表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

千枚のガラスに映る緑と青と

作者: 風連
掲載日:2016/03/28

中森なかもり由宇ゆうの乗るバスが通る道の先に、丸太ログハウスの家がある。

残念ながら、このバスは左に曲がって、あの家の前は、通らない。

高校、大学と同じバスで、駅に向かう。

のん気な学生生活が終わりに近づくと、あの家を見ている暇は無くなった。

どさくさ紛れに、就職が決まった。

入社式、研修、それぞれの部門への配置。

春の嵐が吹き抜けていった。

広報部門に、配属されたのはこの後。

写真部員だった由宇でも、勝手の違う事だらけで、会社のアピールポスター制作なんて仕事は、雲をつかむようだった。

印刷する紙、一枚から選ぶのだが、その数の多さに、頭がクラクラする。

姉の、毎日同じ事務、なんてのは、聞いても、何の足しにもならなかった。

覚える事が多いし、毎回、やる事が違った。

社内報の写真選びも、感覚が違いすぎて、へこんでいた。

四面楚歌しめんそかなんて、頭によぎる。

率先力になるような地力が無いのを自覚した。

それからは、お茶くみでも、テーブルセッティングでも、言われた事が、出来るよう努力した。

社外のお使いに、行かされる様になったのは、梅雨の最中だった。

「中森、これを先方に届けて。

サンプルだからな。

直しはないはずだし、まあ気楽に、行ってこい。

そしたら、直帰ちょっきしていいぞ。」

谷口たにぐち先輩から、紙筒を渡された。

「雨に濡らすなよ。」

「はい。

あの、直帰って、何でしょうか。」

紙筒を受け取りながら、疑問を聞く。

「あーっと、研修では、教えないか。

用事が終わったら、そのまま帰宅して良いって、事さ。

あのスケジュール版に、書いていけば、良いから。

相手を待たせない様に、早めに、な。」

谷口が顎で指した方を見ると、自分の欄だけ、真っ白だ。

他の人のを見て、今日の日付の場所に、直帰、と、書いた。

「行ってきます。」

自分の机から、ビニール袋をだして、紙筒を包み、ロッカーに急いだ。

こんな時間に、会社を出るのは初めてだったから、何だか嬉しい。

雨も楽しく思える。

由宇は、お気に入りのレインコートと傘で、会社をあとにした。

行き先は、自宅の近くだった。

時間が読める。

それでも、行った事の無い場所だったので、迷ってしまった。

やっぱり、無理と、ナビに、先導してもらって、うなだれた紫陽花の咲く公園を回って、着いたのは、あの丸太ログハウスの家だった。

由宇の乗るバスはここには行かないのだから、迷うはずだ。

ドキドキしながら、呼び鈴を押す。

しばらくしてから、返答があり、会社名を告げると、やがて、ドアが内側に開いた。

柔らかなモスグリーンのワンピースの女性が、立っていた。

玄関から、ここの階が見渡せる開放的な空間が広がっている。

「お待ちしてました。

傘はあちらの傘立てに、コートは、ここに下げて下さいね。

どうぞ、土足で、お上がり下さい。」

えって、由宇は、固まってしまった。

外は雨だったのだ。

今はひさしの下だが、かなり雨に降られて、靴は汚れていた。

「ああ、気がつかなくて、今、スリッパ、お持ちしますね。」

生成りの無地のスリッパが、出された。

「すみません。

使わせて頂きます。」

ペコリと頭を下げて、靴からスリッパに、履き替えた。

「これを、引いて、どうぞ。」

差し出された新聞紙の上に、靴を並べた。

ようやく、用事が済ませられる。

名刺を交換して、挨拶がすんだ。

モスグリーンのワンピースの女性は、佐藤さとう諒子りょうこと、名刺に書いてあった。

紙筒は、玄関前でビニールから、出しておいたので、そのまま、先方に渡せた。

「中を確かめますから、こちらに腰掛けていて下さいね。」

無骨な感じの木のベンチに、長座布団が、ひかれている。

その端に、由宇は、チョコンと腰掛けた。

「どうぞ、少し時間がかかりますから、待って下さいね。」

奥から出てきた白のシャツとベージュの長いスカートの女性が、珈琲を由宇の前のテーブルに、置いてくれた。

「珈琲で、よいですか。

