絶望の真打登場
「あははっ! 頑張るじゃなぁい、針でチクッと刺されれば終わる状況でよくやるわねぇ」
「その前に貴様の首をストンと落としてやるわぁっ!!」
衛兵長も魔族も、多少の掠り傷は負ってるけどいまだに決定打を入れられていない。
実力は互角。なら、そこに私が加われば均衡は崩れるはず!
「ぜぇぇええいいっ!!」
「! ポエル!?」
「わぁお! すごいわお嬢ちゃん! あの毒を受けてよく動けるようになったわねぇ!」
不意打ち気味に斧を振り下ろしたのに、余裕綽々で笑いながらかわされた。
くそ、毒で動きが鈍って上手く振れなかったせいかしら。掠りもしなかったわ。
「何をやっている! 危ないから下がっていろ!」
「私も戦うわ。私を盾にしてでもアイツを仕留めて、衛兵長」
「たわけっ!! 民を盾にする兵士がどこにいる! バカなことを抜かすと本当に怒るぞ!!」
「いいのよ。私、もう助からないみたいだし」
「なに……!?」
「アイツの毒、完全には解毒できないってシスターが言ってたの。こうやって立ってられるのも、ほんの少しの時間しか無理っぽいわ」
「解毒できない……!? 致死性の毒なのか!?」
「ええ。……倒れてる人たちも、お父さんも、皆……」
「ぐっ……! なんたることだっ……!!」
私の言葉に悲し気に眉を八の字にしながら、顔全体に怒りの溝を刻んで表情を歪めている。
気持ちは痛いほど分かるわ。……ホントは私だって死にたくないし、誰も死なせたくなんかなかったのに……。
「私に気を使う必要はないわ。ただアイツをぶちのめすために、最期まで戦わせてちょうだい」
「……分かった」
苦々しく顔を歪めつつも、私の言い分を受け入れてくれた。
魔族に向かって構え直しつつ、どう連携しようかを考えているところで、衛兵長が口を開いた。
「生きることを諦めるな」
「え?」
「もしかしたら、土壇場で助かる方法が見つかるかもしれん。忘れるな、お前が一緒に戦うことを許したのは『どうせすぐに死ぬから』ではない! あの魔族を倒して、明日を生きるために戦うのだ!!」
「衛兵長……」
……この人がいてくれてよかった。
助かる見込みなんてどこにもないのに、衛兵長の激励のおかげで随分と心が楽になったわ。
「暑苦しい口上ねぇ。そんなこと絶対にありえないのに、士気を上げるのに必死なこと」
それを、魔族がゆっくりと拍手しながら嘲笑っている。
人を煽るのがそんなに楽しいのかしら。性悪女め。
内心悪態を吐きながら歯ぎしりしていると、急に魔族が真顔になって衛兵長を睨みつけた。
「んん? ……どうやら本心で言ってるみたいねぇ。なおのこと滑稽だわぁ」
「貴様に人の心が分かるのか? 人殺しに罪悪感も抱かぬ冷血鬼風情が、知ったような口を叩くな!」
「……分かるわよ。この世の誰よりも私は、ヒトの心を理解しているわ。そんなの、全部ゴミみたいなものだってねぇ!」
何か逆鱗に触れたのか、急に機嫌悪げに顔を歪めて声を荒げてきた。
口元だけは笑っているけど、怒りを隠しきれていない。
「あなたたちはとてもお綺麗な心をしているわねぇ。それも、いずれは汚れてゴミになるに決まってるわ! その前に、綺麗なまま死んでエサになってちょうだぁい!!」
「意味分かんないわよ! アンタが死になさいっ!!」
「くるぞポエル! 注意しろ!!」
両手に毒針を構えながら、女魔族が襲い掛かってきた。
さっきまでの飄々とした態度はどこへやら、肉食獣を思わせる獰猛さを浮かべた顔で突っ込んでくる!
