食事
「洋太。」
松原の声がした。ふっと我に返り、
「早かったな」
と、危なげない返事を返した。
「何ぼーっとしてんの?」
「ん?いや、疲れてるからさ」
本当は、松原とあったことで、今まで振り返らなかった高校時代を思い出してしまった。それだけは知られたくないと思い、とっさに疲れていると答えてしまった。
「じゃあ、ご飯食べたら、すぐに帰ろっか」
「大丈夫だって。それより、どこ行くのか決めてあるのか?」
「特に決めてないけど、洋太は何か食べたいものでもあるの?」
「特に無いけど、松原が食べたいとこでいいよ」
「本当?じゃあ、いこうか。野菜のお店でいいよね。」
「まあいいけど」
そう答えると、松原の会社を出て、歩いてお店へ向かった。夕方とはいえ、まだまだ日差しはきつく、スーツ下はすぐに汗で一杯になった。
一緒に歩いていると、まるで高校のときと同じだと錯覚させる姿だった。
(あのときも一緒に歩いて、松原って意外と小さいんだなって思ったなあ。)
俺は身長が175センチ、松原は155センチ。横に並んで歩いてみると、小ささに気付く。
(やっぱり大人になっても、小さいよな)
高校のときと変わらない松原の身長に、自分の心は高校生に戻りそうだった。
「洋太!」
「お、おう」
「さっきからずーっとぼーっとしてるけど、大丈夫?」
「大丈夫だって」
「仕事大変なんじゃないの?」
「仕事は大変だけど、体調はわるくないからさ」
「ならいいけど。久しぶりに会って、倒れたりしないでよ。」
「大丈夫だってば」
「本当?心配させないでよ。」
心配させるつもりは毛頭ないが、高校時代を思い出してしまってどうしようも無かった。
「ついたよ」
「ここか。って、チェーン店じゃん。俺の会社の横にもあるぞ。」
「あっ、そうなんだ。ここおいしいよね。はいろっか」
そういうと、松原は先に入っていってしまった。松原が選んだ店は、全国に店舗があるほどのチェーン店で、有機野菜を使った野菜料理がメインの食べ放題のお店だった。松原の後について、店に入る。
「お前、食べ放題って。もう少し普通のとこにしろよな。」
「洋太がどこでもいいっていったじゃん。いいから、早く。」
そういうと、手を引っ張り、席へと俺を連れて行った。握られた手はじびれ、当時の手の小ささを思い出させた。
席に着き、一通りの料理を机に運んでくると、松原から、こう聞かれた。
「洋太。聞きたいことあるんだけど。」
突然の一言にドキッとした。
「何だよ。聞きたいことって。」
一瞬の沈黙の後、
「洋太、彼女いるの?」
「えっ?」
意外な質問に、戸惑いを隠せなかった。
「何でだよ?」
「いるのかな~って思っただけ。」
「それならいいけど。別にいないよ。」
「やっぱりね。」
「やっぱりってなんだよ。」
「そんなに忙しいんなら無理でしょ。」
「まあな。お前は彼氏いるのかよ」
「私?私はいないよ。でも、ずーっと片思いの人はいるかな。」
その言葉を聞いた時、
(もしや、俺のことか?)
と思った。でも
「大学のときにちょっと話をしたことあるだけで、相手にされなかったんだ」
と言われ、自分だと期待した自分に恥ずかしくなってしまった。
「そいつとはもう、会わないのか?どうだろね。」
「そうか・・・」
「ごめん。ごめん。なんか暗くなっちゃったね。あっ、大長課長、びっくりしたでしょ?」
「あっ、ああ。マジびっくりしたよ。まさか、原田のおやじさんだったとはね。」
「私もびっくりしたよ。」
「えっ?お前は前から知ってたんじゃないのか?」
「私が知ったのは、前に洋太が会社に来たあとだよ。洋太が帰った後、呼ばれてさ。いきなりだったから、びっくりしたし。」
「本当だよなあ。原田は何してんの?」
「里枝ちゃんは、地元の役所で働いてるよ。前に携帯で話したときにそういってたよ。」
「そうなんだ。地元に戻ったんだ。でも、その電話のときに、親父さんのこといってなかったんだ。」
「特に何も言ってなかったなあ。だからびっくりしてるんじゃん。」
「そうだよなあ」
少しの沈黙のあと、松原がまた突然、
「洋太さ、私と別れてから、どうだったの?」
「えっ?」
「高校のときに私と別れたあと。」
(おいおい。いきなり何言ってんだ。)
「どうって・・・」
「あの後、誰かと付き合ったの?」
「高校のときは付き合ってないよ。」
「そうかあ」
「松原は?」
「私もつきあってないよ。洋太、何で付き合わなかったの?」
「お前に言われたこと忘れてないよ。あんなこと言われたら、なかなか付き合えないだろ。」
「ふ~ん。そうかあ。気にしてたんだ。」
「当たり前だろ。」
松原に言われたことは今でも心に残っているし、忘れない。忘れられない一言だった。
「洋太、今日は送っていってよ。」
「何で?」
「何でって、女の子なんだから。危ないでしょ。」
「危ないって、お前、仕事で遅くなるときはどうしてんだよ?」
「会社からタクシーで、家までべた付けだよ。」
「そうかあって、お前家どこなんだよ?」
「江東区だよ。」
「はい?」
「だから、江東区!」
「お前江東区って、ここからかなりあるじゃん!そんなとこまでタクシーで帰ってんのか?」
「だからしょうがないでしょ!怖いんだから!」
「ここ新宿だぞ!送れって、お前本気か?」
「嫌ならいいよ。襲われたら洋太のせいだから。もういいし」
「わかったよ。おこんなよ。」
「やったあ。じゃあ、ご飯食べたら、一緒に帰ろうね。」
「お前何なんだよ。」
嬉しそうな松原を見ながら、もって来た料理を食べ、そして、外に出た。
「おいしかったね。」
そういう松原の顔は、化粧はしているが、高校のときにみた、表情のままだった。懐かしさの中で
(やっぱり、俺、松原のことまだ好きなのかな・・・)
と思う自分が確かにいた。
帰りの電車の中で、松原と何気ない話をした。今の仕事や大学のこと。地元の仲間のことなど、長い帰路が短く感じられる程、楽しい時間だった。
「ここだよ。」
そういう松原の先をみると、ちょっとしたマンションがあった。
「ここに住んでるんだ。じゃあ、もう帰るわ。もうここまでくれば、大丈夫だろ?」
「ありがと。洋太・・」
「ん?」
「ちょっと、よってく?」
「いいよ。もう遅いし、松原だって明日仕事だろ?もう休めよ。今日は楽しかったよ。結局仕事の話できなかったけど、もう一度考え直してみるからさ。ありがとね。」
「ううん。ごめんね。きょうは。」
「いいって。気にすんなよ。」
「じゃあね。」
「おう。またな。」
松原がマンションに入るのを確認して、家への道を急いだ。東京にしてはやけに星が見える夜だった。暑い夏なのに、やけに涼しく、清々しく感じた。
(何かいろいろあったな。)