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頑張ったご褒美

 部屋で夕食を頂き、入浴を終えてエダさんと話をしていると、アーウィン様が部屋にやってきた。エダさんに何かを指示し、長椅子に座ると伸びをする。エダさんは急いで部屋を出ていった。


「あー、疲れた。君達はどうだった、困った事はない?」

「はい。快適に過ごしています。エダさんにお世話になりっぱなしです」

「優秀な侍女だと聞いてるよ。気が合いそうで良かった」

「刺繍道具を用意して頂いて、ありがとうございます。とても嬉しいです。エルウィン殿下がお越しになって、シャツに刺繍をする約束を致しました」


 アーウィン様は、面白そうに笑った。


「手間をかけて申し訳ない。あいつ、わざわざ俺の所に自慢しに来たんだ。よほど嬉しかったんだろうな。俺のマントを見せてやったら、これも欲しいと目を輝かせてたよ。次は炎の刺繍を頼まれるかもしれない」

「エルウィン殿下には、少し違う感じの炎が似合いそうです」


 私はエルウィン殿下の顔を思い浮かべながら意匠を考えた。


「俺とエルウィンは似てると言われるけど、違う刺繍が合うのか?」

「そうですねえ。お顔立ちは似ていらっしゃるのですが、雰囲気がこう何と言うか⋯⋯」


 刺繍について話していると、エダさんではない侍女達が入って来て、浴室の方に向かった。アーウィン様が『続きを後で聞かせて』と立ち上がる。


「さて、しっかり湯に浸かるのは久しぶりだな」

「???」


 ここで入浴するつもりだろうか。不思議に思っていると、侍女の一人がうつらうつらして眠そうなヨーナを促して立たせると、別の部屋に連れて行こうとする。寝室もお手洗いも違う方向だ。


「あの、どこに連れて行くのですか?」


 浴室に向かおうとしていたアーウィン様は振り返ると、慌てた様子で侍女に『この子はここで寝るから』とヨーナを私に戻すように言った。


「後は自分で出来るから下がっていいよ。他の人にも言っておいて。ロイダ、ヨーナを寝かせてやって」


 ふらふらするヨーナを寝室に連れて行って寝かせてやった。家で寝台を三台繋げていたよりもずっと大きくて、ふかふかしている。あっと言う間に、ヨーナは規則正しい寝息を立て始めた。


 侍女を戻してしまったなら、きっとアーウィン様の髪を拭くのは私の役目だろう。私は浴室の近くで待つことにして、窓から外を眺めた。夜の庭は昼とは違った顔を見せていて、いくら眺めても飽きなかった。


「はあ、気持ち良かった」


 相変わらず、頭はびしゃびしゃのままでアーウィン様が出てくる。私にいつものように『ん』と言ってタオルを手渡して、近くの椅子に座る。


「こうしていると、家にいるみたいです」

「王宮で生まれ育ったのに、君達といた家の方が自分の家という気がしてならないよ」

「ここに比べたら、ずいぶん狭くて不便だったと思いますが」

「そうでもないよ。ほら、こんなに気持ちよく髪を拭いてもらえなかったしね」

「侍女の方が手慣れていて上手じゃないですか?」

「違うな。その手慣れた感じが嫌なんだ。ヨーナに愛情を込めて接するように、優しく拭いてもらうのがいいんだよ」

「はあ」


 そう言われると、少し緊張する。いつもより丁寧に拭くことにした。拭き終わったタオルは家だと洗濯用のカゴに入れる。ここではどうして良いか分からず、周りを見回しているとアーウィン様は『貸して』とタオルを受け取り、軽くたたむと浴室に置いた。なるほど。


 どうにも、自分で後始末をしないという事には慣れない。


(慣れちゃ駄目よ。町の暮らしに戻ったら怠けちゃうじゃない)


 アーウィン様は居間に戻って、長椅子でくつろいでいる。ご自分の部屋にはまだ戻らないらしい。


 お茶を飲むか聞いてみると欲しいと言うので、エダさんが置いていったポットからお湯を注いでお茶を入れた。何となく私も座って一緒にお茶を飲む。刺繍の話の続きをした後、アーウィン様は少し改まった口調で言った。


「王位継承の儀式が半月後に決まった。俺は今までそれを避けて来た」


 以前、家を継ぐ事に問題があって、それから逃げていると聞いた事がある。王位にまつわる事なのだから相当な覚悟が必要なのだろう。あまりに大きな話に、私は息を呑んだ。


「君達と過ごして、俺は乗り越えられそうな気がしている」

「私達が何かお役に立ちましたか」


 ガイデルが最後に言っていた『私たちが支えになっている』という言葉を思い出したけど、すぐに打ち消す。

 

 きっと、下々の暮らしを知って背負う覚悟が芽生えたのだろう。町の皆が自然とアーウィン様を慕っていた事や、侯爵家の使用人を退けた時の風格を思い出す。この方が、人の上に立つ事は自然に思える。


「君達がいなければ挑戦する気持ちにすらなれなかった。本当に感謝している」

「私の方こそ、アーウィン様に危ない所を何度も助けて頂きました。どうお役に立てているのか分かりませんが、私達に出来る事でしたら何でもおっしゃって下さい」


 アーウィン様は、お茶を置いて少し身を乗り出すと、私に手を差し出した。何か取って欲しいのかと辺りを見回すと、くすりと笑う。


「手を出して」


 差し出された手に重ねると、ぎゅっと握られた。


「ここにいてくれ。ずっと俺のそばにいて欲しい」


 赤い瞳が不安そうに揺らいでいる。王位を受け継ぐ重圧は、私には想像すら出来ない。想像すら出来ない私達だからこそ、アーウィン様はこうして弱音を吐けるのかもしれない。


「はい、私もヨーナもおそばにいます。そんな事をおっしゃると『いいかげん仕立て屋の所に行け』と叱られるまで、ずっとここに居座ってしまうかもしれませんよ」

「何だよ、ずっといてくれって言っただろう?」

「ふふふ。後悔しないで下さいね」


 アーウィン様は、まだ瞳を不安そうに揺らしたまま少しだけ表情を緩めた。


「今日は頑張ったんだ。ご褒美にさ、俺のことをぎゅっとしてよ」

「え?」

「ほら、ヨーナが頑張った時に、抱きしめて褒めてあげているだろう。俺もやって欲しい」


 何と言う甘えぶりだろう。昼間にお会いした弟殿下よりも幼いのではないか。私はおかしくなって笑ってしまう。


「大きな子供ですね」


 私は立ち上がってアーウィン様のそばに寄ると、大きな体をぎゅっと抱きしめてあげた。アーウィン様は私の背中に手を回す。


「頑張ったんですね。お疲れさまでした」

「ありがとう」


 驚いた事に、アーウィン様は私達の部屋で寝た。港町でも王都でも、ここに来てまで同じ事をしている。見慣れた光景に、ここでも今までと変わらず生活していけるような気がした。

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