本当に彼女は裁かれるべきなのか
あんまり、ファンタジーな感じがしない。
「レイナ・ウィザリーグ。おまえとの婚約は破棄する! 理由は、おまえがクラリス嬢に対してあまりにも陰湿で残酷なイジメを行ったからだ!! そのような者を、王家に入れるわけにはいかない!!」
ロクシード王国にある貴族学校卒業パーティ。
本来ならば、侯爵令嬢レイナ・ウィザリーグは、婚約者であり、この国・ロクシードの第二王子であるリオス・R・ロクシードの隣に立ち、パーティに参加した生徒たちに笑顔を振りまいているはずだった。
しかし、今、レイナは、パーティ会場の下段に跪き、上段にいるリオスと本来ならばレイナがいるはずの位置に立つ男爵令嬢クラリス・アストッチに見降ろされ、さらに、パーティに参加している生徒たちに蔑まれ、嗤われるというこの上ない屈辱的な状況に立たされていた。
――― こんなはずじゃなかった。 ―――
好きだった。
愛していた。
リオス王子を心の底から愛していた。
まだ、10にもならない頃にレイナは、リオスの婚約者となった。
それからはずっと、やりたいことなど何一つできず、ひたすら勉強や習い事、プライベートな時でさえ、王子の婚約者としての立ち振る舞いを要求された。
それは苦しく、辛いことだった。それでも、耐えられたのは、レイナがリオスを想い、相応しくありたいという必死な覚悟があったが故だった。
リオスは、あまり、レイナに関心を持っている様子はなかったが、それは、レイナがリオスにまだ相応しくないからで、もっと頑張って認められれば、きっと、リオスは自分を見てくれる。
そう、信じていた……
貴族学校に入り、周囲はますます、レイナを王族の婚約者として厳しく見つめた。
つらく厳しいその視線にも、美しく成長したレイナはピンと背筋を伸ばし、真っ向から、対峙した。
愛ゆえに…
だが、その想いは届くことはなかった……
どういった経緯で知り合ったのか、レイナは知らないが、リオスは裏表なく天真爛漫で可愛らしいクラリスと出会い、惹かれた。
必死で努力するレイナを無視してリオスはクラリスとの仲を深めていった。
その姿を見たレイナは、どうしようもないほどの怒りと嫉妬心にとらわれた。
こんなにも相応しくなろうとやりたいこともできずに努力してきた自分は何だったのか?
あんな風に自分だって遊びたかったのを我慢してきたのに!
何の努力もしていないクセに王子となんでそんなに笑って一緒にいられるのよ、ずるい!!
最初の頃は、クラリスに「婚約者がいる異性と二人きりで会うのは良くない」と忠告したが、聞き流された。
次は、「王子は自分の婚約者だから会うのを止めてほしい」と直接的な言い方で頼んだが、これもダメだった。
そして、最終的には、クラリスについて黒い噂を流し、リオスに彼女と会うのを自粛するよう促そうとしたが、リオスは逆により一層、クラリスの側にいることでその噂を消火しようとした。
そこからは、もう歯止めが聞かなくなり、思いつく限りの方法で二人の仲を引き裂こうとしたが、すべて失敗に終わり、逆に二人の恋の炎を燃え上がらせた。
「もとから、おまえの様な外面ばかり取り繕う女が、婚約者など、不快極まりなかったのだ」
泣きたくなった。自分の努力など、彼は何一つ見ていなかったのだ。自分の今までの人生の半分を否定された。
「レイナ、父上からの伝言だ。今日この時を持ってウィザリーグ家から勘当する。
おまえの様なものと同じ血が流れていると思うと、不愉快でたまらない!」
横から同い年の弟のカノンの声が聞こえた。
勘当された。
父にとって自分は、落ち目の家の力を取り戻す為の道具にすぎず、このような事態になれば、それくらい言ってくるだろう。
周囲からの嗤い声、蔑んだ視線にさらされても、レイナは、泣かず、ただまっすぐに前を見ていた。
本当は泣きたい。頭を抱えてうずくまりたい。何もかもかなぐり捨ててここから逃げたかった。
だが、そんなことをすれば、今までの努力を自分から否定するように思え、ただ、最後に残ったプライドを守るため、レイナは、前を見据えた。
「ク、クク…プッ、アハハハハハハハハ!!」
