魔族とオクリビト
説明回
「あぅあぅ、ベロがピリピリするよぅ……」
「こちらのシロップを舐めてください。口の中の怪我や火傷によく効きますから」
「ありがとー。わ、あまーい! おいしー!」
「……お姉さんがごめんなさいね、シスター」
「ふふ、お気になさらず」
涙目で火傷を痛がるお姉さんに、シスターが軟膏代わりになるシロップを差し出した。
あのシロップも安くないでしょうに、気前がいいわねシスター。
「話を続けましょうか。お姉さんが……オクリビトが魔族と天敵とか人類の守護者とかなんとか言ってたけど、どういう意味?」
「それは魔族とオクリビト、それぞれの特性が関係しているのです」
「特性?」
「少し難しいお話になりますが、よろしいですか?」
「えーと……」
まいったなぁ、小難しい話が絡むのならお父さんたちと一緒に聞いておきたいんだけれど。
私もお姉さんほどじゃないけど、頭を使う話は苦手なのよ。
「……私でも分かるようにお願いできるかしら?」
「畏まりました。……あの、お嬢さんのほうには?」
「残念だけど、この人に難しい話を理解させようとするのは諦めてちょうだい」
「ひどくない!? 私だってちゃんとお話聞くよ!?」
「じゃあ一緒に聞いててちょうだい。私が分かんなかったところをお姉さんに後で聞くから」
「うん! まかせてー!」
どうしてこんなに自信満々なのかしら。
1ミリも理解できる気がしないけれど、他ならぬ本人の話だし聞かせるだけ聞かせておこう。
「それでは、まず魔族が人間を襲う理由からお勉強していきましょう」
「はーい!」
「……はーい」
小さな子供に文字を教える時なんかに使う、お勉強用の黒板を持ち出してきた。
確かにこれなら分かりやすいかもしれないけど、なんだか屈辱的な気分だわ……。
お手製のチョークをカツカツと鳴らしながら、黒板に簡単な絵を描きながらシスターが説明を始めた。
「魔族は人類と違い『加護』を持っていません。その代わりに悪魔から授かった『呪福』と呼ばれる能力を宿しています。このあたりは前に説明しましたね」
「ええ」
「『加護』は努力や鍛錬によって成長し、より強い効果を持つようになります。珍しい例ですが、努力次第で新たな加護を授かることもありますね」
「へー」
シスターが今教えているのは、ごくごく当たり前の一般常識だ。
加護は使えば使うほど強力になっていく。私の『剛力』の効果も最初はさほど強くなかったと思う。
毎日薪拾いや木こりなんかの力仕事をこなしているうちに、気が付いたらとんでもない怪力になっていた。
……結果、ガキんちょどもにゴリラとか言われるようになっちゃったけど。ファッキン。
「それに対し、魔族の『呪福』はどれだけ鍛錬を重ねようとも成長しません。努力すれば使い方自体は上手くなるでしょうが、効果そのものが強くなることはないということです」
「成長しない……?」
「はい。そのうえ、呪福はその強力な効果に見合った代償……いわばデメリットが存在するそうです」
「代償って、どんな?」
「例えば呪福を使用するたびに老化が進んだり、呪福を授かった時点で五感のいずれかが失われたりするケースもあるとか」
「不便な話ねぇ、同情するわ。……ん? でも、あの魔族は……」
あの魔族は、最初のうちは毒針の呪福を使う時に麻痺毒しか使わなかったのに、急に体を溶かして消し去ってしまう毒を使えるようになっていた。
使えないふりをしていた、というわけでもないと思う。
なにより、魔族自身も『毒針の呪福が成長した』と言っていた。
「シスター、あの魔族は呪福を成長させていたわ。最初は麻痺毒しか使えなかったのに、衛兵長を殺した後に、体を溶かして消してしまう毒を使えるようになってたの」
「!」
「鍛錬することでは成長できないって言ってたけど、他に方法があるんじゃないの?」
「……はい」
あの時、魔族が呪福を成長した時、何をしていた?
