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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
7章.エルセリア王国編3-英雄達の帰還-
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#22.英雄達の帰還


『……あれは』


 ボロボロになったかつてのフラグシップが、そこに居た。

幻影の船。船幽霊となったクイーン・パメラは、此度(こたび)もまた、ニーニャ沖に現れたのだ。


『ニーニャの港に、巨大な船がいくつも……それに、この光景は……』


 提督は、沖合から見える巨大な船の群れに、そして港に集まるニーニャの民に、今までにない違和感を覚えていた。

彼の記憶の中に、あのように巨大な船は存在せず。

だが、それらの船は確かにニーニャの港に停泊し、民らがそれを迎えている、ように見えた。


『……あれは、何なのだ。まさか、ラナニアの船がニーニャにまで侵攻したのでは……我がニーニャの民が、ラナニア兵に支配されて――』


 見知らぬ艦隊。今までにない状況。

これはもしや、自らの愛する港町の危機なのではないか。

見れば、港に停泊している巨船のいずれもが、複数の砲台を抱いている。

その砲台の形状すら、提督が見た事もない様な、恐らくは新型のもの。

これは、ニーニャにとって、そして王国海軍にとって脅威足り得るものなのではないか、と、提督は脅威を感じ、同時に戦意をむき出しにしそうになっていた。


 提督の戦意は、船内の乗組員達の行動に直結する。

言葉一つ発することの無くなった船員らは、慣れた手つきで動かなくなったはずの砲台を、港の艦隊へと向けようとした。


『……いや、待て! あれは……あれはっ!!』


 だが。提督は手を水平に突き出し、それを制止する。

ぴた、と止まる砲台。

提督は、見ていた。

港に泊まる巨大な船達の中心。

特に大きな船のマスト上で、見慣れた国軍旗(フラグ)が風に揺れるのを。


『あれは……あれは、我が海軍の船なのか。そうか、私達は……あのような新造船が生まれるほどの間、航海していた、という事、か……』


 全てを悟った訳ではなかったが。

提督はもうこの時に、自分たちの時代が終わっていたのではないかと、そう思うようになった。

自分達の代わりに、ニーニャを守れる艦隊が、そこにあったのだ。

この旗艦クイーン・パメラですら小さく見えるほどの、巨大で勇壮な船がいくつもある。

これほど心強いものはそうはないだろうと、提督は笑った。


『よし、帰ろう。あの港へ。今なら、帰れる気がする』


 風が吹く。

今まで幾度も吹き、だというのに全然進まなかった船が、突然のようにすらりと、並の抵抗も受けずに進むのを、提督は感じていた。


『帰りましょうぜ、提督』

『早くあいつを抱きしめてやりたいですし、ね!』

『残してきた倅がいくつになってる事やら。提督、もう待ったは無しですぜ!!』


 見れば、霊魂だけになっていたはずの水兵らが、元の姿になり、船を動かしていた。

提督にとっては当たり前の光景が、ようやくこの世界において、また戻ってきたのだ。


『お前達……ああ、我が艦隊は、これよりニーニャに帰投する!!』




 ニーニャの昼の海で、再びクイーン・パメラの航海が始まった。

沖から港へのわずかな距離ではあったが、それは大層美しく、港で待つ誰もが見惚れずにはいられぬ静かな前進。

恐る恐るながら、姫君らと共に船幽霊を出迎える事を決めた者達が、驚きを以てその船体を見つめる。

誰かが言った。「あれのどこが船幽霊なんだ」と。

また誰かが口を開く。「あんなにきれいな船が、幽霊な訳がないじゃない」と。

皆が驚く中、港の艦隊は、その水兵らは、姫君に率いられ、港に背を向ける形で整列する。


 もうわずか。あとわずかで港に入港する。

