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前田美理亜巡査部長 3

前田は結局、勤務時間の全てを事件の捜査に使ってしまった。だが、苦労に見合った十分な成果を手にできたとは思う。

 まだ事件の先には霧がかかっているが、その奥にある全体像はもう少しで見えてくると思う。間違って蜃気楼を掴んでしまわないように、気を張って臨もう。白戸主任の『あの小娘どこ行ったの』という怒鳴り声と、平岩の肉が打たれる音を壁の奥に聞きながら、私服に着替えた前田は裏口から逃亡した。

 約一時間後、その平岩から電話がかかってきた。ぼそぼそと短くつまらない愚痴を言った後、思い出したかのように本題を切り出してきた。

「例の援軍について進展がありました。この後お時間よろしいですか?」

「分かった。すぐ行く」前田は簡単な返事を返し、待ち合わせの場所へと向かった。



「お久しぶりです。前田さん」

「ああ。すまないな呼び出して」

 青川署から少し離れた喫茶店に行くと、そこには平岩と一緒に東青川交番巡査の高橋翼がいた。

カラオケボックスで平岩と話をした時に確認しなかったが、平岩が助けを求めるなら高橋だろうなと前田も推測していた。平岩よりも立場が下で、賢くて口が堅そうな使える者。平岩がむやみに吠えまくるアホなトイプードルなら、高橋は躾けられたゴールデンレトリバーのようだと、前田は評価している。若干人好きして目立つ傾向はあるが、助っ人として概ね使える人選だった。

「早速だが、平岩からはどこまで聞いてる?」

「ええと、長谷川信代さんの事故死について調べ直していて、それが先日、二件の殺人を起こした容疑者と繋がりがあるかどうかを探っていると」

「ああ。その通りだ」

 前田は少しホッとした。平岩が篠博の事故のことまで話してしまっているのではないかと不安だったためだ。さすがにそこまで馬鹿ではなかったか。

「僕としても、声をかけて貰えて嬉しいです。あの事故は個人的にずっと気になっていましたから」

「ほう。気になるとはどういった点が?」

「はい。あの日、知っての通り僕は当直勤務でして。事故の通報を受けてから一番最初に駆けつけたわけですけど、長谷川信代さんがT県の自宅から橋を渡ってあの事故現場まで来たのなら、東青川交番の前を通るはずなんですよね。それなのに、僕は見落としてしまった。ずっと責任を感じていたんです」

「なるほど」前田は桜生館と東青川交番の位置関係を頭の中に描いた。

 桜生館、青川にかかる二一五号線の橋、渡ってすぐの東青川交番を過ぎると、事故現場。そしてその直線の延長には山景荘がある。

「まあ、翼がそんなに責任感じる必要無いって。ずっと交番の前だけを見つめてろってほうが無理があるし」平岩が先輩風を吹かしながら高橋を慰めた。

「うん。まあ、僕もそう思うけどね。やっぱり心が痛むよ」

「高橋。その点も含めてな。我々は全ての真相を知りたい。協力してくれるな?」

「ハイ。もちろんです。僕にできることでしたら何でも」

「わかった。助かる」前田は高橋に手を差し出して握手した。「とりあえず君に調べてもらいたいのは、長谷川信代の戸籍かな。彼女が探していたキヨシという者が何者か知りたい」

「はい。僕は生まれも育ちもずっとT県なので、警察署だけではなくて役所にも友人が多くいます。どこかから探して手に入れるように努力します」

「ああ。平岩から聞いている。青川の警察寮が満室だったため、特例で比較的近い千葉の実家から通っているのだったよな」

「はい。長谷川信代さんの自宅からもそれほど離れてはいません」

 地元で顔が知られすぎていると、密偵としてはまずい。と、前田は少し危惧した。

 ちなみに独身警察官は、基本は寮に住まなければならない。前田も独身だが、父の威光をフル活用することにより、隣の南港区にある兄の自宅から車での通勤を許可されているのであった。

「それと、桜生館の近辺も、何か気付くことが無いか、ちょくちょく見回ってみてくれ。ただ、聞き込みだけはしないように。越境捜査がバレると色々うるさい。特に、桜生館の守重という巨大な黒い親父には注意しろ。一目見れば分かるだろうが、犬でも一撃で屠りそうな凶暴な容姿をしている。くれぐれもマークしている事を気取られるな」

