第一章 分かんない覚えてない身寄りってなにそれおいしいの?
例によってあとがきにAI絵あり。キャラ紹介とともに載せてます。
多分5話くらいまで毎回あとがきにAIの絵を載せてますので、苦手な方はご注意を。
さらにおっぱい系の絵が多いのでそちらの面でも要注意。今回はペッタンコですが。
「それで、そのお嬢さんを連れて帰ったと?」
「……うん」
「お世話になりましゅ! ……噛んじゃった」
薬草採取の帰りに、森の中でトラに襲われていたこのお姉さんを助けてから帰宅したところだけれど、なんとも微妙な顔をしながらお父さんが迎えてくれた。
気持ちは分かる。いきなりこんなの連れて帰ったら誰だってそんな顔になるわ。
「お嬢さん、名前は?」
「分かんない!」
「……どこからきたのかな?」
「覚えてない!」
「…………身寄りは?」
「みよりってなに?」
「重症だな」
「重症でしょ」
「? この子が守ってくれたからケガはしてないけど?」
そういうことを言ってるんじゃないわよ。あと重傷じゃなくて重症。
私が助けたこのなんとも残念なお姉さんは、どうやら記憶喪失らしい。
自分の名前すら覚えていないようで、気が付いた時には森の中を彷徨っていたんだとか。
放っておくとまたそのへんの獣に襲われかねなかったので、仕方なく連れて帰ることにした。
村の人たちにも協力してもらって、このお姉さんの家族が見つかるまでは家に置いてもらおうとしたわけだけれど……。
このあたりでこの人に似た容姿の人なんか見たことないけど、本当にどこからやってきたのかしら。
「とりあえず、近所の人たちにそのお嬢さんに心当たりがないか聞いてくる。何もない家だが、まあ帰ってくるまでゆっくりしていてくれ」
「ありがとーございまーす!」
「……元気なお嬢さんだ」
半分呆れたように苦笑いしながら、お父さんは近所の家のほうへ向かっていった。
なにか分かるといいけれど、あまり期待できそうにないわね……。
ぐうぅ~~……。
出かけていくお父さんの背中を眺めていると、お姉さんのお腹からなんともベタな空腹を告げる音が鳴った。
「おぉ……? なんかお腹が鳴った! なに今の音!?」
「お腹が空いてるの?」
「うん? そういえば、さっきからお腹が切ないような苦しいような……恋かな?」
「なんで恋とか覚えてるのに空腹っていうものを忘れてるのよ……。そろそろ夕飯時だし、ご飯にしましょうか。お芋のシチューと黒パンくらいしかないけど」
「ありがとー! ゴチソウになりまーす!」
たかが食事でなんでこんな大はしゃぎできるのかしら。
この人、外見は二十歳前くらいに見えるのに、言動や振る舞いはまるで小さな子供みたいだ。
どんな環境で育ったらこんなおバカな大人になるのやら……。
「ねぇ、なにかお手伝いできることあるかな?」
「じゃあ、お芋の皮むきとかできる?」
「かわむき? 川の向きをどうするの?」
「……やっぱりなにもしないで座ってて」
「えー、私もなにかやりたいー!」
「いいから座ってなさい」
後ろでうるさく騒ぐお姉さんをあしらって、夕食の支度を始めることにした。
トラの肉が手に入ったからシチューに入れてみようかな。
血抜きがちょっと不十分だけど、時間がなかったし仕方ないわね。
「あのさ、ちょっと聞いていい?」
「どうしたの? シチューならまだもう少しかかるから待ってなさい」
「ちがーう!」
しばらく調理を進めていると、お姉さんが声をかけてきた。
空腹に堪えきれなくて急かしてきたのかと思ったけれど、どうやら違うようだ。
「そうじゃなくてさ、あなたのお名前を聞いてなかったなーって」
「『ポエル』よ。アンタのほうはまだ思い出せないの?」
「うん、ぜーんぜん。さっぱり分からないやアハハ」
「はぁ……」
笑いながら言うことじゃないでしょうに。
ここまで能天気でいられると逆に感心するわ。
「あともう一つ、聞いていい?」
「今度は何?」
「となりのお部屋で寝てる人、誰?」
「っ! ……母よ。よく気付いたわね」
「ふーん」
少し、驚いた。
今は発作も落ち着いて眠っているようだからそっとしておいたけれど、なんで隣の部屋で物音ひとつ立てていないはずのお母さんに気付いたのかしら……。
「病気で寝込んでるから、部屋には入らないでね」
「はーい!」
「……あと、なるべく静かにして。無理に起こしたくないから」
「 」
ほどよく煮えたシチューと黒パンだけの夕食を配膳して、今日もご飯を食べられることに感謝を捧げてから口へ運んだ。
うん、ちょっと生臭いけどトラの肉も悪くないわね。香草で臭いも抑えられてるから食べられないこともない。
滋養がありそうだし、これを食べて少しはお母さんも元気になるといいな。
……?