そんななか、ひときわ大きな笑い声がパーティ会場に響いた。誰もが、レイナでさえも、思わず、そちらを向いた。
そこにいたのは、一人の男だった。手を顔にあてて、心の底から、おかしそうに笑っていた。ひぃひぃと苦しげに呼吸をしながら、まる喜劇を見てツボにハマってしまった観客のように笑う。
「何をそこまで笑っている!」
リオスが怒鳴ると、笑い声はぴたりと止まった。そして、ゆっくりと顔を覆っていた手を下した。隠れていた顔があらわになり、誰もが、ほぅっと息を漏らした。
それほどまでにその男は美しかった。
「シュワルツだ。シフカーのシュワルツ・ディストレイ子爵だ…」
周囲の生徒たちのヒソヒソ声が聞こえる。
シュワルツ・ディストレイが踏み出すと、生徒たちは、進んで道を開けていった。それをさも当然であるかのようにシュワルツは歩く。そして、幾人かの生徒がその後に続く。
まっすぐにレイナの側に歩み寄ると、リオスからレイナを守るように立った。身につけている装飾から、彼と彼に続いた生徒たちがこの国の者ではなく、隣国・シフカーの者であることがわかった。
「何のつもりだ?」
「何のつもり? こちらこそ聞きたい。ここは、4年間共に勉学を励んできた友と、最後のひと時を過ごす場ですよ。それをこんなくだらない喜劇で台無しにしてそちらこそ、どういうつもりです?」
「くだらない、だと?」
リオスの視線に殺気が宿ったが、シュワルツは、それを全く気にせず、見返す。
「ええ、くだらないですね。一人の少女の一生を台無しにして、恥知らずな下朗と売女がまるで、聖君と聖女のように輝こうとするそんなくだらない寸劇など、吐き気さえ覚えますね」
「き、貴様、誰にモノを言っていると思っている!」
「あなたにですよ。
我が国のように重婚を許さず、一夫一妻を法で定め、婚約者や夫婦以外の異性に気をやるのは恥だとしている国の王子であるくせに、婚約者を持ちながらも、他の女に目移りして腰振っているリオス・R・ロクシード」
そんなこともわからないのかと鼻で笑う。
「自分たちが傷つきたくないから、そこの売女にカッコいい所を見せたいからかは知りませんが、不快きわまりないですね」
自分を見上げるレイナに安心させるように笑みを向けてから、シュワルツは王子の方に向き直った。
そこで、横から声が割り込んだ。
「か弱い少女を守ろうとする王子のどこが、下朗だというのですか?」
神経質そうにメガネをなおしながら問うのは、宰相の息子であるライナー・オメルだった。
「彼女を追い込み、苦しめ、狂行に走らせ、そして、切り捨てる。今のこの状況を生み出したことこそが、下朗の行いだと言っているのです。
そこの売女を愛し、彼女と別れたいのながら、ちゃんとした手順を踏み、婚約を破棄すればよかったのですよ。
いじめだってそうです。
このような場所でつるしあげにして、彼女の今後の人生を全て台無しにして…
ちゃんと彼女を説得しましたか? さとしましたか? やっていませんよね?」
「そんな事をしても、ソレがやめるとは思えなかったからな」
「だからやらなかったと? “全くやらない”と“やったけどダメだった”は、全く違いますよ。そんなこともわからないとは…
ましてや、本気でそこの売女を心配し、想っていたと言うのであれば、何度でも、やめるまで、説得すべきですし、本当にダメだったのであれば、病気になったことにでもして学校から追い出し、実家に引き取ってもらえばよかったというのに…
オメルくん、こんなにも手段があったにもかかわらず、こんな下策をとったそこの下朗が、下朗ではないと?
ああ、あなたも、そこの売女にほだされた下朗の一人でしたね」
「ッ!」
ライナーが、物凄い形相で睨みつけるも、シュワルツは、一切気にも留めない。
「そして、そこで関係ないといった顔をしている君。君ですよ、カノン・ウィザリーグくん。
君も下朗の一人だということを自覚したほうが良い。君は、彼女の家族だったのでしょう?
ならば、君だって、彼女を止めるべきだったんです。
この学校で彼女に一番近い位置にいながらも、追い詰められていく彼女に気がついてやれないとは、とんだ愚弟ですね。壊れていく姉よりもそこの売女の方がそこまで大事でしたか?
