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「魔族はどのあたりにいたの!?」


「広場の、赤い花がいっぱいあるとこだよ!」



 赤い花のある花壇……村の中心じゃないの。

 なんの予兆も無しにそんなのころにまで入り込まれたっていうの?

 村のバリケードが破られたのなら、必ず警鐘が鳴るはずなのに……。

 ……いや、今はそんなこと気にしている場合じゃない。



「ここまでくればもう分かるから、アンタたちは避難してなさい!」


「気をつけろよゴリラ!」


「が、がんばれ! ゴリラ!」


「死ぬなよゴリラ!」


「ありがとう! でもアンタら後で引っ叩いてやるから覚悟してなさい!!」



 ガキんちょたちに怒鳴りながら、広場に向かう足を速める。

 お父さんや他の人たちがまだ無事なことを祈りつつ、全力で走り続けた。





「……なによ、これ……?」



 ようやく着いた広場には、異様な光景が広がっていた。

 衛兵たちを含むおびただしい数の村人が、地面に倒れこんでいる。

 倒れている人全員が、苦しそうに悶えてうめき声を漏らし、時々小さく痙攣しているのが見えた。



「何があったの!? ねえ、返事はできる!?」


「うぅ……ぅっ……!」


「……くそっ……!」



 倒れている人の体を揺すりながら声をかけてみたけれど、身動きどころかまともに返事すらできない。

 滝のように汗をかいていて、ヒューヒューとか細い呼吸を繰り返すのが精いっぱいといった様子だ。



「……お父さんは、どこ……?」



 倒れている人たちは誰も見覚えがあるけれど、肝心のお父さんの姿が見当たらない。

 魔族に襲われた時に上手く逃げられたのか、それとも……。







『ニャア』


「……?」



 

 思考に耽っていると、どこからか猫の鳴き声が聞こえた気がした。

 猫を飼っている家なんてあったかしら、なんて考えているところに―――




「……ふふふっ。見つけたわ、お嬢ちゃん」


「っ!?」



 不意に誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。

 声がしたほうへ振り向くと、見慣れない女の人が立っていた。


 胸元が露出している煽情的な黒いドレスに身を包んでいて、整った顔の頬には妙な紋様が刻まれている。

 左の頬には針のように細い線が、右の頬には瞳のような模様が描かれていて、妙に禍々しく見える。


 外見だけならかなりの美人だけれど、それ以上になにか妙な威圧感というか、忌避感を覚えた。

 この女は、なにかヤバい。そう確信めいた予感があった。



「……あなた、誰?」


「ハジメマシテ。もう察しがついていると思うのだけれど、自己紹介が必要かしら?」



 村の皆が倒れているこの状況で、ヘラヘラと笑いながら飄々とした態度を崩さずにいる。

 まともな人間ならまずありえないことだ。だとすれば―――



「まさか、アンタが村に入ってきた魔族……!?」


「ご明察。私の名はヴェノスティ。ヴェノスティ・マイリーよ。よろしくねぇ」



 仰々しく、そしてどこかわざとらしく綺麗な一礼をしながら名乗りを上げた。

 やっぱり魔族か……ホントに見た目は人間そっくりなのね。



「あなたが私の可愛いペットを殺した酷い子ね」


「ペット? ……っ! 昨日の魔物は、アンタが……!?」


「察しがよくて助かるわ。いちいち説明するのは面倒だもの」



 あの黒い獣を放ったのは、やはりこの魔族の仕業だったらしい。

 それを悪びれもせずに、見下した様子で笑みを浮かべているのに怒りを感じて、声を荒げた。



「どうしてこの人たちは倒れてるの!? 皆に何をしたのよ!」


「別に。ちょっと釣りのエサになってもらっただけよ」


「釣りって、なんの話よ!」


「あなたをおびき寄せるためのエサって意味よ」


「わ、私を……?」



 意味が分からない。

 魔族が、なぜ私を?


 ……そもそも、なぜこの女は私が魔物を倒したことを知っているの?



「それはね、そこらに転がっているエサたちが教えてくれたのよ、ポエルお嬢ちゃん」


「!?」


「まさか素手で殴りつけて倒すなんて、『剛力』の加護は相当強力みたいねぇ。収穫としてはなかなかのものだわぁ」


「なんで……」

 


 なぜ、私の考えていることが分かったのか。

 なぜ、私の名前と加護を知っているのか。

 そう言いかけたところで、笑みを深めながら女が答えた。



「あなたたち人間に『加護』があるように、私たち魔族にも『呪福』というものがあるの。知っているんでしょう?」



 そう言う女の右頬にある瞳に似た紋様が、淡く緑色に光っている。

 まるで第三の瞳が私を睨んでいるようだ。








《魔族は加護を持たない代わりに、『呪福』と呼ばれる異能に応じた紋様が刻まれています》


《じゅふく?》


《普段は単なる刺青にしか見えないらしいですが、悪魔から授けられた異能を使用する際には刻まれた呪福が淡く光るそうです》


《じゃあ、とりあえずそれっぽい刺青があるヤツは手当たり次第にぶん殴っておけばいいのね》


《いやあの、そういうわけではないのでやめてください……》







 魔族の言葉を聞いて、シスターの言っていたことを思い出した。

 あれが、呪福の紋様ってわけか……!