お姉さんが食事に手を付けずにこちらをじっと見つめているけれど、どうしたんだろうか。
「ぼーっとしてどうしたのよ。食べないの?」
「んー、ご飯食べてるポエルちゃんかわいいなーって思って」
「……黙ってアンタも食べなさい。早くしないと冷めるわよ」
「はーい。……おお? この黒いのボソボソしてて固い。あはは、なにこれ変なの!」
黒パンに齧りつくと、笑いながらそんなことを言った。
何がそんなに可笑しいのかしら。
「黒パンがそんなに珍しいの? 普段は何を食べてたの?」
「んんん、思い出せないけど、とりあえず口の中がパサパサだからお水をください……」
「はいはい。黒パンの触感が苦手ならシチューに浸しながら食べなさい」
「はーい。……あちちちち! あっつ!?」
「シチューは冷ましながら食べなさい。まったく、ご飯の食べ方まで忘れてるなんて……」
「あぅあぅ……」
……まるで出来の悪い妹でもできたように感じてきた。
どう見てもこのお姉さんのほうが年上なのに、まるで幼児でも相手してるような気分になってくるわ。
黒パンを食べ慣れていないとなると、普段は何を食べていたのかしら。まさか白パンとか?
だとしたら贅沢ねぇ……。
「っ!」
「? どうしたの?」
「なにかくる! ……ま、まさかまた、トラ……!?」
しばらく黙々と食べ続けていると、急にお姉さんが扉のほうへ向き直り声を上げた。
いったい何を警戒してるのかしら。……って、その扉は……。
お姉さんが向いているほうの扉が開き、誰かが顔を見せてきた。
「……あら、お客さん?」
扉から入ってきたのは、お母さんだった。
この人が騒いでいるのを聞きつけて、起きてきてしまったみたいだ。
すっかり痩せ細ってしまった顔で微笑みながら、お姉さんに声をかけている。
「ひぃい!? トラが喋った!?」
「……トラ?」
「落ち着きなさい。どこをどう見たらトラに見えるのよ」
「……あ、ごめんなさい。よく見たら違ったや。あはは……」
「よく見なくても違うでしょうが、もう」
「あらあら、元気な人ね。……ポエルのお友達かしら?」
「違うわ。森で獣に襲われてるところを助けたのよ。なんにも覚えていないみたいで身寄りが分からないから、しばらくウチで預かることにしたの」
「まあ、それは大変ね。何もないところだけれど、ゆっくり休んでいって……けほっ、こほっ……!」
「お母さん、寝てなきゃダメよ。ほら、ご飯なら運んであげるから、お母さんは休んでて」
寝室からここまで歩いてくるだけでもつらそうなくらい、今のお母さんは弱り切っている。
現に今も血の混じった咳をして苦しそうに胸を抑えて……っ!?
「けほっ、ゲホッ……! ヒューッ、ひゅー……!!」
「お、お母さん! どうしたの!? ……っ!」
痰が喉に詰まったのか、壊れた笛でも鳴らしているかのような嫌に甲高い音がお母さんの喉から発せられている。
いけない、まともに息ができなくなっているみたいだ!
背中を叩いて喉に詰まった痰を吐き出せようとするけれど、なかなか出てこない。
まずい、このままじゃ……!
