リームダルテさん、船幽霊の一件に関係があった、というのは……?」


 周囲の空気が落ち着いてくれたので、安堵ながらにサララが話を進める。

リームダルテもまた、サララに話を振られ、元の真面目な雰囲気に戻っていた。


「うむ……実は、例の一件な。恐らく()の契約が原因で起きた問題だったのではないかと、私はそう思っていたのだが――」

「奴っていうと?」

「そなたらは知っておろう? 艦隊を率いておった『提督』の事じゃよ。名は何と言ったかアル……アルマリアじゃったか?」

「アルメリスだぜ」


 そんなに覚えにくい名前でもないのだが、この巫女にとってはそうでもないらしく。

カオルに教えられ「おお、そうじゃったか」と、すっきりしたような顔をしていた。


「そのアルメリスがな、出港前に、艦隊を代表して祠に出向いたのじゃ」

「へえ、提督さんがなあ」

「だが、あ奴め、無茶な願かけをしおってなあ……さっきも言うたが、巫女は海の王と祈る者との橋渡し役なのじゃ。祈る側が無茶なことを言えば、当然王は反発し、私に対し譲歩を提案するか破棄するかを選ばせようとしてくる。その時のアルメリスの祈りも、そのままでは王には聞き入れられなかったのじゃ」

「それって、どんな願いだったんだ?」


 あの(・・)提督の願いである。

よほど重要な事だったのだろう、とはカオルも思っていたが、リームダルテも俯きながら、また口を開いた。


「『艦隊員全員のニーニャへの帰還』。つまり、アルメリスは全員の生還を王に祈ったのじゃ」

「そういうお願いって、通るものなの……?」

「場合にもよる。例えばこれが商船や旅客船が航海中の安全を、というなら、嵐に遭った時の被害を最小限に抑えたりするくらいはしてくれるのじゃ。だが、これが戦時中、戦争に向かう者が無事の帰還を祈るというのは、いくらなんでも不確定な状況が多すぎて王にも加護のしようがない」

「それじゃ、通らなかったのか……?」

「……私が説得して、妥協させたのじゃ。結果、『全員のニーニャへの帰還』は王に受け入れられた。ただし、『生還するとは限らない』という制約をつけられた」

「つまり、『絶対に生きて帰れるという保証まではしませんよー』って事なんです?」

「そういう事じゃな。ニーニャに還すところまでは面倒を見てやるが、戦争の経緯や戦闘結果までは面倒見きれんという事じゃ。人同士の(いさか)いなど、自然界の王から見ればまさしくどうでもいい事この上ないからのう」


 バカバカしい話じゃが、と、空になったコップを見やりながら一息。

近くに置かれていた水差しに手を伸ばし、コップへと水を注いでゆく。


「ただ、王がその条件で認める代わりに、アルメリスは一つの担保を差し出さなくてはならなかった。正確には、奴が自分から言い出して差し出したものじゃが」

「担保……?」

「自分の魂じゃよ。『必ず全員を帰還させてくれるなら、死後の自分の魂を如何様(いかよう)に用いても構わない』。つまり、魂の取引よ」

「それって……生贄みたいな」

「駄目ですカオル様!」

《バン!》

「えっ」


 リームダルテの話を聞いていて、カオルはうっすら「悪魔とか呼ぶのに生贄使ったりするって話もあったよなあ」というのを思い出し、口に出したのだが。

これにはサララが強くテーブルを叩きながら、声を荒げ制していた。

おかげでカオルも驚き、それ以上は言葉が出ない。

見れば、サララは必死の表情。そしてそれ以上に、リームダルテの顔は険しくなっていた。

怒りというか、殺意すら感じられるほどに。


「いや、違うんだ。うん、勘違い。俺、まだそういうのよく知らなくって」

「……勘違いなら仕方ないのう。モノ知らずは罪ではない。知らぬことに気づけたなら学べばよいのだからな。いつまでも学ばぬのは大罪人であろうが、な?」

「そ、そうですね。勘違いならいいんです。もう、カオル様ったら勉強不足なんですからー」


 絶対に『仕方ない』では済まされない空気だったが、それでもカオルがそれ以上続けていたらどうなっていたか。

剣呑な雰囲気を漂わせながらに水を飲むこの一見少女な巫女様を前に、カオルは背筋が凍り付くのを感じていた。

サララはというと、必死にカオルのうっかりミスであるという事を強調して、それだけでこの場を収めようとしている。

先程からサララはかなり気を遣っていたが、今のは危うく暴発しそうだったので心底焦っていた。


「解っている事とは思うが、我らが海の王は生贄などは取らん。祈りを捧げし者ならばそれがどんな者でも祈りに見合っただけの加護を授ける。故に魂の取引と言うても悪魔信奉者や邪教の信徒の行う生贄の儀のような穢れたものとは意味が違うのじゃ。決して混同してくれるな?」

