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この人に感謝を


 魔族の討伐と解毒処置が終わった後、シスターから話があると声をかけられた。

 私たち三人だけにしかできない話みたいだけど、なるべく早めに終わらせて家に帰ってお母さんを安心させたいなぁ……。



「それほどお時間はいただきません。ただ、そちらのお方……今更失礼ですが、お名前は思い出せましたか?」


「んー、全然。テキトーに呼んでいいよー」


「そういうわけにも……仮名などはないのですか?」


「元の名前を思い出しにくくなると思って付けてないが、俺とアンナは『お嬢』って呼んでるな」


「便宜上の呼び方というわけですか……ご本人が納得されているのであれば、私もそう呼ばせていただきます」



 仮の名前すら付けないのは普通に考えてちょっと可哀そうな気もするけど、元の記憶の邪魔になるかもしれないなら仕方ないのよね。

 いや、ホントに思い出すことの妨げになるのかは分かんないけど。記憶喪失の詳しい治療法なんて誰も知らないし。



「それで、話というのは?」


「はい。今回の魔族による襲撃ですが、魔物は衛兵長が全て討伐されていましたので、魔族が倒れた時点で一安心といった状況です。……衛兵長が亡くなってしまったのは、本当に残念でなりませんが」


「……ああ、そうだな」


「そして、魔族を倒すことができたうえに毒によって侵された人たちが助かったのは……お嬢さん、あなたのおかげです」


「へ? 私?」


「ど、どういうことだ? お嬢が、なんだって……?」



 ……ぶっちゃけすぐ傍で見ていた私ですら、今でも信じられない。

 あんなタチの悪い冗談みたいな流れで魔族を倒すわ、魔族の魂を食べるわ、挙句の果てにお姉さんの血に触れた人たちの毒が消えるわで、ここ数十分の情報量が多すぎる。



「まずお嬢さんの血に触れた人たちが助かった理由ですが、ほぼ確実に『浄血』の加護によるものでしょう」


「『浄血』? それは、どういった加護なんだ?」


「いかなる猛毒も疾病も、不治の病ですらも罹ることがなくなると言われる大変に希少な加護です。生まれつき持っている人は世界に数えるほどしかおらず、自力での獲得も困難を極めるとか」



 その加護のおかげで、お姉さんには毒が効かなかったってわけね。

 まさかそんな珍しい加護を持ってるなんて思わなかったけど……。



「そして『浄血』の加護は、自身から流れて間もない血に触れた者の体を蝕む毒や病をも打ち消すことができるそうです」


「えーと……つまり、お姉さんの血は塗るだけで毒や病気が治る万能薬みたいなもんなの?」


「その通りです」


「なんとまあ、とてつもなく強力な加護だな……」


「だから毒で倒れてた皆や私も治ったってわけ……か………?」



 待って、ちょっと待って。

 血に触れた者の、いかなる毒や病をも、治す?

 毒だけじゃなくて、病気も?



「まさか、お母さんの病気が治ったのも……?」


「お嬢さんの血に触れる機会があったからではないでしょうか。……心当たりは?」


「そういえば、お姉さんの鼻血を拭ってから、急に息がしやすくなったって言って、次の日の朝にはご飯をおかわりできるくらいに食欲が戻ってたわ……」


「ってことは……お嬢は……」



 認めたくないけれど、気付いてしまった。

 この人は、お姉さんは……。



「……俺たち家族全員の、命の恩人だってことか」


「オンジン? なにそれおいしいの?」



 ……そしてこの恩人の言い草である。煮ても焼いても食えそうにないわよアンタは。

 ああくそ、なんで今更になってこんなことに気が付くのよ!