「分かりました」

「最後に、これは出来たらで良いんだが、佐々谷実事件の時に、T県警の捜査員の一部が、何かネタを掴んでいたようだ。捜査が終了して、結局うやむやになってしまったが、それが何なのかが知りたい。探れるか?」

「それは難しそうですね。でも、努力します」

「あの、部長」平岩が手を上げた。

「貴様はできるだけ動くな。私が出払っている時に、白戸主任を食い止めることだけに専念していればそれで良い」

 前田の言葉は平岩に衝撃を与えたようだ。目が空洞のようになり、表情が死んだ。当然だろう。昼には『頼りにしている』と言われたのに、夜にはこの扱いなのだから。

 これも前田の計算の内だった。署内での調べ事は大方終わったので、後は外を出歩くことになる。もはや平岩に飴を与える必要は無い。平岩がヘマさえしなければなんとかなると、前田は高を括りはじめていた。



 が、しかし。翌日から前田の仕事が急に忙しくなった。

 どうやら白戸主任が、溜まった雑用が前田に流れていくように仕向けているらしい。事務作業に忙殺される日が続く。

 前田は時間を見つけては、麻村親子や二葉の父親の会社をインターネットや警視庁データベースで調べているのだが、新しい手がかりは何も掴めない。

 結局、高橋によるT県側の調べが進むことに期待しつつ、苛立ちながら数日が経った。

 そして、四日後の夕方。高橋から前田と平岩へメールが送られてきた。


 『良い報せと悪い報せがあります。時間を都合して下さい』



「まず、悪い報せから説明します」

 待ち合わせの居酒屋個室で三人揃うと、高橋は前置き無く前田に切り出してきた。

「T県警の佐々谷事件に関わっていた捜査員を調べていた所、感づかれてしまいまして。僕たちに会って話したいと言ってきています」

「面倒そうな相手か?」

「いえ。知り合いが言うには、スタンドプレーが過ぎる欠点はあるが、目立った問題は起こしたことが無いそうです」

 スタンドプレーが過ぎること自体が、目立った問題だろ。と、前田は高橋に対して指摘する寸前に止めた。

 高橋は善意で協力してくれている。そんな相手の良心を踏みつけるような真似は、いくら前田でも気が咎めるというものだ。

「平岩はどう思う?」

「翼が言うことには間違いは無いはずです。後は部長の判断に従うっす」

「ああ。分かった。会ってみよう。全て私に任せろ」

「わかりました。知らせてきます」

 前田が了承すると、高橋は電話をかけるために店から出て行った。

「平岩。おまえは今回の一連の事件について、篠博が何か関係していると思うか?」期待はしていないが、前田はなんとなく聞いてみた。

「ううん。関係はしている気がするけど、何か、調べても仕方ない気がしますね」

「仕方ないというと?」

「はあ。長谷川信代、篠博、佐々谷実の二つの事件、全てがもうきれいに終わっちゃってますよね。で、周りにいる人間も優しそうな人ばかりで。これ以上調べても、気まずい思いをするだけな気がします」

 ……。なるほどと、前田は思った。平岩にはまだ、長谷川信代の母親が行方不明になっていることは言っていない。高齢者の不審な失踪が佐々谷三郎の件も含めて二件重なっていると知れば、また答えも変わるだろう。

 だが、長谷川信代の母親も既に死んでいるとしたら、平岩の言う通りだ。長谷川信代も既に事故死している。彼女の身内がいなければ、全てがきれいに終わってしまっている。

「気まずい思いねえ」

 前田としては、篠博が事件に関わってなくて、例の自損事故が表沙汰にならなければそれで良いのだが。それを調べる過程で自分の失態を白日の下に晒してしまっては、まさに藪蛇だ。

 その時、高橋が戻ってきた。

「今からこっちに来るそうです。三十分ほどで着くとか」

「分かった。その間に、良い知らせっていうのを聞こうか」

「はい。長谷川信代の戸籍について、調べることに成功しました」

 高橋はバッグからメモを取り出して読み始めた。

「ええと、彼女は四国のE県出身。二十二歳で二十歳以上年上の男性と結婚。すぐに長男を出産します。その長男が、十八歳の時に死亡。その一年後に離婚。以降、結婚歴や出産歴はありません。その長男の名前が清と書いて、キヨシです」

