第2章:火の精霊とマダムのお拳でしてよ〜
夕陽が火山の岩肌を赤く染める中、アリス=ガーランド――いや、有栖川蘭子は、ハイヒールのままゴツゴツした岩場を登っていた。白いドレスは埃で汚れ、スカートの裾は引っかかってボロボロ。それでも、彼女の目は燃えるような闘志に満ちていた。
「ふふ、火山の守り神フェニックスとやら、子供を生贄にする野蛮な習わし、マダムの拳で終わらせて差し上げますわ! おーっほっほ!」
村人たちの必死の制止を振り切り、蘭子は単身で火山の頂上を目指していた。村の広場でのあのやり取りが、彼女の正義感に火をつけたのだ。
「アリス様、無理です! フェニックスは神! 逆らえば村が焼き尽くされます!」
「去年、隣の村が抵抗して、全滅したんです!」
村人たちの恐怖に満ちた声が耳に残る。だが、蘭子はそんな脅しに屈する女ではない。弱いものいじめ、不正、理不尽――それらを許せないのが、有栖川流合気道の師範代、有栖川蘭子なのだ。
「子供を犠牲にするなんて、マダムとして許せませんわ! ごめんあそばせ!」
火山の斜面は険しく、熱い風が吹きつける。ドレスの裾をたくし上げ、蘭子は岩を跳び越え、滑りやすい斜面を軽やかに登る。ステータスに表示された筋力95、敏捷90の身体能力は、まるで超人のよう。汗一つかかず、息も乱れず、彼女は頂上へと突き進んだ。
「ふふ、こんな岩場、マダムの優雅なステップで朝メシ前ですわ!」
やがて、頂上にたどり着いた。そこは巨大なクレーターだった。中心には溶岩が赤々と煮えたぎり、熱気が顔を焦がす。空気は硫黄の匂いで満たされ、まるで地獄の入口。だが、蘭子は臆さず、胸を張って叫んだ。
「フェニックス! 出てきなさい! このアリス=ガーランドが、貴方と直談判に来ましたわ!」
その瞬間、クレーターの奥から轟音が響き、炎の柱が天を突いた。溶岩が飛び散り、空が赤く染まる。現れたのは、巨大な炎の鳥――火の精霊フェニックス。翼はまるで太陽のように輝き、鋭い目が蘭子を射抜く。その威圧感は、普通の人間なら気絶するほどだ。
「人間め……また生贄か? 早くよこせ、面倒だ」
フェニックスの声は低く、苛立っている。まるで、長年の疲れと諦めが染みついたような口調。だが、蘭子はひるまない。むしろ、目をキラキラさせて叫んだ。
「ごめんあそばせ! 生贄なんて野蛮な風習、今日で終わりにしますわ! 子供たちを返しなさい!」
フェニックスは一瞬、呆気にとられたように蘭子を見つめ、嘲笑した。
「ハッ! 小娘、貴様ごときが俺に逆らうだと? 燃え尽きて後悔するぞ!」
「ふふ、マダムを小娘呼ばわり!? その無礼、拳で教育して差し上げますわ! おーっほっほ!」
蘭子はドレスの裾を翻し、フェニックスへ突進。炎の翼が襲いかかり、灼熱の嵐が巻き起こる。だが、蘭子の身体は尋常ではない。魔力9999の恩恵で、どんな攻撃も傷一つつけられない。炎を浴びても、ドレスが少し焦げるだけだ。
「まあ! この程度の炎、マダムの気品を傷つけるには足りませんわ!」
彼女はフェニックスの翼に飛びつき、有栖川流合気道の投げ技を繰り出した。巨大な鳥の身体が、信じられない勢いでクレーターの壁に叩きつけられる。轟音が響き、岩が砕け散る。
「グオオ!? 何!? この力は!?」
フェニックスが驚愕の声を上げる。だが、蘭子は止まらない。パンチ、キック、関節技――次々と技を繰り出し、フェニックスを翻弄する。炎の鳥は必死に反撃するが、蘭子のスピードとパワーに圧倒される。
「貴様……何者だ!? こんな魔力、見たことないぞ!」
フェニックスが叫ぶ。蘭子は優雅に髪をかき上げ、微笑んだ。
「わたくしはアリス=ガーランド、高貴なマダムですわ! 貴方の野蛮な行為、マダムの正義で裁きます!」
だが、戦いの中で、蘭子は気づいた。フェニックスの動きには、どこか疲弊した様子がある。攻撃にも、神と称されるほどの力が感じられない。彼女は一歩下がり、拳を下ろした。
