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毒が見えるので密かに皇子を守っていたら、意地汚い女だと婚約破棄されました。後から側にいてほしいと言われても、もう遅いです。【コミカライズ】

作者: 香月深亜

「イリス・エルメ! そなたとの婚約は破棄させてもらう!」


 この国の第一皇子──オスカー・フレドリックが、婚約者であるイリスに向かって大声で婚約破棄を宣言した。

 学園の卒業パーティという大勢が集まる中での突然の出来事に、会場中がざわめいて全ての視線が二人に集まった。


「……良いのですか?」


 しかし、婚約破棄を告げられた当の本人であるイリスはなぜか冷静で、ただじっとオスカーを見つめ返して彼の意志を確認している。


「そなたのように貪欲で意地汚い女にはもううんざりだ! 食べ物も飲み物もたくさんあるのに、なぜ独り占めしようとするのだ! 公爵令嬢が見苦しいぞ」

「それは……」


 イリスの顔が曇る。


 パーティなので、オスカーの言う通り食べ物も飲み物もたくさんある。しかしそのどれも、イリスはオスカーに渡そうとしなかった。オスカーが何かを口に入れようとするたびにお皿やグラスを横取りしていたのだ。しかもそれは、今日に始まったことではない。


「これまでずっと婚約者だからと我慢して食事を共にしていた。だが、そなたの気分で私のものをとられるたびに、私の婚約者はなんと卑しい人間なのかと嫌気が差していた。しかも今回は、私がソフィに渡すものまで邪魔をするなんて嫉妬深い真似を!」


 ソフィとは、オスカーが最近親しくしている一つ年下の女子生徒である。伯爵令嬢である彼女が今年から新たに生徒会入りしたことで、生徒会長だったオスカーと接点ができたようだ。


「……お考え直しになりませんか? 今ならまだ、聞かなかったことにできます」


 イリスはおずおずと首を傾げながらそう聞き返していた。

 しかし、オスカーの決意は固かった。


「よく考えた末の決断だ!」

「……陛下にはお話しになりましたか?」

「父上は私の決断を支持してくれるはずだ!」

「……まだ話していないのなら、まずは陛下に、」

「くどいぞ! 私はもう決めたのだ! 今日この場で、そなたとの婚約は破棄させてもらう!」


 どんなにイリスが食い下がっても、オスカーは揺らがなかった。この婚約を結んだ皇帝陛下にも事後報告をするつもりらしい。


(……まあ、わたくしは良いのだけれど)


 多分後でかなり面倒なことになるだろうな、という推測はしつつも、オスカーが折れなそうなこの状況。

 正直言えば、イリスとオスカーの婚約は政略的なもので、イリスとしてもこの婚約に執着するつもりはまったくなかった。ただ気になるのは、この婚約を推し進めた陛下の御意志のみ。しかし、オスカーがここまで気を昂らせて大衆の前で宣言してしまった以上、イリスは婚約破棄を受け入れるしかないと悟った。


