取引
妖魔はキッパリと拒絶したが、麒麟はそれが最初から分かっていたかのような冷ややかな表情を浮かべていた。
妖魔は麒麟のその様子を見て、緩めつつあった警戒態勢を再びとった。
「まぁ、あなたは断るであろうことは大体想像できていました。念のために保険を用意しておいて正解でした。」
「保険だと...?」
妖魔は麒麟が放った奇妙な一言に警戒心を強めながら、麒麟の言葉の続きを待った。
「あなたには、最初から私の話を拒否する権利なんて無いんですよ。なぜなら、あなたの体を治療したのは私で、あなたの体はもはや私の支配下にあるのですから。」
「なに...?」
妖魔は麒麟が言い放った一言に表情を険しくしながら、言葉の真意を探ろうとしたが、その瞬間、全身に激痛が走った。
「ぐあッ!?かッ...はッ.....!!」
「(なんだこれ!?全身が焼けるように痛む...!!しかも、体を動かそうとしても、痺れて上手く動かせねぇ...!!」
妖魔は全身に広がっている焼けるような痛みに悶え苦しみながらも、麒麟に対して反撃を試みようとしたが、上手く体を動かすことができなかった。
「どうですか、雷を浴びる間隔は。これでも一応手加減はしているんですよ?万が一あなたの心臓が止まったりしてあなたに死なれては、私も困りますので。」
「お...前.....!!」
あと少しで意識が途切れるといったところで、全身の激痛は治まった。
激痛が治まると同時に、妖魔はその場に膝をついた。
「何を...しやがった.....?」
妖魔は、まだうまく動かすことができない体に力を入れながら、自分に何をしたのかを麒麟に問いただした。
「別に。ただ、先ほど空いていた傷口に、私の体の組織の一部を埋め込んだだけですよ。私の体は自由に帯電させることができますので。」
「クソがッ」
妖魔は目の前にいる妖怪を殺そうと、再度、体に力を入れたが、まだうまく体を動かすことができずに、目の前に倒れこみそうになった。
「さて、もう一度お聞きしますが、私の話、受けてもらえますか?」
妖魔はようやく治まりつつある体の痺れにか、もしくは、麒麟の自分に対する態度が気に入らないからかは定かではないが、不快感をあらわにした。
しかし、どうしようもできず、できる限りの抵抗として答えをはぐらかすことにした。
「協力もなにも、それでお前には確かに得があるだろうが、俺に何の得があるってんだ?」
「確かに得はありませんが、あなたの身の安全は保障しますよ。」
「俺の身の安全だと...?なんのことだ?」
いきなり自分の身の安全の保障を持ち出された妖魔は、先ほど刺された腹部を押さえながら、麒麟を睨みつけた。
「えぇ。なにしろこの町は、このままいけば1、2年後には崩壊しますから。」
「はぁ?」
妖魔は突然自分の住んでいる町が崩壊すると聞いて困惑した。
「ちょっと待て。崩壊する?この町が?」
「先ほども申し上げた通り、この町の妖怪の秩序は我々四霊がいることによって保たれてきました。しかし、それが崩れ去ってしまった今、妖怪を統べる者はおらず、好き勝手に人を襲う妖怪が後を絶ちません。そして妖怪が人間を襲えば人間も妖怪のことを放置することはできなくなる。そうすればこの町は人間と妖怪がお互いの生き残りをかけて争うための戦場になり果てるでしょう。そうすればあなたのような一般人は簡単に妖怪に殺されてしまうでしょうね。」
「ッ......!!」
妖魔は反射的に麒麟の言ったことを否定しようとしたが、先ほど自分も殺されかけたことを思い出して言葉にすることはできなかった。
「このまま何もしなければ、戦う選択をしようと逃げる選択をしようとあなたの身が危険なことには変わりありません。それよりでしたら私と共にいることであなたの身の安全を確保することは十分に価値のある話だと思いますよ?」
