そして雪景色へ
お姉さんを連れ去ろうとするバドルとかいう教会のお偉いさんと、その配下たちに囲まれてしまった。
囲んでいる黒ずくめの配下たち一人一人が手練れっぽい。強行突破しようにも難しそうだ。
……まともに抵抗できる状況じゃなさそうね。
「そんなに警戒する必要はありませんよ、オクリビトのお嬢さんはこちらで丁重に扱わせていただきます」
「あ、あの! この方は、その、まともに戦えるような人ではありません!」
「それも聞いていますよ。信じがたいことですが、転んだ拍子に手から離れたナイフが魔族を貫通したとか、さらに転倒したはずみでトドメを刺したとか……」
「言っとくけど、嘘でも演技とかでもないわよ。この人、記憶喪失のせいかマジでとんでもないポンコツだから。魔族と戦わせる前に勝手にすっ転んで死ぬかもしれないわよ?」
「ひどくなーい……?」
「なんと、記憶喪失とは……」
無駄かもしれないけれど、お姉さんのドジっぷりを伝えて説得を試してみる。
いやホントマジで止めときなさい。悪いこと言わないから。
「ふむ、あながち嘘というわけでもなさそうですな。身振り手振りの仕草、なにからなにまでまるで素人、いや小さな子供のように無防備だ」
「そうそう。こないだのアレはなんというか、色々と奇跡と偶然が重なっただけだから。もっかい魔族と戦ったりしたら今度こそ殺されちゃうわ」
「確かに、このまま彼女を戦力として連れて行くのは無謀そうですな」
あら、意外と悪くない反応だわ。
もしかしたら説得成功しそうだったりする?
「しかし、魔族の魂を取り込むことができるというだけでも充分すぎるほどに役に立ちます。魔族の復活を阻止できれば、確実に相手の戦力を削っていけるのですから」
「っ!」
「それに、彼女が取り込んだ魔族は既にこの村の衛兵長の魂を喰らっていたのでしょう? つまり、彼女の中には魔族だけでなく衛兵長の魂もあるということです」
「えっ……!」
「衛兵長だけではありません。件の魔族がこれまで喰らってきた人々の魂は消えてなくなったわけではない。魔族の魂の中に留まり、苦しみ続けているのです」
「そ、それは……」
そういえば、魔族に食べられた魂はどうなるのか分からなかったけど、魔族の中に居続けていたっていうの?
その魂たちは、衛兵長の魂も、今はお姉さんの中に……?
「魔族に取り込まれた魂はオクリビトが魔族の魂とともに取り込み、悪魔を倒すことによって初めて天へ昇ることが許されるといいます。彼女が悪魔を倒さない限りは、取り込まれた魂たちは永遠に苦しみ続けることになるでしょう」
「それが本当のことだっていう証拠は?」
「ありません。しかし、どのみち彼女は魔族との戦いにおける重要な役目を担うことになるでしょう」
「魔族の魂を取り込ませるためだけに、あちこち引っ張り回そうっていうの?」
「それだけではありません。彼女には『浄血』の加護があるのでしょう?」
「うっ……」
あー、それもバレてるのか。
そりゃ毒でバタバタ倒れてたのが、お姉さんの血に触れた途端に起き上がったところも見られてただろうし当然か。
「魔族の侵攻が本格化すれば、呪福による毒や病魔が蔓延することでしょう。事実、この村を襲った魔族も並の魔法や加護では治療できない毒を扱っていた」
「……」
「各地で魔族との戦いに備えつつ、浄血の力で毒や病に侵された者たちを治療できる。彼女の価値は充分あることがお分かりですか?」
「……ならば、なぜ……」
「? シスター……?」
顔を伏せたまま、シスターが低い声で何か呟いている。
口元しか見えないけど、歯を食いしばって震えているいるのが分かった。
……もしかして、怒っているの?
