【ショートストーリーの例】
タイトル:苦労の味は、ミルク&シュガー
――機械兵の襲来、その第一波を退けてから一夜が明けたある日。前日の悪天候とは打って変わり、執務室のガラス窓から差し込む朝日は眩いものだった。
ほのかに薄暗い、整理された室内。その一角に置かれたリクライニングチェアにもたれかかる一人の研究員――二ノ宮カケルは、タブレット端末のディスプレイを睨みつけるように注視していた。
敵兵の武装、被害状況、戦闘員が使用した武器の有用性、予想される敵の今後の襲来時期といった、戦場から送られてきたデータを見てはため息を繰り返す。カケルの脳内はすでに今後の対応のことで埋め尽くされていた。
無心でカケルは机の上に置かれたカップに手を伸ばす。だが、手にしたカップのコーヒーが空になっていることに気付き、継ぎ足すために立ち上がろうとした。すると、扉の奥から何者かが歩いてくる足音がした。
コトコトと、厚底の靴が床に打ち付けられる音がする。その者が誰なのか、カケルは姿を見ずともわかっていた。そして足音が止まると同時に、扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
カケルがそう言うと横開きの扉が開き、少女が姿を現した。
その少女に対し、カケルは声をかける。
「任務、ご苦労様でした。――コガネ」
「あっ、どうもマスター。それと、――おはよう。今回も無事、生きて帰ってきたよ」
そう言って、竜人改造を随所に施した青髪の少女――竜胆コガネは、薄っすらと得意げな表情を浮かべて入室してきた。
カケルはコガネの生存報告を受けていたが、当人を目の前にしてようやくその実感を得るかのようにため息を吐いた。
「無事に帰ってきたのは、何よりです」
「何よりでしょ?それならもっと喜んでもいいよ」
コガネは金属製の竜尾の先でカケルを小突いた。
「えぇ、俺としてももっと喜びたいところです。――ですが、それよりも話があります」
「ん?話って、どうしたの?マスター」
コガネはカケルの眉間に徐々にしわが寄り始めていることに気付いていた。だが、その理由まではわからない様子で首を傾げた。
「俺が今回の作戦のために、わざわざ新たに開発した特注の電磁加速小銃。それは今、どこにありますか?コガネ」
「……」
カケルは張り付けたような笑顔を浮かべていたが、声音には確かな怒気が混じっていた。そんなカケルの不気味な笑みを見て、コガネはぷいと視線を逸らす。
「どこに、ありますか?」
「えーと……」
コガネはカケルと距離をとろうと後ろに下がるも、カケルはそれに合わせて一歩ずつ迫りくる。しまいにコガネは部屋の隅まで追い込まれることとなった。
逃げ場がないことを悟ったのか、コガネは諦めて口を開いた。
「その、狙撃して敵を倒そうとしたら、思ったよりも敵の数が多くて」
「多くて?」
「あの銃、威力は強いけど連射できないから、倒しきれなくて困っちゃって」
「困っちゃって?」
「たまたま持ってた銃剣を装備して、接近戦をずっとしてたら、最後に壊れちゃって、爆発した」
「…………」
コガネの言葉を最後に、カケルの表情から笑みが完全に消え失せた。そのままカケルは後ろを向き、力なく左右によろめきながらリクライニングチェアに腰を掛け、両手で顔を覆った。
「……はぁ。――あぁもう!」
努めて冷静さを保っていたカケルだったが、いよいよ我慢の限界に到達したのか声を荒げた。
「どうして、なぜ!後方支援を担当しているお前が前線で、しかも精密機構を搭載した高価な電磁加速小銃を、バカみたいに剣としてぶん回すことができるんだ!?バカなのか!?バカなんだよな!?」
「バ、バカじゃないよ!だって、そうでもしないとみんなが大変そうだったし……」
「以前の任務だって、毎回毎回無茶な開発の要望を出されて、やっとの思いで出来上がったと思ったら壊されてを繰り返して……」
「でも!私はいつもマスターのおかげで戦えてるし……。いつも、マスターは私のお願いに応えてくれるし……。ほんとに、いつも生きて帰ってこれたのは、マスターのおかげ、だから」
「…………」
コガネの言葉を聞いて、カケルは余計な力が抜けたように視線を一度落とした。自身の苦労と、長年付き添ってきた戦闘員の無事。それらを天秤にかけたとき、どちらが傾くかは明らかだった。
気付けば烈火のごとく全身を包み込んでいた怒りは消え失せ、冷静さが自身の行いに対して恥を覚えるようになっていた。
「その、いつもごめんね、マスター。せっかく作ってくれた兵器、壊しちゃって」
「……いや、それについてはもういい。……はぁ。――それよりもコガネ」
「……うん」
「その、俺にコーヒーを一杯作ってくれないか?少し気を張り詰めていたので、休憩をとろうと思って……」
立ち上がったカケルはコガネに背を向けたため、その表情を見ることはできなかった。だが、声音から怒気が抜け落ちたことは確かだった。
「……うんっ。わかったよ、マスター。えーと、いつも砂糖とミルクは入れてたっけ?」
「今日は二つとも、お願いします。たまには疲労回復のために、甘い方も飲んでみようかと」
「うん、わかったよ」
コガネが部屋の隅に置かれた給湯器に向かうのを見て、カケルは意味もなくため息を吐いた。
命の危機とは程遠い環境にいる今の自分にとって、任務や戦闘で味わう緊迫感は遠い昔の記憶だった。刑務所からこの白影研究所に来たときは、自身の技術力が買われただけとしか思っていなかった。そして、戦闘員の存在は自身の研究の被験体程度にしか思っていなかった。しかし、こうして長い期間を共にするうちに、気付けば言葉にし難い感情が少しずつ自身の中に形成されてることに嫌でも気付くこととなった。
コガネは自分が抱える苦労を生み出す存在であるが、なぜかその苦労が次第に苦痛ではなくなっている。他者のために力を尽くすという、そんな人間味が芽生えた自分に気味悪さを感じて、カケルは再びため息を吐いた。
「コガネ」
「ん、どうしたの?マスター」
「今回の戦闘を踏まえて、どんな兵器が必要だと思いますか?」
出来上がったコーヒーを運んでくるコガネに対し、カケルは問いかける。
「え、どんなのでもいいの?」
「えぇ。とりあえず言ってみてください」
「えーと。威力が強くて、連射ができて、剣としても使える丈夫な電磁加速小銃」
「はぁ……。また無茶な要望を」
予想通り、コガネが口にしたのは無茶な要求そのものであった。
「でも、マスターならできるんでしょ?」
試すような視線をコガネから浴びせられる。当然、カケルの答えは決まっていた。
「――えぇ、もちろん。この二ノ宮カケルが、期待を裏切ったことがありましたか?」
「ううん、一度もないね。ふふっ」
コガネから渡されたカップを手に取り、カケルは甘ったるいコーヒーを勢いよく喉に流し込んだ。このときばかりは少しだけ、この甘さも悪くないと思ってカケルはため息を吐いた。