麒麟は目の前の少年を少し挑発するように話した。
その挑発に妖魔は耐えられなかった。
殺したと思っていた妖怪に隙を突かれて負けてしまったこと、ボロボロになり死にかけていた自分をよりにもよって妖怪に助けられたこと、自身の身体の自由を妖怪にいつでも奪われてしまうこと、それまでに起こっていた様々な要因が積み重なり、妖魔は怒りを抑えることができなくなっていた。
「ふざけるなッ!お前に安全を保障されなくても自分の身ぐらいは自分で守るッ!!なんなら今ここで証明してやろうかッ!?」
言葉に怒気を孕ませながら妖魔は懐にあるナイフを取り出そうとした。
しかし、そこにはナイフはなかった。
「探し物はこれですか?」
そう言いながら麒麟は自分の目の前に妖魔のナイフを浮かび上がらせた。
それを見て妖魔は表情を険しくしながら両手を体の前に構えて臨戦態勢をとった。
「貴様ッ.....!!」
「あなたの様な危険な人にこんな危険なものを持たせたまま治療するわけないじゃないですか。このような危ないものはこうしてしまいましょう。」
そう言うと麒麟が浮かび上がらせているナイフがいきなり閃光に包まれ消え去った。正確にはナイフとしての形をなくした。
先ほどナイフが浮かんでいた場所には代わりに赤白く光る液体が浮かんでいた。
自身の持ちうる武器を完全になくしてしまった妖魔が顔を怒りと驚愕に歪ませた。
「なにしやがった...ッ!!」
「別に大したことはしていませんよ。ただナイフに雷を当てて溶かしただけですよ。雷というのはかなりの高熱を持っているので。あなたもこのようになりたくなければ大人しく私の話を聞くことをお勧めしますよ。」
「言ってくれんじゃねぇか。ならそんなもんなしでやってやるよッ!!」
そう言って妖魔は麒麟に駆け出す。いつ雷撃が飛んできてもいいように相手のことを注意深く観察して細心の注意を払いながら拳を強く握って麒麟に殴りかかる。
しかし妖魔の拳が麒麟に届くことはなかった。
妖魔が麒麟の顔を思い切り殴りつけようと拳を振りかぶったタイミングで体をうまく動かすことができなくなった。それだけではなく、全身に焼けるような激痛が走った。
「ぐああぁぁぁッッ!!」
全身から伝わる焼けるような激痛に妖魔は苦悶の表情を浮かべながら絶叫した。
目の前の少年が激痛に苦しむ様子を見ながら、麒麟は呆れを入り混ぜた小さなため息をついた。
「先ほどあなたに私の細胞の一部を埋め込んだと説明してあげたことをもうお忘れですか?怒りで我を忘れてしまうのは感情を持つものである限り当然のことではありますが、頭が回らなくなるほどとなりますと少々考えなければなりませんね。」
「なら...俺以外の....誰かに.......頼むんだな......ハッグッ!!」
激痛に耐えながら妖魔が挑発するように引きつらせた笑みをしながら嫌味を言う。
しかし、麒麟はそのような挑発には乗らず、目のまで苦しんでいる少年を冷静に分析していく。
「(まさかここまで妖怪に対する敵意が強いとは.....先ほどの様子を見ている限りここに来た時から妖怪が実在していることを知っていたようでしたし、それに先ほどのあの反応、おそらく4年前に妖怪に関することで何か彼の恨みを買うようなことがあったのでしょうか.....今すぐにとはいかずとも、探りを入れる必要性がありますね.....)」
麒麟が分析を進めていくほど、その内容は目の前の少年にどのように自身の話を聞かせるかどうかから、少年が妖怪に対してここまでしてもなお敵意を抱く理由に向いていく。次第に意識が分析の方に向いていく。意識がそっちに向けば向くほど目の前で苦しんでいる少年に対する意識が薄れていく。
妖魔が動けないまま焼けるような激痛に耐え続けていると、次第に自身に浴びせられている雷撃が弱くなっていることに気付いた。
