小学生連続誘拐事件
「弟がいなくなってから2日も経ってるんです……」
ある日、地元の高校の制服を着た女子高生が探偵事務所にやってきた。
その日は朝から雨が降っていた。それなのにその女子高生は雨の中で傘もささずに事務所の前に立っていたのを思い出す。
あの事件から四年が経って思い返していると、彼女はその時から覚悟を決めていたのかもしれないとふと思った。
「この街で次々と子どもたちが消えている事件、探偵さんもご存知でしょうか。小学生が下校中に忽然と姿を消す事件。こないだ、私の小学三年生の弟が消えたんです……。私は…弟が心配で心配でっ……」
女子高生はうつむいて泣きだした。
タオルを貸すと、「ありがとうございます……」と消えそうな声で言う。
「弟さんを一刻も早く見つけ出せるよう、最善を尽くします」
「どうか、よろしくお願いしますっ………」
そしてまた泣き出した。
____________________________________
誘拐事件の被害者の生存率は時間の経過とともに低下する。特に最初の24時間から72時間がタイムリミットだ。
女子高生から聞いた話によると、誘拐犯らしき人物からの電話はかかってきておらず、身代金の要求などはないらしい。つまり、この事件はただの誘拐事件ではない。犯人の考えてることがいまいち読み取れない。
いや。分からないのなら行動しなくては。
「あたしは何も……。あ、そうそう、近くにあるボロいアパート知ってます?あそこから子どもたちの声が聞こえたのよ。大人でもあんまり近づきたくないっていうのに変よねぇ……。あっ、そのアパートに住んでる人に話を聞いたらどうかしら?実際に人が住んでるのかどうか分かりませんけど……。探偵さんも大変ねぇ…。黒飴食べます?」
まずは聞き込み。私は片っ端から小学校の近くを通る人に話を聞いた。そうして得られた情報の中で一番信憑性がある証言がスーパーから帰る途中のおばさまから得られた。ついでに黒飴ももらった。
早速、おばさまがいうボロアパートがどんなものなのか視察に行き、そこの住民について調べてみた。
そして分かったのが、お金持ちのお坊ちゃんが住んでいるということ。どうやらその息子は出来が悪いようで家を追い出されたらしい。金だけ持たされて現在はそのアパートに住んでいる。
その男の家のインターフォンを鳴らした、が、誰もおらず、ただ玄関の前で帰って来るのを待った。
そして帰ってきたのが夕方の六時だ。子どもが二人くらい入りそうな大きな旅行用のキャリーケースをころころ転がして帰ってきた。ボロいアパートに不釣り合いなハワイアンなTシャツを着ている。
ぎょっとした顔でこちらを見てきたため、一通り事情を説明して話を聞いた。
「もしかして俺ぇ、疑われてます?ついさっきハワイ旅行から帰ってきたばかりなんすけど。ほら、ハワイの土産屋でしか買えないTシャツ。これが証拠。あ?飛行機のチケット?…ほらよ。ちゃんと出発時刻やら到着時刻やら書かれてるだろ。アリバイがちゃんとあるんだよ、諦めなぁ?………ったくガキに興味ねぇよ……。まぁ、親御さんは自分の子どもが心配だろうなぁ。俺には関係ねぇけど。………もう帰ってくれます?」
航空機のチケットを確認したらしっかりと日付と時間が書かれていて、子どもが誘拐されたであろう時間には彼はハワイにいたらしい。どうやら彼は誘拐犯ではない。
事件は振り出しに戻った。
時間が過ぎていくに連れ、自分が焦ってきている感じがした。早く見つけなくては。今この瞬間も子どもたちが怖い思いをしているかもしれないのだ。早く見つけてあげて、あの女子高生を安心させたい。
気持ちを切り替え、次は先生に話を聞きに行くことにした。自分には人脈が広い友人がいて、そいつにお願いしたら小学校教諭の人と話をさせてもらえることになった。「今度奢ってねぇ~♡」と肩に手をおいてニヤニヤとこちらの顔を覗き込んできた。しょうがない、事件を解決できたらこの犬に焼肉を奢ってあげよう。
「子どもたちが消える事件について、ですよね……。私も何も知らないんです。毎日毎日保護者の方から電話がかかってきていて『うちの子はいつ帰ってくるんですか?』と……。早くどうにかしたいのですが、私には何もできなくて……。」
そこで突然、ふわっと脳内に不思議な感覚がした。なんなんだ?この違和感は……。
もやもやした気持ちを払拭しきれずに悶々としていると、ずっと黙っていた教師が口を開いた。
「私、恐らくあなたにとって有益な情報を持ってます。しかし……、ただでこの情報を教えるわけにはいきません。そこで、_____私と取引しませんか?」