「だ、大丈夫!? ……びぎゃっ!?」
お姉さんも心配しながらこちらに駆け寄ってきたけれど、自分の足に引っかかってコケた。
顔から思いっきり床に叩きつけられて悲惨な状態になっている。
……痛そうだけど、今はそっちにかまっている暇はない。
「ヒュッ、ヒュゥッ、はっ、ハッ……!」
「吐き出して! お願い……!」
「ケホッ、かはっ! ……はぁ、はぁ、はぁ……」
「! お母さん、大丈夫!? 息はできる……!?」
「ご、ごめん、なさい、もう、大丈夫、よ……」
「……よかった」
一際大きな咳と同時に、血の塊のような赤黒い痰が吐き出された。
どうにか吐き出せたみたいだけれど、今ので相当消耗したらしく息を切らしながら汗だくになっている。
「だ、大丈夫なの!? 血まみれじゃん!」
「騒がないで、お母さんの体に障るから。……っていうかアンタこそ鼻血で血まみれじゃないの」
「へ? ……ぬわぁ!? 血が! 鼻から血が! なんじゃこりゃー!!」
さっきコケた拍子に床と顔面キッスしたせいか、お姉さんの鼻から血が垂れてしまっている。
……美人が台無しだわ。本当に残念ねこの人。
「あらあら、けほっ……そのままだと、服にまで血がかかっちゃうわ。ほら、すぐに拭かないと、けほっ……」
「あぅ……」
「お母さん、それくらい自分でやらせればいいわ。いいからもう休んで」
咳きこみながらお姉さんの鼻から垂れた血を手で拭っているけれど、これ以上無理に動くと病状が悪化しかねない。
早く休ませないと。
……ん?
「? ……?」
お姉さんの血を拭った後に、お母さんが困惑したような顔で喉を抑え、しばらくぼうっとしながら動きを止めた。
驚いているような困っているような、なんとも言えない表情のまま固まったのを見て思わず声をかけた。
「お母さん、どうしたの?」
「いえ……痰を吐き出したからかしら、随分と息が楽になったみたいだわ」
「そう? ……でも、きっと一時的に楽になってるだけよ。今日はもうゆっくり寝たほうがいいわ」
「そう、ね。それじゃあ、ごめんけど休ませてもらうわね……」
「肩を貸そうか?」
「大丈夫よ、ありがとね」
そう言いながら、寝室に戻っていった。
気のせいか、足取りがいつもより軽いように思えたけれど、あまり無理はしないでほしいわ。
「あぅあぅあぅ、鼻に血が詰まって気持ち悪いぃ……」
「……ほら、チリ紙。チーンしなさい」
「あ、ありがと……スビビビビヂィィインっ! ……うわぁ、チリ紙が血だらけだぁ……ってまた血が出てきたんだけどあわわわわ!」
「勢いよくかみすぎなのよ。もう少し弱めにしなさい」
ああもう、要介護の人間が一人増えたのがこんなにも疲れるなんて。
衰弱してるお母さんはともかく、この人は無駄に元気なんだから自分のことくらいは自分でやってほしいわホントに……。
鼻血まみれで鼻をかんでいるお姉さんを眺めながら、この時の私は呑気にそんなことを思っていた。
この人と関わったことで、私の周りの環境が激変することになるなんて知る由もなく。
良くも悪くも、状況は大きく動き始めていた。
キャラ紹介
おねロリのロリのほう、主人公の一人『ポエル』。
現在10歳、来月には11歳になる。
髪は金髪というよりも鮮やかな黄色いセミロング。目は紫色。
とある事情からとんでもない馬鹿力。その気になれば素手で野生のクマやオオカミを殴り殺せるくらいのフィジカルを有している。
物理法則を無視した怪力ぶりだが、この世界の『加護』という要素が原因。
本人は自分の怪力ぶりをあまり好ましく思っていないが、なんだかんだで便利にも思っている。
大抵の面倒事はとにかく腕ずくで解決できるが、腕力でどうしようもない事態には滅法弱い。脳筋。
歳の割に大人びた考え方をしているけれど、自分じゃどうしようもない事態に陥った時には幼児退行、というか歳相応の感情を表に出すこともある。
お姉さんが隣にいるせいでツッコミ役に回ることが多いが、脳筋のボケ役に回ることも多々ある。
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