炎の能力
森の奥へ続く小道を歩きながら、エディスは後ろを振り返った。
あまり楽な道ではないはずなのに、ライナスは余裕の表情でエディスの後に続いている。やはり体を鍛えているのだろう、既に道ではないそこに足を踏み入れても、体の重心はまったくぶれなかった。
エディスはと言うと、魔物が現れてから森に少しでも立ち入る事は禁止されていたので、急な斜面や沼などに足を捕られながらよたよたと歩いていた。これではどちらが案内しているのか分からない。
「う、わ、」
ずる、と何か滑りのある物を踏んで前に倒れそうになったところをライナスがエディスの腕を引いて助けた。いよいよ立場がなくなったエディスはすみません、と消え入りそうな声で謝った。
「気にせん…じゃなくて、気にするな、よく歩けてるぞ」
「………はあ」
ライナスの気遣いにも心苦しくなり、曖昧に頷くエディス。
やはり自分ではなく、体力やら運動神経やらに自信のある奴に案内させれば良かったか。
そう思ったところで、突然、狭かった視界は広がり、日光がエディスたちに降り注いだ。どうやら広場に出たらしい。
「へえ、広いな」
「ああ、7年前まではよく使ってましたよ。…俺もここでよく遊んだなぁ」
広場、と言ってもあくまで7年前の、だ。今はある程度草は伸びているし、設置されていたベンチの塗装もほとんど落ちている。
7年前とはがらりと変わっているが、エディスは容易にここで過ごした幼少の頃を思い出せた。かけっこやかくれんぼ、たま蹴りにいろおに……ここで過ごした日々が何だかとても懐かしく思えた。
「また、ここ使えるようになったらなぁ」
「なら、魔物も何とかしなきゃな」
そうですね、とエディスは頷いた。魔物に関してはずっと曖昧にしていたが、これを気にもっと真剣に考えていくべきだろう。
「それで、この先なんですけど―――!?」
突然体を引き寄せられる感覚に目を見開けば、焦った顔のライナスの表情が見え、そして消えた。
次に訪れるのは打撃と、見えたのは青い空。
「っ、?」
状況が掴めずにぼんやりと空を見上げていると、「立て!」と緊迫した声が聞こえて慌てて立ち上がった。どうやらライナスに体を引き寄せられ、そのまま地面に放り出されたらしい。
「って、何、」
今まで自分が居た場所に目をやろうとする、と。
低い唸り声がエディスの耳に届いた。警戒するような、殺気だったような、とにかく恐ろしい音に背筋が凍る。
ゆっくりと首を動かして周囲を確認すると、視界の端に黒い魔物が見えた。
体は虎寄りだろうか、しかし虎よりもずっと大きく、牙や爪も鋭い物を持っている。
「え、?」
「噂をすればなんとやらってやつじゃ」
腰を低くして構えるライナス。そこでエディスは初めて最悪の事態に気がついた。
丸腰なのである。彼も。自分も。
「何か武器になるもの……!」
ざっと周囲に目を通すが、当然そんなものはない。辛うじてあるのは木の枝くらいで、しかしそんな貧相な物では到底相手に勝てそうになかった。
「ライナス、一度逃げた方が、」
エディスは、ライナスに目を合わせるよりも先に違和感を感じた。
ちりりと何かが焼けるような………。
熱い。
熱い熱い熱い熱い!!!!
肌が焼ける感覚に思わず飛び退いて、エディスはすぐ隣に居たライナスを凝視した。
正確には、彼の右手を。
それはまるで血のように深紅に燃え上がり、回りの温度を上昇させた。向こう側の景色がぐにゃりと歪む。
それは間違いなく『炎』であった。
「回りが木だからな。全力は出せねえけど」
ライナスが口を開くのに連動しているのか、彼の右手に灯っているそれもふわりと揺れた。