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処刑されるくらいなら、平民になって自由に生きる!~最強聖女は女神として降臨する~

作者: あお

エレン・ペイジー 公爵家の令嬢

 ※ レン 変装時エレン

コンラッド・ヴェステリア 王子殿下

宮島葵



ゆるゆる設定でぬるっと進みます。

【追記】

誤字報告ありがとうございます!

また指摘のあった名前を修正しました。



_______






私は体調を崩しやすい子だった。

昨日より気温が2℃以上下がるとすぐに熱を出して、寝込んでしまっていたような子だった。


今日も40度近い熱を出して、メイドの看病の元ベッドに横になっていた。


ハァハァと熱い息を吐き出して、看病してくれるメイドから水を飲ませてもらう。

高い体温の所為で流れる汗を拭いてもらい、少しでも熱が下がるようにとおでこに冷たいタオルを載せてもらった。


ぼんやりと薄目で看病してくれるメイドを見ると、泣きそうな表情で私に微笑む。


(アーシャがかあさまならよかったのに…)


メイドの名前はアーシャといって、いつも私の面倒を見てくれていた。

お母様はお兄様を後継者として育てる為にいつも忙しそうで、寝込む私の様子なんて一度も見に来てくれなかったから。


母親からの愛情を受けずに育った私はアーシャが私の母親になってくれたらと、いつも思っていた。


頭を優しい手つきで撫でられ、私は静かに眠りに落ちる。







■■■




『貴様との婚約など破棄してやる!』


顔に靄がかかり男がどんな表情をしているのかわからないが、責め立てるような恐ろしい口調で私に指を突きつける。


周囲を囲む人々は、近くにいる者同士で囁き始める。

囁きが次第にがやがやとした騒音となり、耳を澄ませなくても中心に立っている私に聞こえてくるほどだった


『真の聖女が現れたんだから、偽物は大人しく引っ込んでいればよかったのよ』

『やっぱり嘘をついていたのね、すっかり騙されてしまったわ』

『聖女を騙るだなんて重罪人に極刑だ!』

『嘘をついてまで、殿下の婚約者の座に縋りたかったのかしら』

『聖女様に乱暴迄していたらしいわよ』

『殿下もあんな女を婚約者としてたなんて、なんて不憫な方…!』


(一体、何の話をしているの・・・?)


身に覚えのない言葉ばかりが聞こえてきて、私は困惑した。


頭を抱え、これ以上なにも聞きたくないと頭を振るう。


気付くと、大人だった私の体が子供に戻っていた。


小さい子供の姿で膝を突いて頭を抱えている。


そしてそんな私の前にいつの間にか現れた両親の姿。


両親は2人揃って蹲る私にこう言った






『『役立たずが!!!お前なんて不要だ!!!』』







■■■




「!!!」


なんという夢なのだろうと、荒い息を整えて周囲を見渡す。

ベッドにもたれかかるようにアーシャが眠り込んでいた。

外はもう朝焼けの時間だ。

アーシャが起床する時間までもう少し時間があるだろうが、このまま寝ていてはちゃんと休めないだろう。


その時ふと言葉が頭に浮かんだ。


「”フロート”」


浮かんだ言葉をそのまま呟くと、私の体もアーシャの体も、そしてベッドもライトもテーブルも浮かび上がる。


「あ、わわわあ!…”キャンセル”!」


そう叫ぶとドスンと、浮かんでいた人や物が床に落ちた。

衝撃でアーシャの目が覚める。


「あ、お嬢様…熱が下がったのですね。よかったです」


ふわりと微笑むアーシャに私も(アーシャがのんびり屋さんでよかったわ)と内心で呟いた。


そして確かに熱は下がって、年中だるかった体がとても軽く感じられた。







この世界には魔法と呼ばれる力が一般的に存在する。


教育の場で学んだことでは、魔法を使うのに魔力が必要らしく、大人のように大きい体を持つ人にしか魔法を使う分の魔力はないらしい。

体の大きさと魔力量は比例すると考えられているのだ。

つまり、女性の大人より男性の大人の方が魔力が多く、そして体が小さい子供には魔法は使えない。


家庭教師には『お嬢様も大人になれば使えるようになりますよ』と言われていたし、お兄様も学園に入学する前の段階では全然使えていなかった。


だから本来ではお兄様よりも年下で体の小さい6歳の私は、まだまだ魔法を使えるような歳ではないのだ。


(まぁ魔法をつかえるようになっただけで、わるいことをしたわけではないから…)


それよりもあの夢に見た光景だ。


今よりも大人の私は沢山の人に囲まれながら、婚約破棄を突きつけられていた。

顔はもやがかかって全然見えなかったけれど、周りの人の言葉から私に婚約破棄を突きつけたのは王子殿下で間違いない。

そして、破棄を突きつけられたということは、私は王子殿下の婚約者として選ばれたという事。

夢ではどんな処罰が下されるのか見えなかったけど、あの雰囲気は穏やかじゃない事だけはよくわかった。


(ということは、学園に入学する前に殿下と婚約するってことよね?)


まさか学園に通っている間に婚約することはない思う。

普通の貴族ならまだしも、王子殿下となれば早々に婚約者を決めなければいけない。

数多くいる令嬢達が通う学園に、相手が決まらないまま放り込まれることなんて出来ないからだ。

草食の仮面を被っている肉食動物の群れに子羊を放り込むようなものだから。

それに学園は成人手前、つまり18歳まで通うのだ。

男の子の状態の殿下ならばまだしも、それなりの男性に育った殿下に、それなりの体に成長した令嬢が擦り寄り朝チュンみたいな展開になってしまう可能性も否定できない。

……大変不敬な考えだけれども。


「となれば今は6歳だから、来年の入学までの間に話があるかもしれないってことよね」


夢では殿下と思われる人の隣には胸が大きな女性が並んで立っていたから、私がめちゃくちゃ良い行いをしていても、殿下が胸に…いえ、女性に心を奪われてしまったら結局は婚約破棄をされる。

さすがに悪事を犯さない限りは処刑うんぬんは起きないとは思うけど………。


とりあえず殿下とは婚約関係にはならないのがこれから先の私の為。


「よし!断りましょう!」


そう決心して拳を突き上げると、いつの間に部屋に入ったのかアーシャが「なにがです?」と声をかける。


「あ、ううん!なんでもないのよ!」


「?それより旦那様がお嬢様をお呼びです」


「私を?」


はい。と頷かれるのでそのままお父様の元に向かうと、ニコニコ顔で出迎えられた。


「お前の婚約者が決まったぞ!喜べ!」


「え…」


婚約者にはならないと決意したばかりだというのに、目の前の父親に告げられた一言にまるで頭を殴られたような衝撃が走った。


「そ、それはいったい誰ですの?」


「王子殿下だ「取り消してください」…は?」


「ですから、取り消してくださいといったのです」


「お、お前…私がどんな苦労して、殿下の婚約者の座を手に入れられたと思っているんだ…」


「私は王子殿下の婚約者として力不足です。

力不足な私ではどうせ近い将来婚約が破棄されます。そうなってしまったらお父様の顔にも泥が塗られてしまいます。

そうなる前に私と殿下は婚約なんてしないほうがいいのです!」


私がそう説得すると、お父様の顔はどんどん赤くなっていく。


「なぜそうなるんだ!私はこの家の為にお前を売…いや、お前の為にと思って動いたのだぞ!?