衛兵長の遺体を毒針で溶かしたその前に、何を―――
「呪福を成長させる方法ですが……人間の魂を、食べることです」
「……!」
「それも、食べた魂が身に宿している加護が強力なほど呪福も成長しやすいそうで、衛兵長が強力な『白兵戦』の加護を持っていたからこそ、呪福が成長したのでしょう」
「……やっぱり。あの魔族は私のことも食べようとしていたわ。ごちそうとかなんとか言ってたけど、要するに呪福を鍛えるために食べていたってことなのね」
強力な加護を持った人間の魂を食べるために、この村は襲われた。
衛兵長の『白兵戦』や……私の『剛力』のような。
それは、つまり……。
「……私の加護のせいで、私のせいで、村が、衛兵長が……」
「ポエルさん」
「……?」
「魔族が襲撃してきたのはあなたのせいなどではありません。断じて。もちろん衛兵長のせいでもない。たとえ強力な加護を持った人がいなくても、村は襲われていました」
「え……?」
「大きな街から離れている規模の小さな集落は魔族にとって絶好の餌場です。誰もが並の加護しか持っておらずとも人数が揃えば呪福の成長には充分。今回の襲撃は起こるべくして起こったことであって、決して誰かのせいというわけではありません。いいですね?」
「シスター……」
珍しく厳しい表情と声で、でも私にとって一番ほしかった言葉を言ってくれた。
村が襲われたのは、衛兵長が死んだのは、私のせいじゃないって。
……少しだけ、胸のつかえがとれた気がする。
「ごめん、もう大丈夫だから。……話を続けて、シスター」
「はい……さて、魔族が人間を襲う理由は分かりましたね? では、次は魔族の特性について学んでいきましょうか」
「特性って、まだ何かあるの? ……ていうか、お姉さん大丈夫? ついてこれてる?」
「だいじょーぶ! まだ眠くない!」
そう、偉いわね。
それはそれとして話の内容を理解してないのも分かったわ。
「……シスター、続きをお願い」
「は、はい。……魔族は強力な戦闘能力を持っているうえに、倒すことができたとしても時間が経てばいずれ復活してしまいます」
「復活って、殺しても生き返るってこと? ……あ、そういえばそんなこと言ってたわね」
お姉さんが魔族を倒し……アレを倒したと言っていいのか微妙だけど、とにかく魔族が死んだ後に、魔族は魂だけの状態でも活動していた。
その時に『主様』によって復活できるとかなんとか言ってたわね。
「魔族にとっての主、即ち『悪魔』は死んだ魔族の魂を呼び寄せ、それを媒介として新たな体を生み出して復活させることができるのです」
「それじゃあいくら魔族を倒しても、時間稼ぎくらいにしかならないってこと……?」
「本来ならば。しかし、魔族の復活を阻止する手段もまた存在します」
……話が繋がってきたわね。
いくら殺しても、魂さえ残っていれば復活する魔族を滅ぼす手段。
「それが、魔族の言っていた『オクリビト』ってやつ?」
「はい。魔族が人間の魂を喰らうように、魔族の魂を取り込み復活できないようにする存在。つまり……」
「んー?」
私とシスターが顔を向けた先には、お姉さんがとぼけた顔をしながら首を傾げていた。
「お嬢さん。あなたが魔族を滅することができる、人類の希望ということです」
「え? 私?」
「ええ」
「……えー」
話は分かった。当の本人は何も分かってなさそうだけど、理解はできたわ。
確かにお姉さんは魔族の魂を吸い込んでいた。本人も驚いてばかりで何がなんだかって様子だったけど。
要するに、魔族の魂が悪魔の下に帰る前に食べてしまえば復活できないって理屈も分かる。
……でも、理解はできても納得いかないわー。
ちなみに村を襲った女魔族ヴェノスティの呪福にも、代償となるデメリットがあります。
読心は『独り身であり続けること』。要するに恋人を作ってはいけない。
毒針は『他の魔族とともに行動しないこと』が条件です。一緒に戦ったりしちゃダメってことで、近くに魔族がいても意識的に協力しようとしなければ問題ないようですが。
他の魔族と連携すれば非常に厄介な存在だろうけれど、代償の問題で単独行動をせざるを得なかったわけですね。
だからこそ、独りでも戦えるように努力はしていたのに全部台無しにされました。哀れ。