そのタイミングで、姫君は両手を口に当て、大きく息を吸い込み……そうして、祖母の名を戴く船に、最初の声を聞かせた。


「――おかえりなさい、クイーン・パメラ!」


 姫君の言葉と共に、水兵らが海軍式の敬礼を行い……一斉に叫ぶ。 


「戦いから帰還した先達(せんだつ)の方々! 長らくの戦務からの帰還! 我ら海軍一堂、歓喜を以て迎えさせていただきます!!」


「おかえり! 長い航海、よく頑張ったなあ!」

「お疲れさまでした! 今まで、今までありがとう!!」

「あんたら、よく頑張ったよ! 今までありがとうな!!」

「おかえりなさい! 水兵さん達! ようやく戻ってこれたね! お疲れ様!」


 水兵らの言葉が終わるや、住民が口々に歓迎の意を、そして労わりの言葉を向けていた。

そこには、恐れの表情などなく。

静かに入港してきたパメラに向けての、優しい感情ばかりが溢れていた。

暗かったニーニャの町が、まるで水兵らが旅立ったあの日(・・・)のように、澄み渡って優しさに溢れたのだ。



『おぉ……おぉぉぉぉっ! 皆! 皆、帰って来たぞ! 私は、私達は、とうとうこの町に……この港に……! 帰って、来たのだ……くっ』



 ぴたりと、港に到着するや。

提督は歓喜のあまり男泣きし……そして、甲板を見渡した。

皆、晴れ晴れとした表情であった。

誰一人、苦悶の顔など見せず、笑っていた。


『提督』

『提督、ありがとうございます』

『俺達、ようやく帰ってこれたんですね』

『へへへ……ちっとばかし長くなっちまったが、でも、やっぱニーニャはいいなあ』

『ああ、沢山の人がいる……俺の妻も子も、迎えに来てくれてる』

『ありがとうございます提督。貴方のおかげで、俺達は帰ってこれたようだ』

『あの日の、あの船出前の妻との約束を、果たせそうですよ、提督』


 口々に感謝の言葉を告げる水兵らが、涙ぐむ提督の肩を叩き、手を握りしめ、そうして笑っていた。


『ああ……さあ、降りよう。降りて、お前達を待っている人へ、顔を見せてやれ』


 ありがとう、と、溢れる涙を抑えられぬまま、提督は部下達に、陸へとと上がるように促す。

その言葉を聞き、船員らは互いに顔を見て……頷き、そして、「ええ」と、短く答えた。



 やがて、橋掛けされた船から、ゆったりとした様子で船員らが降りてゆく。

ニーニャの民が、水兵らが見守る中、クイーン・パメラの船員達は誰一人欠けず……港へと降り立った。

若い者。年老いた者。屈強な者からひょろ長な者まで。

様々な水兵が、はにかみ顔でそこに立っていた。


 そうしてまた、沸き立つ。

住民は何度も「おかえりなさい」と、「今までお疲れ様」と、労わり、ねぎらいの言葉をかけ続けた。

それこそが、彼らに対しての供養になるのだと、自国の為散っていった者達への手向けなのだと、そう信じていた。



「……カオル殿」

「トーマスさん。その人は……?」


 賑わいの中、少し後ろの方から眺めていたカオルは、不意に後ろから声を掛けられ、その声の主……トーマスに気づいた。

その腕の中には、老婆の姿。

抱えられながらに、港へと目を向けていた。


「うむ……どうやら間に合ったようだな。さあ、アリサ殿!」

「……ですがトーマスさん。私は、年老いてしまいました。あの中に父が居たとしても、果たしてどんな顔をして会えばいいのか……」

「臆する事もありますまい! これが、これが待ち続けた瞬間ですぞ!」

「それは……そうなのですが……」


 待ち続けた父の帰還。

それを想いながらに、残酷にも過ぎ去った時を恐れ、アリサ婦人は戸惑っていた。

だが、トーマスは尚も説得を続ける。


「今を逃せば、貴方は必ず後悔なさいますぞ! 今だけなのです! アリサ殿、どうかご自身に素直になってくだされ!」

「……トーマスさん」

「お父上は、必ずやあの中に居ります! 今も尚生きている貴方が出迎えず、どうして満ち足りましょうか! 妻子(つまご)に会いに戻ってきた者にその顔を見せてやる事こそ、せめてもの手向けと言うものでしょう!」