なにをしても考えが変わらないというならば、謹慎していろ!!」


「キャッ!」


怒りで真っ赤になったお父様に腕を鷲掴みされて、部屋から追い出された私は床に倒れこむ。

バタリと閉められた扉を呆然と眺めて思った。


(ああ、私、親から愛されていなかったんだ)


ただ頭ごなしに拒否するのも無理はないだろう。気持ちはわかる。

殿下との婚約者の座を勝ち取るためには、想像もできないことを色々やったのだろう。


しかしお父様…いえ、あの男は言ったわ。言い間違いを装っていたけれど、はっきりと言った。

私が殿下の婚約者となったのは「この家の為」だと。

決して私の為なんかではない。


私の為ならば、いまだに痛みが引かないほど握りしめる事なんてしない。


怒りに任せて投げ出されることなんてしない。


結局私はあの男にとって、都合のいい道具でしかなかったんだ。


だから体調を崩して寝込んでも見舞いの一つもこなかったのだと、納得した。



でもあの男の力を借りずに婚約解消なんて出来るはずがなかった。


この家を出る?


_いえ、私はまだ幼いわ。魔法が使えるといってもお金を稼ぐことも、宿を借りることも子供の私ではままならないことだけはわかる。



もう一度説得する?


_いえ、あの男の様子から考えが変わらない事だけはわかる。

 それに実の子供の腕を掴み放り投げた男よ?次は殴られるかもしれないわ。


お母様に相談する?


_いえ、あの男と同じようにお母様も私の事を愛している保証なんてないわ。

 その証拠に今迄寝込んでも様子を見に来たことなんてないもの。

 あの女の頭はお兄様の事でいっぱいなはずよ。


そうなると、もう婚約を一時的に受け入れるしか私に道は残されていない。


勝手に婚約相手を決められたんだもの。

それなら勝手に条件を付け加えても問題にはならない筈よ。


条件は一つ、”好きな人が出来たら婚約解消をすること”それだけを殿下に納得させるのよ。








あれから大人しく部屋に引きこもっていた私の部屋に、怒りが収まった男がやってきた


「殿下との顔合わせだ。大人しくついてこい」


まるで物語に出てくるような悪者みたいなセリフね。と思いながらも素直に従った。


男と2人で馬車の中に乗り込み、王城に着くまでの間一言も話さなかった。

きっとこの空間は男が発するピリピリとした雰囲気で大変居心地が悪くなっていただろう。

私はなんとか窓の外を見てやり過ごす。


比較的すぐに王城に着いて心の底から安堵した。


「その娘がそうか?」


「ええ!わが愛娘のエレンと申します!

少し病弱なところがございますが、最高級の教育を施している為麗しい王子殿下にも釣り合うかと…」


陛下への謁見の際、男にそのように語られる。


(愛娘?どの口がそういってるのよ) 