 予想の範疇だと、前田は頷いた。

 認知症が発病して、死んだ長男が生きていると思い込み始めたと。そして事故死。よくある話だ。

「ちなみに、彼女の元夫を調べた所、有名な女子陸上のコーチでした。こちらはネットにも名前や略歴が多数出ています。長谷川信代の名前もわずかに載っていました。どうやら信代は、スポーツ特待生として入学した大学で、コーチと選手で結婚したようです。そして元夫は、離婚後すぐに海外の女子選手と再婚。移住して、既に亡くなっています」

 高橋はバッグの中から、新聞のコピー記事を二枚取り出して、前田と平岩に渡した。

「で、これが長谷川清の死亡記事。戸籍から死亡日が分かったので図書館で調べたら、実名の記事がありました。当時は未成年の事故死でも名前が出てたんですね。暴走族仲間とバイクを盗んで国道を走行中、単独事故死です」

 記事には顔写真まで載っていた。二枚目だ。

 辻褄が合っている。長谷川信代は山景荘にでも出かけた時に、佐々谷誠と出会った。認知症を患っていた彼女は、佐々谷誠を死んだ息子のキヨシと思い込んだ。

 秋田の捜査日誌にあった、沼神中学校でカップルが見たという、佐々谷誠と一緒にいた老婆というのは、彼女だったのではないか。お金を渡そうとしていたってのも頷ける。息子に小遣いでも渡そうと考えたのだろう。

 いや。「五十点だな」

「え?」

 前田の独り言に、平岩が反応したが無視した。

 何々だろう。何々かもしれないだらけだ。前田の考えは推理推測だらけで、物証が無い。事件の根はもっと深い位置にある気がする。まだ地表に現れた半分しか見えていない。そんな不安を感じる。

 コトは高齢者二人の失踪事件にも繋がっている。もっと全体を俯瞰できる何かが欲しいと、前田は考えた。

 前田がもどかしい思いをしている時に、客が来た。

「やあ。待たせたかな。T県警の工藤くどうですわ」

 曲者だな。前田は一目見て、工藤が手強い相手だと見抜いた。放っている気の質で分かる。

 先に来ていた三人がそれぞれ工藤に自己紹介して、酒を勧めた。

「ああいや。勤務中に抜け出してきたんでね。水で結構。必要なこと話したらすぐ戻るつもりだよ」工藤は鼻を掻きながら答えた。

「ふうん。あなたが青川署の前田さんね」

 ニヤニヤしながら三白眼の瞳で絡みつくように前田を見る。女を品定めする目だ。

「私のことをご存じで?」

「ええ。有名ですよ。青川署を牛耳っているって。佐々谷誠の事件で何度かそちらの捜査本部に行った時に、噂では聞いてたもんで」

「そうか。ならば私のパパも知っているだろう。警察庁次長の肩書きは、T県警の人事にまで干渉できる。知っていることは隠さないほうが身のためだ。さもなくば」前田は自分の首に手刀を当てた。

 工藤の顔が一気に引き攣る。「いやいや。嫌ですわよお、そんな脅しちゃ。おっかないなあ。私だって事件解決に協力したいからこうして来たわけで」工藤は急に腰が低くなり、媚びるような話し方になった。

「そうだな。お互い時間も無いだろうから、手短に情報交換をしようじゃないか」前田は笑顔を見せたが、目は笑っていない。「まず聞きたいことがある。T県警は、佐々谷誠の遺体が発見されて、翌日には捜査本部をT県に設置しようとしたな。あれはなぜだ?」

「おっと。いきなり核心ですね」工藤がヘラヘラと笑顔を浮かべたが、前田はじっと黙って答えを待つ。

「ええと。衣類が発見されたのは知ってますかね」

「血痕のついたブルーシートも知っている。それも衣類と一緒に発見されたんだろう?」

 秋田の報告書には別々に発見されたとあったが、前田はカマをかけてみた。

 するとどうやら当たったようで、工藤は目をパチクリしている。まるで驚いた蛇のようだ。

「ああ。やっぱり情報漏れてましたか。いやあ。隠していたわけじゃないですよ? ちょいと伝達ミスがあっただけで。うん。それでね。ジャケットの内ポケットから、メモ書きも見つかっていたんですよね。それが泥で汚れていて、解読に手間取っちゃって」

