001『気が付けばそこは?』
気が付いたら、深い森の中に居た。
いや……本当にそれしか言えない。全くもってなぜここに居るのかわからない。
「……」
何してたっけ?
「んー……」
必死に記憶を辿る。最後の記憶は、休日に自室でPCゲームをやっていたことくらいだ。村を開拓して発展させていく、お気に入りのサバイバルシミュレーションゲーム。せっかくの休日だからと、徹夜で素材集めをしていたはずだ。
「というか」
なんか、おかしくないか?
妙に視線が低いし、呟いた声が鈴を転がすように高くて甘い。それに、視界に入る自分の手足が細すぎる。肌の色も透き通るように白くて、逆に怖い。何? 俺、徹夜しすぎてゾンビにでもなった?
「ゾンビは流石に勘弁してほしいのだが」
俺はゾンビサバイバルより、コツコツと木を伐ったり畑を耕したりする平和な開拓ゲームのほうが好きなのだ。
「うーん」
首を捻ってみるが、それ以上のことは思い出せない。
「せっかくの休日だったのに……」
1日中ゲーム三昧を楽しもうと思っていたのに、どうして見知らぬ森で立ち尽くしているのか。
頬を撫でる風は少しひんやりとしていて、土と草の青臭い匂いが鼻をくすぐる。どこまでもリアルだ。
「ひとまずは現状把握から……と言っても何もわからんな」
耳を澄ましてみると、小鳥のさえずりや、遠くで葉が擦れる音が聞こえてくる。獰猛な獣の唸り声などは、今のところ聞こえない。
「普通の木、だよな?」
近くに生えていた太い幹に近付き、コンコンと拳で叩いてみる。少しだけ手が痛むが、何の変哲もないただの木だ。見上げれば、首が痛くなるほど高いところまで枝葉を伸ばしている。そんな巨木が、周囲をぐるりと囲んでいた。
「やっぱ森、だよなぁ。どこの大自然だよ」
ため息をつきつつ、ふと自分の服装に気がついた。
見慣れたスウェットではなく、動きやすそうな麻布のチュニックに、革のブーツを履いている。そして、腰回りには中々いいデザインの革製ポーチが結びつけられていた。
「ん? なんだこれ」
ポーチを調べようと視線を落とした時、視界の端にチラチラと銀色の糸のようなものが映った。
「糸?」
興味本位でその糸を指で摘み、軽く引っ張ってみた。
「痛っ!?」
頭皮に鋭い痛みが走る。
この痛み、知ってるぞ。自分の髪の毛を間違えて引っ張ってしまった時に走る、あの特徴的な痛みだ。
「……まさか」
途端に嫌な予感がして、俺は慌てて腰のポーチを探った。手探りで中身を確認すると、硬くて平べったいもの――手鏡の感触があった。
急いでそれを取り出し、自分の顔を映してみる。
「…………え?」
鏡の中に居たのは、見ず知らずのとんでもない美少女だった。
街中を歩けば10人中10人が振り返るような整った顔立ち。背中の真ん中あたりまで伸びた、月明かりのように美しい白銀の髪。そして何より目を引くのは、右目が赤、左目が青という宝石のようなオッドアイだった。
顔立ちはかなり幼く、13歳かそこらに見える。さっき感じた視点の低さは、単純にこの華奢な身体のせいだろう。
「……だれ?」
俺が首を傾げると、鏡の中の美少女も首を傾げる。口を動かせば、同じように桜色の唇が動く。
つまり、この鏡に映っている規格外の美少女が『自分』であるという現実を突きつけられているわけだ。胸元をそっと触ってみるが、当然のように平坦で、かつてあったはずの『相棒』も喪失している。
「え!? マジで!? どうなってんの!?」
これはマジでわからない。
いや、わかることはある。俺は何らかの拍子で、この美少女になってしまったということだ。あまりにも現実離れした出来事に、脳の処理速度が全く追いつかない。
「落ち着け。クールに。クールになれ、俺」
パニックになりかける思考を無理やり抑え込み、俺は大きく深呼吸をした。
◇◇◇
「……ふぅ、落ち着いた」
人間って、どれだけ現実離れしたことが起きても、開き直ってしまえば意外と冷静になれるものらしい。
「まず俺は……よくわからないが女になっている。しかもかなり幼い。中学生くらいか?」
現状の姿は確定した。戸惑っていても元に戻るわけではない。
「持ち物はこのポーチくらいか。いや、これ……」
改めてポーチの中身を探ってみると、手鏡の他にも色々なものが入っていた。
サバイバルナイフ、折りたたみ式のノコギリ、テント一式、飲料水の入った水筒などなど。どう考えてもこの小さなポーチに入る物理的なサイズを超えている。
ゲームやアニメでよく見る『空間収納』系のマジックアイテムだ。
「……まさか、異世界来ちゃった系?」
あんなのはネット小説の中だけの創作だろう。だが、自分の姿とこのポーチの存在を考えれば、それが一番納得できる答えだった。
「どうすんのこれ……」
白くすべすべになった頬をつねってみるが、痛いだけで夢から覚める気配はない。
「いや、どうするのか以前に、まずは安全を確保できる場所と住居が大事だな」
よいしょっと立ち上がる。鈴を転がすような可愛らしい声でオッサン臭い独り言をこぼすのは違和感しかないが、今は気にしている余裕はない。
「ええと……これは、クラフトテーブル?」
ポーチの中から出てきた木製の小さな何か。
なんのこっちゃとなるかもしれないが、俺はこれを知っている。俺がやり込んでいた開拓系のサバイバルゲームで、最初に作る最重要アイテム『クラフトテーブル』にそっくりなのだ。
「どれどれ」
サイコロサイズのそれを地面に置くと、あら不思議。謎の発光を伴いながら、瞬く間に俺の腰の高さほどの立派な作業台へと巨大化した。
「ほう……」
テーブル自体はシンプルだ。表面には青い設計図が広げられており、手元を照らすライトや、分厚い本のようなものが備え付けられている。
「ライトが点くのはどういう原理なんだろうな……魔力とか?」
当然ながら周囲にコンセントも電線もない。だというのに、ライトは煌々と輝いている。
「なんだこれ? 本当にゲームなのか?」
テーブルに近付き、青い設計図に手を触れてみた。
その瞬間、視界の空中に半透明のウィンドウが浮かび上がった。見たことがない、けれどゲーマーの俺には見覚えがありすぎる『クラフト画面』だ。
「……インベントリ、製作レシピ、必要素材……」
現実にしてはゲーム寄りすぎる。だが、頬をつねった時の痛みや、森の匂いは確かに本物だ。VRゲームの技術もここまで進歩していない。
なら、ここはこういうシステムが適用された『現実(異世界)』だと割り切るしかない。
「んー。考えても仕方がない。まず作るべきは……木材を使った仮拠点だな」
空に浮かぶ太陽の位置を確認する。夜になれば森は危険度を増すだろう。俺はふんわりとした白銀の髪を揺らしながら、空中のクラフト画面を操作し始めた。