「…………分かりました。殿下がそこまで仰るのなら婚約は破棄していただいて構いませんわ。その代わり……今後二度とわたくしと婚約はできませんがよろしいですか?」

「なんだと?」


 念のためですわ、とイリスは言った。


 また振り回されたくはない。

 例えば、後日このことを知った陛下からお叱りを受けて、殿下が嫌々婚約破棄の撤回を申し出てくるなどもあり得なくはないだろう。

 一度破棄した婚約は二度と元には戻せないのだと、念のため最後に確認したのだ。


 オスカーは、はっ、と鼻で笑って答えた。


「安心しろ。私がそなたとの婚約を望むことは今後もあり得ない」

「それを聞いて安心しました」


 イリスはにっこりと微笑みを見せた。

 婚約破棄を言い渡されている令嬢とは思えないほどに、その笑みや立ち居振る舞いは上品で気丈だった。


「それでは殿下。今までありがとうございました。……どうぞお体にはお気をつけください」


 そうして第一皇子に婚約破棄されたイリスは、一人で会場を後にしたのだった。





 邸宅に戻ったイリスは早々に両親と話をした。婚約破棄となった経緯と、今後のことを。


 イリスは大勢の前で恥をかかされた。このまま王都にいてはきっと後ろ指を指されて住みづらくなるだろう。

 そんな両親の気遣いで、イリスは単身、王都から離れた辺境の土地──タフェルに行くことになった。

 タフェルに住む辺境伯は父の同級生らしく、イリスを快く迎え入れてくれるはずだという。


「ありがとうございます。お父様、お母様。それから、婚約破棄になってしまってごめんなさい」

「いいえイリス。あなたは良くやったわ」

「そうだイリス。たとえ婚約破棄されても、お前は私たちの誇りだよ」


 両親はイリスを責めることはなかった。ただ娘の労をねぎらい、涙ながらに愛する娘を辺境の地へと見送ったのだった。




────そうしてイリスはタフェルに到着した。


(初めて来たけど、思ったよりも栄えているのね。それになんだか懐かしい雰囲気もあって素敵な街だわ)


 そばには、幼い頃からついていてくれた侍女のマリだけがいる。


「ごめんなさいねマリ。あなたまで一緒に来てもらって」

「いえいえ。お嬢様と私の縁は切っても切れない鋼の鎖で繋がっているのですよ」

「何それ怖いわ」

「ふふふ」


 辺境伯が暮らしている邸宅にやってきた二人は、他愛のない会話をしながら応接室で彼を待つ。

 少し待つと、ふくよかな体型で白い髭を綺麗に生やした辺境伯様と、お付きの人らしきスラッと線の細い透き通るオレンジ髪の青年が一緒に部屋に現れた。イリスは立ち上がり、スッと美しいカーテシーを見せた。


「エルメ公爵の娘、イリス・エルメと申します。突然のご訪問申し訳ございません。どうかわたくしをこの地に迎え入れていただけませんでしょうか?」

「……イリス殿。あなたのことは早馬でお父上から連絡をいただいております。ご心配には及びませんよ。タフェルで不自由なく暮らせるよう尽力させていただきます」

「父が?」


 ただイリスを見送るだけではなく、イリスも知らない間に裏で話を通してくれていたらしい。父の優しさと頼もしさに思わず笑みがこぼれる。


「しかしながら、なにぶん急なことでしたので空き家は手配できたのですが家具などの用意がまだ整っておらずでして。取り急ぎ一週間ほどは我が邸宅で我慢いただけますか?」

「わたくしは勿論……ですがよろしいのですか? このような立派なお屋敷に居候させていただかなくとも、一週間くらいなら宿屋にでも、」

「いけません。お父君には昔からよくしていただいておりますので、そのご息女に宿屋暮らしなんてさせられませんよ」


(辺境伯様は義理堅い方なのね)


 そう言ってもらえるなら、厚意に甘えよう。

 一週間だけだし、とイリスはここでお世話になることにした。


「……ありがとうございます、辺境伯様」

「いえいえ。そうと決まれば屋敷内を案内しましょう」


 そう言って辺境伯様は、一緒に部屋に入ってきた青年を前に来させてイリスに紹介した。


「この子は息子のエヴァンです。エヴァン、イリス殿を案内しなさい」

「はい、父上」


 イリスがお付きの人だと思っていた青年は、辺境伯の息子だった。顔があまり似てなくてその発想はなかったが、言われてみれば和やかな雰囲気は似ているかもしれない。


「こちらへどうぞ、イリス様」





 エヴァンは屋敷内を丁寧に案内してくれた。

 イリスに用意された部屋は、居候させてもらうにはかなり広くて立派な部屋だった。廊下も隅々まで掃除が行き届いている様が見てとれて、それから、邸宅の裏には色とりどりのチューリップも綺麗に咲いていて見事だった。