きりっとこちらを見る教師にたじろぎながらも、要求は?と聞いた。
「そうですね………。じゃあ、茎わかめ一年分でお願いします」
なんだ、茎わかめか。もっと無理難題な要求をされるかと思って身構えていたが……。茎わかめならいくらでも買ってやろう。そう伝えた。
「え、ほんとにいいんですか?!やった……っ!これまで誰も私に茎わかめを買ってくれる人がいなかったんですっ……ありがとうございますぅぅ……」
そう言って眼の前の大人は泣いて喜んだ。そんなに嬉しいのか茎わかめが。
おほんっと咳払いして、目尻の涙を拭い、真面目な表情に戻った教師は、情報っていうのは……と喋り始めた。
「……です。___のに………。……も………」
____________________________________
事務所に戻ってから、ぐるぐると今回の誘拐事件についてゆっくり考え始めた。
小学生が下校中に誘拐される事件。犯人からの身代金の要求はなく、電話もない。ボロいアパートから子どもたちの声。保護者からかかってくる電話。消える小学生……。
そこで違和感を覚えた。まただ。あの教師と話しているときにも似たような感覚がした。もう一度思い出せ。なんと言っていたのか。女子高生の言葉とおばちゃんの言葉、教師の言葉……。
いつの間にか時刻は深夜一時になっていた。今日は一旦寝て、明日の朝また考えるか?いや、それだと遅い。子どもたちは今も親御さんのところに帰れていないんだ……。
……………ん?
そ、そうか………。そうだったのか。この違和感の正体はこれだったのかっ………!
数日後、事務所内に女子高生を呼んだ。
「あ、あの……。ほんとに犯人がわかったんですか?あれから数日しか経っていないのに……」
首を縦に振ると彼女は驚いた顔をしてまじまじとこちらを見てきた。
この事件はそもそも不可解な点が多かった。
一つは誘拐事件であるのに身代金の要求がないこと。違和感はそれだけではない。
子どもたちがたくさんいなくなっているのにマスコミや警察は何もしていない。それはおかしいだろう。もっと騒ぎになってもいいはずだ。テレビでも連日報道されるほどの大事件のはずなのに。
『保護者の方々は子どもが誘拐されたにも関わらず警察に連絡していないんです。おかしいですよね…。警察ではなく、学校に電話をかけるんです』
これは数日前、教師から得られた情報だ。
それから、次のようなことも言っていた。
『今回誘拐された子どもの親はみんなシングルマザーまたはシングルファザーです。親が一人で家事や子育て、仕事をしています。家に帰っても一人でいる子がこの学校には多いんですよ………。ほんとは児童の家庭環境のことでもあるので、あんまり学校関係者以外には話したくはなかったのですが…』
得られた情報を女子高生にそのまま伝えると、そうなんですね…と言って俯いた。
「私はとても驚きました。女子高生さん……あなたって演技派なんですね」
「は?」
女の子の喉から出るとは思えない低い声が空気を伝って聞こえた。
女子高生の表情が固まった。いや、少しの殺気を帯びている。首を少し傾けて下から睨みつけるようにこちらを見る。
しかし私が動揺する必要はない。ただ淡々と自分の推察したことを言うだけでいい。
彼女は最初にここに来たとき、『子どもたちが消えた』と言った。普通に考えて子どもたちは誘拐されたと考えるのが筋であろう。しかし、彼女と教師は『消えた』と言う。それはなぜか。
それが違和感の正体。
「そもそも誘拐事件など起こっていなかったんです。私が勝手に誘拐事件だと思いこんでしまっていました。……子どもはその日のうちにちゃんと家に帰ってきていた、なんて知らなかったですよ」
違和感の正体に気付いた時、真っ先に教師に連絡を取って「消えた子どもは帰ってきているか?」ということを聞いてみた。
『もちろんですよ。消えた次の日にはちゃんと学校に来て授業を受けています。特に変わった様子もなく。いつも通り』
「……まったく。こういう大事なことは先に確認しておくべきでした。一人だけ勘違いしていたみたいで恥ずかしい……。だから保護者の方々はだれも警察に電話しなかったんですね」
「…………」
女子高生は先程からずっと黙っている。
「なぜ、あなたは嘘をついたんですか?」
一瞬の沈黙の後、女子高生はフッと寂しそうに笑って閉ざしていた口を開いた。
