人類の守護者
今回序盤にちょっと読むのだるい部分があります。
その前後に◆マークをつけておきますので、面倒な方は読み飛ばしてください。
内容は『魔族を倒したけど結局避難するか魔族対策をして留まるかの意見に分かれたまま』とだけ分かってもらえればおk。
魔族の襲撃を受けてから三日後。
事後処理に追われつつも、村はどうにか落ち着きを取り戻しつつあった。
魔族襲撃の翌日は、魔族との戦いで命を落とした衛兵長を、村の皆で弔うことになった。
衛兵長がいなかったら、何人死んでいたか分からない。私も魔族にやられていたでしょうね。
「衛兵の長『プロテス・ストロング』、貴方の残した勇姿を我々は忘れません。あなたの遺志を、絶やさず継いでいくことを誓います」
「衛兵長に、敬礼っ!!」
集まった人たちの前でシスターが別れを告げて、衛兵長の赤い兜を棺に入れた。
遺体の入っていない棺桶を墓地まで持っていく衛兵たちは、酷く重そうに肩を落としていた。
思えば、衛兵長の名前を呼んだことなんか一度もなかったわね。
旅立っていく衛兵長を見送りながら、ふとそんなことを思ってしまった。
あんなに村の皆を守ってくれたのに、あんなに真剣に身を守る術を教えてくれたのに。
……こんなことになるなら、もっとたくさんお話しておけばよかったわ。
◆
衛兵長の埋葬が終わった後、この村の今後についてまた話し合うことになった。
ぶっちゃけ前回の会議と大して変わらない内容だったけれど。
もう魔族の脅威は去ったから避難は中止して今後もこの村に留まろうという保守的な意見。
それに対して、今回の襲撃が終わったからといって、他の魔族が襲ってこないとは限らない。魔族による脅威が取り除かれるまではもっと大きな街へ避難しておくべきだという能動的な意見。
大きく分けてこの二つの意見が村人たちの総意ってわけ。
どちらの考えも頷けるし、しかしどちらにも問題がある。
避難しようにも、避難先が村人全員を受け入れてくれるのかどうか分からない。
他の村だって避難しようと考えるだろうし、新たな生活基盤を築くまでどう生きていけばいいのかも考えなければいけない。
かといって村に留まっていれば、また魔族が襲ってくるかもしれない。
もう衛兵長はいない。私も魔族と戦ったけれど、あっさり無力化されてしまった。
どの魔族もあの女魔族と同じくらいの強さだとしたら、もうこの村を守れる人はいない。
再び襲撃を受けた時点で詰む。
え、お姉さんは戦えないのかって? 無理。
先日のアレは奇跡と偶然とドジがアホみたいな噛み合い方した結果だから。
仮にもう一度あの魔族とやり合えって言われたら普通に殺されるわ。毒が効かないっていっても他の殺し方なんかいくらでもあるし。
さて、現状の問題に対する解決策は二つ。
一つ目は村人全員を受け入れられるくらい大きな街へ引っ越すこと。
ただ、そこまで大きな街へ行くのにどれだけ時間がかかるか分からない。
村人たちへの負担も大きいし、できれば避けたい手段ではある。
もう一つは逆にこの村へ魔族と戦えるくらい強い腕利きの用心棒や兵隊を雇うこと。
人を雇うと費用がかさむけれど、村人全員で引っ越すよりはまだ現実的な手段ではある。
できれば雇っている間に村の衛兵たちを鍛えてもらって、魔族と戦えるくらい強くしてもらえれば言うことなしだ。
これまでは野生動物や山賊といった相手を想定した訓練が主だったけれど、魔族相手の訓練を進めていけば衛兵長のように魔族とやり合えるようになるかもしれない。
……問題は、そんな腕利きでなおかつ教官気質な人がこんな辺境の小さな村へ来てくれるのかどうかって話なんだけれど。
昨日と一昨日はそんな具合に大した進展のないまま過ぎてしまった。
魔族を倒したはずなのに、村の状況は何も変わっていないのがまたやるせないわね。
引っ越すにしろ用心棒を雇うにしても、誰かが他の街まで足を運ばなければならない。
