プロローグ
「エディス」
「こちらにおいで。本を読んであげよう」
「そうだ、飴はいるか?他の者には内緒だぞ」
「はい!じじ様!」
少年は満面の笑みで老人の元へ駆け寄り、美しく輝く藤色の飴玉を受け取った。口に含むとじんわりとみずみずしい葡萄の味が口いっぱいに広がり、甘くて甘くてほっぺたが落っこちてしまいそう。
少年が一番好きな味だった。
「おいしい!」
「そうか、そうか。お前が喜んでくれてうれしいよ」
老人は下へ垂らした長い髭を手ぐしで整えながら微笑んだ。少年を見る目は優しさが溢れ、そして何より暖かかった。
「さて、今日は何の本を読もうか」
老人が本がずらりと並んでいる大きな棚に手を伸ばすと、少年が「はいっ」と、まるで会議か何かで挙手するように勢いよく右手を挙げた。
「『神様の子供』!」
「ああ。お前はあの本が好きだからなぁ」
老人は苦笑しながら一冊の表紙が黒い本を手に取った。その本は何度も何度も読み返してしまった為に所々が剥げており、ページの端の方は手垢で薄く汚れてしまっている。
だが、読めないほどではない。
「では、読むぞ」
待ってましたとばかりに少年は老人へ飛びついた。膝へ座り、体重を老人へ預けながら少年は微笑んだ。
「ぼく、この本の文字ならぜんぶよめるようになったんですよ!」
「おお、それは素晴らしい」
「だからですね、きょうはぼくがじじ様によんであげます!」
少年は誇らしげに笑い、その本を老人から受け取った。
老人は「ではそうしてもらおうか」と言い、少年の上から本を覗き込む。
少年は覚えたての文字を所々つまりながら、それでも必死に読んでいく。
「むかし、むかし。まっくらな世界に、ひとりの男がおりました。」
男は、何も無いのはつまらないと思っておりました。
そしてある日、男は良い事を思いつきました。何も無いなら自分で作ればいいと。
男が「光よ」と唱えると、世界に光が降り注ぎました。それは太陽となりました。
男が「水よ」と唱えると、世界に水が溢れました。それは海となりました。
男が「木よ」と唱えると、世界にたくさんの木や花が育ちました。それは森となりました。
男が「生き物よ」と唱えると、世界に生き物が生まれました。それは動物となりました。
それが、この世界の始まりなのです。