「…………だぁーれも気にかけないからですよ、家に帰ってから一人で生活する子どものことを。どれほど寂しくて悲しいか、あなたは分かりますか?家に帰っても『おかえり』と言ってくれる人がいないんです。親が帰って来ない日は一人で夜ご飯食べるんです。朝起きたら置き手紙だけあってすでに冷たくなったご飯が置いてあるんです。親が一人しかいない家庭の子は可哀想で可哀想で仕方ない。親は、仕事のことしか考えてないの!いっつもいっつも仕事仕事。休日に公園でピクニックに行くって約束したはずなのに、急遽仕事が入ったからって子どもより仕事を優先する!!………それがどれほど子どもたちの心を傷つけるのかっ……、あなたに理解できますか………?」
女子高生は息を荒くして喋った。これまで抑えていたものが、せき止められていた思いが、いきなり溢れ出したかのように勢いよく。
「だから私がそんな可哀想な子どもたちの居場所を作ってるんです!学校が終わった後にボロボロのアパートに集まっておやつを食べさせたり、一緒に遊んだり、勉強教えてあげたり!全部全部、あの子たちが寂しい思いをしないように!!…………………私みたいなひとりぼっちにならないためにっ……………」
女子高生はそう言って俯いた。唇をぐっと噛んで涙を堪えている。
私はただ、呆然と見ていることしかできなかった。
女子高生はさらに続ける。
「私も分かっているつもりです……親は子どものために仕事をするんだ、って。生活を維持するために仕事を優先にしているんだ、って。親だって本当はもっともっと子どもといる時間を増やしたいんだ、って……。でも、それでも。分かっていたけど……………小学生の頃の私は、ただ、一人にしないでほしかったの………っ」
そう言ってついに、彼女のきれいな瞳から涙が落ちた。涙は枯れることを知らずにただただ流れ落ちる。子どもの頃からためていた”涙”が今、ぼろぼろとこぼれ落ちた。この事務所に来てはじめに見せた涙とは全く違う嘘偽りのない本物の涙だった。あの時に見た涙より何倍も輝いて見えた。美しいとさえ感じた。
きっと彼女は、小さい頃から我慢を強いられたのだろう。そして、寂しかったのだろう。家に帰ってからずっと一人でいることが彼女を苦しめていた。
涙で震えた声はこの空間を飽和していた。
「探偵さんの事務所に来た理由は、あなたにこのことを知ってほしかったからですっ………。一人でいることがどれほど子どもにつらい思いをさせるのか、知ってほしかったからです……。子どもにとって親がどれほど大切な存在なのか、知ってほしかったんです………っ。迷惑かけて嘘をついてあなたの仕事を増やして、ごめんなさい………っ」
ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい………と眼の前の少女は泣きながらずっと謝っている。
そうか。自分は何も知らなかった。この街の家庭環境のことも、子どもたちの気持ちも、眼の前の女子高生が抱えていた思いも苦しみも責任も罪悪感も、何もかも。
この私に、何ができたのか。ただの探偵である自分に、何が出来たのだろう。どうすれば、この子を救えていたんだろう、幼い頃のこの子を…………。
____________________________________
そして時は過ぎた。
やらなくてはいけないことが多すぎて、四年という月日はとても早いように感じた。
あの事件の後……いや、事件というほどでもない”事件”の後、私は探偵業をやめて「放課後すくーる」というものを設立した。
学校が終わった後、子どもたちが自由に出入りできる施設で、勉強したり遊んだり、基本的には何でもできる施設だ。体育館もあるし図書室もあるし小さいがグラウンドもあって遊具もある。もちろん教室では勉強できるスペースと、トランプやボードゲームができるスペースもあり、それはかなり充実している。
入会費といったお金は親から取るつもりはない。基本的には無料で利用できる。
………どこでその莫大な費用を集めたのかって?
それはもちろん、探偵時代にこつこつと貯めたお金ですね。
そうそう、ついこないだ宝くじにも当たりまして………。それが結講な額でしたね………。
それと、私の従順な犬がよく働いてくれたのですよ、子どもたちのためにねっ☆と言って。人脈だけは琵琶湖並みに広いんです。彼の才能である交渉術は凄まじいですよ?気がついたら通帳からお金を取り出してしまうのですから……。
あははは。
子どもが寂しい思いをしないためなら、私は何でもできる。
この先につらい思いを抱える子が一人でも減りますように………。