「素敵なお屋敷ですわね」

「ありがとうございます。何か足りないものがあれば教えてください。あと、夕飯はぜひご一緒に。料理長がご馳走を用意いたします」

「……夕飯、ですか」


 エヴァンが夕飯に誘ったところ、イリスは途端に暗い顔をした。


「? 何か不都合がございましたか? 食べられないものなどがあれば抜くように指示しますが」

「ああいえ、そういうことでは……。大丈夫です。楽しみにしています」


 エヴァンに心配されて、イリスは慌てて否定しつつ、夕食の誘いを承諾した。




────そして、夕食の時間。


 十人ほど座れるテーブルをイリスと辺境伯とエヴァンの三人が囲む。イリスの向かい側に辺境伯が、斜め前にエヴァンがいる状況だ。


 三人の前には既にたくさんの料理が並び、グラスには高級そうなワインも注がれていく。夕食の準備が整ったところで、辺境伯に食事を勧められた。


「イリス殿、どうぞお召し上がりください」


 しかしイリスは、目の前の食事たちを前にグッと眉間に皺を寄せて浮かない顔をしていた。


(……やはり断るべきだったわね)


 辺境のタフェルならばと甘く見たのがいけなかったと、食事の誘いを受けたことを後悔しながら、イリスは次の行動を考える。


「イリス殿? どうかなさいましたか?」


 一向に食事に手を付けようとしないイリスを見て、辺境伯は戸惑いながら問いかける。

 そしてイリスは、ようやく口を開いた。


「……失礼いたしました。いただきますわ」


 イリスがにっこり微笑んでスープを飲み始めたので、辺境伯も安堵して、自身も料理を食べ始めた。

 始めこそスムーズにいかなかったが、食べ始めると会話も弾み、楽しい時間を過ごせたのだった。




 ……だがそれは、食事の時間だけのこと。


 食事を終えて部屋に戻ると、イリスはその場に崩れ落ちた。


「お嬢様!」

「しっ。静かになさいマリ」

「ですが……!」


 咄嗟に声を上げてしまったことを諌められたマリだったが、イリスの顔色を見たマリは言葉を失った。


 元々色白のイリスの顔が、より一層白い。

 ただ白くなっているのではなく、血の気が引いて青白くなっているのだ。


「お嬢様、まさか……」

「マリ。あれはある?」

「はい、すぐにお持ちします」


 マリはこく、と頷いて、急いである物を取りに棚に向かった。慌てながらごそごそと棚から箱を取り出すと、箱の中から錠剤の入ったボトルを見つける。そのボトルを握りしめつつ水を入れたグラスも手に持ち、マリはイリスの元に戻った。


「お嬢様、こちらをお飲みください」


 そう言ってグイッと渡された錠剤を手に取るイリス。その手はぷるぷると震えていて、口に運ぶのも大変そうだった。

 それでもなんとか錠剤を口に含むと、次はマリが持っていた水を両手で受け取ってゴクッと錠剤を喉奥に流し込むように水を飲んだ。


 それから程なくして、イリスは手の震えが止まったことを確認してマリに支えられながら立ち上がり、ソファまで移動した。


「……大丈夫ですか?」

「ええ、もう平気よ。驚かせてごめんなさい」

「それは本当に。心臓に悪いのでこうなるときは先に知らせておいてくださいとあれほど、」

「だって、辺境伯様の前で侍女とコソコソ話すなんて感じ悪いじゃない?」

「毒を盛られているのに周りへの気遣いは無用です!」

「……」


 マリは憤慨している。

 それはイリスが、毒を盛られたからだ。


 先ほどイリスが飲んだ錠剤はあらゆる毒に効く万能の解毒剤だった。

 そんなものを常備しているのには訳がある。


「見えたんですよね? 毒が」

「……ええ。わたくしの料理全てに少量ずつね」


 そう。このイリス・エルメには生まれ持った特殊能力があり、その目には毒が見えるのだ。


 彼女が五才の頃、その日彼女の前に出されたスープが黒ずんでいた。まるでドブのように見えて食べる気が失せる色だった。

 イリスが父や母にそれを言うも、両親から見るスープはそんな色をしていないと言われ。どうしても食べたくないとごねるイリスを見かねて父が代わりにスープを軽く一口飲んで見せたところ、父はすぐ苦しみ始めて倒れてしまった。

