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第1章:転移したらマダムになっちゃいましてよ〜

東京都の片隅、雑居ビルの2階にひっそりと佇む有栖川道場。古びた畳には汗と気合の匂いが染みつき、壁には先代の師範が書いた「剛毅」の額が誇らしげに掲げられている。夕暮れ時の薄暗い道場で、40歳の有栖川蘭子は一人、鏡の前に立っていた。


筋肉質な腕は道着をパンパンに張らせ、肩幅は男性顔負け。短く切り揃えた髪は動きやすさを優先した結果だが、どこか無骨な印象を与える。だが、彼女の目は、まるで遠い夢を追いかける少女のようだった。鏡に映る自分を見つめ、蘭子は小さく呟いた。


「有栖川蘭子、40歳、独身……。地上最強の女傑と呼ばれ、有栖川流合気道の師範代として恐れられたこの私。でも、本当は……高貴なマダムとして、優雅に、華やかに、社交界の花として生きたかったんですのよ!」


声を張り上げ、鏡に向かってポーズを決める。右手を腰に、左手を扇子のように広げ、わざと高笑いを響かせた。「おーっほっほ!」――子供の頃、少女漫画で見たお嬢様の笑い方に憧れ、こっそり練習したものだ。だが、現実はあまりにも無情だった。


実家が道場だったせいで、幼い頃から合気道漬け。抜群の運動神経とセンスで、10歳で道場の大人の弟子を投げ飛ばし、15歳で全国大会を制覇。20代で「地上最強の女傑」と呼ばれ、30代で師範代に。だが、社交界の夢は遠のくばかり。恋愛の機会もなく、40歳の今、鏡に映るのは、ゴツい体躯と、どこか諦めたような笑顔だった。


「はあ……。弟子たちには『師範代、カッコいい!』なんて言われるけど、マダムとは程遠いわ。せめて、夜はコンビニのハーゲンダッツで自分を慰めましょうかしら。ごめんあそばせ!」


道場の電気を消そうとスイッチに手を伸ばしたその瞬間、突然、視界が眩い光に包まれた。まるで太陽が目の前で爆発したような、圧倒的な輝き。蘭子は反射的に構え、叫んだ。


「な、なんですの!? 強盗!? テロ!? まさか、宇宙人の襲来ですの!?」


だが、光の中から聞こえてきたのは、柔らかく、鈴のような声だった。


「ふふ、落ち着いて、蘭子さん。ようこそ、天界へ!」


光が収まると、蘭子はふわふわした白い雲の上に立っていた。足元はまるで綿菓子のように柔らかく、頭上には星々が瞬く無限の夜空。目の前には、息をのむほど美しい女性が浮かんでいる。長い銀髪が風になびき、透き通った青い瞳が優しく微笑む。白いドレスはオーロラのように揺れ、背中の光の輪が神聖な輝きを放っていた。まさに「女神」としか形容できない存在。


「あなたは……誰? ここはどこですの!? 私、死にましたの!?」


蘭子の声は少し震えていた。武闘派とはいえ、こんな非現実的な状況に動揺しないはずがない。女神は、まるで子をあやすように優しく笑った。


「死んだわけじゃないわ、安心して。私はこの世界を司る女神、リリアナ。有栖川蘭子さん、あなたの武勇は天界でも評判なのよ。有栖川流合気道の師範代として、悪を討ち、弱者を守ってきたあなたの魂……本当に、輝いているわ!」


「ふ、ふふ、そうですわね! 私の正義感と拳は、確かに天下一品! おーっほっほ!」


蘭子は胸を張り、得意げに笑ったが、内心はまだ混乱していた。天界? 武勇? 何? 私、拉致されたの? いや、夢? 彼女の頭はフル回転だった。


「ふふ、混乱してるわね。でも、大丈夫。ちゃんと説明するわ。実はね、別の世界――異世界が危機なの。そこでは、魔物が跋扈し、戦争が絶えず、弱者が苦しんでいるのよ。蘭子さんの力が必要なの!」


「異世界……? まるでライトノベルやアニメのようですわ。で、私に何をしろと?」


蘭子は腕を組み、女神を睨んだ。武闘派の威圧感がにじみ出るが、リリアナは動じず、にっこり微笑む。


「あなたを異世界に転移させて、そこで活躍してほしいの! その世界は、まるでRPGゲームのような仕組みを持っていてね。ステータスやスキル、魔法が存在するの。冒険者が魔物と戦ったり、クエストを受けたり、まるでファンタジーよ!」