苦手なら、緑茶もありますけど。」

「ありがとうございます。

頂きます。」

雨で冷えた身体に、珈琲が嬉しい。

人心地ついてから、由宇は、部屋の中を見ていた。

ガラスの天板に、キラキラしたちいさな家が立っている。

家も木もガラス板で、薄く小さく緻密だった。

白いシャツの女性は、河島かわしま奈美なみさんといい、マグカップに、自分の珈琲を入れて、前の椅子に座った。

「初めての方ですよね。」

「はい、そうです。

ここは、ガラス工房なんですね。」

「そうなんです。

ほら、吹きガラスじゃありませんから。

おかげで、涼しく作業してます。」

「あの、作品、見ても、良いですか。」

「どうぞ、触らないで下さいね。

かなり薄いガラス板なんです。」

ガラスのテーブルの上のガラスの天板に、薄いガラスの街並みが並んでいる。

「ここからみてください、ホラ、わかります。」

かがんで、天板の高さに目線を持っていくと、家並みに色が浮かんだ。

「きれい、薄い青や緑に見えます。」

「そうでしょう。

重なりから色彩が産まれるんです。

これは、貴女の会社のポスターに使ったものなんですよ。」

目線を変えると、色は生きてる様に変化して行く。

重なりの多い場所との違いがわかる。

板ガラスは、何枚も同じ型を重ねて、色と命を生み出していた。

「1枚、1枚には、色なんてなんですよ。

かめのぞきの青って、知ってますか。

ペールアクアって、呼ばれる色です。

水を張った瓶にひと筋浮かぶ青のことなんですが、ここの作品はガラスでそれを生むのです。

1枚のガラス板が10枚で青を生み、その倍で緑を宿らしてるのが、わかります。」

由宇は、頷きながら、ジッとガラス板の町並みを見ていた。

冷たいガラス板が、色を産んでいる。

「まあ、奈美さんたら、ガラス信者を増やしてるの。

キリがないでしょう。

空の青を捕まえる様な物なんですもの。」

いつの間にか、諒子さんが、背後に立っていた。

「すみません、見とれちゃって、私。」

3人は、それぞれ元の場所に戻り、腰を下ろした。

社のポスターも、素敵なアングルで、ガラスの街を使っていた。

由宇は、私ならどう撮るかな、と、考えていた。

奈美さんが、暖かい緑茶を入れてくれた。

「とても良い写真ですから、問題なくお使いください、と、お伝えください。

良い、作品に成りました。」

「ありがとうございます。」

由宇も、これを社のイメージとして使うことが嬉しい。

「ガラスを扱うので、土足なんですよ。

作品を作ってる最中は、キラキラした物がそこらに落ちてるんです。

さあ、雨も止んだ様ですわ。

お気をつけつけて、おかえり下さい。」

由宇はお礼を言い、コートと傘を持ち、靴を履いて、丸太ログハウスの家をあとにした。

下って行く道の途中で、自分の家が見えた。

真っ直ぐには、道はつながっていない。

紫陽花の咲く公園を回って、歩く。

紫陽花の雨を含んだ花弁の重なりのひとつひとつを見てるうちに、いつものバス通りにでた。

そのからバス停二つ分歩けば、家だ。

バス停に映る夕陽の色が、影とコントラストを出している。

由宇は、あの街並みがてっきり、パソコンで作られた物だとおもっていた。

目線を動かすと、あの町並みは、色を変え、型を変える。

あの薄さ小ささが、不思議な色を生み出し、街に命を与えているのを、感じた。

由宇の中で、ガラスの街並みが輝きだしていた。

翌年、中森由宇は、あのポスターを撮ったカメラマンのいる、写真スタジオの助手になっていた。

写真の世界で、生きがいを見つけたのだ。

あの事務仕事に嫌気がさしていた姉も、今はカフェで働いていて、生き生きしていた。

ランチの食べ歩きでつちかった舌で、野菜たっぷりのパフェなんか、作っている。

由宇の作品は、まだまだ世には、出ていないが、いつかあのガラスの街並みを撮りたいと、思っていた。

由宇の部屋には、あの日のポスターが、貼ってある。

青と緑と透明なグラデーションを重ねて作られた町並みが、優しく描かれている。

ほんの僅かな青に、あの日、命と生きがいを見つけたのだった。

今は、ここまで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