010『クラフトテーブルの万能さ』
拠点に戻った俺は、早速焚き火の準備を始めた。
クロスボウによる漁は、まあまあといったところだ。最初こそ水面の屈折で中々狙い通りにいかず苦労したが、慣れてくれば安定して仕留められるようになった。
とはいえ、生態系を壊すわけにはいかない。あそこは現状、唯一の貴重なタンパク質調達スポットなのだから、乱獲しないように必要な分(三匹)だけを獲ってきた。
「さて、と……」
石の矢に貫かれた魚を前にして、俺はふと手を止めた。
お腹は限界まで空いているのだが、冷静に考えると怖いことがある。
「これ、本当に食べられる魚か?」
見た目は日本の川にいる鮎やイワナに似ているが、ここは異世界だ。内臓に致死性の毒を持っていたり、ヤバい寄生虫がいたりする可能性は否定できない。
「それに、焼く前に内臓とかウロコとか取らないとダメだよな……?」
現代日本で、魚といえば切り身パックしか買ったことのない俺だ。生きた(さっきまで生きていた)魚の腹をサバイバルナイフでかっ捌き、血まみれになりながら内臓を掻き出す……想像しただけで顔が引きつった。美少女がやる作業じゃない。
「そうだ、クラフトテーブルくん!」
俺は魚を掴むと、家の中にあるクラフトテーブルのブルーペーパーの上へ乗せた。雑草からレシピを解放してくれたこの万能ツールなら、何か分かるかもしれない。
『解析完了。新規素材【清流魚(食用)】が登録されました』
『派生レシピ【内臓処理済みの清流魚】【清流魚の切り身】が解放されました』
「……神ツールすぎるだろ、お前!!」
俺は歓喜の声を上げた。
『食用』というお墨付きが出た上に、一番やりたくなかった下処理までボタン一つでやってくれるというのだ。
やっぱこいつ、物資変換器なんじゃないか?
早速レシピを実行すると、テーブルの上に残っていた血の汚れや生臭さが光の粒子と共に消え去り、エラや内臓が綺麗に取り除かれた『下処理済みの魚』が三匹、コロンと現れた。
「すげぇ、スーパーの鮮魚コーナー並みの完璧な仕事だ……。しかも【清流魚の刺身】なんてレシピまであるぞ」
だが、刺身レシピを実行するには『醤油』や『ワサビ』といった調味料が全く足りていなかった。お米もないから寿司にもできない。
それに、いくらシステム的に綺麗に処理されたとはいえ、異世界の川魚を生で食べる勇気は俺にはなかった。
「やっぱり加熱(火通し)は自分でやらないとダメみたいだな。むしろその方がサバイバル感があっていい」
クラフトテーブルのレシピには『焼き魚』という項目はない。素材の加工はできても、料理(火を通すこと)はまた別なのだろう。
やはりチグハグ? いやチグハグと言っていいかはわからんが。
俺は木の枝を削って作った串に魚を刺し、外の焚き火の周りに突き立てた。
パチパチとはぜる炎に炙られ、魚の表面から脂が滴り落ちてジュワッと煙が上がる。香ばしい匂いが漂い始め、俺のお腹は限界突破の悲鳴を上げた。
「……よし、焼けた」
熱々の串を手に取り、ふーふーと息を吹きかけてから、たまらずかぶりつく。
「あむっ……! はふ、あつっ……美味ぁっ……!!」
塩すらない、ただ直火で焼いただけの魚。
当然、味付けなんて何もない。だが、ホクホクの白身から溢れる自然な旨味と、極限の空腹という最高のスパイスが合わさり、とんでもなく美味しく感じた。
魚の命をいただき、自分の血肉に変える感覚。
「……生き返る」
ただの焼き魚一匹に、俺は少しだけ涙ぐみそうになった。
塩気がないのは少し物足りないが、今は文句を言うまい。いつか必ず、塩を見つけて最高の塩焼きを食べてやる。
俺は心の中で新たな目標を掲げながら、異世界での初めての食事を骨の髄まで堪能したのだった。