と、この場で口に出してしまいそうだった。


陛下は男の”病弱”の部分に眉を顰めたが、私をじろじろと眺めた後口元を緩ませて頷いた。


「では若者同士の方が落ち着いて話も出来よう。…コンラッド!」


「はい。陛下」


陛下の後ろに隠れていたのだろうか、すっと陛下の後ろから私と同じ年頃の男の子が姿を見せる。


「コンラッド・ヴェステリアと申します」


艶々とした金色の髪の毛に宝石のような赤色の瞳が印象的だった。

王子殿下は私に手を差し出して、ニコリと微笑む。

私は無意識に差し出されていた手を取っていた。


「じゃあ行こう!」


「え!?」


勢いよく駆け出す王子殿下に、私はもつれながらも必死に走った。

不思議なことに、いままで寝込むことが多かった筈の私は、一度も倒れることもなく、それどころか息も上がらずに走ることができた。

駆け抜ける時に感じる風が、とても気持ちよく感じた。


「君すごいね!」


「な、なにがです!?」


「こんなに僕についてこれる女の子初めてだよ!」


楽しい!と満面の笑みを向ける王子殿下に、私も自然に笑みがこぼれた。


「私も!楽しいわ!」


2人で疲れるまで追いかけっこをした後は、綺麗な花が咲く庭園でお茶をした。

お茶といっても、甘いココアに、バターの風味が濃厚なクッキーが出された。

様々な形のクッキーに王子殿下も私も話が盛り上がる。


「あ!」


「?どうしたの?もっと食べたい?」


「違うの、私コンラッドに伝えたいことがあるのよ」


遊んでいる途中で名前で呼ぶこと、話し方も崩すことをお願いされた。


「なに?僕にできる事なら叶えてあげられるよ」


「私達の婚約について」


そういうとゴホゴホと、ココアが気管に入ったのかむせる殿下の背中をさする。


「こ、婚約についてって……、エレンは僕が婚約者は嫌?」


悲しそうな顔で見上げられると、罪悪感がちくちくと良心を刺激した。


嫌ではない。本当に。


コンラッドと出会う前までは、あの夢の所為で殿下のイメージが下の下の下で、悪すぎたから。

だからこそ婚約者になりたくなかったわけだけど、今はコンラッドの人となりがわかり、安堵している。


話が通じる人なのだと。


「いやじゃないわ。でも将来何があるのかわからないから、”好きな人が出来たら婚約解消をしましょう”ってことだけいいたいのよ」


「…エレンは僕のこと好きにならないってこと?」


「そうじゃないわ。あなたは優しくて素敵な人よ。

大人になっても魅力的な男性になると思うわ」


「ならそういう条件は必要じゃないんじゃないかな…?」


渋るコンラッドに私は首を振る。


「お願いよ、コンラッド。私は貴方よりも身分が下なの。

条件として盛り込んでもらった方が、貴方に好きな人ができた時私の方からも婚約解消を求めやすくなるわ」


だって貴方は卒業前に私に婚約”破棄”を突き付けて、断罪するのだから。


「そんな!僕は…!」


「コンラッド…お願い」


「…わかった。でもこれだけは知っててほしい。

今日初めてエレンに会って、君みたいな素敵な女の子が婚約者だと知って、本当に嬉しかった。

これから先も僕には君だけだと思うし、婚約解消だなんてエレンに絶対に思わせない」


「…ありがとう」


その言葉が現実となるのならどれだけいいか。

コンラッドに出会った今は、そう思えた。


コンラッドと別れ、王城からの帰り道男の機嫌が大層よかった。


「お前も結局は殿下の婚約者に満足しているではないか」だの

「これからも殿下の機嫌を損なうことのないようにしろ」だの


そういう言葉を並べられた。


「早く学園に通いたいわ…」


思わずそうつぶやいてしまった。


話を聞けと怒鳴られるのかと思いきや、「そんなに殿下と共にいたいか」と良い方向で勘違いしてくれたから、曖昧に濁しておいた。

本当はあなたがいる空間から逃げ出したいだけよ。といいたいが。


学園入学まで、あと数か月。



■■■



長いと思った数か月なんてあっという間に過ぎていった。


学園に通う為の準備と称して、こっそり町にくり出して偽名を使って冒険者登録をしておいたのだ。

未成年の内なら親の許可がいるが、平民を装えばその許可もいらない。

平民には複雑な事情があるからだ。


だからわざとあの男を怒らせた私は顔を殴られ、痣を作り

アーシャに頼んでおいた古着を着て冒険者登録にくり出したのだ。


お陰で受付の女の人には複雑な事情があるのねと涙ぐんでもらいつつ、なにも聞かれないまま登録ができた。


複雑な事情があるのは本当の事だし。

とりあえず登録できて本当に良かった。


稼ぎのいい魔物の討伐には年齢的にも、また冒険者としてのランク的にも難しい為、町の中で募集しているお仕事にチャレンジする。


ちなみに、長い髪の毛を帽子の中に隠し、子供だから出るところも出ていない私の外見は少年のように見えている筈だ。

登録票には女性に印をつけたが、周りに少年と意識付けしてもらうだけでいい。

少女と思われると野蛮な人が絡んでくると聞くからだ。


ブラシを持って、えっほらと磨いていくけれどなかなか下水道の汚れは落ちない。

あー疲れると肩をポンポンと叩くと、ふと文字が浮かんだ。


「”クリーン”」


ぶわっと黒く薄汚れていた下水道が、クリーム色の本来の姿に変身していく。


「…魔法ってすごすぎ…」


子供だから魔法が使えない設定だったが、例外もいるだろうと思って、それでも時間がかかったんだよという設定も付けた方がいいと思った私は暫く町をぶらついた後、完了の報告をしに行った。


まぁそんな感じで魔法って便利!と気付いた私は、私の姿を模倣して、偽の私をベッドに忍ばせて町へと出掛ける。

お小遣い程度しか稼げないが、実際にこの家を出て平民になった時の為に、ランク上げに必死だった。

でもその頑張りのお陰でこの数カ月と短い期間でもランクが一つ上がることが出来た。


ちなみに自分で稼いだお金は微々たるものだったが、空間魔法も使えた私は亜空間にしまい込んだ。

本ッ当。魔法って便利。


そんな感じで入学までの数か月なんてあっという間に過ごした私は、指定の制服に身を包み、いざ学園へと馬車に乗り込む。


学園は子供の自主性育成の為、メイドも連れてこれないのだ。

アーシャとはお別れになってしまうが、平民となったら本格的に会うことはなくなるし、これが本当に最後になるかもしれないと思った私はぎゅうと抱きしめてから手を振った。


学園に着くと殿下が待っていた。

最後に会った時から数か月しか経っていないから、大して変化はない。

もし変化をあげるとしたら、あの日無邪気にはしゃいだ姿は見えなくなったことだけだ。

まぁ場所が学園だし、一人はしゃいでいたら周りの目も気になるわよね。

もしかしたら殿下がはしゃいだら、周りの人たちも気を遣って一緒にはしゃいでくれるかもしれないが。


「エレン、久しぶりだね」


「ええ、5か月振りかしら?」


「君に会えない時間が凄く長く感じたよ…、またこうして会えて嬉しい」


私はあっという間でしたけど。という言葉は言わない。


「私も会えて嬉しいわ」


これも嘘ではなく本心だ。だからこそ、殿下も素直に受け止めてくれて、微笑んでくれる。


2人で並んで歩き学園の建物の中に入っていく。


「僕はSクラスだったけど、エレンもそう?」


「ええ、侯爵家までがSクラスとなっているので、私も同じクラスです」


「エレン、口調」


「ふふ。…私も同じクラスよ、コンラッド」


私の中でコンラッドは友達だけど、一時的な婚約者であり、王子殿下でもある。

だからたまに敬語になってしまうが、コンラッドは敬語を使われるのがいやらしい。


「じゃあ卒業まで同じクラスだね!」


「そうね、…じゃあ私が授業に出れない日があったらノートを見せてもらおうかなぁ~」


「あ!今からサボる計画!?だめだよ!」


「違うわよ、私これでも風邪をひきやすい子供だったの。

だからなにかあったら頼らせてもらうつもりでいったのよ」


勿論あの夢を見た日から体調を崩すことはなくなったが。

本当に何が原因だったのか。


「そういうことね。それなら僕に頼ってね!エレンの力になりたいからさ!」


「ありがとう、頼りにしてる」



◇◆◇



学園では主にコンラッドと共に授業を受け、隣接する寮では初めてできた友達と行動し、それはもう平凡すぎる日常を送っていた。

そんな平凡な日常が1年、2年と過ぎて転入生がやってくる。


なんでも突然神殿に現れた女の子で、神殿の人たちは聖女として迎えているらしい。

その聖女にこの国の事を学んでもらう為に、学園に”転入”するそうだった。


「はじめまして!私宮島葵といいます!聖女の教育の一環として今日からこのクラスの一員になります!よろしくお願いします!」


ニコニコと愛想のいい笑顔に、男たちの鼻の下が伸びる気配を察する。

一応言っておくが、女子の制服のスカート丈は膝下だ。寧ろくるぶし丈である。

学問を学ぶ上でふしだらな格好はしないようにとのことで、決められているのだ。

それに貴族の令嬢として、不用心に肌を見せてはいけないと暗黙のルール的なあれでいわれている。


つまり、男たちの鼻の下が伸びているのはなにもあの無邪気な笑顔にではなく、アオイといった女性のスカート丈に問題があるのだ。

思いっきり膝より上。

階段を歩いたら下から下着が見えてしまいそうな短さなのだ。

なんだあのスカート丈はと、女子生徒の視線がきつくなる。ちなみに私もだ。


(え、ちょっとまって聖女?)


なんだか聞き覚えのある言葉に私は脳をフル回転させた。


(どっかで聞いたことのある言葉なのよね…どこだっけ…)


あまり印象に残っていない言葉だったのか、考えても思い出すことは出来なくて、私は思考を放棄させた。





そんなある日の事


「エレン様!あの女を注意してくださいよ!」


「え、ちょっと落ち着いて、事情を話してちょうだい」


寮に帰った途端、私の友達のエリーが突撃訪問で飛び込んできたのだ。

しかもエリーだけじゃなくて、他の令嬢たちの姿もある。


「どうしたのよ?いったい」


「エレン様!私達一生懸命婚約者に訴えたんですよ!