「これ以上この場で議論を続けても仕方がないでしょう。どちらにせよ、彼女の身柄はこちらで預からせていただきます」
「みがら? どういうこと?」
首を傾げながら何も分かっていないお姉さんを見て、バドルも思わず苦笑いしている。
小さくため息を吐いてから、優しくお姉さんに語りかけた。
「この村から離れて、我々とともに来てもらうと言っているのですよ」
「え? じゃあ、ポエルちゃんやママさんやパパさんはどうなるの?」
「残念ですが、ここでお別れとなります」
「えー……」
心底嫌そうな顔をするお姉さん。
魔族と戦うのが嫌なんじゃなくて私たちとの別れが嫌だってあたり、ホントに話が分かってなさそうね。
「どうしても行かなきゃダメ?」
「はい、世界の平和のためですから」
「むー……」
「ご安心ください。何も前線へ立って戦えとは言いません。可能な限り、お守りすると約束します。衣食住も不自由ない範囲で提供しましょう」
「いしょくじゅーってなに?」
「……そこから説明する必要があるのですか……」
バカな質問に頭を抱えるバドルの前で、私は必死で頭を回していた。
……私は、どうするべきなんだろうか。
お姉さんをこの人たちに引き渡すべき?
確かに、この村に居続けるより彼らに守ってもらいながら生きていくほうが安全かもしれない。
でも、この人たちの言っていることが本当のこととは限らないし、隠し事をしている可能性も否めない。
シスターも教会の上層部に不信感を抱いていたし、もしかしたらお姉さんも軟禁されてしまうかもしれない。
お姉さんにとってこの村で生きていくことは、正しいことなんだろうか。
それとも、世界のために送り出したほうがお姉さんのためになるんだろうか。
……どうする、どうしたらいい?
「他に何か質問は? 答えられる範囲でよければお答えしましょう」
考えている間にも、バドルとお姉さんの会話は続いている。
このやりとりが終われば、お姉さんは連れてかれてしまう。
考えろ、私にできることは、私がやるべきことはなんだ……!?
「んー……ところで、私たちをずっと見てたって言ってたけど、それはあの白い小鳥ちゃんだけ?」
「? それが何か?」
頭が煮えそうなくらい考えてるところで、お姉さんが外を指さしながらバドルへ問いかけた。
「じゃあ、さっきからずっとこっちを見てるあのクロネコちゃんは、あなたたちのネコちゃんじゃないの?」
……え?
『ニャア』
「は? ……っ!?」
「な、なんだ、この猫は……?」
お姉さんが外を指さした瞬間、急に目の前に小さな黒猫が現れた。
か細く可愛らしい鳴き声。その一見無害そうな姿に、私は見覚えがあった。
コイツは、あの女魔族の……!!
「こ、この猫……魔族が連れてた魔物よ!」
「なにぃ!? ま、魔物だと!?」
「つ、捕まえろ!!」
『ニャッ』
バドルの配下たちが慌てて黒猫を捕えようとしたところで、黒猫が駆けた。
その先には、驚いた顔で猫を見つめているお姉さんが―――
「わ、こっちきた! こーいこいこい、チッチッチッ」
「バカ! 離れなさい!!」
このままじゃ魔物がお姉さんに襲われる!
お姉さんと突っ込んでくる黒猫の間に入り込む形で庇おうとした。
『ナァアアオォオッ!!』
一際大きな鳴き声を上げて、私とお姉さんに向かって飛びかかってきた。
こんな小さな体で体当たりしてくるなんて、いったい何を……。
……はっ!?
『この子は小さくか弱いけれど、『転移魔法』が使える特別で便利な魔物なのよ』
『遠く離れた場所から村の中まで移動したり、攻撃を避けるために距離を離したり、主に足代わりとして重宝してるわ』
黒猫が私たちに触れたその時、女魔族の言っていたことを思い出した。
まずい、まさか―――
「…………え」
直後、周りの景色が一変した。
ついさっきまで教会の中にいたはずなのに、気が付いたらあたり一面真っ白な雪景色に変わっていた。
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