「ちっ!」
「遅いわぁ!!」
迎撃しようと斧を振ったけれど、軽く避けられた。
まるで当てられる気がしない。激高しても、私の攻撃くらい余裕で避けられるってか。
そのまま私に毒針を突き刺そうとしてきたけれど―――
「そうはさせんっ!」
「っ! 鬱陶しいのよぉ!!」
衛兵長が割って入って、毒針を剣で弾いた。
イラついた様子で衛兵長へ矛先を変えた隙に、素手で追撃。
私の腕力で殴られればただじゃ済まない。
たとえ腕や足で防いだとしても、当たった部分に大きなダメージが入る。
それをこの魔族も分かっているのか、私の攻撃は受けず確実に避けるように立ち回っている。
そのせいで攻めきれないでいるのが目に見えて分かった。
……ただ、このまま時間が経てば負けるのは私たちのほうだ。
「ポエルッ!」
「ええ!」
しばらく打ち合っているうちに、衛兵長も私と同じ結論を出したのか大声で私を呼んだ。
もうあまり時間がない。これ以上戦いが長引けば、私は毒のせいで動けなくなる。
だから、今すぐこの魔族を倒すっ!!
「でぇりゃぁあっ!!」
「うっ……!?」
地面を思いっきり蹴り上げ抉り取って、魔族に砂と土の礫を浴びせてやった。
土埃の目潰しで一瞬だけ魔族の視界が塞がる。
「ぜぇいっ!!」
その隙に衛兵長が間髪入れずに斬りかかる!
「甘いわぁ!!」
両手で針を交差しながら構えて、振り下ろされた剣を受け止める魔族。
見えづらい状況での一撃をいとも簡単に防いでみせた。
「あははっ! こんな子供騙しが通用するとでも……」
「思って、おらん! ……ぬぅりゃぁあっ!!」
「……なっ!?」
衛兵長が握っている剣を捻り、自分の剣ごと魔族の針を弾き飛ばした。
互いに手ぶらになった瞬間、衛兵長が魔族の手首を掴んで拘束した。
「やれぇぇえええぇぇえっっ!!!」
「うぁぁぁああああああっっ!!!」
残った力を振り絞って、魔族に向かって振り上げた。
衛兵長に拘束されている今の状態なら、避けられないはず!
今度こそ、今度こそ仕留めてみせる!!
『ニャア』
「……は?」
どこからともなく、猫の鳴き声が聞こえた。
直後、ブゥンッ と斧が風を切る音が響く。
予想していた手応えはなく、渾身の一撃は誰にも当たることなく空振りに終わった。
おかしい。
なんで。
私の斧は確実に魔族を捉えていたはず。
「ど、どうして……!?」
斧を振り始めた時には目と鼻の先にいたはずの魔族と衛兵長が、遠く離れていた。
少なくとも十歩以上は距離が開いている。
なんで、こんなに離れているの……!?
この一瞬の間に、いったいなにが!?
「はい、お疲れ。敢闘賞ってところかしらぁ? プッ」
「ぐあっ!? あっ……ぁ……!?」
「え、衛兵長!!」
魔族を拘束していた衛兵長が、唸り声を上げて地面に崩れ落ちた。
衛兵長の首元に、針が刺さっているのが見える。
まずい……! 衛兵長まで毒にやられた!
「き、貴、様……!! 含み針……だと……!?」
「毒針は暗器として使うのが基本よ。わざわざ見せつけるように掌からばかり針を出していたのは、そこからしか出せないように見せかけるため。まんまと引っかかってくれたわね」
楊枝でも咥えるかのように、口から針を出しながら嘲笑っている。
こいつ、こんな使い方までできるなんて……!
「こ、このぉおおおっ!!」
もう動けるのは私しかいない。
勝てる見込みはほとんどないけれど、それでも私が―――
「うっ……!?」
突進した直後、視界が斜めに揺れて、体が地面に落ちた。
力が、入らない。
くそ、毒が……!!
「あらあら、また毒が回り始めたみたいねぇ。ここまでよく頑張ったけれど、詰みよ」
「くっ……!」
「なかなか楽しめたわよ。『毒針』と『読心』の呪福、そして『この子』がいなければ危なかったかもしれないわねぇ」
『ニャア』
いつの間にか、魔族の足元に黒い猫がいた。
さっき斧を振るった時と同じ、愛らしく小さな鳴き声を上げながらこちらを見つめている。
「この子は小さくか弱いけれど、『転移魔法』が使える特別で便利な魔物なのよ」
「てん、い……?」
「ええ。瞬きするほどの間に遠く離れた場所から村の中まで移動したり、攻撃を避けるために距離を離したり、主に足代わりとして重宝してるわ。さすがは主様から授かった魔物といったところかしら」
さっきの攻撃が外れたのは、あの黒猫の仕業か!
あいつさえいなければっ……!
……!