 告げられた情報に内心頭を抱えていると、シスターがお姉さんの手を取って、頭を下げながら震えた声で礼を言った。

 下げた頭から、滲み出た涙がポタポタと滴り落ちている。



「ありがとうございます、あなたのおかげで、沢山の人が助かりました。ありがとう、ありがとうっ……!!」


「え、えーと……どーいたしまして?」


「俺からも礼を言わせてくれ! お嬢がいなきゃ、アンナもポエルも俺も、村の皆も殺されてた! ありがとう、お嬢っ!!」


「えー、あー、うん、よかったねー」



 お父さんまで一緒になってお姉さんに頭を下げながら、ひたすらに感謝を述べている。

 当たり前だ。

 命の恩人に頭を下げて礼を言うのは、当たり前のことなんだ。



「え、えーと……なんだか分かんないけど、どうしようポエルちゃん……。? ポエルちゃん?」


「お姉さん」



 当たり前のことだったのに。

 もっと早く、言わなければいけないことだったのに。





「……あ、ありがとう。アンタのおかげで、助かったわ」




 この人への感謝を。

 助けてくれてありがとうって、もっと早くお姉さんに言わなきゃいけなかったのに。



「っ!!」


「!? ぬわぁああっ!?」



 ズザザザッ と地面を引き摺るような音。

 お姉さんが私に覆い被さるように抱き着いてきて、そのまま勢い余って地面をスライドした。



「えへへ、えへへへへ……! ポエルちゃんが、ありがとうって言ってくれたー!」


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って、苦しい、マジで苦しいからやめなさいアンタ……!!」



 またいつもみたいに胸に頭を埋められるくらいは予想していたけれど、それに加えて手足でガッチリとホールドされている。

 う、動けない……! 力ずくで引き剥がそうにも絶妙に解きにくい手足の絡ませ方してて脱出できないんだけど……!!



「尊いですねぇ」


「仲が良いなぁ」



 そこ! 見てないではよ引っぺがしなさい!

 どう見ても仲が良いとかいうレベルの密着具合じゃないでしょうが!

 あががが、や、ヤバいマジで窒息して死ぬ! 死んじゃうからいい加減離れて!!



「ぐうぅっ……! ふんんっ!!」


「ふぎゃっ!?」



 あんまりにもしつこく抱き着いてくるもんだから、拘束が緩んだわずかな隙に頭を叩きのめしてしまった。

 さすがに効いたのか、抱き着く手を放して動かなくなった。

 し、死ぬかと思った……魔族との殺し合い並みに命の危機を感じたわ。



「はぁ、はぁ、はぁ……そ、それで、お姉さんに『浄血』っていう加護があることと、私たちだけに話をしたのには何か関係があるの?」


「はい。……あの、大丈夫でしょうか。頭を叩いた時にすごい音が……」


「平手打ちだから大丈夫よ」


「きゅぅ……えへへ……」



 のびて床に寝っ転がるお姉さんの顔は、目を回しながらもどこか嬉し気に笑っていた。

 ……感謝されたことがそんなに嬉しかったのかしら?



「コホンッ……話を戻しましょうか。結論から言いますと、『浄血』の加護のことは無暗に公表するべきではないと考えています」


「え、なんでよ? こんなすごい加護があるなら医者いらずじゃないの。私のお母さんみたいに、治せない病気に苦しんでいる人たちだって治せるようになるじゃない」


「そう、極端な話をすれば浄血の加護さえあれば医者も薬も必要ありません。もっとも、外傷や環境の変化あるいは疲労などによる体調不良は対象外らしいですが、それでも充分すぎるほどでしょうね」


「なら……」




「そんな強力な加護を持った者ならば、私欲のために独占したいと思う人間が必ずいるはずです」




「!」


「事実、浄血の加護を持って生まれてきた人は加護の内容が判明した時点で教会で保護、という名目の軟禁状態で管理されることが多く、自由とは縁遠い生活を強いられることになります」


「教会って、シスターのいるところの?」


「ええ。正確には教会の本部ですね。ここは人の少ない小さな村ですので派遣されているのは私一人だけなのですが、都会や本部の教会はもっと規模が大きく運営している人員も多くいます。そして……」


「? ……シスター?」



 シスターが一瞬、ほんの一瞬だけ眉間に皺を寄せた気がした。

 わずかな表情の変化だったけれど、今のは……?



「大きな組織というものは、一枚岩ではありません。何千人もの人員によって運営されている教会という組織は、決して綺麗ごとだけでは回らないのです」


「それって、どういう意味?」


「教会の大義は神の名のもとに、迷える者、貧困にあえぐ者、罪に苦しむ者、そういったこの世界に生きることに苦しむ人々が、神の御許へ召されるその日まで安らかに生きられるように救いの手を差し伸べることです」


