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美しい鳥の羽

 心を決めてから数日後に機会が訪れた。


 その日はアーウィン様の戻りが遅く、ヨーナはもう眠っていた。アーウィン様が入浴を終えるのを待つ間、私は言いたい事を頭の中でまとめた。


 この国に慣れたので町で暮らすつもりだということ。明日、仕立て屋夫婦の所へ行って具体的な事を相談してみること。


「今日は大変だったんだ」


 アーウィン様がいつものように私の前に座る。髪からは水が滴っている。私はタオルでそっとそれを拭く。


「遠い地の領主が、その地方にしか生息していない美しい羽を持つ鳥を連れて来たんだけど、急に暴れて手が付けられなくなってさ」

「え! 狂暴な鳥ですか?」

「大きいから、爪が鋭くてそれなりに危険らしい。領主が慌てて懸命に宥めたし、王宮の鳥を管理してる飼育人も駆けつけて来たけど、なかなか落ち着かないんだ。どうやら怒っているらしいと分かって、好物をやって何とか機嫌を直した」

「慣れない所に来て、気が立ったのでしょうか」


 アーウィン様は振り返って、面白そうに笑った。


「そう思うだろう? でも違ったんだ」

「原因があったのですか?」

「エルウィンだ」

「え? エルウィン殿下?」


 私はまた前を向いたアーウィン様の髪を優しく拭く。


「美しい羽が欲しくて、一本引き抜いたんだ」

「まあ!」

「痛かったんだろうな。鳥は相当怒ってた。父も周りもエルウィンを厳しく叱ったけど、ちゃんと反省してるかどうか。あいつ不貞腐れて、どこかに逃げて行ったって。夕食にも来ないで、侍従達を困らせてたよ」


 もしかして。話の途中から嫌な予感はしていた。


「あの、アーウィン様。その鳥は紫と青が混ざったような色をしていますか?」

「え?」


 振り返ったアーウィン様の顔に正解だと書いてある。ヨーナがエルウィン殿下にもらったと嬉しそうに私に自慢した羽は、そんな美しい色をしていた。


「ヨーナが、そんな色の羽をエルウィン殿下から頂いたと⋯⋯」


 どうしよう、羽をお返ししたら良いだろうか。まさかヨーナが羽を欲しいと唆したわけでは無いだろうけど、これは共犯と言えるかもしれない。青くなる私をよそに、アーウィン様は笑い出した。


「はははっ、そういう事か! あいつ、ヨーナにも美しい鳥を見せてやりたかったんだな。なるほどな」

「申し訳ありません。ヨーナにも領主様に謝りに行かせましょうか」

「いや、いいよ。俺から話しておく。それから、エルウィンとヨーナに改めて鳥を見せてもらえるように頼んでみる。もちろん、羽を抜いてはならないと厳しく言うけどな」

「申し訳ありません」


 アーウィン様は楽しそうに笑い続ける。小さな家での生活を思い出す。


 学校から、ヨーナが男の子をぶったと連絡をもらった時の事。しつこく悪戯をしてくる男の子が、ひどく髪を引っ張るから腹を立ててぶってしまったのだ。幸い男の子に怪我はなく、迎えに来た男の子の父親は、頭を下げる私を制して自分の息子をきつく叱っていた。


 アーウィン様に報告すると、ヨーナを叱るどころか『よくやった』と褒めてしまい、私は呆れてしまった事があった。アーウィン様はいつもヨーナに甘い。


 思い出すと私も笑いがこみあげてきた。笑って体を揺らすアーウィン様の髪をそっと拭く。もうすぐ乾きそうだ。


 ここを出て町に行けば、もうこんな時間を過ごす事は無い。ヨーナと二人で暮らしていた頃に戻るだけ。


 分かっているけれど、失うと思うと余計にこの時間が大切に思える。


 朝起きたばかりの半分眠ったような顔。髭が上手く剃れたと見せに来る自慢気な顔。私達の好きな果物を買って来てくれた時の照れくさそうな顔。ヨーナに髪を拭かれて痛い、髪が抜けると悲鳴をあげる姿。ヨーナに根気強く勉強を教える姿。髪を拭き終わった時に見せてくれる、くつろいだ笑顔。


 もうそんな姿を見る事は無い。遠くから元気そうな姿を見る事が出来るかもしれない。たまにはお話する機会もあるかもしれない。でも。


 髪を拭きながら離れたく無いと思う。


(ああ、やっぱり私はそうだったんだ)


 私の奥にその気持ちがあると本当は気がついていた。絶対に意識してはいけない、認めてはいけない気持ち。気が付かない振りをし続けるべきだ。まとまりかけた思いを吹き散らす。


 髪が乾いた。いつものように『終わりましたよ』と言い、肩に軽く手を触れて合図をした。失うものの、あまりの大きさに涙が出そうになる。

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