「RPG!? ステータス!? ふふ、面白そうですわ! どんなステータスですの? さっそく見せてくださいな!」


蘭子の目がキラキラと輝いた。子供の頃、弟が遊んでいたRPGゲームを横で見ていた記憶が蘇る。女神は手を振ると、空中に光のスクリーンが現れた。そこには、蘭子の「ステータス」が詳細に表示されていた。


---


名前:有栖川蘭子

年齢:40歳

職業:合気道師範代(異世界転移者)

ステータス:

- 筋力:95(人間の限界を遥かに超える。巨岩を一撃で砕く)

- 敏捷:90(目にも留まらぬ反応速度。矢を素手で掴む)

- 耐久:85(鉄壁のタフネス。どんな打撃も耐える)

- 魔力:9999(異常値。測定不能。神すら驚く)

- 知力:70(常識的な判断力。戦術は得意)

- 魅力:60(武闘派の威圧感が強いが、笑顔は魅力的)


スキル:

- 有栖川流合気道マスター:投げ技、関節技、打撃を極めた武術。敵の力を利用し、瞬時に無力化。

- なし(魔法スキルは未習得。魔力の使い道は不明)


---


蘭子はスクリーンを凝視し、目を丸くした。


「なんですの、このバグった魔力値は!? 9999!? まるでゲームのチートですわ! これでどんな魔法が使えますの!?」


だが、女神は少し困った顔で首を振った。


「うーん、実はね、蘭子さんの魂があまりにも強すぎて、魔力を最大限に注入しちゃったの。でも、魔法を扱う素養が……その、ちょっと足りなくて。魔法スキルはゼロなのよね」


「魔法が使えない!? では、この9999の魔力はどうなるんですの!? マダムらしく、キラキラした魔法で敵を倒したかったのに!」


蘭子は頬を膨らませ、拳を握りしめた。女神は慌ててフォローする。


「でもでも! その魔力のおかげで、身体能力がとんでもなく強化されてるわ! 筋力95なんて、普通の人間の10倍以上よ。魔物だろうが、どんな敵だろうが、蘭子さんなら一撃で倒せるはず! ほら、試しにそこにある岩を叩いてみて!」


女神が指差したのは、雲の端にある巨大な岩だった。蘭子は半信半疑で近づき、軽く拳を振り下ろした。すると――バキン! 岩が粉々に砕け、破片がキラキラと雲の間に消えていく。


「まあ! なんですの、この力! これなら、マダムらしい力強さで敵を圧倒できますわ! おーっほっほ!」


蘭子は高笑いし、すっかり気分を良くした。女神はホッとしたように微笑む。


「でしょ? それに、異世界にはもっと面白いことがたくさんあるわ。火、水、土、風の四つの精霊がいて、それぞれ強力な契約者と結ばれているの。フェニックス、ウンディーネ、タイタン、シルフ……彼らが世界のバランスを保ってるけど、最近は魔物の力が強まって、均衡が崩れつつあるのよ。蘭子さんには、その世界で正義を貫き、弱者を守ってほしいの!」


「ふふ、弱いものいじめは許せませんわ! マダムとして、優雅に悪を討ちます! でも、女神様、ひとつ質問ですわ。この世界、社交界はありますの? ドレスを着て、舞踏会でワルツを踊るような?」


蘭子の目がキラキラと輝く。女神は一瞬、言葉に詰まった。


「え、社交界? うーん、あるにはあるけど……貴族社会はちょっと複雑で、戦争や魔物のせいで、舞踏会はあんまり開かれてないかな。でも、蘭子さんなら、きっと社交界の花になれるわ!」


