4,従妹という名の家族
「お兄ちゃんっお兄ちゃんっ」
「ん?どうしたの葵ちゃん」
「お兄ちゃんに聞きたいことがあ」
「ねえ葵、いつも言ってるけど龍也はあんたの“お兄ちゃん”じゃないのよ」
「うん、何度も言われてきたよ?」
「だったら直しなさいよ。実の姉の前でその会話を聞くと複雑と言うか何と言うか……」
「じゃあ――龍也くん!」
「え?あ、な、何でしょうか葵さん」
「はあ!?ちょ、何であんたはそこでデレデレしてんのよっ!」
「し、してないぞ!ただ単に新鮮だなあ、と思ったわけで。それでつい敬語に」
「ふーん?」
「それが駄目なら私は何てお兄ちゃんのことを呼べばいいの?」
「ふふっ――“たっつん”ってのはどうかしら?」
「げっ、ね、姉ちゃん、いつの間に!?」
「たっつん!」
「葵ちゃんは悪乗りしなくていいから。つかそれだけは本当に勘弁してください」
「ほらたっつん、アイス3人分買って来なさいよ」
「お前まで言うな。そしてその名前でパシリにするのもやめろ」
「行け行けたっつん~!」
「く、くそっ……お前ら覚えておけよ!!」
「よーし、どうやら門限に遅れた奴はいないようだな!それじゃあ夕飯の時間にはまだ早いから一旦解散するが、くれぐれも遅れないようにしろよー!
旅行一日目の夕方。西浦と一晩を過ごそうとする愚か者など誰一人としておらず、俺達のクラスは集合時間10分前に全員揃った。
これであとは部屋に戻るだけ――
「あー、そうだ。森崎とその関係者4名は残るように!」
……ああ、分かってたさ。何せ朝の段階では居なかった見知らぬ少女が俺の傍らにいるもんな。
悠人と美穂への説明は簡単に済んだが、今度の相手は“担任”という人物である。いい加減な説明じゃ最悪強制帰宅とかありそうだ。
そもそも一番の問題は咲希が泊まる場所であり、一人にするのは俺が許さないから……そうだな、俺の代わりに咲希をここに泊めようか。
こんなこと言い出したらあいつらから猛反対されそうだが、まあ今からここら辺を探せばすぐに安宿が1軒くらいは見付かることだろう。
それか咲希の宿泊費を出し合って――これは駄目だな。さすがに皆には迷惑を掛けたくない。
「あの先生……無理を承知でお願いがあるんですが、俺がどこか他の宿に行くんで咲希を」
「ああ、お前の親御さんから大体の話は聞いてるぞ!何でもその女の子はお前の従妹で一緒に行動するだとか、お前達の隣の部屋に宿泊予定だとか」
「泊め――い、今何と?しかも隣の部屋ってどういう」
何もかもが予想外だった。西浦には既に今回の話が行き届いており、しかもすんなりと受け入れた様子である。
まさか咲希との行動を許可してくれたことには驚いたが、それ以上に驚くことがあったのだ。
奇跡的にも――ん?待てよ、そういえば部屋割りをしていた時に一部屋だけ空き室があったような……。
これもまた偶然の産物と言うべきか、それとも姉ちゃんと父さんの暗躍によるものなのか。
まあ、考えるまでも無く後者の可能性しかないだろう。
「そういうことだからこれ以上細かいことは森崎に任せるぞ!谷内も遠慮なんかせんと、何か要望があったらそこにいる4人に遠慮無く言っていいぞ!
残り1日という少しの間だが、それまで谷内は俺の生徒だ!」
「あ、ありがとうございます!――よかったな咲希」
「うん、先生ありがとうっ!」
こんな時にこう思うのも何だけど、初めて西浦が本物の教師に見えた。
結衣達も今の会話を聞いて安心したのか、咲希の周りに集まってハイタッチをしている。
感謝の言葉では足らないかもしれないが今は心の奥底から本当に感謝しているよ、先生。