山西莉緒さんの好きなタイプ…?
桑山くんは、莉緒さんの懸命な叫びに被せ、掻き消すかのように、『だったら莉緒のこと、お前って言うのを止めるって!止めるから!俺のことを好きになれよ!』って、『女子はみんな俺のこと、好きって言うんだぜ!』とまた莉緒さんに怒鳴りました。
無情にも、4時限目の始まりを知らせるチャイムが校内に鳴り響きます。
桑山くんは『考えといてくれ!なぁ!頼んだぞ!』と一言言い、自分の教室へと戻って行きました。
莉緒さんは、教室を出て行く桑山くんの後ろ姿を見送ると、今までずっと我慢してたかのようにシクシクと泣きはじめ、駆け出して教室を出て行きました。
結局この日…莉緒さんは4時限目の授業を受けず保健室で少し休んで、そのまま帰宅してしまいました。
…下校時刻になって、クラスの女子達が莉緒さんの家に見舞いに行こうか、止めておこうか話し合いました。…結局、見舞いはしないことになったようでした。
…その2日後。
再び、あの事件の続きは起こりました。
事件は2日前の喧嘩と同じ展開。給食後の昼休みの時間…。
桑山くんの【好き好き!押せ押せ!】のワンパターンな告迫攻めと、莉緒さんの【ごめんなさい。好きじゃないから】の本心の訴え。
桑山くんは莉緒さんに、自分が完全に叩きのめされるような、明確な理由がない限り、絶対に諦めるつもりはないと断言しました。
莉緒さんは、それをずっとずっと考えていました…。
確かに、桑山くんはスポーツ万能でテストの成績も良く、見た目も性格も友達の数も多く、女子からの人気もあり…本当に非の打ち所のない「スーパー小学3年生」でした。
そして、不意に莉緒さんの口を衝いて出た一言が…。
『私、幼稚園の頃か塾で習字も習ってるし、私より綺麗な字が書ける男子が好き…』
…返答に苦しんだ結果の一言でした。
桑山くんは「俺は、別に字は汚くないぜ。あいつみたいに」と、野井倉翔を指差しました。本当に失礼な小学生男子ですね。
対して莉緒さんは、理解してくれない桑山くんに、もう一度繰り返し言いました。
『桑山くんの字は、別に字が下手じゃないのは分かってる。けど私の好きな男子のタイプは、私よりも字が綺麗な男子なの』
莉緒さんは迷い、焦りながら…「今のところ、それに一番近い男子は…田ノ浦陽平くんかも…」と言いました。
田ノ浦くんも3年1組。
桑山くんも莉緒さんも、そして彼も…影薄く少し離れた席に座っていた田ノ浦くんを見ました。
何事!?と驚いてこっちに振り返る田ノ浦くん。
見た目はひょろっとしていて、肌は白くて坊主頭で眼鏡をかけ、クラスの中でもあまりパッとしない、友達も少ない、地味な大人しい男子でした。
田ノ浦くんは、莉緒さんと同じ習字教室に通っています。彼は習字の発表会で、何度か「三等賞」や「佳作」に選ばれたこともありました。
字は「綺麗!」とは言えなくても、小学3年生にしては「上手」なことに、間違いはありません。
桑山くんは「あんな奴と俺を一緒にすんな!」「すぐに字が上手くなってきてやるから、それまで待ってろよ!」と言い放ち、自分の教室へと駆け戻っていきました。
桑山くん以上に、田ノ浦くんを睨んでいたのは…彼でした。
見方によっては、雰囲気は田ノ浦くんと彼は「友達も人気も少ない似た者同士」でした。
そういった「似た者同士」という意味で、彼は以前から田ノ浦くんを毛嫌いし、ライバル視していました。