「分かるよ。確実な情報しか発表したくならないものだしな。優秀な刑事ほど慎重になるものさ」

 前田が褒め殺しを狙うと、工藤の舌も滑らかになり始めた。

「ええ。そうなんですよ。それでね、そのメモ書きには、山景荘・桜生館・サンモールビューMと、書かれていたんですわ」

 サンモールビューM。

 前田の頭でも、その名を思い出すのに多少時間がかかった。秋田の報告書にあった、佐々谷誠がジェネッタ・リタと共に、ゲーナ・ロメオから逃げるための引っ越しを計画していたという高級マンションだ。

「ブルーシートとそのメモを見つけた直後に遺体発見の一報を聞いて、ジャーナリストが殺されたものだと思ったんですわ。後で全然違うって分かりましたが」

「なるほど。長谷川信代の母親が行方不明な点や、桜生館オーナーの二葉華がT都青川区に所有している山景荘の名前がメモにあったので、そう考えたわけですね」

 平岩と高橋が、え? 聞いてないよ? という顔をして、前田を見ている。

 当然だ。言ってないのだから。

「ほう。それなりに調べてるんですね。どこから仕入れた情報ですか?」

「桜生館の管理人だ」

「はあ。なるほど。社会保険事務所の担当者が聞きこんだようですね。ちなみに、彼女の母親の名前は長谷川勝代はせがわかつよさんというそうです。生きていれば、歳は今年で九十三歳」

 新情報だ。記憶に留めておこう。前田は頭の中に長谷川勝代の名前を書きこみ、赤丸で囲んだ。「で? その後も工藤さんは独自に調べたんでしょう?」

「ええ。まず、サンモールビューMについてですが、あの高級マンションの一階と二階部分。二DKが六部屋、それがツーフロアーで十二部屋。全て二葉華がオーナーです。十二部屋の高級アパートを所有していると考えればいいですね」

 工藤の報告を聞いても、前田に驚きは無かった。そりゃあ、二葉の父は、青川区北部にある緑地全体を保有していたほどの資産家だ。そこを寄付したとしても、他に娘が一生安泰できる程度の遺産も残しただろうと、前田は納得した。

「で、そこの管理組合長に聞いた他の話としては、十年くらい前、前オーナーの会長さんが亡くなる頃に、山景荘の住人を、格安の家賃でサンモールビューMに転居させたってことも分かってます」

「格安の家賃?」

「ええ。固定資産税や修繕積立金なんかを考えると、ほとんど利益にならないような家賃でずっと貸し続けていますね。山景荘からそれなりに距離もあるので転居に応じなかった元住人にも、違約金を支払って穏便に退居してもらっています。『山景荘を改装するため、こちらが無理を言って引っ越してもらうのだから当然です』なんて言ってたそうで。当時は二十歳そこそこなのにしっかりしたお嬢さんだと、管理組合長も関心してましたわ」

 山景荘の改装とは、バリアフリー工事を行うための処置だろうと、前田は推理した。捜査資料にもあった。内装や外階段は比較的新しいと。

 突然、平岩が話に加わった。「ちょっと待ってください。あの娘が十年前当時で、二十歳そこそこ?」

「組合長が言ってましたわ。彼女の父親とも交流があったそうで。記憶はしっかりしている人ですよ」

「てことは、あの見た目で今は三十歳くらいなんだ。部長より年上とは」

 平岩のどうでもいい部分に対する食いつきに、前田はわずかにうんざりした。だがまあ、異性目線からの意見は大切だ。同性の前田では気付けない知識を得られるかもしれない。確かに今まで二葉華の年齢については詳しく調べていなかった。佐々谷実事件の捜査資料にも記載は無い。

 制服を着せたら女子高生と言っても通用する外見だが、三十歳はたしかに意外だった。

「あの、まだ話の続きがあるんです。重要なのはここからですよ」工藤が咳ばらいをして、脱線気味の話題を修正した。「実はその後、社会保険事務所にもう一度確認した所、他にももう一件、桜生館で高齢者が亡くなった後にその親が行方不明と判明するって事案があったんですよ」