なのに!なのに!あの女とべたべたして!」


「そうなんですよ!私も婚約者とお茶を飲みながら話していたら『君からの愛を感じないんだよね』って突然言われて

なにかと事情を聞いたら、あの女から手作り弁当を貰ったそうで!」


「私の婚約者なんて、ぶつかってきたのはあの女からだったのに、あの猥褻物のような短いスカートで足をこれまた卑猥な感じに広げて…、婚約者に色仕掛けしたんですよ!?

信じられます!?」


私の場合なんて!とそれぞれ叫ぶように訴える令嬢達に私は目が回るようだった。


彼女が学園に通ってからまだ日も浅いというのにかなりのうっぷんが溜まっていたらしい。


というかなにをしているんだ聖女様は。


「お願いします!私達があの女に言っても、婚約者に訴えても全く効果がないのです!

エレン様から王子殿下に伝えて、男子生徒に告げていただけませんか?!」


必死に訴える令嬢たちを前にして、私は断るという選択は出来なかった。


わかったと伝えると、令嬢たちは安堵してぞろぞろと部屋に戻っていく。


そして私はコンラッドに事情を伝えるために、明日に備えて寝た。



コンラッドと私はこの学園に通い始めて二年間。毎日のように一緒に登校し、昼は一緒にご飯を食べて、帰宅も一緒に帰っている。


(最初は特に約束もしてなかったから一人で登校しようと思ったのだけど…)


女子寮の門の辺りにコンラッドが待っていたのだ。

姿を見かけた時は、急いで支度を済ませて駆け付けたものだ。


それからは約束していなくても一緒にいた。

先生の呼び出しがあった時も、遅くなるから先に帰ってと伝えておいても待ってくれている。

婚約者として大切に扱ってくれていることに心が温かくなった。


(だから今日は登校の時間を利用して、令嬢たちの事情を話そう)


「エレン、おはよう」


「おはよう、コンラッド」


二人並んで学園に向かって歩く。


「殿下」


「あ、エレン、殿下じゃなくて…」


「いえ。今日は公爵令嬢として、殿下にお話ししたいことがございます」


「…なにかな?」


私がコンラッドの事を敬称で呼んだことで、婚約者としてではなく王子殿下として対応してくれたコンラッドに安堵する。


「実は聖女として入学されたミヤシマアオイ様に多数のご意見が集まっているのです」


「…話してみて」


「彼女は婚約者のいる男性に近づきその者たちを誘惑していると…。令嬢たちは婚約者との関係悪化に嘆いております」


「それで?」


「婚約とは家同士の契約です。簡単に解消することは出来ません。

その事を十分男性たちに釘を刺してもらいたいのです」


まっすぐ前を見て歩きながら殿下に述べると、急にコンラッドが歩みを止めた。


「……エレン自身もそう思ってる?」


風が吹いた。

強い風ではない。髪の毛が揺れる程度の風だった。


コンラッドは目を瞑り、ゆるく頭を振った。


「いや、なんでもないよ。受け入れたのは僕だからね。

僕が行動で示せばいいだけのことだ」


ぼそりと呟かれたことは、はっきりと私の耳には聞こえなかったが。

なんでもないといっていたから本当に何でもないのだろう。


「それで、伝えていただけますか?」


「ああ、いいよ。貴族として立場を理解してない者達にしっかりと釘を刺しておこう」


「ありがとうございます」


これで令嬢たちにいい報告ができる。

そして、雪崩みたいな突撃訪問もなくなるだろう。と胸を撫で下ろした。





魔法は非常に便利なものだ。


体が成長するたびに魔力量が増え、使える魔法もどんどん増えていくのが実感できる。


学園に通っている間は冒険者として活動なんてできないかと思っていたが、なんとギルドは閉店することもなく常に営業しているというのだ。

なんというサービス精神なのだろう。


新しく覚えた魔法で姿を消して、ギルドまでひとっ飛びする。

瞬間移動もやってみたのだけど、まだ短い距離しか移動できないから飛ぶ方が早いのだ。


馬車で結構かかる筈なのに、魔法を使えば数十分で移動できるのは素晴らしいことだ。

風圧で目が乾くけど。


それでも夜中にギルドを訪れるので良さそうな仕事は残っていなく、そしてまだ討伐系の依頼は引き受けることは出来ない為に今日は薬草採取の常時依頼でもするかと手に取った。


流石に成長していくと出るところも多少なりとも出てくるようになった私は、長いローブを被って活動するようになった。

これが意外に夜だと目立たないらしい。


町からそう離れていない草原で薬草を探す。

普通なら夜の時間帯は手元が暗く探すのが大変だが、魔法という便利なものが使える私は「サーチ」と唱えてお目当ての薬草をバンバンと得た。


勿論根から採ることはしない。

次が生えてこなくなるからだ。


しかも空間魔法を使える私は鮮度ばっちりで、探せる分は確実に持って帰れるってわけだ。


そんなこんなで薬草採取してもういっかと手を止めると、町がある方角がまるで太陽でも上っているかのように明るくなる。


立ち上がって振り返ると、大規模な火事が起きていたのだ。


すぐさま飛び姿を消したまま水魔法で炎を覆う。

寝ている人達が多かった時間帯だからか、火が広がるのが異様に早かった。


火事に気付いた住人たちが建物から飛び出して逃げていく人や、膝から崩れ落ちて呆然としている人、私のように深夜に活動している者は寧ろ建物の中に飛び込んでいった。


私は至るとこに火が飛び燃え広がるのを防ぐために、次々と移動しながら水魔法で消していく。


火を消すことに集中するあまり、姿を消すことも忘れ、また被っていたローブも外れていることに気付かなかった。





学園の中で2つの噂が広まっていた。


一つは赤髪の女神が舞い降りた。


もう一つは聖女と王子殿下の婚約が噂されていること。


赤髪の女神については、以前あった大規模な火事の事件の時に現れたとされる人の事を語っているらしい。

まぁ私の事ではないだろう。確かに私も広がる大火事を鎮火させるために動いていたが、私の髪の毛は銀髪だ。

しかも目立たないようにローブを被っている。

どう考えてもこの銀髪は赤髪と間違われることはないから、あの日あの時私の他にも動いていた人がいたんだなぁと、ただそれだけを思った。


問題なのはもう一つの噂だ。

聖女と王子殿下の婚約問題。


ちなみに言ってはおくが、私と王子殿下の仲は別に悪くない。

入学当初から変わらずに、朝一緒に登校して、隣の席で授業を受けて、昼も一緒に食べて、一緒に下校する。

これだけ一緒にいたら、聖女様と共に過ごしている暇なんてないだろうとわかる筈なのに、なぜ聖女とコンラッドの婚約話が上がるのか。


それは聖女を敬う神殿側の派閥によるものだった。


この国では聖女の身分は高くない。

聖女といっても一般より魔力量が高いだけで、普通に魔法が使える女の子なのだ。

だけど、聖女に身分という力を持たせたい神殿派の者たちが画策して、今の婚約者、つまり私とコンラッドの婚約関係を見直し聖女との婚約を進めようとしているのだ。


コンラッドの言動から見ても、彼自身が私を大切にしてくれることから、子どものころに夢で見たような婚約破棄劇場にはならないと思っていたのに。


結局婚約解消の展開にはなってしまうのね。と深いため息が漏れる。


(好きな人ができたら婚約解消…)


