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猫のクリスマス

作者: 不和カプリ
掲載日:2026/08/29

 十二月二十四日の夜。


 仕事から帰る途中、私は一匹の猫を見つけた。


 雪の積もった公園のベンチの下。

 白い子猫が、小さく丸まっていた。


「寒いよね」


 手を伸ばしても逃げない。


 首輪がついていた。


 赤い革の首輪。

 金色のプレートには、こう刻まれていた。


 **メリー**


 クリスマスだからメリー。

 安直な名前だと思った。


「飼い主、どこ行ったの?」


 メリーは答えるように、


「にゃあ」


 と鳴いた。


 私は一人暮らしだったし、明日は休みだった。


 一晩くらいならいいか。


 そう思って、メリーを家に連れて帰った。


 部屋に入った途端、メリーは元気になった。


 暖房の前で丸くなり、ミルクを飲み、私の膝の上で喉を鳴らした。


 可愛かった。


 スマホで写真を撮った。


 友達に送ろうとして――


 やめた。


 画面の中のメリーの後ろ。


 廊下に、誰か立っていた。


 小さな女の子だった。


 赤いワンピースを着ている。


「……え?」


 振り返る。


 誰もいない。


 もう一度スマホを見る。


 写真には、やっぱり女の子がいた。


 顔だけが真っ黒だった。


 気味が悪くなって、写真を削除した。


 午後十一時五十分。


 メリーが玄関の前に座った。


「どうしたの?」


 にゃあ。


 玄関の扉を見つめている。


 にゃあ。


 にゃあ。


 にゃあ。


「外に出たいの?」


 でも、こんな雪の夜に出すわけにはいかない。


 そのとき。


 コン。


 玄関の向こうから音がした。


 コン。


 コン。


 誰かが扉を叩いている。


 こんな時間に?


 インターホンのモニターを見る。


 誰もいない。


 コン。


 今度は、扉の下のほうからだった。


 まるで小さな子供が叩いているような高さ。


 メリーが鳴いた。


「にゃあ」


 すると。


 扉の向こうからも、


「にゃあ」


 と聞こえた。


 私は動けなくなった。


 メリーを見る。


 メリーはもう鳴いていない。


 なのに外から、


 にゃあ。


 にゃあ。


 にゃあ。


 何匹もいる。


 十匹。


 二十匹。


 いや。


 もっと。


 玄関の向こうが、猫で埋め尽くされているみたいだった。


 午前零時。


 突然、静かになった。


 スマホが震えた。


 知らない番号からメッセージが届いていた。


 写真が一枚添付されている。


 昔の写真だった。


 クリスマスツリーの前で、小さな女の子が白い猫を抱いている。


 猫の首輪には、


 **メリー**


 その下に文章があった。


《メリーを拾ってくれてありがとうございます》


 背筋が冷たくなった。


 続けてメッセージが来る。


《今年はあなたなんですね》


 意味がわからない。


《何がですか》


 返信してしまった。


 すぐに既読がついた。


《メリーのクリスマスです》


 その瞬間。


 部屋の電気が消えた。


 暗闇の中で、


 シャン。


 シャン。


 鈴の音がした。


 メリーの首輪だった。


 でも音は一つじゃない。


 シャン。


 シャン。


 シャン。


 部屋中から聞こえる。


 ベッドの下。


 カーテンの裏。


 クローゼット。


 天井。


 壁の中。


 何十匹もの猫が、そこにいる。


 私はスマホのライトをつけた。


 メリーがいない。


 代わりに。


 リビングの真ん中に、


 クリスマスツリーが立っていた。


 うちにはクリスマスツリーなんてない。


 飾りがぶら下がっている。


 赤。


 青。


 金。


 その中に混じって、


 写真が吊るされていた。


 知らない人たちの写真。


 若い男。


 老婆。


 学生。


 会社員。


 家族。


 どの写真にも白い猫が写っている。


 そして一番下に、


 私の写真があった。


 さっき撮った写真だった。


 私の背後に、あの女の子が立っている。


 今度は顔が見えた。


 女の子は笑っていた。


「メリー?」


 声がした。


 背後から。


 私は振り向けなかった。


 子供の声だった。


「今年も見つけたの?」


 足元を何かが通った。


 白い毛。


 メリーだった。


 メリーは私の後ろへ歩いていく。


 ゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らす。


 女の子が笑った。


「ありがとう」


 私はようやく振り返った。


 そこから先は覚えていない。


 十二月二十五日の朝。


 私は自分のベッドで目を覚ました。


 電気もついている。


 クリスマスツリーもない。


 女の子もいない。


 メリーもいなかった。


 夢だったのだろうか。


 そう思った。


 玄関の鍵が開いていることに気づくまでは。


 慌てて外へ出る。


 雪の上に、小さな猫の足跡が続いていた。


 その隣に、


 裸足の子供の足跡。


 二つの足跡は並んで公園へ向かっている。


 追いかけた。


 公園のベンチの下にメリーがいた。

 

「メリー!」


 駆け寄ろうとして、止まった。


 メリーの前に誰かいる。


 若い男だった。


 しゃがみ込んで、メリーを撫でている。


「寒かったなあ」


 男がメリーを抱き上げた。


 私は叫んだ。


「待って!」


 男が振り返る。


「その猫、連れて帰っちゃダメです!」


「え?」


「それ……」


 言葉に詰まった。


 なんと説明すればいい?


 幽霊が来る?


 クリスマスツリーが現れる?


 写真を飾られる?


 男は怪訝そうに私を見ていた。


 やがて苦笑した。


「飼い猫ですか?」


「違います。でも――」


「だったら、一晩だけでも暖かいところに置いてやりますよ」


 昨日の私と同じことを言った。


 男はメリーを抱いて去っていく。


 追いかけようとした。


 そのとき。


 メリーが男の肩越しにこちらを見た。


 そして、


「にゃあ」


 と鳴いた。


 私のスマホが震えた。


 知らない番号からだった。


 写真が届いている。


 クリスマスツリー。


 そこにたくさんの写真が吊るされている。


 私の写真もある。


 でも。


 昨夜まではなかった写真が、一枚増えていた。


 今、メリーを連れて帰った男だった。


 その写真の下に文字が書かれている。


《予約済み》


 そして私の写真の下には、


《参加済み》


 震える指で画面を閉じようとした。


 もう一通届いた。


 今度は文章だけだった。


《また来年》


 それから私は、毎年クリスマスになると家を出ない。


 猫にも近づかない。


 十二月二十四日だけは。


 今年も、もうすぐ零時になる。


 外では雪が降っている。


 さっきから玄関の前で、


 猫が鳴いている。


 でも今年は少しおかしい。


 去年までは、


「にゃあ」


 だった。


 今年は、


「開けて」


 と鳴いている。


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