「それはいつ頃の話ですか?」

「二年半ほど前です。居住者が公園で散歩中に心臓発作でぽっくり逝っちゃいました。で、社会保険事務所が年金の支払い停止手続きに入って、家族に連絡取ろうとしても行方知れず」

 長谷川信代のケースとほぼ同じだと、前田は唾を飲み込んだ。佐々谷実の父親である三郎のケースも合わせると、桜生館と山景荘で、判明しただけで三件、入居者の親が行方不明になっていた。

 日本では年間十万人ほどの行方不明者があると言われている。

 そして基本、警察は、事件や事故の疑いが無ければ、家族から捜索願が出された行方不明者しか探すことは無い。家出や家族からの逃避など、本人が探してほしくないケースも多いからだ。

 今回のように、高齢者が行方不明となっている場合は、大抵最初に気付くのは年金関係者の調べであり、民生委員か社会保険事務所の調査員が普通だ。T県の社会保険事務所の調査員は、数が充実しているのだろう。これが民生委員に任せている地域だと、数年経ってから気付く場合もある。

 そして、行方不明に気付いた場合、失踪届が出される。そこでも警察は積極的に捜索しない。七年経つと失踪宣告がされて、死亡扱いとなる。

 失踪宣告後に本人が見つかる事もよくある。だが、それは大抵が若年層から中年齢層のケースだ。高齢者が失踪宣告後に見つかるのは、白骨死体になった後がほとんどだ。

「S県北部のK市にある、良命会りょうめいかい病院。知ってます?」工藤が前田に尋ねた。

「いや。聞いたことが無いな」

「介護保険の診療記録から調べたんですけどね。事故死した長谷川信代の母親である長谷川勝代と、二年半前に行方不明と分かった人が、長期入院していた病院ですわ。介護療養型医療施設、通称『療養病棟』っていいましてね。介護が必要だけど、自宅じゃ満足な介護が出来ない。そんな生活困窮者を中心に受け入れる病院のことです。二人とも、この病院に入院していました。

 で、退院して桜生館に引っ越した後に、親の行方が分からなくなる。一度調べに行ったんですけどね。これがまあ警察に対して態度の厳しい病院でして。けんもほろろな扱いを受けましたわ。お二方とも、患者様のご家族の都合で退院されました。その後の引っ越しについては、当病院は一切関知していないので分かりませんの一点張りで」

 警察としても、捜索願が出されていない以上は、失踪者を調べようが無い。病院に対しても、あくまで任意の協力を頼むしかない。拒まれたらそれまでだ。

 ましてやT県刑事の工藤が、S県の病院施設を調べるとなったら大変であったろうと、前田は察した。

「それで、工藤さん。あなたの率直な感想を聞かせてください。あなたは一連の出来事をどう思っていますか?」

 前田がストレートに尋ねると、工藤の顔が真顔になった。

「私はね。守重が殺し屋だと思ってます」

 場の空気が一気に引き締まる。

「殺し屋?」

「ええ。奴は昔、土木の会社を経営していたが、経営者としての才能は無かったようでね。最盛期はダムや堤防工事を請け負うほど会社も大きかったそうだが、バブルが弾けてからは酷かったらしい。今はそれほど資産を持ってる気配も無い。高齢の親の介護に疲れたり、遺産に目がくらんだ子供が、守重に頼んで金で親を消してもらう。奴は車を持っているし、土建会社をやっていたなら、暴力団に知り合いがいてもおかしくない。始末前には、ついでに銀行口座をいくつか開設させて、詐欺のグループに売ったりして二度儲ける。佐々谷誠の件でR会の名前が出たけど、暴力団絡みの線もまだまだあるんじゃないかと考えてます。桜生館に行方不明が続いたのは、二葉オーナーが高齢者ばかりを入居させていたからではないかな」