そんな条件にしなければよかった。


私に好きな人が出来たといっても、「じゃあここに連れてきて」といわれてしまったらウソだとバレてしまうことは確実だし。


コンラッドも聖女様が好きなら私とこんなに一緒にいないだろう。


追加した条件は使えないという事だ。


それにコンラッドに婚約解消のつもりがなかったら、このままでは面倒な問題に巻き込まれてしまう。

それはいやだった。


冒険者として活動していくと、自由というものが心地よく感じ、それを手放すことが惜しくなる。


今の自分自身の気持ちとしては、すぐにでも平民になってもいいと思っているのだ。


それほど貴族の立場が煩わしいと感じている。

だが公爵家の私は下の身分の者の声を聞いて、まとめる立場にある。

今はコンラッドの言葉のお陰で令嬢たちの婚約者の男性たちも大人しくなった。

寧ろ婚約者とのギスッた関係を修復させるために男たちが必死に婚約者たちの機嫌を伺っている。


だがキョロキョロと校内を歩き回る聖女の姿に何かを企んでいるような気がして、非常に関わりたくないと、面倒くさいと思ってしまっているのだ。


あーあ、どうしてあんな条件にしてしまったんだろう。


(もっと適当な……、うーん、平民になりたくなったら?とか?)


却下ね。そんな条件受け入れる前に正気を疑われてしまうわ。


「あ~あ……」


自由になりたいなあ…。切実な思いに、ため息が漏れた。





家から手紙が来た。


もうクソみたいな内容だった。


要約すると【聖女をどうにかして、殿下を手中に収めろ】と書いてある。


聖女をどうにかって意味がわからない。

だいたい”どうにか”してしまったら、私”だけ”が咎めを受けるだろう。

神殿派はそれほどに聖女の存在に賑わっているのだから。


殿下を手中に収める?まだ12歳になったばかりの私になにを求めているの?

5年間なんの音沙汰もなかったからそれなりに快適に過ごしていた私に、いきなりこんな手紙を送るなんて。

あの男、私に暴力を振るってからもう遠慮なしにクズな男として豹変したわね。

なんで私はあの男の事を”お父様”といっていたのか、今ではわからないわ。


まぁとりあえずこんな手紙は見なかったことにして、ボッと一瞬で燃やしてあげた。


この手紙の内容を見た人物が、ありもしないデタラメな事を言いふらしかねないからね。


そして後日、殿下として、そして婚約者としてコンラッドから私に話があるといわれた。





◇◆◇





「話ってなに?」


そう切り出すと、言いづらいことなのかコンラッドが目線を右へ左へと泳がせる。


いつもはっきりとものをいうコンラッドからは考えられなかった。


「もしかして……婚約に関すること?」


そう問うとびくりと体を跳ねらせる。


「エレン……」


「私だって学園でのんびり暮らしているわけじゃないわ。

実家に帰らなくても情報は入ってくるもの」


だから気にせず話して頂戴と、コンラッドに促すと渋々ながらも話してくれた。


「実は…だいぶ前からエレンとの婚約を見直すという話が出てるんだ」


その話ならば少し前から学園でも噂されるようになっていることだと、私は頷いた。


ん?だいぶ前?


「聖女だけが理由じゃない。

いや、それがきっかけなのだが君の…、ペイジー公爵が不当な取引を行っていると陛下の耳に入り、そして調査が行われたんだ」


「不当な取引…?」


それは初めて聞いた。

まぁあの男のことなんて興味もないし、平民になる為の準備を今も行っているから公爵家の事情を把握することもなかった。

でも確かに殿下の婚約者の座を手に入れるために、”色々”したという事を言っていたことを思い出す。

それももしかしたら犯罪的な事を含んでいるかもしれない。


「あの男…いえ、お父様はどんなことをしていたんですか?」


「……奴隷商売への投資だ」


「!」


奴隷制度はかなり昔に廃止されているのに、それの投資!?


愕然としている私に悲しそうに微笑むコンラッド。


「知らないようで安心したよ…、だけれどこの事実があったことで僕とエレンの婚約関係が解消されようとしているんだ。

君はなにも悪くない。だがそのような悪事を行う家と王族が縁を結ぶことは……」


ぎゅうと力いっぱいに手を握りしめる。

ぶるぶると震えるコンラッドの手に私は自分の手を重ねた。


「コンラッド」


俯いていたコンラッドが私を見上げる。


「婚約解消しましょう」


「!?エレン!?なにをいってるんだ!?」


「そんな悪事を行う家と王家が縁を結んだら、王家も加担していると思われてしまうわ。

それに今回は当てはまらないけど、”好きな人が出来たら婚約解消する”を条件に付けたのは、気軽に解消できるようにと思っての事よ。

私の事でコンラッドが気に病むことはないわ」


「待ってくれ!僕は!」


「殿下!!!」


ガラリと扉が開けられて話は中断する。


「申し訳ございません。今すぐ王城にとの仰せです!」


「ッ……、エレン、この件はもう少し待っててくれ」


「え、しかし…」


「お願いだ」


まるで今にも泣きだしそうな目で見つめられたら、私もそれ以上は言えなくなった。


「わかった」


と頷くと、コンラッドはそのまま迎えに来た従者と共に部屋を出ていく。


(婚約解消かぁ…)


あれほどに自由を求めていたが、いざ婚約解消が目の前に迫ると、婚約者として共に過ごしてきたコンラッドと別れるのがさみしく感じる。

コンラッドは待っててといっていたが、あの男がクズな行為をしてしまった以上、解消は免れないだろう。


手紙を送ってきたのに、まさか送った本人の所為で解消することになるとは。

目の前で指を突き付けて大笑いしたいくらいだ。

…今の気分的には笑えないけれど。


それにしても休日の度に王城に出向いていたと思ってはいたが、まさかこういうことだったなんて思わなかったな。


学園卒業まであと6年はあると思っていたが、あの男が罪に問われてしまったら、最悪の場合爵位返上という事もある。

そうなった場合私は一気に貴族令嬢ではなくなるのだ。


(魔物討伐が出来るランクまであと一つなのに…)


もう暢気にしている場合ではないと悟った私は、週1、2くらいの活動を毎日に変更し、さっそく出かけたのだった。





フードを目深にかぶった私は依頼内容が掛かれているボードの前に立っていた。

今までは適当なものに手を出して、素早く受付に持っていっていたのだが、なんだかギルド内の様子がいつもと違う気がして周囲を見渡したのだ。


(そっか、なんか違うと思ったら女性の冒険者が増えたのね)


今までは体の大きいむさくるしい男が多かったのだが、女性もそれなりに増えていることがわかった。

女性が増えるだけでこんなに居心地がよくなるとは…!