「さて、それじゃあまずはあなたから、ね」
「ぐっ……!?」
「いただきまぁす」
魔族が衛兵長の頭を掴んで持ち上げ、胸に向かって掌を突き出した。
「や、やめっ……えい、へ……!!」
止めるように叫ぼうとしても、掠れたような声しか出てこない。
魔族の掌から、杭のように太い毒針が突き出して、衛兵長の胸を貫いた。
「が、は……!」
「あ……あっ……!!」
胸を貫かれた衛兵長が苦痛に顔を強張らせ、しばらくビクビクと身を揺らしてから、急にガクンと脱力して動かなくなった。
衛兵長が、殺された。
あんなに強かった衛兵長が、当たり前のように、あっさり死んだ。
……許せない。
よくも、よくも衛兵長を!!
「なんっ……で……!」
「ん? なんで殺したって? 言ってなかったかしら。強い加護を持った人間の魂は、私たちにとってとびっきりのごちそうなの」
「ごち……え……?」
「この男の『白兵戦』やお嬢ちゃんの『剛力』みたいにレアな加護持ちの魂は滅多に喰えるものじゃないわ。こんな辺鄙な村に二人も美味しいのがいるなんて、嬉しい誤算だったわよぉ」
なによ、それ。
この魔族は、本当に私たちをエサとしか見ていなかったっていうの……?
「お、きたきた。……ああ、やっぱり綺麗で力強い魂の味は格別ねぇ……!」
衛兵長の体から、何かが魔族に流れ込んでいくのが分かる。
光る粒の塊のような何かが、魔族に飲み込まれていく。
衛兵長の魂を、魔族が食べているんだ……!
「ぷはぁ……ごちそうさまぁ。……あら、『毒針』の呪福が成長したみたいね。どれどれ……プッ」
そう言いながら、口から針を吹き出して衛兵長の遺体に突き刺した。
針を刺された衛兵長の体が、グズグズと崩れて形を失い、溶けていく。
最後には服と鎧、そして鮮やかな赤い兜だけを残して、消えてなくなってしまった。
「うわ、えげつない毒ねぇ。ああでも、汚い死骸を残さずに綺麗サッパリなくなるのはいいわねぇ。臭い思いをしなくて済むわぁ」
「……!」
こいつ……!
どこまで人を貶めれば気が済むのよ……!!
「それじゃあ、次はお嬢ちゃんね」
「ひっ……!?」
思わず悲鳴が漏れた。
次は、私?
私も、死ぬ?
衛兵長と同じように、魂を食べられて、死体も残らずに、消される……?
「い、いや……い、や……! こない、で……!!」
「大丈夫よ、大丈夫。痛くしないから、安心して死んでちょうだぁい?」
恐怖のあまり、みっともなく泣き喚いた。
衛兵長を殺されて、はらわたが煮えくり返りそうなくらいの怒りを抱いていたはずなのに。
それ以上に、恐怖が上回って―――
死にたくない。
助けて。
たすけて、たすけて! いやだ!
「はい、じゃあね」
私の胸に、魔族の掌が押し当てられた。
あと一秒もしないうちに、針で刺されて、死ぬ。
誰か、助けて――――!!
「やめてぇぇぇぇえええええええっっ!!!!」
「っ!?」
「いぃっ!?」
不意に、爆音。
誰かの絶叫が広場に響いた。
聞き覚えのある叫び声だ。
恥も外聞もない、はしたないなんて次元じゃないとんでもない爆声。
てか耳が痛い、鼓膜が破れそうなくらい痛い!
「な、なによ、今の……?」
あまりの爆音に、魔族も思わず私から手を放して耳を塞いでしまったようだ。
困惑した表情で魔族が見ているほうを向くと、背丈の大きな人影があった。
「ぽ、ぽ、ぽ……!」
いや、大きいのは背丈だけじゃない。
胸とお尻もデカい。そりゃもう存在感抜群なデカさだ。
「は、はなっ、は……れてっ……!」
現れた人影は、艶のある金髪から覗かせる綺麗な顔を、恐怖に歪ませて泣きそうになっている。
へっぴり腰で全身を震わせながら、言葉を詰まらせている。
……嘘でしょ。誰か冗談だって言ってよ。
「ポエルちゃんから、離れてっ!!」
お姉さんが、涙目になりながら果物ナイフを構え、魔族に向かって啖呵を切っていた。
……なんでアンタがここにいるのよ……!!
お読みいただきありがとうございます。