加護検証の訓練
明日から2話連続で投稿していきます。序盤にちまちま1話ずつじゃテンポ悪いし。
この村は森と山に囲まれた小さな集落だ。
他の村や町と物品や資源の貿易をすることもあるけれど、その際の交換資源は主に森の材木とそれを加工して作った木炭とかその他色々。
私や猟師が森の中で狩った野生の獣の素材なんかも、高級品として重宝されている。
そんな獣が村の周囲に生息しているということは、当然自衛のための手段も必要になってくるわけで。
村の周りには獣除けの薬草を栽培して、クマやオオカミみたいな野生の獣が寄り付かないようにしてあるから、村の中はとりあえず安全ではある。
しかし、村を出て森の中へ入れば2~3回に一回は襲われる。
森の中でも獣除けのお香を焚きながら探索すれば襲われることはほぼないけれど、それでも油断はできない。
「というわけで、少しは自分の身を守れるように訓練をしましょう」
「くんれん? なにするの?」
「シスターに加護を調べてもらっているけれど、自分でも何か特技がないか調べてみるべきよ。正直アンタかなりポンコツだし、身元が分かるまでの間に長所の一つでも見つけておかないと」
「ポンコツ!? ひどくない!?」
「実際ポンコツでしょ。ドジで運動音痴でよくこけるし、記憶喪失のせいなのか色々と常識知らずだし」
「うぐぅ……なんであんなに転んじゃうのか自分でもよく分かんないんだよねぇ……なんか、地面が遠い気がするんだよぅ っておぶぇっ!?」
「言ってるそばからまたコケてるし……私はアンタのドジのひどさに気が遠くなりそうよ」
「あぅあぅあぅ……!」
こんなに運動音痴なのに、どうやってあのすばしっこいガキんちょどもを捕まえられたのか不思議だわ。
このお姉さん、意識的に何かしようとすると上手くいかないのに、無意識でやってることが地味にすごいからタチが悪い……。
そんなわけで、村の衛兵たちなんかがよく使っている訓練場へ足を運んだ。
ここならお姉さんの加護の検証をするにはもってこいだろう。
訓練場に入ると、鮮やかな赤い兜を被った立派な体躯の男性が声をかけてきた。
村の衛兵たちをまとめているリーダー、衛兵長だ。
「お、ポエルか。訓練場に顔を出すのは久しぶりだな」
「こんにちは、衛兵長。ちょっとスペースを借りるわよ」
「かまわんぞ、好きに使え。自主的に訓練をしようとは感心だな、ウチの奴らにも見習わせたいもんだ。久しぶりに組手でもしようか?」
「訓練するのは私じゃないわ。この人よ」
「こんにちはー!」
「む? 見ない顔だな。……もしや、ポエルの家で最近暮らし始めたとかいう、例のお嬢さんか?」
「ええ、多分ソレで合ってるわ」
「えーと、くんれん? させてもらいに来ました、よろしくおねがいしまーす」
「ああ、よろしく。ふーむ……噂通り大きいな」
「衛兵長までそんな目で見てるのね、スケベ」
「違うわ! 背丈のことを言っとるんだバカモンが!!」
顔を真っ赤にしながら怒る衛兵長に、少し懐かしさすら感じてしまった。
1年前くらいまでは護身のために訓練してもらって、そのたびによく怒鳴られてたっけ。
「まったく……訓練用の武器や稽古台は好きに使って構わんが壊すなよ。後片付けもちゃんとしておくように」
「分かってるわよ。もう衛兵長のゲンコツはごめんだわ」
「ならいい。私はそろそろ業務に戻るが、ポエル、暇ができたらいつでも来い。部下たちもお前が顔を見せなくなって寂しがっているぞ。男ばかりで華がないとかなんとか」
「……私に華を求められても困るんだけど」
そう言って、巡回の仕事に戻っていった。
強面だし怒ったら怖いけど、その分真面目でいい人なのよねー。
……護身の訓練受けてた時にはいつもボコボコにされてたけど。
衛兵長を見送ってから、早速お姉さんの訓練を始めることにした。
手当たり次第に色んな武器を試してみれば、一つくらいは得意な得物が見つかるかもしれない。
「まずは、投擲から試してみましょうか」
「とーてき?」
「そのへんの小石でもなんでもいいから、訓練用の的に向かって投げてみて。近付かれる前に迎撃できるようになれば、それが一番いいから」
「分かった!」
トラに向かって礫を投げていた時、ノーコンではあったけれど投げられた石や木の破片がすさまじい勢いで飛んでいて、威力自体は高そうだった。当たればの話だけど。
こうやって目標に向かって礫を当てる訓練をすれば、自衛くらいはできるようになるんじゃないかと思って試してみてるんだけど……。
「とぉう! えいっ! やぁっ!」
「……さっきから一個も当たってないわよ」
「うぐゅ……なんか、思ったところに飛んでいかないなぁ……」
的に見立てた木に向かって小石を投げさせてるけど、全然当たってない。
これならまだ私が投げたほうが命中率が高そうだ。
でも、投げられた小石の勢いだけは本当にすごいのよね。どうなってるのかしら……。
「だ、ダメだぁ~……もう無理ぃぃ……!」
百個くらい小石を投げたところで、力尽きて崩れ落ちるお姉さん。
一投ずつ全力で投げてるのは分かるけど、結局一つも当たらなかったわね……。
「ぜぇ、ぜぇ……! ちょ、ちょっと休憩……!」
「大丈夫?」
あれだけ全力で投石してたらそりゃ疲れるわ。
胸で……もとい肩で息をしている状態だけど、意外と体力自体は悪くなさそうね。
てっきり十回くらい投げただけで音を上げるかと思ってたのに。
「投擲の訓練は一旦中断して、今度は近接武器を試してみましょう」
「ま、まだやるのぉ……?」
「当たり前でしょ。もしかしたらアンタにピッタリな武器があるかもしれないし、とにかく手当たり次第に試してみるわよ」
「うひぇ……もうクタクタだよぅ……」
変なうめき声を漏らしながら涙目になるお姉さん、我慢しなさい。
アンタ目立つんだから、野生の獣どころか下手したら変質者や山賊なんかに襲われかねないのよ?
