脳筋幼女
お姉さんを助けて連れ帰ってから、今日で五日目になる。
村長が広報を出してくれたおかげで、既に村中へお姉さんの情報が知れ渡っているらしい。
「おい、あの子がそうか?」
「で、でけぇ……! なんだあれ、ウチで採れたスイカ並みにデカいぞおい」
「歩くたびにばるんばるんしよる。眼福」
……そのせいで、村の連中がお姉さんの姿を見ようと遠巻きに見物しにくるようになってしまった。
鬱陶しくて家事や雑用に集中できないからどっか行ってほしいんだけど……。
「ポエルちゃん、薪拾い終わったよー」
「お疲れ様。今度は私が森から丸太を運んでくるから、お姉さんは一緒についてきて食べられそうな木の実を拾い集めてちょうだい」
「りょーかーい!」
お姉さんには家事や仕事の手伝いをしてもらっているけど、初日は本当に何もできなくて大変だった。
薪拾いをやらせれば小枝みたいな細いものを一本一本拾うたびに持ってくるわ、井戸から水を汲んでもらおうとすれば井戸の中へ落ちるわで。
今ではなんとかいないよりマシ程度の労働力にはなってるけど、これまでどうやって生きてきたのか疑問に思うほどの無能っぷりだったわね……。
「森へ行くのね、気を付けていってらっしゃい」
「うん、すぐ戻るから大丈夫よ」
「いってきまーす!」
お母さんは、随分と元気になった。
こうして外へ出て見送りの挨拶をできるくらいにまで体力が戻ってきて、今では少しずつ家事もこなせるようになっている、
先日、念のため医者にも診てもらったけれど、『いつ特効薬を処方したのですか?』とか首を傾げながら言われた。
どうやらお母さんに巣くっていた病魔は跡形もなく消えてしまったようで、あとは体力さえ回復すれば元通りになる見込みなんだとか。
急にどうして治ったのか疑問は残るけれど、お母さんが元気になったならいいか。
この際深く考えるのはやめにしよう。……本当に、治ってくれてよかった。
焚きつけ用の丸太を確保するために、いつも足を踏み入れている森の中へ入って適当な古木がないか探そう。
このあたりの古木は大体切り倒してしまったから、少し奥のほうへ行かないと見つかりそうにないわね。
奥へ進もうとすると、お姉さんが不安そうに声をかけてきた。
「ま、まだ進むの……? またトラに襲われたりしない……?」
「大丈夫よ、トラなんてあの時にしか見たことないし」
「ホント?」
「ええ。まあクマとかイノシシとかオオカミにはよく襲われるけど」
「やっぱ帰ろう!! こ゛わ゛い゛!!」
「あんまり大声で叫ぶと獣が寄ってくるわよ
涙目で叫びながら帰宅を催促してきてるけど、まだ手ごろな古木を見つけてないからダメ。
まあ普通ならクマやイノシシは猛獣扱いされるべき相手だし、無理もないけど。
でも古木を探している時に襲われるのは面倒ね。
獣除けのお香でも持ってきておくんだったわ。失敗。
「まあ、心配いらないわよ。森に入れば獣に襲われるのは当たり前でしょ? 慣れたもんよ」
「慣れるくらいいっつも襲われてるの!? どうして平気なの!?」
「あ、言ってるそばからきたわよ」
「え? ……ひぃっ!?」
『グジュルルル……』
お姉さんの大声につられたのか、木陰からヒグマが顔を見せて近付いてきた。
体長は2m強くらいかな? なかなか大きいわね。
「く、クマ、が、ええと、逃げ……いやムリ? 死んだふり? もう遅い? ど、どうしよう、ポエルちゃん……!」
「どうしたもんかしらね、困ったわ」
「困ったわって、慣れてるんじゃなかったの!?」
『グジャァアアッ!!』
「ひょぇええっ!?」
私たちを手ごろなエサと認識したのか、鋭い爪を剥き出しにした掌を振り回しながら襲い掛かってきた。
常人なら掌でぶん殴られただけで致命傷だろうし、爪が掠っただけで紙屑みたいに切り裂かれてしまうでしょうね。
いつもなら適当に追い払うだけで済ませるところだけど、腹を空かせているみたいだから見逃してもらえそうにない。
……ああ、本当に困った。
「今日は丸太を持って帰るために入ってきたのに、仕事が増えちゃうわ。ああ、もう……」
『グジャァッ!!』
「本当に、面倒だわっ!」
『……ガァッ!?』
振り下ろされたクマの掌を殴って弾き、防いだ。
まあまあ力強いけど、これくらいなら問題なく対応できる。
「ふんっ!!」
『ギャォオアッ?!!』
怯んだ隙をついて、股間を思いっきり蹴り上げてやった。
オス相手ならこの手に限るわ。ちょっと下品だけど。
最後に頭を斧で割って……おっと、頭は傷つけずに残しておいたほうが高く売れるんだった。
危ない危ない、トラを仕留めた時と同じ失敗をするところだったわ。
「せい! ぜいっ!!」
『ギャァッ!? ガァアッ!!?』
「うらぁああっ!!」
斧をクマの首へ2~3回叩きつけ、最後に思いっきり斧を振り回し、首を刎ねた。
直後、首の切断面から血が噴き出てきた。よしよし、いい塩梅で血抜きできてるわね。
「ふぅ、終わったわよ。……どうしたの?」
「こ、腰が、抜けちゃった……」
「……はぁ」
地面にへたり込んでいるのを見て、思わずため息が出てしまった。
これくらいのことでいちいち腰を抜かしてたら身が持たないわよ。
トラに追い掛け回されてた時のトラウマが蘇ったこともあるのかもしれないけれど。
血がほどよく抜けたところで、クマの死体から内臓を取り出して近くの川の中へ沈めて放血。
これで明日の朝くらいには解体できるようになってるはずだ。
やれやれ、とんだ追加作業だわ。
「ポエルちゃんって、小さいのにすっごい力持ちなんだねぇ……どうやったらあんな大きいクマを持ち上げられるの?」
小さいは余計よ。
むしろアンタがデカいのよ。色々と。……ホントに色々と!
「『剛力』の加護を持ってるからよ。どうせならもっとおしとやかな加護がほしかったけれどね」
「ごーりき? かご? なにそれ?」
「……加護のことまで忘れてるのね。自分の名前すら覚えてないみたいだし無理ないか……」
加護といえば、この人の加護はなんなんだろうか。
トラ相手にすごい勢いで礫を投げつけていたけど、『投擲』の加護でも持ってるのかしら。
でもものすごいノーコンだったし、加護の恩恵があるならちゃんと命中させることができるはずなんだけど……。
もしかしたら加護から身元の手掛かりが見つかるかもしれないし、近いうちに教会でお姉さんの加護を調べてもらわないと。
「ふぅ……クマの解体前の処理も終わったし、帰るわよ」
「え? 丸太を切って持って帰るお仕事はどうするの?」
「……忘れてたわ」
クマの内臓処理だけでも結構な時間と労力がかかってしまったものだから、丸太のことを失念していた。
……木を切り倒して持って帰ることを考えるだけで気が滅入ってきたわ。はぁ……。