「何度も聞いたわ。実際、シスターには何度も助けられてるし、綺麗ごとだけのお題目ってわけでもないのは分かってるわよ」


「……ありがとうございます」



 私がそう言うと、少し陰りが混じった優しい笑みを浮かべた。

 褒められて照れてるっていうよりも、どこか申し訳なさそうな顔に見える。



「その大義を建前に、浄血の恩恵を独占しようという者が教会の上層部の中にもいるのです。教会の一員としては、恥ずべき話ですが……」


「つまり、おおっぴらにお姉さんの加護を公表したらそういった連中の耳に入る危険性があるから、隠しておこうってわけ?」


「そういうことです。仮にお嬢さんが教会の管理下に入っても、アンナさんのように難病で苦しむ者ではなく富豪や貴族のためにその力を使わされることになるかと」


「……ロクなもんじゃないわね。それならまだ黙っといたほうがよさそうだわ」


「シスターはそれでいいのか? 君も教会に入ってるのなら、上に報告とかの義務が……」


「お気になさらず。今、お嬢さんに帰る場所があるのなら、教会へ行くより生きていくほうが彼女は幸せでしょうから」


「シスター……」


「記憶が戻ったのであれば、その時に考えましょう。どちらにせよ教会へ身を預けることはお勧めしません」



 記憶が戻れば元の生活へ、戻らなければウチの家で生きていくべきだとシスターは言ってくれた。

 ……どうやら教会の上層部に対してはシスターも思うところがあるみたいね。



「そういうことなら黙っておくさ。ただ、アンナにだけは話しておきたい。あいつもお嬢に命を救われてるからな」


「きちんと口止めをして、ジョーイさんの家庭内で情報を留めておくのであれば問題ないかと。ただ、毒に侵されて倒れていた人たちや村の方々には黙っておいてください」


「ああ、分かってる」


「さて、これ以上お話が長くなると周りにいる人たちから不審に思われるかもしれません。今後の詳しいお話に関しては、また後日教会でするべきかと」


「そうだな。……シスター、世話をかけるな」


「何も気に病むことはありませんよ。それより、早く帰ってアンナさんを安心させてあげてください」


「そうしよう。ポエル、お嬢、帰ろうか」


「うん」


「はーい」



 ……あー、しまったなー。

 お母さんの制止を振り切って強引に出ていったもんだから絶対に心配してるわよね。

 どう言い訳したもんかしら。とりあえず土下座して謝っとくしかないか。うん。


 ……でも、最後にこれだけは聞いておかなきゃ。






「ところでシスター、『オクリビト』って言葉に聞き覚えは?」


「っ!!」



 オクリビトと聞いた時、驚きの表情を隠すこともせずにシスターが目を見開いた。



「魔族が死んだ後、その魂がお姉さんに吸い込まれたのは見えた?」


「……はい」


「吸い込まれながら魔族が言っていたオクリビトっていうのがなんなのか、どうしてお姉さんに魔族の魂が吸い込まれたのか、シスターは……」


「話すと長くなりますので、その件については後日に詳しくお話します。早く知りたい気持ちは分かりますが、今日のところは帰ってお休みになってください」


「そう……じゃあ、またねシスター」



 魔族の言っていたオクリビトっていうのがなんなのか、シスターは知ってるみたいね。

 それを今すぐ伝えないのは本当に時間がないからか、それとも……。

 ……考えても仕方がないわね。また改めて話を聞くことにしましょうか。


















「何か言うことは?」


「ごめんなさい」

「ゴメンナサイ」


「ア、アンナ、怒りたい気持ちは分かるが、この子たちが来てくれなきゃあの魔族に―――」


「お黙り」


「アッハイスミマセン」



 ……案の定、家に帰った時にはお母さんが魔族顔負けの迫力で私たちを出迎えてくれた。

 やっぱすごく怒ってた。私もお姉さんも言うことを聞かずに魔族と戦ったんだから当然だ。


 てか笑顔が怖い。一見穏やかな顔なのに目が笑ってない。滅茶苦茶怖い。

 私もお姉さんも反射的に滑り込みながら即土下座するくらい怖い。怖すぎる。


 その後、晩御飯の時間になるまでお母さんから説教されて、ずっと正座で土下座しっぱなしだったからしばらく足が痺れて動けなくなりました。

 泣くほど怒られた。ちなみに泣いてたのは私たちじゃなくてお母さん。自分が泣かされるよりずっとつらかった。

 ……魔族との戦いのせいか長時間の土下座のせいか、ベッドで寝るころには筋肉痛で地獄を見るハメになったわ……うぐぐ……!!



 お読みいただきありがとうございます。


 ちなみに『浄血』は大抵の毒や病気は無効化できますが、お酒を飲むと普通に酔っぱらいます。

 ただ急性アル中のような重篤な症状にはならないというご都合主義な効果だったり。

 あと気温の変化による熱中症や低体温症、外傷や過労による体調不良なども加護の効果の対象外。

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