『加護』確認への道中
『加護』というのは、各個人それぞれが持つ特別な力のことを指す。
教会の人たちは『神様』が与えてくれた慈悲なのだと言っているけれど、本当のことかまでは誰も分からない。
「例えば私の場合は『剛力』の加護。何倍も大きくて重いはずのクマを簡単に仕留められるくらい、体の力が強くなるの」
「『かご』があると、とっても力持ちになれるってこと?」
「剛力』の場合はね。人それぞれ加護の種類は違うし、どんな加護なのかは教会に調べてもらわないと分からない。アンタの加護がなんなのか分かれば、何かの手掛かりを得られるかもしれないわ」
「あー、だから今日はそのきょーかいに行くわけなんだねー」
クマを仕留めた二日後、私たちは村の外れにある教会へ向かっていた。
村中の人にお姉さんのことを知らないか確認したけれど、結局誰も心当たりがなかったから別のアプローチをしてみようと思ったわけだ。
お姉さんはいったいどんな加護をもっているのかしら。
トラに追い掛け回されていた時の様子を見る限りじゃ多分『投擲』だと思うけど。
……でも、だとしたらあのノーコンぶりはどうなんだろう。ありえない外し方してたんだけど。
「まあ、どんな加護なのかは教会に着いてからのお楽しみよ。……ところで、どうかしたの?」
「んー……」
教会への道中、お姉さんが遠くを眺めるように目を細めているのに気付いた。
視線の先を見ても特に変わった様子はないように見えるけど、どうしたのかしら?
「あのへん、あのお家のあたりから、誰かがこっちを見てるような気がするの」
「? 誰もいないみたいだけど……っ!」
お姉さんが指さしたほうを見ると、一瞬だけ人影のようなものが動いたのが分かった。
……不審者かしら。もしかして、お姉さんの噂を聞きつけてよからぬことを企んでる輩でも湧いたのかもしれない。
人攫いか、山賊か、どちらにしてもロクなもんじゃないわね。
面倒の種になる前にとっ捕まえて排除しときましょうか。
「そこにいるのは誰! 姿を見せなさい!」
人影が見えた建物の裏に駆け出し、正体を確認すると―――
「うわっ! 追っかけてきやがった!」
「は、走れ! ゴリラにやられるぞ!」
……覗いていたのは山賊でも人攫いでもなく、村のガキんちょどもだった。
私たちが歩いているのを覗いていたのはこいつらか。
おおかた、イタズラでも仕掛けてやろうと見張ってたんでしょうね。警戒して損したわ。
……っていうか―――
「だぁれがゴリラよ! あんまり舐めたこと言ってると張り倒すわよ!」
「うるせーゴリラ!」
「いつもデッカい木とかクマとか持ち上げてるだろゴリラ!」
「悔しかったら捕まえてみろゴリラ!」
ああもう、どいつもこいつもバカの一つ覚えみたいにゴリラゴリラと言いやがって!
親御さんたちはどんな教育してるのかしら!? 顔が見てみたいもんだわ!
「待ちなさい!」
「待つかバーカ!」
「くっ……ウロチョロと鬱陶しい……!」
とっ捕まえてやろうと追い掛け回しているけれど、すばしっこくてなかなか追いつけない。
くそ、こいつら『俊足』の加護を持ってたんだったわ。なんて無駄な加護の使い方なのかしら!
「はははっ! じゃあなゴリラ! ……わっぷ!?」
逃げ切られそうになったところで、ガキんちょどもの足が止まった。
何かにぶつかった、いや、誰かに進路を塞がれたみたい……あ。
「こーら! イジワルしちゃダメでしょ!」
「う、うわわわわ……!?」
「ちょ、は、はなして……!」
「……や、やわらかい……」
お姉さんが逃げる方向へ先回りして、ガキんちょたちをとっ捕まえていた。
捕まえたガキんちょどもの頭をまとめて胸に押し付けて拘束している。
……あのすばしっこいのをよく捕まえられたわね。いつの間に回り込んでたのかしら。
「人のことをゴリラとかしつれーにもほどがあるよ! ほら、みんなポエルちゃんに謝って!」
「あ、あんたには関係ないだろ! は、はなせよ……!」
「だーめ! 謝らないとはなしませーん!」
「く、苦しい……でも、なんか、いい匂いがする……」
「……ずっとこのままでもいい気がしてきた……」
あのご立派な胸に顔を埋められてるせいか、ガキんちょどもが何かに目覚めそうになっている。
……ちょっとそれ以上は色々と教育上よくなさそうだからやめときなさい。
「もうあんなふうに悪口言っちゃダメだよ? いい?」
「ふぁい……」
「……めっちゃやわらかかった……」
その後、ガキんちょどもを軽く叱ってから解放して、再び教会へ足を進め始めた。
いつもなら憎まれ口を叩きながら全力で逃げていくガキんちょたちが、顔を真っ赤にしながらボーっとしたまま帰っていったけど、アレ大丈夫なのかしら……。
「まったくもう、ひどいよねー。こんなに可愛いポエルちゃんをゴリラだなんてさー。なんであんなひどいこと言うんだろうね?」
「剛力の加護を使ってよく重いものを運んでるのを見てるからでしょうね。……私だって好きでこんな加護持ってるわけじゃないのに」
剛力の加護は便利だ。
普通の人じゃ運べないくらいの重量物も楽に運べるし、クマやイノシシのような猛獣に襲われても余裕で撃退できる。
その力に見合うように体も頑丈になって、滅多なことじゃ怪我一つしない。
加護の中でもかなりレアな部類らしく、村の中で剛力を持っているのは私しかいない。
でも、便利ではあるけれどこの加護のことは正直あまり好きじゃない。
こういった肉体強化系の加護は体格のいい人向けだと思うのに、なんだって私なんかに……。
私の華奢な体格に不似合いな剛力の加護を持っていることで、さっきのガキんちょどもみたいなのがからかってきて鬱陶しいったらない。
時々、大人でさえも引きつった顔で私のことを見てくることがあって、地味に傷つくこともあるし。
「そのおかげで私は助かったんだけどねー、ホントありがとねー」
「おうっふ……! わ、分かった、分かったからいちいち抱き着いてこないで……!」
「んーふふふ、照れなくてもいいんだよー」
「照れてない!」
顔面に柔らかな重量物を押し付けてくるお姉さんに抗議するけれど、なかなか離してくれない。
……こんな柔肌と質量の暴力に抱きかかえられてちゃ、あの悪ガキたちが大人しくなるのも無理ないわ。
それはそうとホントに息苦しくなってきたからそろそろ離して。死ぬから。このままだと窒息死しちゃうから……!