 医者に診せると毒が原因だと判明し、イリスが黒ずんでいると言ったスープには毒が混入していたことが分かった。

 ちなみに、毒を入れたのは公爵家と敵対関係にあった家から送り込まれた侍女で、倒れた父は幸い解毒剤が効いて無事回復した。


 そんな毒殺未遂事件と、数々の実験を経て、イリスの目には毒が可視化されているのだと分かった。しかも、毒が強ければ強いほど、その色は真っ黒に見えるらしい。


 しかしながら、そんな能力は両親も誰も聞いたことがない。もしこれが世間に漏れれば、特殊能力を持つ子供として誘拐される可能性が上がり、それから、貴族たちの間では気味悪がられるかもしれない。

 そう考えた両親はイリスに、毒が見えることは誰にも話してはいけないと言い聞かせることにした。


 それによりイリスの能力を知るのは、両親と侍女のマリと……それから皇帝陛下だけだった。


 イリスが十才になると、公爵の娘である彼女は必然的にオスカーの婚約者として候補に上がった。そのとき父は、皇帝陛下には前もって話しておくべきと判断したらしい。

 とは言え、毒が見える能力というのは、常に殺意に囲まれて暮らす皇族からすれば喉から手が出るほど欲しいものだった。そのため、イリスの能力を知った皇帝陛下は、即座に彼女をオスカーの婚約者として公表したのだ。


 しかし、皇帝陛下はイリスに言った。

 自分が毒を盛られていることをオスカーが知ればきっと悲しむ。だからオスカーには、毒が見える能力については隠しつつ、ただし彼が毒を盛られたときはそれとなく、彼が毒を口に入れないように行動してほしい、と。



「でも大丈夫よ。殿下との生活である程度毒には耐性ができているから、簡単には死なないわ」

「何も大丈夫じゃないですよ!?」


 マリに怒られながらも、イリスはふふ、と笑っている。


「殿下と言えば、彼は無事かしらね?」

「話逸らしました!?」

「あら、鋭いわね」


 これ以上怒られないようにしれっと話題を変えようとしたイリスだったが、簡単にマリに見破られてしまった。

 しかも、下手なりに話題を変えたが、選んだ話題が悪かったせいでマリの怒りはヒートアップしてしまう。


「あんな人はもう忘れるべきです!」

「あんな人って……第一皇子殿下よ?」

「あんな人で十分です! 八年ですよ? 八年もお嬢様が命を救っていたと言うのに! それを知らずにお嬢様に『意地汚い』と言うなんて!!」


 ふん、とマリは怒っている。


「そうねえ。でも彼からしたら、わたくしは彼の食事や飲み物を奪う卑しい人間にしか見えなくて、それが毒入りだなんて露ほども思っていなかったでしょうし。婚約して八年。彼も我慢したと思うわよ?」

「だからって! お嬢様ばかり言われっぱなしで、挙句の果てに辺境のタフェルに来なければいけないなんておかしいじゃありませんか!」

「仕方ないわ。彼には毒見の能力の件は伏せるようにと陛下から言われていたのだもの。お父様たちとも能力のことは口外しないという約束をしているし。卒業パーティの場では言い返すことができなかったのよ」