「あ、うん……ごめんなさい。気を付けます」

「解ればよい。私は素直な者は嫌いではない。どこぞの神官のように説教ばかりするつもりもないのじゃ。話が進まんからの」

「ごもっともですね、あはは……」


 素直に謝ったカオルを見て、リームダルテも幾分機嫌を取り戻したのか、「仕方のない奴じゃ」と苦笑いを浮かべていた。

これ以上は怒られることはないらしいと、カオルも胸をなでおろす。


「海の王に魂を捧げるという事は、つまり、海の王の眷属になるという事。そんな事を自分から申し出た者などいなかったから私もそれがどんなことになるのかまでは実際に目にするまでは解らなかったが……目にして解った。ああなる(・・・・)のだな」

「それって、つまり、提督さんがいつまでも港に残ってたのって……自分からそれを願ってしまったからって事なのかい? その、海の王に、自分の魂を捧げちゃったからっていう……」

「ああ、そういう事じゃ。あ奴は恐らく、これから先も永遠にあの姿のまま消える事ができぬのじゃろう。海が存在する限り。奴はもう、海と同化してしまったのじゃ」

「同化って、それじゃ――」


 いつまでも消えない提督。

それがどういう事なのかの説明を、その先の話を聞いてしまうのが、二人にはそら恐ろしく思えてしまったが。

それでも、こういう時に前に出てきてしまうのは「その先を知りたい」という好奇心、いや、事態に関わった者の義務感というものであった。

聞かずにはいられなかったのだ。提督が、どういう事になっているのかを。


「――浄化はされぬ。永遠にあの世へと届くことなく、死したるままにこの世を彷徨い続ける事になるのだろう」

「でも、海の生物とかも眷属なんだろ? それじゃ、普通に死んだりするって事じゃ――」

「海の生物は、その存在が保たれていると王に認識されている間だけ眷属なのじゃ。料理されていようと、誰かの腹に収まろうと、この世にある限りはな」


 目を細めながらにカオルの前の空になった皿を指さし、やがて指をカオルの腹へと向ける。

つまり、今食べた小魚もまた、カオルの腹に収まって尚眷属のままであるという事。

そうして「だが」と、リームダルテは説明を続ける。


「あ奴の身体は既にこの世には残っておるまい。その状態で魂の方が眷属化するという事は、魂そのものが失われなければ眷属化は解けぬという事。だが、眷属である限りは自然界の王の管轄になってしまうから、天へと上る事が出来なくなる。つまり、浄化されることがなくなるのじゃ」