いい方向に変わってくれて嬉しい限りだ。


「女性の冒険者ってこんなにいたんですね」


「最近増えたのよ」


「最近?」


「ええ、赤髪の女神様のお陰よ。あの人のお陰で女性でも冒険者を目指す人が増えたの」


ギルドに華やかさがあって受付をやっている私も嬉しいわと笑っている。


「その赤髪の女神ってよくくるんですか?」


「いいえ、私も受付をやって長年経つんだけど赤髪の冒険者は見たことないのよね。だから冒険者じゃないとは思うんだけど……

でも素晴らしい魔法であの大火事を鎮火していく姿をみて、魔力量が少ないって言われる女性でもあんなことできるなんてすごい!って憧れる女性が増えてね。

皆が女神って呼んでるのは、聖女様はもういらっしゃるらしいから、尊敬の意味を込めてあの方を”女神様”と呼ぶようになったのよ」


ふふっと微笑みながら、受付の印を手渡した依頼書に押していく受付の女性。

私の依頼達成率が高いことから、もう複数受注になにもいわなくなった。


「私も赤髪の女神様見てみたいです」


「レンちゃんもいつか見られるわよ」


レンというのは、冒険者としての私の偽名だ。エレンだから、レン。

安直だけれども覚えやすいし、反応だってしやすい。


「気を付けていってらっしゃい」


にこりと微笑まれて手を振ってもらえるようになってから、ここが私の第二の家なのだとも感じるようになった。


町の中には色んな人がいて、色んな人が色んな仕事をしている。

だからこそ毎日色んな内容の仕事がギルドに持ち込まれるのだ。


今日は運搬系の仕事を主に引き受けた。

もう12歳になった私はそれなりに体も大きくなったので、普通に魔法が使えても不思議じゃない見た目になったのだ。

元々から魔法を使える設定をしてはいたが、やはり体の大きさに伴って魔力量が備わると考えられているので、あまり多く魔法は使えなかったのだ。

それを今は見た目も大きくなったことから解禁して、もうめちゃくちゃ魔法を使っている。


依頼主の元に行くと最初は渋っていたが、空間魔法を見せつけるとあれもこれもと寄越してきて、報酬はギルド経由だから変わらないにしても、昼食代をくれたりとサービスしてくれるのだ。

公爵家の令嬢がと思われるかもしれないけれど、令嬢として贅沢をしてこなかった私は平民よりは金銭感覚が高いかもしれないが、狂っている方ではないと思っている。

それに自分で稼ぐことでお金の大切さがわかったのだ。

今はサイズが合わなく着れないだろう家にあるクローゼットのドレスで、何日…いや何カ月暮らせるだろう。

となると昼食代だけでも平民にとったらとてもありがたい金額なのだと考えるようになった。


……ん?ドレス空間魔法に入れて売り飛ばしたらいい金額になるんじゃ…。



そして事件が起こった。


いきなり町中で男が暴れだしたのだ。

近くにいた警備を担当している騎士たちが男を取り押さえる。

が、ガタイのいい男は刃物を振り回すだけではなくて、魔法を連発しだしたのだ。


刃物なら男を取り押さえるだけでなんとかなるが、魔法を放たれたら騎士たちは住民を守る方に徹してしまう。

そもそも騎士の数に住人の人数が多すぎるのだ。


小さな男の子が泣きながらギャラリーの中から飛び出す。

人混みで親とはぐれてしまったのだろう、潰されないように人混みの中を抜け出した様子だった。


そんな男の子にトチ狂った男が魔法を放つ。


(ああ!もう見てられない!)


瞬間移動で男の子の元に移動して、結界魔法を使った。


勿論結界に弾かれて魔法が飛び散らないように、結界に男の魔法を吸収させる。


泣いている男の子の頭を撫でて「大丈夫だよ」と微笑むと、男の子の涙が止まった。


私は暴れる男に近づく。


(酒くさ…)


まだ数歩分離れているのに漂う酒の匂いに私は眉をしかめた。


どうやら酒に酔って暴れている様子だった。

テロリスト疑惑がないことに安堵はしたが、こんな昼間からこんなになるほど飲むものではないだろう。


酔った焦点の合わない男のガンつけに、私は恐れることもなく男に手をかざして、魔力のリングで男を拘束した。

男は酒の影響もあり、バランスを保てずにその場に倒れ込む。

そこで騎士達が男に駆け寄った。


住民たちを守っていた騎士たちは少し火傷を負っていたため、私は治癒魔法をかけて治していく。


「めがみさまだぁ!!」


男の子がいった。


周りの人たちが騒ぎ出し私を囲む。


「ちょ!ちょっとまって!私は女神じゃないわ!」


あまり目立ちたくないからフードを目深にかぶっていたのだけれど、勘違いされても困る。

見てとばかりにフードをとり、皆に赤髪ではない銀髪を見せつけた。


騒がしさは少しだけ収まったが、男の子だけは目をキラキラさせたままだった。


「おんなじおかお!ぼくみたもん!ぼくのおうちについた火をけしてくれためがみさま!

ありがとう!きょうもたすけてくれてありがとう!!」


にこにことお礼を言われてはなにも言えなかった。

とりあえず、男の子の家の火を消したのは本当に私かはわからないが、今日男の子をあの酔っ払いから守ったのは事実だ。


「怪我がなくてよかったわ」


素直に受け止め男の子の頭を撫でていると、騎士の一人が呟きが耳に入る。


「エレン・ペイジー令嬢…」


バッと振り返ると、いつしか王城で見かけた騎士がそこにいた。


急いでフードを被って、首にぶら下げている冒険者カードを掲げる。


「わ、私は冒険者のレン!まだDランクだけれども、もっともっと頑張ります!」


ではー!依頼に来る際は指名してくれると嬉しいわ!と捨て台詞を吐いてその場から立ち去った。






(お願い!どうか!どうか!)


と私は寮に帰って、登校ぎりぎりの時間まで部屋で祈っていた。


別にやましいことは……、してないとは言えない。

だって貴族令嬢が、冒険者として活動しているってこと自体卑しいことなのだから。

貴族子息だって冒険者としては活動しないのだ。

そういう経験をしたければちゃんとした手続きを行い、騎士の一員として活動し、経験を積む。


それに私が婚約破棄または婚約解消の後、あの家から放り出されても生きていけるようにとの手段として今までやってきたのだ。

婚約解消を前提とした行為だが、それをコンラッドが知ったら傷つくに決まっている。

あの優しい人を悲しませるのは、辛かった。


だからどうか、冒険者のレンとして、エレンとは別人だと認識をしていてくださいと心の中で祈り続けていた。


そしてコンラッドと顔を合わせた。


「おはよう、エレン」


(……あれ…?)