 イリスは自身に起きたできごとを至極冷静に見ていた。どんなにマリが怒っても、本人がこれでは拍子抜けしてしまう。


「……とにかく今日はもう寝てください。明日からは、もし毒が見えたら絶対に口にせず、私に言ってくださいね?」

「ええ、そうするわ。ありがとうマリ」


 口ではそう答えるイリスだったが、マリは知っている。イリスは毒の強さを見て、自分が死なない程度の毒ならばきっとまた飲んでしまうだろうと。


 イリスの目には毒が見えても、周りからすればそれらは普通の飲食物なのだ。しかも大抵、大人数が集まる場で混入される。だからイリスは、下手に飲食を拒否してその場の空気を悪くするくらいなら、自分が毒を口にして解毒剤を飲むまでの少しの間だけ我慢すればいいと思っているのだ。

 第一皇子の婚約者として未来の皇妃となるための厳しい教育を受けたために、いつしか身についてしまった処世術のようなものなのだろう。


 マリはそんな危険な真似をするイリスが心配で堪らなかったが、いつもこれ以上は何も言えないのだった。



────しかし翌日、事態は急変する。


 解毒剤を飲んだとは言え、毒の後遺症で倦怠感が残っていたためベッドに横になっていたイリスの元に、エヴァンがやって来たのだ。


「どうしますか?」

「勿論会うわ。何か羽織れる物をくれる?」

「分かりました」


 毒の件は誰にも伝えていないので、折角訪ねてきてくれたエヴァンを追い返すわけにはいかないと思ったのだろう。

 イリスはベッドから立ち上がり、マリが持ってきてくれた羽織りに腕を通してエヴァンを出迎えた。



「……突然の訪問、申し訳ありません」

「いえ。何か御用でしょうか?」

「はい」


 エヴァンは真剣な顔で、イリスに言った。


「昨晩、貴女に毒を盛った人間を見つけました」

「…………はい?」


 一瞬、何を言ったのか分からなかった。


「うちにあんなことをする人間がいるとは思っておらず、誠に遺憾に思っております。申し訳ございません。毒を盛ったのは三ヶ月前に採用した侍女でした。その……彼女は私に好意を持っていたらしく、イリス様が私と婚約するのではと勘違いをして毒を盛ったそうです」


(……どうしましょう。展開についていけないわ)


「お待ちください、エヴァン様。毒とは一体、何のお話ですか?」


 簡単に毒の話を認めるべきではない。

 まずはいつも通り、毒については知らぬ存ぜぬという反応を示したイリス。


 だがエヴァンは、そんなイリスに補足して伝える。


「大丈夫ですよイリス様。貴女の能力については存じております。それに、貴女が昨日の夕食で我々の気分を害さないようにと、毒入りと知りながら無理して食事を召し上がっていたことも。そのせいで今日はずっとベッドで寝て過ごされていたことも」

「…………?」


 どうしてエヴァンは知っているのかと、イリスは戸惑いを隠しきれずただ呆然と立ち尽くす。


「驚かせてしまいすみません。実は昨晩、貴女の様子がどこかおかしい気がして、失礼ながらすぐ後を追って部屋の前まで来ていたのです。そこで、貴女と侍女の方との会話を聞かせていただきました」

「……まあ」


 開いた口が塞がらないイリスは、口元を手で覆いながら驚きの声を漏らす。


 まさかマリとの会話が聞かれていたなんて予想外だ。こんなことは初めてなので、イリスはどう反応していいか分からない。

 とりあえず分かるのは、毒の件を知ったエヴァンがたった一日で毒を盛った犯人を探し出してくれたということ。

 しかも彼の様子を見るに、毒が見えるというイリスの話を疑うことはせず、また、特殊な能力を持つ彼女を気味悪く思ったりもしていないようだ。


 イリスは俯きながら、エヴァンに細々と聞いた。


「……わたくしが怖くはないのですか?」

「怖い? 何がですか?」

「……毒が見えるなんておかしな女だとは思いませんでしたか? 呪われているのではないかとか」

「全く思いませんよ。むしろ、強い女性だと思いました」

「強い……?」


 初めてそんな形容をされたイリスは首を傾げた。


「目の前の料理に毒が入っていると知りながらそれを口に含むなど、なかなか出来ることではありませんから」


 その姿が、エヴァンには「強い女性」として映ったらしい。


 今まで誰にも明かしたことのない秘密。

 それがまさかこんな形でバレて、しかもこんな好意的に捉えられるなんて思いもしなかった。


「父は、毒を盛った侍女の処罰は貴女の意見を尊重すると言っております。何か希望はありますか?」


(ああ、それが本題だったのね)


