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もう助からない


 いったい何をされたのか、まったく分からない。

 この女魔族の掌底をくらってから、急に体が動かせなくなってしまった。



「なに……が……」


「何も分からないまま死ぬのも可哀そうだし、最期に教えてあげましょうか」



 地面に倒れたままの私を、弄ぶように撫でながら魔族が語り出した。



「お嬢ちゃんが動けなくなったのは、私の毒を受けたからよ。周りのエサたちと同じようにねぇ」


「ど、く……?」


「ええ、それもただの毒じゃないわ。私の呪福『毒針(ぶすばり)』の麻痺毒よ。この針で刺された相手は体の自由が利かなくなって、呼吸を止め、やがて心臓の鼓動をも止めてしまう。さっき言ってたものと同じ毒ってわけ」



 そう言う魔族の左頬にある、針のような紋様が淡く光るのと同時に、掌から針のようなものが突き出てきたのが見えた。

 掌底と同時に、あの針で刺されてたのか……!



「分かる? そうやって息が止まって窒息死した人間は、どいつもこいつも汚い顔で糞尿漏らしながら死んでいくんだから臭いったらないのよぉ? あははははっ」


「おま……え……!!」


「うふふ、これからあなたもそうやって死んでいくっていうのに、威勢がいいのね。……いえ、なんだかもったいなくなってきたわねぇ」



 撫でる手を止めて私の顎を掴み、顔を近づけてきた。

 何を考えているのか、あと少しで唇が触れそうなくらいの至近距離で、私の眼をジィっと見つめている。



「綺麗な顔ねぇ。心も幼く清らかで、こんな可愛らしい子にそんな汚い死に方をさせるのは忍びないし……」


「うっ……」




「綺麗なまま、楽に死なせてあげるわ」





 そう言うと、再び掌から針を出し、私の頭に向かって突き出してきた。

 さっき刺されたものとは違って、杭のように太く長い針だ。アレが頭に刺されば、毒がどうとかいう前に死んでしまうだろう。


 嫌だ。


 嫌だ、いやだっ、死にたくない……!

 せっかくお母さんも元気になったのに、やっと皆で幸せになれると思ったのに、こんなの、あんまりだ……!!






「……なんて、ねっ!」


「!?」



 私に突き刺そうとしていた針を、何を思ったのが急に背後へ向かって投げた。

 針を投げたほうを見ると、誰かが針を弾きながら魔族に突進してくるのが見えた。

 姿を見せたのは鮮やかな赤い兜を被った、逞しい体格の兵士。


 ……あれは……!



「ちっ、気付かれていたか!」


「へえぇ、なかなか強そうなのが来たわねぇ!」



 衛兵長が剣を振り、魔族に突進してきた。

 他に侵入してきた魔物と戦っていてすぐには対応できないって話だったけど、思ったよりも早く片が付いていたみたいだ。



「貴様が、魔族か! ここにいる者たちが倒れているのは、貴様の仕業か!」


「ええ。ついでに、魔物を連れて来たのも私よ。どの子もとっても便利ないい子たちだったのに、みーんな斬っちゃうなんて酷いわねぇ」


「ふざけるなぁ!!」



 普段なら怖いばかりの、怒りに歪んでいる衛兵長の顔が、今だけはひどく頼もしく思えた。

 衛兵長は並の戦士じゃない。まともにやり合ったら、私でも勝てない。

 膂力だけなら私のほうが上だろうけれど、衛兵長は歴戦の強者で、強力な加護も持っている。


 衛兵長の加護は『白兵戦』。

 接近戦じゃ無類の強さを誇るし、衛兵長には一撃入れるだけでも容易じゃない。

 私も訓練で何度か手合わせさせてもらったことがあるけど、手も足も出なかった。


 この人なら、あるいは……!



「貴様のせいで、私の部下が3人も死んだ! そのうえ戦う術を持たぬ住民たちまで手をかけるなどっ……! この外道がぁ!!」


「あなたたちの価値観でものを言われてもねぇ。人間なんて私からしたら皆等しくタダのエサよ。あなたたちだって森で狩った獣の肉を食べるでしょう? それと何が違うの?」


「ならば、その獣の角に突き殺される覚悟もあるんだろうなぁ!? 生かしては帰さん! ここで死ねっ!!」



 怒鳴りながら衛兵長がさらに剣を振るい、魔族を斬りつけようとしている。

 ただ力任せに武器を振るう私と違って、動きが実践向きに洗練されているから読みづらいはずだ。



「ぬぅんっ! せぇいやぁっ!!」


「あら、思った以上にやるじゃないのぉ!」



 あえて隙を晒すように大振りしたかと思ったら、急に旋回して追撃をかました。

 剣と拳、さらには蹴りまで織り交ぜて連撃を続け、反撃を許さずペースを譲らないで攻撃し続けている。

 魔族相手に、やり合えている……!



「でもねぇ、そんな迂闊に近付いていいのかしらぁ!?」


「っ!」



 衛兵長の攻撃の合間を縫うようにすり抜け、鎧の隙間を狙って掌底を突き出してきた。

 まずい! さっき私にやったみたいに、毒針を……!