そして、事前に察知して彼女を引き取ろうとしなかった侯爵も愚かとしか言いようがないですよ。
こんな事態になる前に彼女を保護していれば、また別の権力者との婚姻を結べたというのに…」
「フン! そんなモノを妻として迎える者などいるものか!」
「やれやれ、わかっていませんね。王家に嫁ぐ者としての教育を受け、高い評価を得ており、尚且つ、この美貌ですよ。彼女ならば、引く手数多だったでしょうね。
まぁ、こんなことを引き起こされれば、もう、そんなこともないでしょうけど…
機を見ることもできないから、落ちぶれていくのですよ、あなたの家は」
「黙れ!!」
「大体にして、クラリスは、売女などではない! 女性に対して失礼だぞ!!」
「婚約者のいる男性に色目を使い、その婚約者に諭されても無視する女など、売女で十分でしょう。
先ほども言いましたが、この国は重婚を許さず、一夫一妻を法で定め、婚約者や夫婦以外の異性に気をやるのは恥だとしている。そして、そこの売女は、この国の貴族です。
例え、王子に想いを寄せようとも、それを胸の内に秘めておくべきものだったとうのに、それを明かし、あまつさえ誘惑して籠絡し、それを恥ともせずにそうやって堂々としている。
これで、売女ではなければ、なんです?」
「貴様、これ以上の王子と彼女への侮辱は、例え他の国の貴族であろうと、許さんぞ!」
いつの間にか、シュワルツの隣に立ち、剣を突き付ける男がいた。騎士団長を親に持つグレン・ガイモリだ。
「あなたこそ、どういうつもりですか? この学校の生徒である限り、我々はみな生徒として平等であると、定められています。また、緊急時及び授業ではない限り、刀剣の抜刀は許可されていません。
今は、緊急時ですか? 私はご覧のとおり、無手ですが?
どうせ、あなたも、そこの売女に良い所を見せたかったからなのでしょう?」
突き付けられた剣に対して恐怖することもなく、シュワルツは言った。そして、すっと片手を上げてパチンッと指を鳴らすと、彼の後ろにいた生徒数人が、即座に反応し、グレンを取り押さえ、剣を取り上げた。
「衛兵! 何をしているのです! 剣を抜いた馬鹿者がいるのですよ! 取り押さえなさい! この会場にいる者を守るのが、あなたたちの仕事でしょう!!」
シュワルツに一喝され、わらわらと衛兵が寄ってきた。衛兵に突き飛ばす様にシュワルツに従う生徒がグレンを押しつける。衛兵がグレンを会場から連れ出そうとするも、自分の親の名を上げて怒鳴りつけた。その様子を見てシュワルツは「騎士団長の息子だというのに…まさに面汚しだ」と呟いたのを聞いたのは、彼に従う生徒たちとレイナだけだっただろう。
シュワルツは、レイナに手を差し伸べた。
レイナは、恐る恐るその手をとると、シュワルツは柔らかく笑い、レイナを助け起こした。
「行きましょう。ここは、あなたにはふさわしくない」
「で、ですが…」
「大丈夫です。さぁ」
そのまま、レイナの手をとり、リオスたちに背を向けてパーティ会場を出た。
背後から、怒鳴り声が響くが、シュワルツの足は止まることはなかった。
「ディストレイ様、何故、私を…」
促されるまま、馬車に乗せられたレイナは、正面に座るシュワルツに恐る恐る声をかけた。
シュワルツは、オドオドとするレイナを面白そうに見つめながら、家紋の入った上着を脱いだ。
何をされるのかとより一層に縮こまるレイナをよそに同乗しているメイドが上着を受け取り、別の上着をシュワルツに渡す。受け取った上着に入った紋を見てレイナは言葉を失った。
「私の国の決まりで、一定の年齢達して現国王に認められなけば、王族とは名乗れないんですよ。
それまでは、母方の爵位を名乗るのです。
私は、つい最近、その一定年齢となり、父上に王位を与えられました。
だから、今の私の本当の名は、シュワルツ・D・シフカーなんです」
そう、シュワルツの上着に入っていたのは、王属だけが身につけることを許される国の紋だった。
「で、私があなたを助けた理由でしたっけ? 簡単な話です。好きだからですよ。
才能にあふれ、尚且つ努力を惜しまない姿勢が、とても好ましかった。
あんな王子の婚約者でなければ、我が国にすぐにでも連れて行きたかったんですけどね。
で、どうやって、あなたを手に入れようかと、色々と考えていたんですよ。
そしたら、あの下朗どもがゲスな策を考えていると分かったので、便乗させてもらいました」
シュワルツが楽しそうに笑った。
「学校での凛としたあなたも良かったけど…」
目を細め、慈しみように手を伸ばし、レイナの頬に触れた。触られた瞬間、思わずビクッと震えた。
「こういう、小動物っぽいあなたも、とても良い。これが、本来のあなたなんですかね?」
シュワルツが、キスが出来そうなほどに顔を近づけきてもレイナは、身動き一つ取れなかった。
「この国に、あなたの居場所はもうない…
ですから、私の国に来て下さい。 ね?」
その笑顔は、とても生き生きとして輝いていたと、後々、レイナは語るのだった。
乙女ゲームをやったことはないのですが、ここの作品では良く、多くの人の前で悪役令嬢が断罪されるという描写が書かれているのを見て、
「なんで、こいつらこんなことをしているのだろう?」
「イジメの報復に相手の残りの人生すべてってやり過ぎじゃね?」
「婚約者がいる相手に手を出した方が客観的に見たら悪いよな?」
と思い、書きました。