 色々言われて驚きっぱなしだったイリスも、ここで本題らしい質問をされてようやく気を落ち着けて考える。……しかし、イリスは夢見が悪くなるような厳罰は望まなかった。


「三ヶ月とは言えこちらで働いていたのであれば、その働きぶりを加味しつつ、辺境伯様の方で罰の内容を決めていただいて問題ありません。ただ、わたくしはこうして無事ですので、できればあまり重い罰にはしないでいただけると嬉しいです」

「……お優しいのですね」

「いえ、そんな」

「分かりました。それでは父にその旨を伝え、侍女はこちらで処理させていただきます」

「はい。よろしくお願いします」


「ところでイリス様」



 話は終わったと思いきや、エヴァンはもう一つ話を振ってきた。


「もし体調が問題なければ、少しだけ外の空気を吸いに行きませんか?」


(まだ何か話があるのかしら?)


 エヴァンの腹の内が見えず不思議がるイリスだったが、実際散歩くらいなら行けなくはない。


「……少しだけなら」

「はい」


 イリスがエヴァンの誘いを承諾すると、エヴァンは満面の笑みを浮かべていた。さすがに寝巻きに軽く羽織りを着た今の姿で外を出歩くことはできないイリスは、外に行ける格好にささっと着替えてからエヴァンと二人で邸宅裏までゆっくりとした足取りで進み始めた。







「どうぞこちらに」

「ありがとうございます」


 邸宅裏に着くと、エヴァンがベンチの上にハンカチを敷いてくれたので、イリスはそこに腰を下ろした。エヴァンも続いてイリスの隣に座った。


 もう日も暮れ始め、風も涼しくなってきた。


「寒くないですか?」

「大丈夫ですわ」


(オスカー殿下より細やかな気遣いをされている気がするわ。エヴァン様は本当に優しい方ね)


 イリスのことを気遣いながら、エヴァンは話を始めた。


「あの、実は私、イリス様と会うのは初めてではないのですが覚えてらっしゃいますか?」

「?」


 エヴァンから聞かれたことに、イリスは首を傾げた。イリスにはまったく覚えがない。


「わたくしが以前あなたと……?」

「はい」

「タフェルに来たのは今回が初めてだと思いますが、王都に来られたことが?」

「いいえ。以前、イリス様がこちらにお越しくださったことがございます」

「わたくしがタフェルに?」

「はい。……ですが、覚えてなくても無理はありません。あれは確か、貴女がまだ五才か六才くらいのことだと思いますので」


 一瞬記憶を無くしたかとドキッとしたイリスだったが、子供の頃の話だと聞いて少しだけホッとする。しかし一応、覚えていないことは謝罪しておく。


「……申し訳ありません。わたくし何も……」

「ああいえ! それを責めたいという話ではなくて。……その、以前イリス様と会ったときに会話した内容を、イリス様が覚えていらっしゃらないかと思って確認をさせていただいたのです」