「待ちなさい、フェニックス。貴方、なんだか元気がないようですわね。どういうことですの?」
フェニックスはしばらく沈黙し、やがて苦々しく呟いた。
「……俺の力は強すぎる。この世界を焼き尽くすほどだ。だが、契約者がいない今、力を抑えるには生贄の命が必要なんだ。俺だって、こんなことはしたくない……」
その言葉に、蘭子の胸が締め付けられた。フェニックスは悪ではない。むしろ、犠牲を強いられた被害者なのだ。彼女の正義感が、別の方向へ燃え始めた。
「ふむ……つまり、貴方にふさわしい契約者が必要ということですわね? ふふ、では、わたくしがその役目を引き受けますわ! おーっほっほ!」
フェニックスは目を丸くした。
「貴様!? 俺の魔力を受け止められる人間など、そうそういないぞ!」
「ごめんあそばせ! わたくしの魔力は9999、貴方の力を余裕で受け止めますわ!」
蘭子は胸を張り、自信満々に笑った。フェニックスは半信半疑だったが、彼女の圧倒的な魔力を感じ、渋々頷いた。
「ふん……試してみる価値はあるか。いいだろう、契約を結ぶ!」
フェニックスが翼を広げ、炎が蘭子を包んだ。だが、痛みはない。むしろ、温かく、優しい力が体に流れ込む。彼女のステータス画面が光り、新しいスキルが追加された。
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スキル:慈愛の炎
効果:自身と周囲を常時回復。不老不死に近い状態に。敵も死なないが、痛みはガッツリ感じる。
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「ふふ! これぞマダムにふさわしい、慈愛に満ちた力ですわ!」
蘭子は高笑いし、フェニックスを見上げた。炎の鳥は、どこか安堵したように呟いた。
「やれやれ……やっと、肩の荷が下りたぜ。小娘、いや、アリス=ガーランド、悪くない契約者だ」
「ふふ、マダムを小娘呼ばわりはこれで最後ですわよ? さあ、村に戻りましょう!」
フェニックスは蘭子の体に宿り、炎のオーラとなって彼女を包んだ。ドレスは一層輝き、まるで高貴な女王のよう。彼女は火山を下り、村へと凱旋した。
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村に帰還した蘭子は、英雄として迎えられた。広場には村人たちが集まり、彼女の姿に目を奪われる。白いドレスは炎の輝きで神聖さを帯び、黒髪は風になびく。慈愛の炎の効果で、彼女の見た目は20歳の頃の美貌に戻っていた。まるで、少女漫画のお嬢様そのものだ。
「アリス様! フェニックスはどうなったんです!?」
若い母親が、涙ながらに叫ぶ。蘭子は優雅に微笑み、宣言した。
「ごめんあそばせ! フェニックスはわたくしと契約を結びましたわ! もう生贄は必要ありません!」
村人たちがどよめき、やがて歓声が沸き上がった。子供たちが蘭子の周りに集まり、農夫たちは感極まって涙を流す。長老が杖を握りしめ、震える声で言った。
「アリス様……あなたは我が村の救世主です。どうか、この村を導いてください!」
蘭子は一瞬、驚いた。領主? 自分に務まるのか? だが、村人たちの信頼の目に、心が揺れた。彼女は高貴に微笑み、こう答えた。
「ふふ、よろしくてよ! このアリス=ガーランド、村の領主として優雅に統治しますわ! おーっほっほ!」
その夜、村は祝宴で盛り上がった。蘭子はドレスのまま、子供たちと踊り、農夫たちと酒を酌み交わした。フェニックスは彼女の心の中で呟いた。
「やれやれ、騒がしい契約者だな……。だが、悪くないぜ」
蘭子は星空を見上げ、胸の内で誓った。この世界で、マダムとして輝く。そして、弱者を守る正義を貫くわ!
異世界でのマダムライフは、さらなる波乱を予感させていた。
(第3章へ続く)