次の馬車の便が来る時に村長直々に行くということでどうにか話がまとまったけれど、次に魔族が襲撃してくるまでに間に合うんだろうか。
ちなみに次に馬車の定期便が来るのは一週間後。そこから街へ赴いて最短で話がまとまったとしても、軽く1ヶ月はかかる見込みだとさ。
◆
・・・・・・・。
はぁ、やだやだ。
なんでこんなにウジウジグダグダと悩まなきゃならないのかしら。
というか、私も村のガキの一人に過ぎないのよ? こういった難しい話は大人たちがまとめればいいじゃないの。
私が口を出せる問題じゃないし、後はもうなるようになれだ。
よっぽど理不尽なことでも言われない限りは文句も言わないでおこう。
さてさて、私は私で今後の身の振り方を考えるためにまとめておかなきゃいけない話がある。
お姉さんのことについてだ。
「またシスターさんのところに行くの?」
「ええ。アンタのことについてちょっとお話があるのよ」
「そっかー」
木こりの仕事が済んだ後、そのまま能天気な様子のお姉さんと二人だけで教会へと足を運ぶことに。
斧を家に置いてきてもよかったけど、まあすぐ終わる用事だろうしこのままでいいか。
ちなみにお父さんは魔物や魔族に壊された村の建物なんかの修繕を手伝っているため欠席。
思ったより結構な数の魔物が襲撃していたみたいで、あちこち台風が直撃したような有様になっていたわね。
お母さんはお説教した後に、思ったより体力を消耗したみたいでまた寝込んでしまった。
病気がぶり返したわけじゃないけど、魔族騒ぎの一件が精神的にもかなり負担になっていたみたいだ。
……仕方がなかったとはいえ、やっぱり罪悪感があるわね。
「あ、ゴリラ! おーい!」
「こないだはありがとな!」
「魔族と戦うなんてすげぇなゴリラ! ネエちゃんも無事でよかったぜ!」
「よーし、全員そこに並びなさい! 地面に埋まる勢いで引っ叩いてやるわ!!」
「わー! にげろー!!」
道中、例のガキんちょどもに声をかけられたけどホント腹立つわねこいつら!
……足の速さじゃ敵いっこないし、今は見逃してやるわ。くっそ。
「コラー! ゴリラって言っちゃダメって言ってるでしょー!」
「追いかけなくていいわよ。あんまりシスターを待たせるのも悪いし」
「むー!」
お姉さんが頬を膨らませながら憤慨してるけど、ここで追いかけっこされても困るからやめなさい。
……怒ってくれるのは、悪い気はしないけれど。
「いらっしゃいませ、ポエルさん、お嬢さん」
「こんにちは、シスター。お邪魔するわ」
「こんにちはー!」
教会に着くと、シスターがわざわざ出迎えてくれた。
この人も忙しいでしょうに、こうして時間を割いてくれるのはありがたい話だわ。
挨拶が済むと応接室に案内されて、お茶を淹れながらシスターが話を始めた。
「それではお話ししましょうか」
「ええ、忙しいでしょうにごめんなさいね」
「いえいえ、とんでもない。……とても大事なお話ですから」
シスターの優し気な笑顔に、どこか陰りを覚えたのは気のせいだろうか。
私が聞きたいのは、お姉さんについてのことだけのはずだけど、そんなに深刻な話なのかしら。
「単刀直入に聞くわ。魔族がお姉さんに向かって言ってた『オクリビト』って何?」
「……簡潔に結論から言うと、オクリビトとは魔族の天敵。いわば人類の守護者とでもいうべき存在なのです」
「じ、人類の、守護者……?」
「はい」
「マジで言ってる?」
「大真面目です」
「あっちゃぁあー!? あっつい! 口の中やけどした!」
真面目な話をしている横で、啜ったお茶を噴き出しながら騒ぐお姉さん。
涙目で真っ赤になった舌を出してひぃひぃと必死に冷ましている。
「これでも?」
「…………信じられない気持ちは痛いほど分かりますが、本当なんです……」
あまりのポンコツぶりにさすがのシスターも頭を抱えているけれど、どうやら本気で言っているようだ。
訂正するなら今のうちよ。え、ホントにホントですって? えぇー……。
お読みいただきありがとうございます。