はじまりはじまり
ぷるぷる……
「は?」
私、水谷花音の目の前でぷるぷると揺れる小さなソレ。
両手で包まれたティッシュペーパーにちょこんと乗った、ゲル状の、まるで鼻水のような……というか、私が今思いっきり鼻をかんでびゅるるっと出たはずのソレは、まるで生きているかのように蠢き、あろうことか「ふう、スッキリしたぁ」と私の気持ちを代弁するかのように声を発したのだ。
「え?は?最近の鼻水って喋るの?」
「あ、あなたがボクのお母さんなんですね! ぷるぷる! 産んでくれてありがとうございます!」
「ごめん、ちょっとタンマ」
寝ぼけてるのか私は? 確かに昨日は夜遅くまで小説を読んで寝不足気味だが、こんなリアルで意味不明な夢を見るほど疲れていたのだろうか?
思考停止した私の胸に飛び掛かってポヨンポヨン跳ねてる謎の生き物?とポヨンポヨン揺れる私の胸をしばらく眺めていたが、ティッシュで鼻水くんを掴んでまるめて「ぷぎゅううう」何事も無かったかのようにゴミ箱に投げ入れた私は深呼吸。いや、お母さんって何だよ。私まだ花の女子高生だし。てかまだ汚れを知らぬ乙女だゾ。絶賛彼氏募集中。すーはー……って「ハァックション!」うああ、思いっきり深呼吸なんてしたせいで花粉を大量に吸い込んでしまったようだ。
そう、今年に入って、私はついに花粉症を発症してしまった。
いまや国民病とも言われる花粉症。周りの友人たちが悶え苦しむ阿鼻叫喚の姿を今まではニヤニヤと眺めているだけだったというのに、私も友人たちと世界へと足を踏み入れてしまったのだ。「花音もついに私たちの仲間になったのねっクション!」「これで花音氏も我々の同志でゴザルなっクション!」阿鼻叫喚。鼻って漢字が入ってるし、まさに花粉症のためにあるような四文字熟語だよね。
そんな花粉症ルーキーな私なわけだが、まさか花粉症の鼻水が喋るとは思ってもみなかった。
「花音ー!いつまで寝てるの!遅刻するわよ!」
とお母さんの呼ぶ声に時計を確認すると「ヤバっ!」ドタバタしてたらもういい感じの時間になっちゃってるし!急がないと遅刻しちゃう!と、もう一度鼻をかんでティッシュをゴミ箱に投げ込んだところで
「れべるあーっぷ! レベルが2に上がりました!」
「……お母さーん! 体調悪いから今日学校休む!」
私は人生初めてのズル休みを決心したのであった。
「きゃはははは!お母さんくすぐったいよ」
「ぐぬぬ、どうしたらいいんだこれ?」
母親に体調不良とウソをつき、学校に連絡してもらって「ゆっくり寝てるのよ。何かあったり欲しいものあったら連絡するのよ」と最後まで私を心配しながら仕事へと向かう両親に感謝と罪悪感を感じながら、私はパジャマ姿のまま部屋でひとり、指で摘まむようにスライムを弄んでいた。
そう、スライムである。
この私の鼻水から生まれた半透明のナゾの生物は、自分をスライムと名乗ったのだ。某有名RPGで最初に戦うモンスターとしてお馴染みのスライムである。
「自分がスライムって、どうしてわかるの?」
「頭のなかに浮かぶんです!【種族:スライム】と、あと【レベル:2】が見えます!スライムなのに頭ってなんかヘンですけどね!」
ぐぐぐっと体の一部を盛り上げて「このへん頭です」とアピールするスライム。なんか可愛く思えて頭?を撫でると「きゃははは!くすぐったいです!」と喜ぶスライム。
自分の物とはいえ、すっかり鼻水を触るのに慣れてしまった事に乙女として悲しくなったりもしたが、それよりも好奇心が勝ってしまっている私はティッシュを再び手に取ると大きく鼻をかみ、スライムに近づける。
するとスライムから細い触手のようなウネウネが伸び、ティッシュの鼻水に触れると吸い取るように体を脈動させ、鼻水がスライムの本体へと移動していった。
「もぐもぐ……れべるあーっぷ!レベルが3に上がりました!」
スライムが元気な声で叫びながらその場で軽く飛び跳ね、くるくるっと回転すると謎のキラキラ☆エフェクトが飛び散る。
「くっ……! 悔しいけど可愛く思えてきてしまったわ」
そして愛着が湧いてくるともなれば、付けてあげたくなるのがそう……
「名前……ですか?」
「そう、あなたの名前。いつまでも『あなた』って呼ぶわけにもいかないし……って、あなたに名前はあるの?」
「んー、種族とレベルしか見えないですね!名前、無いみたいなので欲しいです!」
そう言ってキラキラした目でこちらを見ている(ように見える)スライム。よし、ここはひとつ、カッコいい名前を付けてあげなければ!
「よし!それじゃ……リ○ルなんてどう!?」
「それは色々マズい気がするので却下で」
こうして、私と、私の鼻水から産まれたスライムのスイの、すこしふしぎで、ドタバタで楽しく、ちょっぴり切ない、長いようで短かい大冒険が幕を開けたのでした。
〜ステータス〜 (閲覧可能範囲)
【種族:スライム】
【レベル:3】
【名前:スイ】
花水木高校に通う高校3年生、水谷花音の鼻水から産まれたスライム。現状のサイズはゴルフボール程度で透明なプルプルボディ。産まれながらに人の言葉を理解して話すことができる。知能は花音と同レベルだが精神年齢は子供で、産みの親である花音に甘えるのが好き。
【寿命:残り30日】
ずっと下書きに眠ってた作品の1話を完成させてみました。