「おはよう、…コンラッド…」


(もしかして何も聞いてない?あの騎士の人、本当に別人だって思ってくれたのかな?)


私がそう思うほどにコンラッドから何も言われなかった。


なんだーそっかーと満足していると、席に座ったコンラッドはにこりと笑って「ありがとう」といった。


(あれ、今お礼を言われるような会話していたっけ…?)


と思ったが、よくわからないまま「どう、いたしまして?」と首を傾げたのだった。





そしてそのまま6年が経って、遂に学園を卒業する年になった。


この6年色々なことがあった。


まず学園の中での話をあげるとなると

一つ、聖女の男漁りが何度もあった。


流石に分別を付けてくれた男性たちは鼻の下をのばさなくなったから、あまりコンラッドには頼らずに、私が直接聖女に話をした。

男漁りが繰り広げられるたびに何度も、…そう何度も。

ちなみに後で「エレン公爵令嬢が私をいじめるの~」と言いふらしても対処できるように、魔法を使ってコンラッドに状況を見てもらった。


二つ、何故か聖女派と私派の派閥というものが生まれた。

まぁこの学園は貴族しか通っていない為、婚約者を狙われまくった女生徒たちは全て私側の味方となったが、

それでも鼻の下をのばした男たちは結局婚約解消し、そのまま聖女の側についたのだ。

まぁ聖女の側についたとしても、別に痛くもかゆくもないのだが。


三つ、聖女が思ったより魔力を持っていないことが分かった。

一般人と比べて確かに魔力量はあるだろう。

でもそれは一般的な同じ年齢の女性と比べて、だ。

同じ年齢の男性と比べたら、同じくらいの魔力量か、少し少ないくらいだ。

寧ろ私の方があるだろうという感じで、知らないうちに聖女とコンラッドの婚約話の噂はなくなっていった。



学園以外の話をしよう。


まずなんと遂に魔物討伐の許可が与えられたのだ。

勿論15歳の段階でランクが上がり、既に許可は下りていたのだがこの時はまだ複数人でという条件付きだった。

17歳でBランクになった時、やっと一人で活動できる許可が下りた。

なのでここからは儲けまくりのひゃほーいって感じ。


二つ目、何故か女神が私に定着してしまった。

赤髪ではないのに、あの男の子だけではなくて他の大人たちも私の事をそう認識しているのだ。

赤髪の女の人が現れないように祈る毎日である。

え?だって出会っちゃったら、「皆を騙しているこの嘘つき女が!」とかなんとかいわれちゃうじゃない。

まぁ、でも町の住人たちはとてもいい人達ばかりで、よく声をかけてもらえるようになった。


三つ目、私の父親でもある男が捕まった。

男が捕まっただけで、私や母、そして兄には影響はなく、公爵の地位もそのままというなんとも寛大な措置をしてくれた。

しかも驚いたことに兄が父親の書斎をひっくり返して奴隷商売の店のリストを王家に提出したらしい。

腐った金を運用したくないと、まっすぐで誠実な兄の行動に父への咎で許してくれたのだ。

母親の所為で全く関わることがなかった兄だけれども、素晴らしい人だと思った。

ちなみに兄は公爵家が保有している領地の一つに母を送ったらしい。

今あの公爵邸には兄一人で、他は執事やメイド達が住んでいるという事だ。


つまりあの家から出たいと願っていた原因を兄が取り除いてくれたのだ。


(でも兄が結婚したらそれこそお邪魔虫よね) と思うと、このまま平民になってもいいと思う。


まぁこんな感じで結構濃厚な出来事が色々この数年で起きたというわけだ。


そして学園を無事に卒業した私は、コンラッドと共に王城にやってきていた。


(…なんで?)





「陛下、卒業を機に私は婚約者のエレン・ペイジーと結婚致します!

どうか許可を!」


壇上の椅子に腰かけている陛下を見上げて、コンラッドが声を上げた。

その内容に私の目は点になる。


「あいわかった。

エレン・ペイジー公爵令嬢との結婚を…」


「ちょっと待った!!!」


考える間もなく承諾しようとする陛下の言葉を遮ったのは私ではない。

バンっと両開きの扉を勢いよく開けて、許可もなく入ってきた聖女、ミヤシマアオイだった。


「まってください!殿下は聖女である私と結婚するべきです!」


「…何を言っているんだ君は。

どこにそんなことをする理由がある」


「理由ならありますわ!まずその女…エレン公爵令嬢は悪女なのです!」


「悪女、だと…?」


ギラリと目つきがするどくなったコンラッドに、ミヤシマアオイは気付かないのか声高らかに続ける。


「ええ!まずエレン公爵令嬢は私を呼び出してしかりつけましたわ!

手は出さなくとも、言葉は刃物です!簡単に人の心を傷つけるのです!

それにいつも私が主催するお茶会に顔を出しては下さいませんでした!

公爵令嬢が来ないとなると、他の令嬢たちも来て下さらないのですよ!?

私あの学園で友達一人も作ることができませんでした!ひどすぎませんか!?

エレン公爵令嬢は私を遠回しにいじめたのです!悪い人がする手口です!

殿下!こんな悪い人と結婚なんてするべきではありません!

陛下も!こんな悪女が国民を大切にしてくれると思いますか?!見直すべきです!」


ふふんと、言ってやったぜ的な雰囲気を醸し出して腰に手を当ててドヤ顔している聖女サマに私は目を閉じた。

呆れてである。


「………まず君は呼び出された原因に心当たりはあるか?」


「ありません!」


「はぁ……、まず多くの令嬢達から君に対する苦情が多く寄せられている」


「それはエレン公爵令嬢が私を嵌めている結果じゃないですか!?」


「明らかに違うな。私も確認していることだ。

まず、君は婚約者がいる子息達に近寄ったな?」


「友達作りがそんなにいけないんですか?!」


「友達作りに、胸を二の腕に押し付けたり、下着を見せつけたり、膝枕をしたり、抱き着いたり、耳元でささやく必要もない言葉をわざわざ囁いたり、意味もなく異性の太ももを撫でまわしたりなどしない」


「軽いスキンシップじゃないですか!」


「君の世界では軽いスキンシップかもしれないが、この国では婚約者でもない相手にそのような行為をするのは”ふしだら”…つまり、男女関係について節操のない人間だと思われるのだ」


「酷いです!!!」


「君はこのような行為を複数の男性に何度も繰り返して来たな。

その度に全ての子息達にではないが、婚約者の令嬢たちを蔑ろにし始める男共に”僕自ら””直接”苦言を呈したのだ。

ちなみに一部の令嬢たちは耐え切れず、婚約解消している」


「でもただの友達ですよ!それに婚約解消したってことは結局愛がなかったんですよ!」


「その君流の友達作りで、迷惑を受けた人たちは大勢いるのだ。

貴族の結婚はただの恋愛ごっこではない、そこにしっかりとした家同士の契約がある。

勿論、政略結婚でも愛が生まれれば幸せな家庭を作れるだろう」


ここでちらりと私を見るコンラッドに、とりあえずにこりと微笑んでおいた。


「君は学園に在籍する間ずっと、そう……ずっとそうだった。

エレンが君にやめるように促したときも、やめなかった。

君はいったな?”私が主催するお茶会に顔を出してはくれなかった”と。

だがエレンが君を招待した時、君は来なかっただろう!? 僕でさえ女子寮を理由にお茶を一緒に飲めなくなったのに!!!!