そこに妖魔は勝機を見出す。いつ雷撃が完全に切れてもいつでも動けるように心の準備を整え、雷撃が弱まっていることが麒麟に気付かれないように少々大げさに顔を歪める。
妖魔の努力が功を奏したのか、麒麟の意識が完全に妖魔から切れたからかは定かではないが妖魔に浴びせられる雷撃が完全に途切れた。
その瞬間、妖魔は自由になったまだ痺れている体に鞭を打ちながら振り上げていた拳を下ろし、先ほどまでの鬱憤をのせて渾身のドロップキックを繰り出す。
先ほどまで激痛に顔を歪めていた少年が動き出したところで意識を現実に戻した麒麟が驚きながらもギリギリのところで繰り出されたドロップキックをかわす。
渾身のドロップキックをあと一歩のところでかわされた妖魔は、痺れて体がうまく動かせないこともあり碌に受け身をとることすらできず派手に背中を道路に打ち付けた。
「イッ...タ.....ッ!!」
先ほどまでは自身が浴びせていた雷撃による激痛で顔を歪ませていた少年が、今度は言ってしまえば自滅したことにより派手に背中を打ち付けてその痛みで顔を歪ませている様子を見て麒麟は小さくため息をついた。
そして思考を戻し、ひとまず少年に自身の話を検討させるために思考を巡らせる。
「わかりました。では、取引をしましょう。」
「取引?」
自滅したことによる痛みに顔を歪ませていると、先ほどまで半ば脅し的なことをしてきていた麒麟にいきなり取引を持ち掛けられた妖魔は怪訝な顔をした。
「私があなたに妖怪と戦えるだけの力を与えましょう。その代わりに、あなたは四霊の席の修復に協力する。いかがですか?」
取引の内容を聞いた妖魔は悩んだ。
麒麟との取引に応じれば妖怪を殺すための力が手に入る。しかしそれは、妖魔の復讐の対象である妖怪を助ける対価として得られるものであり、なによりも、妖怪を殺すための力を手に入れるために妖怪の力を借りるということが、妖魔には納得できなかった。
妖怪を殺すための力は欲しい、だがそのために妖怪に力を借りることも貸すこともしたくはない。
本来であれば併存するはずのないものが、妖魔の目の前にいる一体の妖怪によって併存している。それが妖魔に答えを出すのを遅らせていた。
麒麟は悩んでいる少年の様子を黙って見ていた。
麒麟としては最初に少年に自分の力を示したことで、少年は自分に協力すると思っていた。
しかし、少年はそれに屈することなく、自身の身の安全を保障しても折れなかった。それだけではなく、自分に身の安全を保障されたことに激しく憤り、絶対にかなわないほどの力の差があると理解しているはずの自分のことすら殺そうとしてきた。
この時点で麒麟にとっては想定外のことではあったが、念のために保険として用意していた代案である取引を始めた。
この時点で麒麟は2回譲歩していた。普通に考えればたかが2回、しかし麒麟にとっては2回も譲歩していた。要するに、麒麟は無意識の内に少年のことを軽視していた。
これ以上譲歩することはできない。少なくとも麒麟の中では最大限に譲歩しており、これ以上はできない。
それでも少年は取引の内容に難色を示している。
だからこそ、麒麟はもう、黙って少年の導き出す答えを待つことしかできなかった。
そうして周囲には虫の鳴き声や山の下で走っている車のエンジン音などがやかましいと感じられるほどの静寂が訪れた。
しかしその静寂は突如として破られることになった。
周囲の静寂を破ったのは、妖魔でも麒麟でもなく、近くから聞こえてきた車のエンジン音だった。
エンジン音がした方を見ると、先ほどまでいた墓地の奥から深緑色をしたSUVが走ってきた。
「あれ、あの車って...」
妖魔はその車に見覚えがあった。
もしかしたら1話から書き直すかもしれん...
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