「えーっと……それってつまり、どうやっても救われることがないって事……?」

「そういう事じゃな……ま、本人の性格がまともだからの、救いがあるとするならそこじゃろうが……あ奴、激戦も経験したろうに五十年前と全然変わっておらん」


 あれも変わった奴よ、と、表情を崩して苦笑いで区切るリームダルテ。

空気が若干和らぎ、カオルも喉が渇いている事に気づいて、コップの水を飲みほした。


「提督さん、良い人みたいですしね。今のお話を聞いても、部下の事を大事にしてたんでしょうし」

「うむ……面倒見のいい奴ではあった。海の王とて、本来ならそんなルール違反ギリギリの取引などせんはずじゃが……奴のその真面目に打たれたのじゃろうな」

「自然界の王様を動かしちゃうくらい誠実だったって事だろ? すごいよなあ」

「本当にな。だが、結果として例の騒動じゃ。もう気づいておるとは思うが、あ奴の祈りが届いた以上、この港に帰還してくるのは、奴の乗座船だけではない」

「……あれ? それってもしかして、これからも、ああいう(・・・・)事が起きたりするって事……?」

「するんじゃろうなあ、多分」


 やれやれじゃ、と、脱力しながら身を縮こませる。

その様は何も言わぬまでも「これから先に起こる事」を二人に想像させた。

つまり、終わらないのである。

終わった気になっていたが、実際にはこれから先も起きるという事。


「町長さんには、しばらく港にそういう(・・・・)人を用意しとくように言っとくぜ……」

「うむ。それがよかろうな……今港に停泊しているぼろ船を除いて、あ奴の配下の艦船は全部で14。どれだけの時間かかるかは解らんが、それだけの数、帰ってくるはずじゃ」

「14回もアレをやるのかぁ……」

「一度に戻ってきてくれるといいんですけどねえ」


 巫女の言葉に、二人して「たはは」と苦笑させられてしまう。

クイーン・パメラの帰還の時こそは感動的な瞬間ではあったが、それが幾度も続くとなると、流石に感動の安売り過ぎて港の民も困惑させられそうだった。

いや、確かに大事なことではあるのだろうが、「せめて少し時期をずらしてくれればいいんだけど」と、カオルは食べ終わった皿をまとめていく。


「提督さんにはこの話はもうしたの?」

「うむ……あ奴、地縛霊同然になっておるのに堂々と昼間から波止場におったからな。説教ついでに説明してやった」

「説教って?」

「『幽霊なら幽霊らしく夜中に出んか』とな。あれではありがたみも怖さもありゃせん」

「確かにそうかもしれませんねぇ」


 騒動解決後、港に住まう事になった提督は、本人的には生きている時と何も変わらないつもりらしく、普通に昼間から人々の前に姿を現していた。

戦争時の話や昔の船の動かし方などを町の子供や若者達に乞われて聞かせていたり、歴史探求の為訪れた者に頼まれ当時の事を教授したりと、当時の人間なりの現代での生き方というのをしているつもりらしかったが、実体が薄れ物理法則を無視する彼の存在は紛れもなく幽霊そのものである。

昼間から出る幽霊というのは珍しいが、幽霊として考えると怖くもなんともなく、しかも本人がとても誠実で真面目な人間な所為で普通に接する事が出来てしまうという、とてもらしくない(・・・・・)存在であった。


「今こそ珍しさもあって昼間に居ても誰も気にせんがな、ああいうものはすぐに慣れられてしまうものじゃ。姫君の策あってあの場にいるのなら、尚の事幽霊らしさは維持せねばなるまいよ。そういった意味では、私は『不気味ではあるけれど貴重な情報を知っているミステリアスな亡霊提督』のようなイメージを持たせた方がいいと思うのだがな」

「今の提督さんじゃ爽やか過ぎるもんな。むしろ格好いいって思っちゃうよな」

「格好いいのはいいと思いますけどね。でも、確かに昼間から出てくるようだと幽霊っぽさはないかも」


 実際問題、カオル達はもう慣れてしまっていて普通の人と大差ないくらいに話せてしまっている。

こう(・・)なられては幽霊らしさも何もないというのは、間違いのない事実であった。

そしてそれは、ニーニャという町を復興させるためのキーの一つである『幽霊提督』という存在を軽くしてしまう。


「今のままじゃちょっともったいないことになってるって、町長にも言っておくことにするよ。もしかしたらいい感じの案が出るかもしれないしな」

「それがいいと思うぞ。ああ、私ではなくそなたらのように言葉を聞かせられる者がいるというのはいいな。私のような年寄りでは、煙たがられるだけで一向に埒が明かん事もある。船幽霊の騒動の時だって、私に話を持ってくれば何の怖がることもなかったろうに、全く、この町の連中ときたら」


 困った奴らじゃ、と、ため息混じりに立ち上がる。

手には皿。

足りていないという様子もなく、片付けるつもりらしかった。

食べ終わった後の皿は、自分で片づけるのがこのビッフェ形式のルールである。


「……ま、そんな訳で私はもう祠に帰る。そなたらはしばらくここに?」

「いや、俺達もカルナスに戻るつもりだぜ。いつまでも長居しても、ありがた迷惑になるだろうし」


 どうやら部屋に戻るらしい巫女殿に、カオルは頬をぽりぽり。

一緒にまとめて片付けようと思ったのだが、自分の分は自分で片づけるつもりらしい。

カオルの言葉に、リームダルテは柔らかな微笑みを見せながらに頷く。


(わきま)えておるのじゃな。結構な事じゃ。ではな」

「ああ、ありがとうな」

「リームダルテさん、ありがとうございました」

「うむ……船旅に出る時にはいつでも訪ねてくれ。海の王は、今回のそなたらの働きも見ていたはずじゃ」


 微笑みながらそれだけ伝え、リームダルテはそのまま去っていった。

カオルも少し間を置き、立ち上がってまとめていた皿を手に取る。

持ち切れない分のカップは、サララが同じように持っていた。


「んじゃ、俺達も戻るか」

「そうですね。ごちそうさまでした」


 二人、食器の片づけをし、テーブルを拭き。

自分達の部屋へと戻る事にした。




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