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霹靂の魔法使い  作者: 雄丸田
第一章

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第七話

 そうして、テアはそのまま家にいることになった。


 最初の数日は、ライナにとってひたすら落ち着かない時間だった。


 食事のたび、テアは出されたものを不思議そうに眺めてから、一口食べて、ぱっと目を見開く。それから夢中になって食べ始める。その様子があまりにも素直で、マリアは毎回楽しそうに笑った。


「この子、見てて気持ちいいくらい食べるわねえ」


 髪も、マリアに整えてもらうまでは好き放題に流れていた。けれど、櫛を通されるのも嫌がらず、ただおとなしく座っている。その姿が妙に人形めいていて、近所のおばさんには「まあ、お人形みたいに可愛い」と目を丸くされた。


 テアは家の仕事にもじっと興味を示した。洗濯物が揺れるのを見上げたり、台所で煮込みの鍋をのぞき込んだり、パン生地が膨らむのを不思議そうに見つめたり。


 そして気づけば、ライナの後ろをついて回っている。


 ずっとべったりというわけではない。だが、いつの間にか少し後ろにいて、何かあればそっと袖や服の端を掴んでいるのだ。


「……なんでそんな自然にいるんだよ」


 思わず呟くと、テアはきょとんとしてライナを見るだけだった。


 町へ出れば、なおさらだった。


 銀髪の綺麗な少女はそれだけで目立つし、しかも無垢なまなざしで静かにそこにいるものだから、町の人たちは驚くより先に好意を向けた。


「テアちゃん、おつかい?」


「こんにちは、テアちゃん」


「まあまあ、ほんとに可愛い子ねえ」


 そうして気づけば、自然と「テアちゃん」と呼ばれるようになっていた。


 ライナだけが、その馴染み方に戸惑っていた。


「なんでこんなすぐ馴染んでるんだ……」


 ぼそりとこぼすと、マリアは可笑しそうに笑う。


「可愛いんだもの。そりゃ好かれるわよ」


 それを言われると、なんだか反論しにくかった。


 そしてライナ自身も、最初ほど身構えなくなっていることに気づき始めていた。戸惑いはまだある。わからないことだらけだ。けれど、テアがそこにいることが、少しずつ日常になりつつあった。


    ◇


 数日後、買い物に出た時だった。


 マリアに付き合わされる形で、ライナとテアも一緒に市場へ来ていた。行き交う人の声、並んだ品物、呼び込みの声。賑やかな市場の空気の中で、テアは相変わらず静かだったが、その目だけはいろいろなものを映していた。


 ふと、露店の端に置かれた古びた鞄や小物の山の前で、テアが足を止める。


 その視線の先にあったのは、ライナが学院で使っていた革の手帳入れに似た品だった。持ち主が手放したのか、型落ちなのか、どこか学院の備品めいた匂いのするものだった。


 テアは何も言わず、それをじっと見つめている。


 その様子に気づいて、マリアがふっと声を漏らした。


「ああ、それ……学院で使うものに似てるわね」


 そこで初めて、テアが小さく首をかしげる。


「……がくいん?」


 マリアが何気なく頷く。


「そう。ライナも通っているのよ」


 テアはライナを見る。


「どんなところ?」


 ライナは少し黙ってから、短く答えた。


「別に。人がいっぱいいて、授業して、それだけ」


 できるだけ短く。そこで話を終わらせるように。


 だがマリアはそんなライナを横目で見て、やわらかく言った。


「そうかしら」


 ライナは眉をひそめる。


「なにが」


「話してる顔は、そんなふうには見えないけど」


 その言葉に、ライナは返事を失った。


 自分では、うまく隠したつもりだった。学院の話なんて、できれば避けたかったし、思い出したくもなかった。なのに、今の自分はそんなにわかりやすい顔をしていたのだろうか。


 テアは黙ってライナを見ている。


 その視線が、不思議と痛かった。


 ライナはそれ以上何も言わず、足早に歩き出した。マリアは何も追わず、ただ少しだけ目を細めてその背を見ていた。


    ◇


 帰り道は、行きより少しだけ静かだった。


 買い物袋を提げたマリアが少し先を歩き、ライナとテアがその後ろを並んで歩く。風が吹くたび、夕方の光が道の上を揺れていく。


 ライナはずっと黙っていた。


 学院。たったそれだけの言葉なのに、胸の奥に沈めていたものが少しずつ浮かび上がってくる。


 戻りたくないと思っていた。あんな場所、もう終わったのだと。向いていなかったのだと。そう思い込もうとしていた。


 なのに、ほんの少し話しただけで、胸のどこかがざわついた。


 まだ、切り離せていない。


 まだ、どこかに引っかかっている。


 前を歩くマリアの背と、隣を歩くテアの気配を感じながら、ライナはきつく唇を結んだ。


 俺は、もう戻るつもりなんて――


 そこまで考えて、止まる。


 言い切れない自分がいた。


 夕暮れの道の中で、ライナは視線を落としたまま、小さく息を吐く。


「俺は……」

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