悪役令嬢、キレる。
「うるせえんだよてめぇこの野郎!」
啖呵は少女の口から漏れた。その語気の荒さに、周囲が静まり返る。
「おい、その口調は……?」
「妹に嫉妬して?てめえとの婚約を横取りするために嫌がらせした?……どこに証拠があるってんだこの野郎!俺がてめぇみてぇな見た目だけのカカシに惹かれてるとでも思ってんのか!」
肩を激しく怒らせ、全身で息をするその姿は、とても淑女とは言えない姿である。
しかし、修飾や曖昧な言い回しばかりに終始する貴族階級のこの舞台では逆に新鮮に、乾いた土に降り注ぐ雨のようにすっきりと、その主張が飲み込まれていった。
もっとも、言葉とともに殺気を叩きつけられる、断罪側の王子と彼が庇う少女は、後ずさろうとする体を押し止めるだけで精一杯だったのだが。
「ぶち殺すぞ!力の使い方も知らねぇでよ、自分に酔ってんのかこの野郎!そこの、腕ん中に抱えてるお人形の言い分を鵜呑みにするのがてめぇの力の使い方か?ああ?誰よりも力があって、部外者のてめぇが巻き込まれてんなら、その力を調査に振るってんのが筋じゃねぇのかよ!」
ここまで乱暴な言葉と、容赦のない殺意を浴びせられたことのない王子は震える。王子の腕の中の妹も同様だ。
今までの姉とは決定的に違う。下手に刺激すれば、問答無用で殺されてしまう。
自分が同情を誘うためにでっち上げた「嫌がらせ」が、文字通り子供のそれでしかない。目の前の恫喝は、容易にその先を連想させた。
それにしても、日頃淑女の鑑だと言われてきた彼女の豹変に、王子たちはただ震えるばかりである。とても同じ人間が発しているとは思えない。まるで何かが乗り移ったかのようだ。
「では……では断罪は一旦棚上げにする!君の主張は良くわかった!一旦、真実を明らかにするために調査を……」
「殿下!お姉さまに嫌がらせを受けたという私の、命がけの告発を、殿下は嘘だと仰るのですか!?」
「だが、公平性を考えれば、確かに彼女の主張は正しいのだよ」
「そんな……」
二人から視線をはずした少女は、相変わらず肩を怒らせるようにして、近くの男爵の口から、葉巻を奪い取った。二人の目の前で、彼女は宣言する。
「俺はそこの妹……もう縁を切るけどよ、妹のいうような嫌がらせも、馬鹿王子の糾弾も、事実無根と告発する。こうすることでな!」
いうが早いか、彼女は自分の左腕に、葉巻の火を突き立てた。ジュウ、と肉が焼ける臭いが、紫煙に混じって漂う。周囲の令嬢たちが悲鳴を上げた。
葉巻に再び火をつける。それを、震える妹に向かって突きつける。そこに何の感情も浮かんでいない。
「てめぇの番だ。やれ」
「わ、わたくしは……」
「腕にちょっと傷をこさえるだけだろ。俺がお前にやってきたことと比べりゃ、大したことはないはずだ」
差し出された葉巻は、いつまでも受け取られなかった。彼女は舌打ちして、会場の出口の方へ歩きだした。
「待て!これからいったい、どうするつもりで……」
「知るかばか野郎。ここの、おべんちゃらばっかりの連中と一緒になりたくねえ。追放したけりゃ、されてやろうじゃねえかボケ!」
この国で、彼女のその後を目撃したものは誰一人いなかった。