「ふんっ!!」



 突き出された掌底を手甲で弾いて、毒針で刺されるのを防いだ。

 魔族の掌から毒針が出てくることを見抜いていたらしい。



「おっと、やるじゃなぁい」


「倒れている者たち全員に、針で刺されたような形跡があった。先ほど私に投げた杭のような武器や今しがた防いだ針は、恐らく体の自由を奪う毒針であろう!」


「……針に刺された痕なんてそうそう分かるものじゃないでしょうに、案外細かいところまで観察してるのねぇ」



 衛兵長は毒針の脅威を看破してる。

 あれほど警戒していれば、そうそう針で刺されることはないはず。


 でも、なにかのはずみで防ぐのを誤ればそれで終わりだ。

 せめて私が加勢できれば……!

 動け、クソ、動け、私の体……!

 倒れながら見ていることしかできない自分が歯痒い、悔しい……! クソ、クソッ!



「……ポエルさん!」


「……!?」



 私の体を揺さぶりながら、誰かが呼んでいる声がする。

 聞き慣れた、優しく澄んだ女の人の声。

 心配そうな顔を近づけてきた時に、思わず回らない舌から声が漏れた。



「しす……た……?」


「大丈夫ですか! あの魔族にやられたのですか!?」


「う……」



 声をかけてきたのは、シスター。

 よ、よかった。シスターは解毒の魔法が使えるから、この毒も治してもらえるはず。

 


「どく……に……やられ……!」


「毒!? わ、分かりました! ……『デトックス』!」



 シスターが魔法を発動すると、淡い緑色の光が全身を包み込んでいく。

 麻痺してピクリとも動かせなかった体が、徐々に自由を取り戻していくのが分かる。


 解毒が終わって光が散った時には、酷いダルさを残しながらも立ち上がることができるくらいには回復した。



「……た、助かったわ。ありがとう、シスター」


「っ! ……ポエルさん、落ち着いて聞いてください」



 立ち上がった私を見て、苦々しく顔を歪めながら震える声でシスターが呟いた。



「今は魔法の効果で、一時的に毒が弱まっているだけです」


「弱まっている……? 治ったわけじゃないの?」



 私の問いに、シスターは顔を青くしながら震える声で答えた。



「……はい。じ、時間が経てばまた毒が回り、動けなくなってしまうでしょう。ごめんなさい……わ、私では、私の力では、治せないっ……!!」


「……そっか」



 魔族の言っていたことは、本当だったのね。 

 私も、お父さんも、もう助からないのか。

 ああ、クソッ……!


 ……死にたくないなぁ。



 お父さんと、お母さんと、もっと一緒にいたかった。


 ただ平和に暮らせていれば、それでよかったのに。


 お母さん一人だけを残してしまうのが、つらい。



 あと、お姉さんのことも気がかりだ。

 残されたお母さんの支えになってくれればいいけれど、かえって手を焼きそうで心配だわ。

 まあ、そのほうが気が紛れていいかもしれないけれど。

 ははっ、お姉さんに振り回されてるお母さんが目に浮かぶようだわ。


 ……どうか、元気でね、お母さん。



「上等よ。あのクソッタレ女をぶちのめすことができれば、それで充分だわ」


「ポエルさん……」


「手遅れかもしれないけれど、念のため周りの人たちにも解毒魔法をお願い。……皆も最期の言葉くらいは、遺しておきたいと思うから」


「……畏まりましたっ……」



 涙ぐみながら返事をするシスターを尻目に、鎬を削り合っている魔族と衛兵長に向かって足を進めた。

 体が重い。

 足が重い。

 抱えている斧がいつもの倍くらい重く、酷く煩わしい。


 しかも、少しずつ重さが増しているように感じる。

 解毒の魔法で弱まっていた毒が、また回り始めてるのね。

 この重みに耐えきれず潰れてしまった時が、私の最期ってわけだ。



 なら、そうなる前にさっさとあのクソ魔族をぶっ潰してやるわ!









~~~~~









「ふんぎゃっ!? ……いたた、こけちゃった……! あぅあぅ、ポエルちゃんどこに行っちゃったんだろう……?」



 ど、どうしよう。

 ポエルちゃんを追いかけようと思ったけれど、どこに行ったのか分かんなくなっちゃった……。

 広場って言ってたけど、どこの広場なの!?



「お、おい! そっちいっちゃダメだ!」


「へ?」


「広場のほうには魔族がいるんだぞ! 戻れ!!」



 泣きそうになりながら走り回っていたら、誰かに声をかけられた。

 あ、さっきポエルちゃんを呼びにきた子たちだ。

 ……そうだ、この子たちなら知ってるかも!



「早く逃げないと魔族に殺されちまう! ネェちゃんもさっさと逃げ……っ!?」


「ちょっといい!? ポエルちゃんはどっちにいるの!?」


「ちょ、ちょちょ、待って、苦しいって……!」


「……や、やっぱやわらかい……」



 走って逃げようとしている子たちをギューっとして捕まえた。

 急いでるみたいだけど、こっちも聞かなきゃ分かんないからゴメンね。



「教えて! ポエルちゃんはどこ!!」


「あ、あっちの広場だって……! で、でも、行っちゃダメだ……!」


「まぞくがいるからあぶない……! うっ……な、なんかムズムズしてきた……」


「ありがとー! じゃあ行ってくるね!」



 ちょっと強くギュッとしたのが苦しかったのか、顔を真っ赤にしながらポエルちゃんのいるところを教えてくれた。

 待っててポエルちゃん、すぐに行くから!



「ま、待て! 危ないって言ってるだろ!? おい!!」


「ってあのネェちゃん速っ!? おれたちより速くね!?」


「……しかも、めっちゃゆれてる……」



 お読みいただきありがとうございます。

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