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02.

 十年前――。

『神子』を信奉するリュエット王家の意向を汲んでオリヴェルとヘルカの縁組が決められた。


 神子とは、魔物の脅威に晒されたときに異世界から現れる救世の乙女のことだ。

 特に国境付近の『魔の森』は瘴気が溜まりやすく、二、三百年ごとに魔物の大規模スタンピートが発生している。

 史実によれば、千年前、未曾有のスタンピートにより国が滅びかけたことがあったそうだ。

 時の王が祈りを捧げ、それに応えた神が異世界から乙女を遣わしたのが神子の始まりといわれている。

 神子を崇拝する『神子信仰』が生まれたのも、ちょうどこの頃だ。

 以降、数百年ほどの周期で現れる神子は、魔物を浄化する力に優れているだけでなく、天候を操ったり未来を予知したりするなど『恩寵』と呼ばれる不思議な力を持ち、多くが王族の伴侶として迎えられている。

 ただし三百年前、当時、騎士団長を勤めていたヴィットフェル伯爵――ヘルカの先祖で、九代前の当主との婚姻を最後に、神子は出現していない。


 ヴィットフェル伯爵家は名家で、『神子の血筋』に連なる。オリヴェルの生家であるグレン侯爵家もその一つだ。

 神子の血筋の家からは恩寵を持つ者がたびたび生まれ、数多くの名君、宰相、軍人、神官などを輩出している。

 ヘルカとオリヴェルの婚約は血筋を絶やさぬための、言わば政略。

 王家の婚姻も傍系親族同士で行われているくらいで、別に珍しい話でもなんでもない。

 しかし長い年月とともに神子の血は薄まり、恩寵を持って産まれてくる子どもの数は減っているのが現状だ。

 かくいうヘルカにも恩寵はない。

 顔立ちは並。学業成績も平均。

 落ちこぼれではないが、何かに秀でているわけでもない。家柄がいいだけの普通の人間。

 それでも妬んでくる者は後を絶たない。

 恩寵を持つ父や義兄と比べられて貶されるのは、悲しいが、よくあることだった。

 とりわけ小さな頃は、恩寵の発現を期待されていたぶん、落胆や失望、嘲笑はひどいものだった。

 ただでさえ女性は男性に従い、良き妻、良き娘であることを求められる社会だ。恩寵のない女のヘルカに対する世間の風当たりは強かった。

 家族がありのままの自分を受け入れてくれたのは幸運だろう。

 無論、笑われたり貶されたりすれば嫌な気持ちにはなるものの、それで人生が終わるわけではない。きっと大丈夫。

 自分には家族が、そして婚約者がいるのだから。


 顔合わせのとき、十三歳だったオリヴェルは、今と比べれば小さく、男性らしさなど欠片もなかったが、宗教画の天使にも引けを取らないほど絶世の美少年だった。

 好感を抱くなというほうが無理がある。

 彼の外見は魅力的だった。

 だが一番ヘルカを虜にしたのは、彼の内面だ。

 彼は家族以外で自分に優しく接してくれた、初めての人だった。

 頬を染めて照れくさそうにしつつも、いつだって気遣いや感謝の言葉をくれる。

 また凡庸な娘だと周囲から侮られても、彼だけは自分をお姫様のように扱ってくれる。

 それが嬉しくて。

 政略結婚の形は人それぞれ。

 最低限の交流だけで上部を取り繕う夫婦もいれば、互いに歩み寄って愛情を育む夫婦もいる。

 恋愛結婚も同じで、相思相愛で長年連れ添う夫婦もいれば、愛情が冷めて別れを選択する夫婦もいる。

 ヘルカはオリヴェルと信頼を築き、いつか愛し愛される関係になることを夢見ていたのだ。


 そんなヘルカの一日は、「オリヴェルに始まり、オリヴェルに終わる」と言っても過言ではない。

 まず起床したらロケットペンダントを開き、そこに入った姿絵の彼におはようの挨拶をする。

 ペンダントをしっかりと首に下げてから支度し、貴族の子女達が通う学園へと向かう。

 屋敷に帰宅後は、王宮にある近衛の宿舎まで軽食の差し入れをする。

 貴族令嬢が料理をするのは外聞が悪いため、持参という体を取っているものの、実際はヘルカの手作りだ。

 もっとも彼を含めて周囲もそのことは承知していて、「あらあら」「まあまあ」といった具合に優しく見守ってくれているのだが。

 近衛騎士という職業柄、日々忙しく過ごしている彼とはデートや夜会などの機会があまりない。

 だからこそ、交流は互いに目と目を合わせるのが一番だ。

 また馬上槍試合や狩大会があれば応援に参加し、そのたびに気合いを入れて刺繍入りのハンカチやお手製の剣帯を贈っている。

 当然、就寝前はロケットペンダントを開き、姿絵の彼におやすみの挨拶は欠かさない。

 とにもかくにもヘルカはオリヴェルが好きで好きで、どうしようもなかった。


 念のため、面会にしろ差し入れにしろ、無理強いしていないことだけは付け加えておく。

 逆に、顔を見せに来てほしい、差し入れがほしい、と頼まれたのがきっかけで、こちらから会いにいっているくらいだ。

 それに会えば彼は必ず笑顔を向けてくれるし、困っているときは相談にも乗ってくれる。

 誕生日や記念日のプレゼントも忘れられたことは一度もない。

 尽くしているように見えて、意外と持ちつ持たれつの関係といってもいいのではないだろうか。


 ところが最近、なかなか彼に会えないでいた。

 異世界から『神子』が現れ、その護衛騎士に彼が任命されたためだ。

 久しぶりの神子の存在に、人々は魔物の脅威がやってきたと震撼するのと同時に歓喜した。

 神子の護衛騎士を命じられるのは名誉なこと。

 本来、グレン侯爵家の嫡男であるオリヴェルは騎士になる必要はないのだが、ヘルカは彼の夢が騎士として身を立てることだと知っている。

 彼はみずからの体や攻撃を強化できる恩寵を持ち、弱冠二十三歳にしてソードマスターと呼ばれるようになった。

「仕事と私、どちらが大切なの?」などと言ったことはないし、これから先も言うつもりはない。

 けれど彼を誇らしく思う気持ちとは別に、寂しさに駆られるのも事実で……。

 神子と護衛騎士の恋の噂が立つようになったことも、寂しさに拍車をかけていた。

 残念ながら、世間は当人達をよそに、あらぬ噂で盛り上がっているのだ。

 噂はしょせん噂であって、真面目な彼に限って公私混同は考えられない。


 だが、その考えは誤りだったのではないか。

 そう思うようなことが起きたのは、神子が現れてから二カ月が過ぎた頃だった。

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