 工藤の推理は説得力があった。同時に前田は、真相に大きく近づく感覚も味わった。

 老々介護問題。高齢になった加害者の子供が、親を殺す。よくある話だ。それを守重が請け負う。有り得ると前田も思えた。

 となると、長谷川信代が、長谷川勝代の殺人を守重に依頼したということになる。

 守重が他の高齢者失踪にも関わっているとなると……。

 前田が頭の中で推理を構築していると、工藤は時計を見た。

「おっとまずい。じゃあ、そろそろ失礼させてもらうかな」

「待った。最後に一つ」前田は工藤を呼び止めた。「そこまでのネタを、あなたはどうして喋ったんだ? 自分の手柄が欲しかったんじゃないのか?」

「いやだなあ。さっきご自身でおっしゃったこと忘れちゃったんですか? 知っていること隠さず話せっていうから、あたしは話しただけですよ」

「とぼけるな。工藤、貴様は仕事中でそれほど時間が無いのにこの席に来た。しかし、貴様から私にはロクに質問しなかった。最初から自分だけが一方的に聞かれた質問に答えるつもりだったのだろう。喋りたかったんだろう? 胸に溜まっている物を」

 前田が睨むと、工藤は鼻の頭を掻きながら、悔しそうな顔になった。「お嬢さんにはかなわんねえ。あたしも、できれば全部自分一人で解決させたかったんですけどね。良命会病院を突いた後に、抗議が来ちゃったらしくてね。上から圧力かけられちゃって。『被害届も出ていないような事に時間かけてんじゃねえ』なんてね。今はもう何もできない状態なんですわ。ですんで、せめて誰かが後を継いで敵討ってくれないかな? なんてね。探してたんですわ。そういう人を」

 工藤は切なそうに言うと、前田にウィンクした。



 工藤が去った後に、不満気な顔をしている平岩と高橋に、前田が一人で調べてきたことを伝えた。

「あの、二葉華さんという方の写真は無いでしょうか?」高橋が前田に尋ねた。

「ああっと、すまない。無いな。何か気になることでもあるのか?」

「ええ。どうも話の感じからすると、全体の雰囲気が、以前に長谷川信代さんの事故現場で花を手向けていた人に似ていますね」

 花を手向ける、か。

 桜生館管理人の水島曰く健康マニアの二葉だ。野草を採ってる時に摘んだ花を手向ける。ありえる話だと前田は思った。「長谷川信代が桜生館に引っ越して以降、二葉華と付き合いがあったとしても不思議じゃないな」

「ええ。ということは、やっぱり長谷川さんの娘や孫ってわけじゃなかったんですね」

「何故そう思った?」

「いえ。事故現場に供えられていた花に、カーネーションがあったものですから」

「カーネーション? 何色だった?」

「ええと、白だったはずです。普通は母の日に贈る花ですよね」

「ああ。それと、キリスト教式の葬儀では、白いカーネーションを献花するのが一般的だな」

 高橋は前田の話を聞いて、納得した顔になった。

「部長、なんでそんな雑学知ってるんすか?」

「高校と大学は、ミッション系だったからな」

「へえ。カタカナのナントカ女子大を卒業しているってのは、どこかで聞いたことあったんすけどね。その……」

「その?」

「あいや、何でもないっす」平岩は『その割には慈悲の心が全く無いっすね』と口を滑らせかけて止めた。

「とりあえず、一つはっきりしました。二葉さんという方が、お話の通りの人格者だというなら、長谷川さんの事故については完全に無関係のはずです」

「どうしてだ?」

「長谷川さんが事故に遭ったのは去年年末の十二月二十六日。その日以降、勤務の度に事故現場を見回っていましたから、カーネーションが花瓶にあったら気付いたはずです。僕が二葉さんを見かけて、カーネーションを確認したのは一月四日。ということは、二葉さんは少なくとも一月三日あたりまでは、事故のことを知らなかったのでしょう。知っていたらすぐにでも献花に来るような人でしょうし。あっ!」

 高橋が突然大声を出して固まった。頬に手を当てて真剣にじっと考え込んでいる。

「でも、彼女はあの時、僕が『こちらで亡くなられた方のお知り合いですか?』と尋ねたら『いいえ』とウソをつきました。考えたら、彼女がウソをつく必要は全く無いはずです。何か隠し事があったのかもしれません。突然警察官に話しかけられて、会話が面倒だから適当に追い返すためウソをついた可能性もありますが……。いや、彼女はあの時、若干不審でしたね。僕が背後から声をかけた時、慌てたような印象があります」

 高橋の言葉を聞いて、前田は引っかかりを感じた。

 突然背後から警察官に声をかけられて慌てる。篠博と似た挙動だ。


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