自衛の手段くらいは持っておかないと、いつか痛い目を見ることになるわ。
始めに、まずは無難に剣から。
村の衛兵が使っている訓練用の木剣を借りてきたけど、軽くて持ちやすい。
これならお姉さんでも扱えるかもしれない。
「こ、こうかな?」
「……いくらなんでもへっぴり腰過ぎるでしょ。なによその構えは」
そう思っていた時期が私にもありました。
ダメだ、構えを見ただけでド素人だっていうのが分かる。絶対に剣を扱う類の加護を持ってないわコレ。
まだ村でチャンバラごっこしてるガキんちょどものほうが筋がよさそうだ。
「とぉーっ! ……ってひぎゃあっ!?」
「なんで動かない無抵抗な的相手にやられてるのよ……」
「あぶぶぶぶ……!」
そのまま木剣を振りかぶって的へ振り下ろそうとしたけれど、踏み込んだ足がもつれてこけた。いつもの。
幸い今回は顔をぶつけたりしなかったみたいだけど、どうしてこんな頻繁に躓くのかしら。
「いっこ、分かったことがある」
「なに?」
「剣はダメっぽい」
「見りゃ分かるわよ。剣がダメなら、今度は槍を使ってみて」
「ちょちょちょ、長い長い! こんなの使えないって ぶほぇっ!?」
槍を受け取った途端にバランスを崩して後ろに倒れてしまった。
リーチのある武器は長すぎて扱えないみたいね。
「はい次。私がいつも使ってる斧だけど……持てる?」
「ム゛リ゛! お゛も゛い゛!!」
「まあそうでしょうねー……」
私が使っている愛用の斧はとにかく頑丈で、一撃の威力が強い分すこぶる重い。
大人の男性でも扱うのが難しいくらいだし、お姉さんの腕力じゃそもそも持てないか。
「……もうこれくらいしか残ってないけど、どうしたもんかしら」
「おー、軽い! これなら持てる!」
「持てなきゃ困るわよ。それ、果物用のナイフよ?」
一応賑やかしに持ってきたものだけど、正直言って護身用にするにしてもあまりにも頼りないものだ。
果物の皮が綺麗に剥けるよう、それなりによく研いであるし軽くて扱いやすいだろうけど、刃渡りがお姉さんの中指程度の長さしかない。
刃の幅も狭いし、こんなもので野生の獣を斬りつけたりしたらすぐに折れてしまうでしょうね。
「えいっ! ……あれぇ?」
果物ナイフを的に向かって何度も振り回してるけど、全然当たる音が聞こえてこない。
ふざけてやってるわけじゃなさそうだけど、この人、武器の扱いが壊滅的だわ。
仮に当たったとしても、果物ナイフじゃ大した傷はつけられないでしょうけど。むしろ刃のほうが痛みそう。
「だから、どうして止まってる的に当たらないのよ。もう今日はいいから、これくらいにして帰るわよ」
「ん~? おっかしいなぁ、当たってるはずなのにすり抜けた……?」
「それを当たってないって言うのよ。早くしないと、先に帰るわよ」
「ま、待って! おいてかないで―!」
はぁ、見てただけなのになんだか無駄に疲れたわ。
結局お姉さんの得意な武器も見つからなかったし、どうしたものかしら。
まだ試していないものはいくらでもあるし、根気強く検証していくしかないか。
後日、再び検証をしようと訓練場に行ってみると、訓練用の的がバラバラになった状態で無残に転がっていた。
訓練していた衛兵さんたちが見たところによると、私たちが帰った後に突然鋭い刃物で切り裂かれたみたいに崩れたんだとか。
誰がやったのか、犯人はまだ見つかっていないらしい。