『友達作りなら是非参加しませんか?』」と天使のような、、、いや!女神のような微笑みでお前に手を差し伸べたのに参加しなかったのはお前だ!!!!

何がいじめだ!!! 僕だってエレンに誘われたい!! 一緒に遊んだり、一緒にお菓子を食べたりお茶を飲んだり、面白い本の感想を語ったりしたい!!!!

エレンの所為で友達一人も作ることはできなかっただと!?お前のそのふしだらな行為が原因なだけじゃないか!!!」


はぁはぁと息を荒げるコンラッドに、私も聖女も目が点になった。

ちなみに殿下の側にいつもいる従者や護衛の方、そして陛下はやれやれといった感じだった。


「最初はよかった。朝早くにエレンに会えて、一緒に登校して、一緒に遊ぶことは出来なくても、いつも隣にエレンがいて、そんな環境で学ぶことが出来て

昼食の時間もささやかな会話を楽しみながらエレンと一緒にご飯を食べることが出来る。なんという幸せなひと時なんだと僕は学園生活に感謝したよ。

だが、徐々に崩れ去ったんだ。

ある聖女と名乗る女が入学してから!!!! エレンとはずっと行動してこれたよ!!!でもな!!!!

徐々に疲れたような雰囲気を出すエレンに僕の胸が締め付けられた!!!

そして話す会話もお前の話が大半を占めるようになった!!!  エレンの日常に僕は興味があるのであって、お前の話なんて聞きたくないんだ!!!

そしてあの日、エレンから胸が張り裂けそうな言葉を告げられたんだ!!!

婚約解消を!!!!! 僕の好きな人はエレンなのに!!! お前がきっかけで僕は好きな人から別れを告げられたんだぞ!?

お前に僕の苦しみが分かるか?!!?」


一度深呼吸をして、さらに言葉を続けるコンラッド。

口は挟める雰囲気ではなかった。


「そこから立て続けに僕にとっての悲報が続いたよ…。婚約を解消したくない僕は必死になんとか挽回するために色々考えた。

でもさすがはエレンだ。僕の女神は、国民の女神でもあったんだ」


くるりとコンラッドが手を広げなら振り向いた。


「『赤髪の女神』エレンも知っているよね?」


「は、はい……」


私じゃないと主張しているのに、何故か私の事になっているのだ。知らないはずがない。


「それはエレンの事なんだ」


「いえ、…私では「赤髪じゃないじゃない!?」…ですよ」


「いや、正真正銘エレンの事だ」


スッとコンラッドが手を挙げると、どこからともなく水晶を持って男が現れる。


「ごめんね、エレン。ちょっと魔力を注いでくれると助かる」


コンラッドが私にそうお願いしたのは、私の魔力量が多いからだ。

内緒にしておこうと思ったのに、授業の一環で魔力量測定というものがあってバレた。


「わかったわ」


何故魔力を注がなくてはいけないかの理由はわからなかったけど、コンラッドは私に不利になるようなお願い事はしない。


魔力を注ぐと水晶は真っ白になり、光が漏れだす。

水晶の上部分にうっすらと映像が映し出された。


茶色いローブを被った一人が町の上空にいきなり現れた。

そして風が吹いてフードがめくれる。


「エレンの美しい銀髪に、赤い炎が照らされたんだ。

こうして周りに炎がなければ銀髪にちゃんと見える。でも見る角度によっては”赤髪”にも見えるんだよ。

これが赤髪の女神の正体。そして今国民の間で話題になっているのが、僕の女神であるエレンなんだ」


「…あ…」


「こ、こんなの…」


「君はいったな?国民の為に考え直すべきだと。

国民に称賛されている彼女を何故王家に迎え入れてはいけない?根拠は何だ?

…エレンには悪いが、この6年間王家としてエレンの行動は常に監視させてもらった。

国民に寄り添うエレンの姿はしっかりと評価されている」


寄り添うというより、冒険者として活動していただけなのだけれど…。


「さぁ彼女ではなく、君を受け入れなくてはいけない理由を教えてもらおうか?」


ミヤシマアオイは崩れ落ちた。

無理もない。王族しか持たない威嚇を放たれて、平然を保てる人なんていないのだ。


私に向けられたものでないのに(こっわーーー!!!コンラッド怖すぎるうう!)って内心冷や汗だらだらなのだ。



「おっほん」


陛下の咳払いにコンラッドが向き直り、私の隣に並んだ。


「では、我が息子コンラッド・ヴェステリアとエレン・ペイジー公爵令嬢との結婚を許可する」


陛下は立ち上がって声高らかに宣言した。


「きゃ!!!?」


嬉々とするコンラッドは、私の脇の下に手を潜り込ませて、そのまま私を持ち上げるとぐるぐると回った。


「やった!!!!エレン!!!これでエレンは僕の妻だよ!!」


「は、…はは…」


「嬉しくないの?エレンは僕の事嫌い?」


悲しそうな顔で見上げるコンラッドに私は苦笑する。




処刑されるくらいなら、平民になって自由に生きていこうと心に誓って色々準備してきたけれど。





ずっと大切にして、愛してくれるコンラッドとなら王子妃として頑張っていってもいいかな




そう思えるくらいには








「勿論、…大好きよ!」







.








王子殿下はエレンちゃんに一目惚れです。

そしてお兄ちゃんは、本当はエレンちゃんと仲良くしたかったけど、厳しい母親の教育でエレンちゃんに構うことが出来ず(しかも時間を見つけて会いに行くと大体寝込んでいる)、公爵当主となったお兄ちゃんは母親を追い出しました。

ちなみにエレンちゃんの病弱体質は魔力量が多かったからです。高熱がきっかけとなり魔法が使えるようになったエレンちゃんは、そこから体内に流れる魔力も正常になって健康体になったというふんわり設定でした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] スッキリバッサリ、みんなハッピーになって良かったです。 [一言] 面白かったです! あとがきにあったお兄様とのその後の交流も想像が膨らみます。
[気になる点] 聖女の名前がジャマしてくる。
[気になる点] "ガラリと扉が開いた" ガラリ と、言うことは引き戸ですよね? 和風もしくはアジアンファンタジー設定でしょうか?
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