「ヒントはここまでよ。さて、お嬢ちゃん。今あなたの目の前にいるのはとーっても恐ろしい魔族よ。素直に降伏するか、それとも戦う? どうするのかしらぁ?」


「……降伏すれば、ここで倒れてる人たちは助けてくれるの?」


「いいえ? ここは正直に言いましょうか。そのエサたちはもう助からないわ」



 ……え。



「特殊な麻痺毒を撃ち込んであるの。今はまだ体を動かすことができない程度だろうけど、そのうち息ができなくなって、やがて心臓も止まり、死ぬわ」


「なん、ですって……」


「この毒には解毒剤もないし、生半可な加護や魔法じゃどうすることもできない。ここにいるエサたちは全員死ぬのよ。そう……」





 女が、後ろに倒れている人の頭を掴みながら、さらに笑みを醜悪なものへと変えた。


 掴みあげられて見えたのは、誰よりも親しい人の顔だった




「……ポ……エ……にげ……」



 うわ言のように、私に語りかけるお父さんの顔を掴みながら、愉快そうに言い放った。



「あなたのお父さんもね♪」





「お前ぇぇええええええっっ!!!」





 背負っていた斧を魔族に向かって力任せに振りぬいた。

 それを余裕綽々といった様子で避けつつ、嘲笑っているのが見えた。



「そんな大振りで当たるわけないでしょお?」


「死ねっ!! このクソッタレがぁ!! 殺してやる!!」


「無理無理、直情的すぎてあくびが出るわ。頭を冷やすためにもう一度言いましょうか? 仮に私を殺せても、もうあなたの父親は助からないわ」


「黙れぇぇえええっ!!!」



 嘘だ、嘘だ嘘だ!

 魔族の言うことなんか全部嘘っぱちだ! 戯言に耳を貸すな!


 ウダウダ考えてる暇なんかない!

 まずはコイツをこの場で叩き殺してから、早くシスターに解毒してもらわないと!



「健気ねぇ、まあ無理もないわ。大好きなお父さんが死んじゃうなんて、嘘だと思わないととても耐えられないものねぇ」


「黙れって、言ってるでしょうがっ!!」



 魔族を真っ二つにしてやろうと何度も斧を振り回すけれど、まるで掠りもしない。

 まるでどこをどう叩こうとしているのか読まれているような……。



「うらぁっ!!」


「おおっと、あぶなーい♪」



 斧を投げるのと同時に素手で殴りかかったけれどそれも読まれている。

 後ろに退いて拳を避けられた、けれど!



「ぜえりゃぁあっ!!!」

 


 拳を開き、手に握っていた小石の散弾を浴びせかけた。

 私の馬鹿力で放たれた小石は、当たれば痛いじゃ済まないくらいの威力がある。

 小石を仕込んでいたところは見られていないはず。これなら避けられない!



「いいえ、バレバレよ」


「なっ」



 後ろに退いたはずの魔族が、姿勢を低くしながら前進してきた。

 顔面へ向かって不意打ち気味に投げた礫を、余裕綽々で避けられた。

 明らかにこちらの狙いを察知した動きだ。

 おかしい、読みが正確過ぎる……!



「ふんっ!」


「かはっ……!?」



 腹部に掌底を打ち込まれ、強い衝撃とわずかにチクリとした痛みが腹に響いた。

 モロに攻撃を受けてしまったことに焦ったけれど、『剛力』の加護のおかげで大して効いていない。



「くっ……! アンタの細腕なんかじゃ、効かないわよ!」


「……いいえ、終わりよ。お疲れ様ぁ」


「何を……え……?」



 一撃入れたことを得意げに思っているのか、ヘラヘラと笑う魔族に反撃してやろうと殴りかかったところで、ガクンと体が地面に沈んだ。

 ……あれ?


 急に視界が下がり、顔から地面に体が沈む。

 まったくの無意識で、なんの抵抗もなく地面に倒れこんでしまった。


 体が、動かない。



「あ……れ……?」


「はい、おしまぁい。それじゃあ、いただきまぁす」


 

 魔族が迫ってきているのに、指一本満足に動かせない。

 嗜虐に満ちた笑みを浮かべながら私に歩み寄ってくるのを、ただ見ていることしかできなかった。



 お読みいただきありがとうございます。

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