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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
7章.エルセリア王国編3-英雄達の帰還-
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#19.ニーニャ東の海上にて


 エルセリア南方の海は、冬も穏やかであった。

かつてはエルセリア主力艦隊と旧グラチヌス艦隊との大海戦が行われた一大決戦場でもあり、多くの戦没者が未だ眠り続ける船の墓場でもあるこの海域は、現在では豊かな漁場として、そして多くの船が行き来する海上交通上の要衝となっていた。


 そんな中、海原を往く艦隊の姿。

その中心の一隻。格別巨大で勇壮ないでたちの戦艦は、国旗を示す神鳥『フレースベルグ』が描かれた白旗と、『クロスブレイド』と呼ばれる赤と黒の交差する剣のシルエットが描かれた軍旗を掲げていた。


「――一面が海。いつ見てもこの光景は、美しくもあり、怖くもありますわ」


 戦艦におわすは、純白の羽帽子を被る美貌の姫君。

それから、傍に控える新米の城兵隊長であった。

海原を見つめる姫君を前に、城兵隊長イワゴオリはこわばった表情のままに、同じように海を見つめるのだ。


「確かに美しいですが。姫様は、海が怖いので?」

「ええ……戦時や終戦直後の混迷期とは違い、海の治安も大分よくなったとは聞きますが……船板(ふないた)の下は足も付かない深き水、と知れば……」

「ああ、確かにそうですね。泳げても、どこまで泳げばいいのかも解らなくなってしまいます」

「本当にそうなのです。私、泳ぐのは苦手なので……」


 と、ここまで話してから、姫君は「あらいけない」と口を手で塞いだ。

軽く手遅れではあるが、イワゴオリも変に突っ込むことなく苦笑いする。


「折角の船旅なのに、沈む事を考えてしまうのはいけないですね……私ったら」

「ははは、姫様には安心して船旅を楽しんでいただきたいですな」


 ちら、と、甲板上を見れば、船長を始めとして多くの船員がそれぞれの持ち場であくせく働いている。

いずれも海軍の精鋭揃い。海にはあまり明るくないイワゴオリも、彼らの質の高さはその仕事の速さで解っていた。


「それにしても……昨今の技術の進歩は目覚ましいものがありますね。私が子供の頃は、海での旅といえば普通の帆船(はんせん)が主だったと思いましたが……今では魔法の力を用いた船が主力となっているとは」

「ふふ、そうですわね。エルセリアは世界有数の海運国家ですから、昔から様々な研究が進んでいたらしいですわ。蓄積された魔力を用いて魔法の風を発生させるこの『魔導船』も、我が国がパイオニアですし」


 ふわり、柔らかな風が船を泳ぐ。

海原を進むこの船団は、実のところ先ほどから海風に逆らって進んでいた。

にも拘らず、船上に吹きすさぶはずの冷たい風はほとんど感じられず、姫君の柔らかな金髪を優しく舞わせる。

なんとも静かな航行であった。


「陸上では未だ剣だの槍だので盗賊や魔物と戦っているのに、海上では魔法を用いた船があるというのですから……面白い話ですね」

「ええ、本当に。ただ、私はあまり進歩しなくてもいいと思うのですが……武器や兵器が進化していくという事は、それだけ何か起きた時に、沢山の人が犠牲になってしまう、という事にもなりますし」