「……」

「アリサ殿!!」

「解りました、トーマスさん。お願いしますわ」


 ただ力が籠っているだけではなかった。

心が、強い想いが溢れているからこそ、その説得には効果があったのだ。

アリサ婦人は、トーマスのそんな思いに突き動かされ、願った。




「――お父さんっ!!」


 群衆を掻き分ける大きな声。

掠れていて、弱々しく、それでいて、心の詰まった溢れんばかりの声が、幽霊(すいへい)達にも届いていた。

それは、彼らの誰にも聞き覚えの無い声。

かつてはみずみずしく、可愛らしかったはずの声。

だが、それでも聞き分ける事のできた者が一人だけいた。


『――アリサかっ! アリサっ! アリサァァァァッ!! 父さんだ、帰って来たんだ! ここにいるぞ、出ておいで!!』


 提督の脇に並び立っていた水兵が、声を聴き、前へ出てその場で膝を折り、腕を広げる。

幼かった愛娘を抱きとめてやろうと、そうして抱き締めてやろうと、ずっと待っていた。


「……あぁ、お父、さん」

『……アリサ、か? アリサなのか?』


 しかし、彼の娘は、見る影もなく年老いていた。

柔らかかった手はカサカサに皺だらけになり、愛らしかった顔はしわくちゃでみすぼらしく。

最早自分では立つことも満足にできず、同じように年老いた男に抱きかかえられている始末で。


『――はははっ! すっかりおばあちゃんじゃないか! なんだ、いつの間に俺よりも歳を取ったんだ、アリサ!』


 だが、水兵は笑っていた。

自分達が居ない間に過ぎ去った時間に、そのあまりの残酷さを理解しながらも、受け入れていた。

そうして、会いたかった愛娘を、構わず抱き締めた。

老兵から預かりながら、ぎゅっと抱き締め、そうして、「ただいま」と、そう告げたのだ。


「あっ……あぁっ、やっと、やっと、帰ってきてくれた……この日を、どれほど……お母さんも、きっとこの日をずっと――」


 この日を、この時を、母にも見せたかった。

泣きながら、喜びながら、しかし、やはり一番見せたい人に見せられぬ悲しみに耐えられず、アリサは涙を流す。

……そんな時であった。


『フローラ』


 自分を抱きかかえる父が、母の名を呟いたのだ。

はっ、と、婦人は父の顔を見る。

父が見つめるのは、正面。


『あなた……!』


 ざわ、と、群衆が驚きの声を上げる。

いなかったはずの、船員の妻。

もう何十年も昔に死んだはずのその女性が、確かにそこに立っていたのだ。


「えっ……お、おかあ、さん?」

『フローラ、ああ、会いたかった! お前ともずっと会いたかったんだ!』

『あなた……! 会いたかったわ! ずっと、ずっと待っていました! 貴方だけを想って!!』



「なんと……」

「すげぇ……こんな事もあるのか」


 トーマスも、それを傍で見ていたカオルも、驚きのあまり絶句していた。

せめて生きていたアリサ婦人にも彼らを出迎えてもらえれば、くらいに思っていたのが、全く予想だにしない形で裏切られたのだ。

現実とは、想定を裏切るモノ。

いや、こればかりは人の想いの為せる業。

そうとしか思えない光景が、広がっていたのだから。


「ああっ、お母さんっ、お母さん、お父さんがっ、お父さんが帰ってきたのよ……! わたし、わたし、ずっと一人で待っていて……!」

『アリサ……一人にしてしまってごめんなさいね。ありがとう、ずっと待っていてくれて』

『すまなかったなアリサ。もう、寂しくないだろう? 父さんも母さんも、こうやって再会できたんだ! 何も寂しい事なんて、ないよな!』

「はいっ……もう、なにも……何も、辛くありません……今まで、今まで生きていて、本当に、良かった……よかった……っ」