「ふふ、そうですわね! わたくし、マダムとして異世界の社交界を席巻しますわ! おーっほっほ!」


蘭子のテンションは最高潮。女神はにっこり微笑み、最後の準備を始めた。


「じゃあ、転移の準備をするわ。名前はどうする? そのまま有栖川蘭子でいい?」


「もちろん、有栖川蘭子ですわ! 高貴な響きでしょう? 日本の伝統と気品を兼ね備えた、完璧な名前ですわ!」


「ふふ、了解。じゃあ、行ってらっしゃい! 蘭子さん、異世界で輝いてね!」


女神が手を振ると、蘭子の体が光に包まれ、ふわっと浮き上がった。まるで体が羽のように軽くなり、魂が別の次元へと引き寄せられる感覚。蘭子は胸を張り、叫んだ。


「ごめんあそばせ! マダムの新たな物語、始まりますわ!」


---


光が消えたとき、蘭子は柔らかい草の上に寝転がっていた。頭上には果てしない青空、遠くには雪をかぶった山脈が連なり、近くでは小鳥がさえずり、風に揺れる花の甘い香りが漂う。木々の葉がそよぐ音、遠くで流れる川のせせらぎ――まるで中世ヨーロッパの絵画のような、ファンタジーそのものの風景だった。


「なんですの、この美しさ! まるで社交界の庭園ですわ!」


蘭子は立ち上がり、辺りを見回した。なぜか着ているのは白いドレス。道着とは違い、ふわっとしたスカートが風になびき、まるで貴婦人のよう。試しにステータスを確認しようと「ステータス!」と叫ぶと、空中に光のスクリーンが再び現れた。内容は女神が見せたものと同じだが、魔力9999の異常さが改めて際立つ。


「ふふ、この力なら、どんな魔物も一撃ですわ! さあ、まずはこの世界で名を上げ、社交界の花として君臨しましょう!」


歩き始めると、すぐに小さな村が見えてきた。木造の家々が立ち並び、藁葺き屋根が素朴な雰囲気を醸し出す。畑では農夫が汗を流し、子供たちが笑いながら走り回っている。だが、村人たちの顔には、どこか暗い影があった。蘭子は胸を張り、堂々と村の中心へ向かった。


「おや、あの美しい方はどなた?」


「旅人かな? でも、なんて気品あるお姿!」


村人たちが囁き合う中、蘭子は広場の井戸のそばで立ち止まり、優雅に微笑んだ。


「皆様、ごきげんよう! わたくし、有栖川蘭子、高貴な旅人でございますわ! おーっほっほ!」


だが、村人たちは首をかしげ、ひそひそと話し始めた。


「有栖川……? なんて言ったんだ?」


「アリス、ガーランド、だろ? めっちゃ高貴な名前じゃん!」


「え、アリス=ガーランド様!? 貴族の方だ!」


蘭子は一瞬、目をぱちくりさせた。有栖川蘭子が、なぜアリス=ガーランドに? だが、すぐにニヤリと笑った。


「ふふ、アリス=ガーランド……! なんとも西洋の貴婦人らしい、優雅な響きですわ! この世界では、わたくし、アリス=ガーランドとして生きることにしましょう! ごめんあそばせ!」


村の長老が恐縮しながら近づいてきた。白髪の老人で、杖をついているが、目は鋭い。背後には、若い農夫や母親らしい女性たちが心配そうに見守っている。


「アリス=ガーランド様、ようこそ我が村へ。突然のご訪問、どのようなご用件で?」


「ふふ、わたくしは高貴なマダムとして、この世界を旅する者。まずはこの村で休息し、名を上げるつもりですわ! 何か困りごとはありませんこと?」


長老は顔を曇らせ、ため息をついた。


「実は……我が村には、5年に一度、火山の守り神フェニックスに子を生贄として捧げる習わしがございまして……」


「なんですって!? 子供を犠牲にするなんて、マダムとして許せませんわ!」


蘭子の声が広場に響き、村人たちがどよめいた。若い母親が涙目で叫んだ。


「でも、アリス様、フェニックスは神です! 逆らえば、村が焼き尽くされます!」


「そうです! 去年、隣の村が抵抗して、全滅したんです!」


農夫の男も震える声で訴える。だが、蘭子の正義感は燃え上がっていた。


「ふふ、焼き尽くす? そんな野蛮な神、マダムの拳で教育して差し上げますわ! ごめんあそばせ!」


「いや、無理だって! アリス様、命を無駄にしないで!」


村人たちが必死に止める中、蘭子はドレスの裾を翻し、火山へと向かう決意を固めた。彼女の背中には、まるで炎のような闘志が宿っていた。


「わたくし、アリス=ガーランドが、そのフェニックスとやらに直談判してきますわ! おーっほっほ!」


村人たちの叫び声を背に、蘭子は夕陽に染まる火山へと歩みを進めた。異世界でのマダムライフは、早くも波乱の幕を開けていた。


(第2章へ続く)

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