「平和な時代にはあまり必要ないかも知れませんね。必要ない方が好ましいのは、私もそう思います」

「そう言っていただけると嬉しいですわ。ええ、イワゴオリ様。平和が一番なのです」


 かつて戦場であった海を見つめながら。

姫君は「平和こそが素晴らしいのです」と、今の幸せを説く。

イワゴオリも、民の平穏を守る為衛兵になった身である。

姫君の言葉には深く頷けていた。



「――きゃっ」


 不意に、船が小さく揺れる。

華奢な姫君はそれだけでバランスを崩してしまい、イワゴオリへともたれかかる。

屈強な彼にしてみれば大したことない揺れであっても、姫君にとっては大事なのだ。

少なくともこれ(・・)は、そういう(・・・・)流れであった。


「す、すみませんイワゴオリ様。私、つい……」

「いえ、私は……」


 不意に近づく顔と顔。

船員達は見て見ぬ振りをし、姫君と衛兵隊長殿の、一見ロマンスを感じさせる急接近に邪魔する者はいなかった。

……かに思えた。



「……うん?」

「で、でもイワゴオリ様に抱きとめられて私ちょっと……きゃっ♪」


 ステラ王女が全力で乙女モードに移っている中、イワゴオリは冷静に、自分達に向けられている視線を感じていた。

それは、予備マストの上。

一羽の海鳥が、じ、と、こちらを見下ろしているような、そんな気がしたのだ。


「……イワゴオリ様?」

「姫様、お下がりを――」


 ただならぬ気配を感じ、自然と姫君を後ろに下がらせ、剣を手に取るイワゴオリ。

不安そうに自分を見つめてくる姫君を守るようにして、遥か上の畳まれたマストに居座る不審な黒い鳥を見据えた。

その手に持つのも城兵隊長用の特別あつらえの逸品で、彼が衛兵時代に使っていたショートソードなどとは比べ物にもならない業物(わざもの)である。

この鋭い輝きが、まずは頭上の怪しい奴(・・・・)に向けられていたのだ。


「何者だ。私達を見ていたのは、気づいているぞ」


 鳥に向けての威嚇、という光景そのものは滑稽で、船員らも不思議そうに目を丸くしていたが。

やがて、鳥の方がくちばしを開き、やがてなにも鳴かず、そのまま落下してしまう。

誰かが「あっ」と声に出してしまう。無理もない。鳥が飛ばずに落ちたのだ。

だが、変化が起きたのはその直後であった。


「――お久しぶりですね。イワゴオリ殿? それとステラ様も」


 突如として黒い海鳥は煙を放ち、後には角を生やした、巨大な蝙蝠の翼を持った女悪魔が立っていたのだ。



「お、おいっ、あれはっ!!」

「短銃を持て! 悪魔だっ、悪魔が船の上に現れたぞっ!」

「姫様をお守りしろぉっ!!」


 当然のように船員らは血相を変え、手近のナイフやら短銃やらを持ちだし取り囲もうとする。

だが、姫君を護衛するはずの、誰よりも真っ先に応戦しそうだった城兵隊長殿は、女悪魔の姿を見て剣をしまってしまう。

守られているはずの姫君も、緊張に強張っていた頬を緩め、女悪魔の方へと近づいてゆくではないか。


「ひ、姫様っ」

「イワゴオリ殿っ、一体何を――」


 なぜ応戦しないのか。なぜ姫様は近づいてしまわれたのか。

不可解な出来事が重なり、精鋭であるはずの水兵らは困惑にぴた、と、動きが止まってしまう。

呪いに掛けられた訳でもない。ただ、理解が追い付かなかったのだ。


「――皆さん、安心してください。この方は私の友人の使い魔の方です。悪い悪魔ではありません」


 そうして、困惑したままの水兵らの方へと振り向き、にこりと微笑むステラ王女。

女悪魔も同じように微笑み、その場に(ひざまず)いて見せた。

目に見える恭順の意。

実際にはそれを装っただけだとしても、兵にしてみればある程度は安堵できる仕草であった。

それが例え、見るからに怪しい悪魔であったとしても。

彼らが敬愛する姫君が、そしてその姫君が信頼する城兵隊長殿が認める相手なのだから。




「突然の訪問で失礼いたしました。我が主カオル様が、ステラ様のお手紙を受け取りまして――この海域にいるかもしれないとの事で、急遽伝言を任され、このように」


 このような経緯もあって、水兵らの武装は直ちに解除され、平常状態に戻ったのだが。

さしもの精鋭水兵らとしても、自分たちの姫君が悪魔と話しているというのは中々にやきもきするらしく、しばしの間、多数の視線にさらされながらの会談となっていた。


「なるほどな……なんとなしに以前感じた気配だとは思っていたが、ベラドンナでよかったよ。違う悪魔だったなら、覚悟が必要だったかもしれないからな」

「本当、びっくりしましたわ。それにしても……ベラドンナさん、伝言、とは? カオル様は、カルナスにいらっしゃったのではないのですか?」


 敵対するような相手でなくてよかったと安堵するイワゴオリに、ベラドンナも微笑みを以て同意する。

そうして、姫君の疑問に対しては「それなのですが」と、丁寧に言葉を選びながらに説明を始めた。


「実は、カオル様達は船幽霊の一件を解決すべく、トーマス殿と共にニーニャに出向いておりまして……」

「まあ! そうなのですか? それはすごい偶然ですわ……ニーニャに出向けば、カオル様達に会えると――」

「ええ、それはそうなのですが……実は、船幽霊の件を解決する為に、ステラ様がたのご協力を仰げないかと、カオル様から」

「カオル様からのお願いですか? 解りました! ではこの艦隊のルートにニーニャを追加しましょう!」


 姫君は即断即決であった。

ベラドンナの話を最後まで聞かずとも、カオルの頼みであるならばと、満面の笑みでの快諾である。

これにはイワゴオリも、そして聞き耳を立てる水兵らも驚いたが、ベラドンナはある程度慣れていたのか「ありがとうございます」と丁寧な仕草で一言。

目を閉じながらに伝え、しゅ、と立ち上がる。

そうして次に目を開いた時には、にっこりとした笑顔である。


「では、私は一足先にニーニャに戻り、ステラ様がたがニーニャに寄港する旨を伝えて参りますわ」

「解りました。到着は……どれくらい掛かるかしら?」


 ベラドンナの言葉を受け、姫君も応えようとして――近くに控える船長に尋ねる。

船長もこの期に及んでは驚くでもなく、努めて冷静に「今夜から明日の朝には着けるかと」と、伝える。

すると姫君は「ありがとう」と手を挙げ、敬する船長に微笑みかけた。


「――という訳ですので、明日の朝までには到着できると思いますわ。間に合いまして?」

「はい。結構でございます。それでは、また」

「お気をつけて――」


 再び鳥の姿になったベラドンナに向け、姫君は見えなくなるまで手を振り続けた。




 そうして、黒い鳥の姿が見えなくなってから、姫君は頬をキリリと引き締め、甲板上に居る船員らによく聞こえる、透き通った声で指示を下すのだ。


「――聞いての通りです。我が艦隊はこれより、ニーニャに針路変更を。目標時間は明日の日の出前。安全に航行しつつ、できるだけ急いでください。我が王家の友人の頼み事、決して遅れる訳には参りません!」

「はっ!」

「針路変更! ニーニャに向け全速! 全艦隊、遅れを取るなよ!」

「ヤーッ!!」

「クリスタル出力、最大に上げておけ! 明日と言わずとも、今夜中にニーニャに着くようにしろ! 各自、王家の沽券(こけん)に関わると思え!!」

「アイ・アイ・サーッ!!」


 勇壮なる水兵らの怒声にも似た掛け声が響く。

城兵隊とは異なる、それでいて規律を感じさせるやり取りに、イワゴオリも「勉強になるな」と真剣な表情で見つめていた。


 こうして、ステラ王女の艦隊は急遽、ニーニャへと向かう事となった。

大切な友人であり恩人でもある英雄殿と、その大切な人と会うが為に。

その二人の願いを叶える為に。


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