 子供のようにむせび泣き、抱きつくアリサ婦人。

両親は優しい表情でその肩をぽんぽんと叩いてやりながら、頭を撫でてやっていた。

まるで、幼い娘をあやすかのように。



 そうしてそれから、同じように、船員達の帰りを待ち続けていた『大切な人達』が幾人もその場に現れ、彼らを涙ながらに出迎えていた。

束の間の再会と聞けば涙ぐましいが、それは涙を誘うモノではありながらも、どこか優しく、心温まるひと時であった。

何十年もの間離れ離れになっていた夫婦が、親子が、恋人同士が、今この時間だけ、救われていたのだから。




「……ぐすっ」

「なんだよサララ、柄にもなく泣いてるのか?」

「……違います。私、感動アレルギーですから。ちょっといい話が出ると、涙が止まらなくなるんですよ」

「そっか」

「そうなんです」


 姿が見えないと思っていたサララだったが、隅っこの方で隠れて泣いていたらしく、カオルが見つけてからかうと、ちょっと拗ねたようにそっぽを向いてしまった。


「ま、それでもいいけどな。俺もちょっと泣いたし」

「カオル様も泣いたんです?」

「カオル様『も』?」

「言ってません。『も』なんて言ってません。カオル様、耳が遠くなったのでは?」

「そうかもな」

「そうですよきっと。きっとそう」


 素直になれない猫娘だった。

それでも、しんみりとしたままではらしくないと思ったので、カオルは構わずその小さな背中に寄り添い、その場に座り込んだ。


「ああやって待っててくれる人がいるのって、きっと幸せなんだぜ」

「そうですね。私もそう思いますよ」

「俺にもいたのかなあ。待っててくれる人」

「元の世界では、そういう人はいなかったんです?」

「親くらいかなあ……俺のかーちゃん、怒ると怖い人でさあ。だけど、俺が戻らなかったら、待ってくれるかな」

「待つでしょう。当たり前ですよ。怒ってくれる人なら、きっと待っててくれるはずです」

「……そうか」

「ええ。きっとそうです」


 ホームシックになった訳ではなかったが、それでも、元の世界に残してきた親の事を思い出し、ナーバスになりかけていた。

自分なんかを、待ち続けてくれる人はいるのだろうか。

そういう思いを抱いて、しかしそれをサララが否定してくれて。

会った事もないカオルの親を、その愛情を、肯定してくれたのだ。

それがどこか、カオルには嬉しかった。



「サララは、いい女だよなあ」

「……はい?」

「なんでもねぇ」

(……もう一度言ってくれてもいいのに)


 突然の事で驚いてしまって、つい聞こえなかった振りをしてしまったものの。

サララは、この大切な人からの言葉に、耳まで赤くなるほどの歓喜と、溢れんばかりの情を募らせていた。


 時々、びっくりするほどドキってするような事を言ってくるのだ。

それは照れ隠しであったり、あるいは素を思わせるタイミングだったりするのだが、例外なくサララの心を貫き、動揺させる。

世渡り上手を思わせるサララでも、恋愛はまだまだ初心者で、殿方の相手は彼女なりの並々ならぬ配慮と努力が重ねられていた。

それでも、時にはこうして胸の高鳴りに、奇襲まがいの不意打ちに不覚を取り、「勝てないわ」と思わせられてしまう。


 異世界の青年カオルは、そんな魅力を彼女に見せつけていたのだ。



 こうして、ニーニャの船幽霊騒動は解決し、町は平穏な暮らしを取り戻すことができたのだった。

……一部、想定外をいくつか残しながら。


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