第六話
第一章開幕です!
「で、説明してくれる?」
居間の空気は重くはない。けれど、誤魔化して逃げられるような軽さでもなかった。
ライナとテアは並んで座らされていた。向かいにはマリア。ロイは少し離れた椅子に腰かけ、静かに様子を見ている。
ライナの表情は固かった。森から帰ってきてからというもの、疲労と緊張がずっと抜けていない。隣のテアはというと、きょとんとした顔で座っていて、しかもライナの袖をちょこんと掴んでいた。
その状況が、余計にライナの居心地を悪くしている。
マリアはしばらく二人を見比べてから、ひとつ息を吐いた。
「……いや、本当にどういうことなの」
怒っているわけではない。けれど、あまりに状況が意味不明で、何から聞けばいいのかもわからない――そんな困り顔だった。
「どうして森に行ったの?」
「いや、その……」
「その子は誰?」
「それも、その……」
マリアは一度、深くため息をついた。
「もう、順番に話して。こっちが混乱してきたわ」
ライナは小さく肩をすくめた。
「……俺だって混乱してるよ」
その時、隣でテアがライナの袖をくいと引いた。
「ライナ」
「な、なんだよ」
「おなかすいた」
ライナは思わず目を閉じた。マリアは一瞬だけぽかんとして、それから額を押さえた。
「そういうことじゃないのよ、もう……」
呆れたように言いながらも、声は完全には尖らない。ロイが小さく息を吐く気配がした。笑ったのかもしれない。
ライナは視線を落とした。
なんでこんなことになったんだ。
◇
魔結晶の光が消えたあと。
目を開けたライナの上には、全裸の少女が乗っていた。
「――っ!?」
叫びたかった。だが声にならない。
少女は眠そうに目を擦っていて、そのままぼんやりとライナを見下ろしていた。透き通るような銀髪。水晶みたいに澄んだ翠の瞳。状況が状況でなければ、見とれてしまうくらい綺麗だったかもしれない。
だが今はそんな場合ではない。
「ち、近い! 近い近い近い!」
ようやく絞り出した声は、我ながら情けないほど裏返っていた。
少女は首をかしげる。
「……?」
「いや、なんで不思議そうなんだよ! まず離れろ、離れろって!」
ライナが慌てて身をよじると、少女はされるがまま少しだけ体を起こした。だが離れたというより、単にライナを見やすい位置に移動しただけに見える。
「ライナ」
「なんで俺の名前は知ってるんだよ!」
少女はまっすぐにライナを見つめたまま、少しだけ首をかしげた。
「……ライナは、ライナ」
「だから、そういうことじゃなくて!」
頭がおかしくなりそうだった。
ライナはどうにか上体を起こし、自分の外套を引っぺがすように外すと、少女の肩へばさりとかけた。
「いいか、まずこれ着ろ」
言ってから、ライナは眉をひそめる。
「……いや、着るっていうか、かける、でいいのか?」
少女は外套の裾を指先でつまむ。
「あったかい」
「そういう問題じゃないんだけどな……」
ライナは額を押さえた。落ち着け、と自分に言い聞かせる。いや、落ち着くべきなのは相手かもしれない。だがこの少女は、少なくとも自分が慌てるべき状況だと思っていないらしかった。
「ライナの?」
「そうだけど」
答えると、少女は少しだけ目を細めた。
どこか嬉しそうに見えて、ライナは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……とにかく、まずは話だ」
気を取り直すように言って、ライナは少女の前に座り直した。
「まず、お前、名前は?」
「テア」
そこだけは、迷いなく返ってきた。
「テア……」
ライナはその名を小さく繰り返す。
「どこから来たんだ?」
テアは少しだけ考えるように黙った。
「……わからない」
「なんであんなところにいた?」
「……わからない」
「家族はいるのか?」
また、間が空く。
テアは首をかしげた。
「……わからない」
ライナは顔をしかめた。冗談を言っているようには見えない。本当に、答えられないのだ。
「じゃあ、なんで俺の名前を知ってるんだ?」
その問いにだけ、テアは少しだけ反応が違った。
「……わからない」
そして、ほんの少し間を置いてから、
「でも、ライナはライナ」
と、当たり前のように言った。
ライナは返す言葉をなくした。
「……だめだ」
結局、何もわからない。
しかもこの洞窟は、奥にいるほど魔素が濃い。長居していい場所ではなかった。
――とりあえず、ここを出るか。
半分諦めるようにそう決めて、ライナは立ち上がった。
テアは座ったままライナを見上げる。
「ライナといく」
「……置いていくわけにもいかないしな」
半分諦めたように呟くと、テアは外套を羽織ったまま静かに立ち上がった。
◇
「で、帰ってきたらこうなってたってわけ」
現在の居間へ戻って、ライナは力なく言った。
マリアは額に手を当てて、ふうっと息を吐く。
「つまり、森の洞窟で見つけて、そのまま連れて帰ってきたのね」
「……そうなる」
「なる、じゃないのよ」
ぴしゃりと言われて、ライナは肩をすくめた。
マリアは今度はテアの方を見る。
「本当に、名前以外は何もわからないの?」
テアはライナの袖を掴んだまま、小さく頷いた。
「……わからない」
「お父さんもお母さんも?」
「わからない」
「どこから来たかも?」
「……わからない」
問いかけるたびに同じ答えが返ってくる。
けれど、マリアは途中からその答えに嘘の響きを感じなくなっていた。忘れているのか、本当に知らないのか。そこはまだわからない。だが少なくとも、この少女が悪意を持って隠しているようには見えない。
マリアはため息をつき、ライナとテアを順番に見た。
「困ったわねえ……」
「だから言っただろ。俺だって、うまく説明できないんだよ」
「それは見ればわかるわ」
きっぱり返されて、ライナは口を閉じた。
そこで、これまで静かに聞いていたロイが短く言った。
「行く当てもないなら、しばらくうちにいればいいさ」
居間がしんと静まる。
ライナは目を瞬かせた。
――マジかよ。
そんな心の声が、そのまま顔に出ていたかもしれない。
マリアはロイの方を見て、それから小さく肩をすくめた。
「……まあ、そうなるわよね」
ため息まじりではあったが、声に本気の拒絶はなかった。
「仕方ないわ。こんなに不安そうな子を、はいそうですかって放り出せるわけないもの」
その隣で、テアは当然のようにこくりと頷いた。
「いる」
「なんでお前はそんな納得してるんだよ……」
ライナだけが、置いてきぼりを食らっていた。




