猫のクリスマス
十二月二十四日の夜。
仕事から帰る途中、私は一匹の猫を見つけた。
雪の積もった公園のベンチの下。
白い子猫が、小さく丸まっていた。
「寒いよね」
手を伸ばしても逃げない。
首輪がついていた。
赤い革の首輪。
金色のプレートには、こう刻まれていた。
**メリー**
クリスマスだからメリー。
安直な名前だと思った。
「飼い主、どこ行ったの?」
メリーは答えるように、
「にゃあ」
と鳴いた。
私は一人暮らしだったし、明日は休みだった。
一晩くらいならいいか。
そう思って、メリーを家に連れて帰った。
部屋に入った途端、メリーは元気になった。
暖房の前で丸くなり、ミルクを飲み、私の膝の上で喉を鳴らした。
可愛かった。
スマホで写真を撮った。
友達に送ろうとして――
やめた。
画面の中のメリーの後ろ。
廊下に、誰か立っていた。
小さな女の子だった。
赤いワンピースを着ている。
「……え?」
振り返る。
誰もいない。
もう一度スマホを見る。
写真には、やっぱり女の子がいた。
顔だけが真っ黒だった。
気味が悪くなって、写真を削除した。
午後十一時五十分。
メリーが玄関の前に座った。
「どうしたの?」
にゃあ。
玄関の扉を見つめている。
にゃあ。
にゃあ。
にゃあ。
「外に出たいの?」
でも、こんな雪の夜に出すわけにはいかない。
そのとき。
コン。
玄関の向こうから音がした。
コン。
コン。
誰かが扉を叩いている。
こんな時間に?
インターホンのモニターを見る。
誰もいない。
コン。
今度は、扉の下のほうからだった。
まるで小さな子供が叩いているような高さ。
メリーが鳴いた。
「にゃあ」
すると。
扉の向こうからも、
「にゃあ」
と聞こえた。
私は動けなくなった。
メリーを見る。
メリーはもう鳴いていない。
なのに外から、
にゃあ。
にゃあ。
にゃあ。
何匹もいる。
十匹。
二十匹。
いや。
もっと。
玄関の向こうが、猫で埋め尽くされているみたいだった。
午前零時。
突然、静かになった。
スマホが震えた。
知らない番号からメッセージが届いていた。
写真が一枚添付されている。
昔の写真だった。
クリスマスツリーの前で、小さな女の子が白い猫を抱いている。
猫の首輪には、
**メリー**
その下に文章があった。
《メリーを拾ってくれてありがとうございます》
背筋が冷たくなった。
続けてメッセージが来る。
《今年はあなたなんですね》
意味がわからない。
《何がですか》
返信してしまった。
すぐに既読がついた。
《メリーのクリスマスです》
その瞬間。
部屋の電気が消えた。
暗闇の中で、
シャン。
シャン。
鈴の音がした。
メリーの首輪だった。
でも音は一つじゃない。
シャン。
シャン。
シャン。
部屋中から聞こえる。
ベッドの下。
カーテンの裏。
クローゼット。
天井。
壁の中。
何十匹もの猫が、そこにいる。
私はスマホのライトをつけた。
メリーがいない。
代わりに。
リビングの真ん中に、
クリスマスツリーが立っていた。
うちにはクリスマスツリーなんてない。
飾りがぶら下がっている。
赤。
青。
金。
その中に混じって、
写真が吊るされていた。
知らない人たちの写真。
若い男。
老婆。
学生。
会社員。
家族。
どの写真にも白い猫が写っている。
そして一番下に、
私の写真があった。
さっき撮った写真だった。
私の背後に、あの女の子が立っている。
今度は顔が見えた。
女の子は笑っていた。
「メリー?」
声がした。
背後から。
私は振り向けなかった。
子供の声だった。
「今年も見つけたの?」
足元を何かが通った。
白い毛。
メリーだった。
メリーは私の後ろへ歩いていく。
ゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らす。
女の子が笑った。
「ありがとう」
私はようやく振り返った。
そこから先は覚えていない。
十二月二十五日の朝。
私は自分のベッドで目を覚ました。
電気もついている。
クリスマスツリーもない。
女の子もいない。
メリーもいなかった。
夢だったのだろうか。
そう思った。
玄関の鍵が開いていることに気づくまでは。
慌てて外へ出る。
雪の上に、小さな猫の足跡が続いていた。
その隣に、
裸足の子供の足跡。
二つの足跡は並んで公園へ向かっている。
追いかけた。
公園のベンチの下にメリーがいた。
「メリー!」
駆け寄ろうとして、止まった。
メリーの前に誰かいる。
若い男だった。
しゃがみ込んで、メリーを撫でている。
「寒かったなあ」
男がメリーを抱き上げた。
私は叫んだ。
「待って!」
男が振り返る。
「その猫、連れて帰っちゃダメです!」
「え?」
「それ……」
言葉に詰まった。
なんと説明すればいい?
幽霊が来る?
クリスマスツリーが現れる?
写真を飾られる?
男は怪訝そうに私を見ていた。
やがて苦笑した。
「飼い猫ですか?」
「違います。でも――」
「だったら、一晩だけでも暖かいところに置いてやりますよ」
昨日の私と同じことを言った。
男はメリーを抱いて去っていく。
追いかけようとした。
そのとき。
メリーが男の肩越しにこちらを見た。
そして、
「にゃあ」
と鳴いた。
私のスマホが震えた。
知らない番号からだった。
写真が届いている。
クリスマスツリー。
そこにたくさんの写真が吊るされている。
私の写真もある。
でも。
昨夜まではなかった写真が、一枚増えていた。
今、メリーを連れて帰った男だった。
その写真の下に文字が書かれている。
《予約済み》
そして私の写真の下には、
《参加済み》
震える指で画面を閉じようとした。
もう一通届いた。
今度は文章だけだった。
《また来年》
それから私は、毎年クリスマスになると家を出ない。
猫にも近づかない。
十二月二十四日だけは。
今年も、もうすぐ零時になる。
外では雪が降っている。
さっきから玄関の前で、
猫が鳴いている。
でも今年は少しおかしい。
去年までは、
「にゃあ」
だった。
今年は、
「開けて」
と鳴いている。