 イリスが頭を下げると、エヴァンは慌ててイリスの頭を上げさせる。エヴァンはただ、当時の会話について話したいようだ。


「すみません。当時わたくしたちはどのような会話をされたのでしょうか?」


 エヴァンと会った記憶も、タフェルに来た記憶もないイリスは、頑張って思い出すより聞いた方が確実に早いと考えて、そのままエヴァンに聞いてみた。


「ああ……えーっと……」

「?」


 しかし聞いてみると、エヴァンは何やら話しにくそうに目を泳がせ始めた。イリスは彼が話してくれるのを待った。

 少し待つと彼はふーっと深呼吸をした。ようやく話してくれるようで、イリスはエヴァンを見つめて彼の言葉を待つ。


「……私たちは一緒に街へ行ったり、それから山の中にある花畑を見に行って互いに花冠を作ったりして。それでその、私はイリス様に……求婚をしました」

「きゅ、うこん……?」


 そんな単語が出てくるとは思っておらず、イリスは目をパチパチと瞬かせている。


「当時は私も幼かったので、貴女が公爵令嬢だということもよく分かってなかったのです。ただ……貴女がここに来て挨拶をしてくれたとき、なんて可愛い子なんだと思いました。一緒にいるとこちらまで笑顔になってしまう貴女を見て、気づいたら結婚して欲しいと口に出してしまってました」


 貴族の結婚相手は大抵、家同士のつながりなどを考慮して親が決めることになっている。そのことは大人になれば分かるけれど、子供時代にはまだ難しい話だ。


 エヴァンはただ目の前のイリスを気に入り求婚していた。


「……一目惚れ、だったんです」


 かあ、とエヴァンの顔が赤く染まっていく。


(こんなに真っ直ぐな気持ちをいただいたのは初めてだわ……。でもどうして、わたくしは何も覚えていないのかしら……?)


 幼かったとは言え、求婚された思い出がある相手ならそうそう忘れないだろうに。イリスは自分の記憶が抜け落ちている気がして、どうにも気になって仕方がない。


「わたくしはなんと、お答えをしたのですか?」

「いえ、答えはいただきませんでした」

「え?」

「私は答えをいただく前に、こう言ったのです」


 エヴァンの真剣な眼差しが、イリスを貫く。

 そして彼はゆっくりと口を開き、言った。



『でも僕はまだ子供で、貴女には相応しくない。だからまだ返事はいらないよ。僕が立派な大人になれたら改めて求婚するから、返事はそのときに聞かせて』



「……と。我ながらほんと、お恥ずかしい」


 エヴァンははにかみ、恥ずかしそうに顔をポリポリと掻いている。でもイリスにはそんな彼がなんだか可愛らしく見えてきて、くすりと笑う。


「恥ずかしいことはありませんわ。昔のわたくしはとても素敵なお言葉をいただいたようですね」

「はは……。ありがとうございます」


 お世辞でもなんでもなく、純粋にイリスはそう思った。だからそう、エヴァンに伝えた。

 エヴァンがお礼を言うと、互いに無言になってしまい、その場に沈黙が流れる。


 そこへ、さあ、と風が吹き、エヴァンは再び話し始めた。


「一度は、諦めたんです」


(……?)


「皇子殿下と婚約されたと聞いて、辺境伯の後継では勝ち目なんてないと。……でも貴女が婚約破棄されたと聞いて、不謹慎ながら、私は嬉しいと思ってしまったんです。それにまた、貴女はここに来てくれた。久しぶりに会って、再び気づいてしまったんです。ああ……私は、貴女が好きなままなのだと」


 思いの丈を吐露していくエヴァン。

 そんな彼の熱い視線が真っ直ぐにぶつけられて、視線を逸らせないイリス。



「…………イリス・エルメ様。どうか私と、結婚していただけませんか?」



 真っ直ぐで、淀みのない美しい瞳が、彼の真剣さを物語っている。

 彼がイリスを好きなことも、結婚したいと思っていることも、きっと事実だ。


 イリスは数秒悩み、彼に答えた。


「少しお時間をいただけますか? 婚約破棄してすぐですので、慎重に考えたく」

「ええ勿論です。ゆっくり考えてください。……ではそろそろ部屋に戻りますか」


 エヴァンはそう言うと、イリスを彼女の部屋まで送って行ったのだった。





 イリスは部屋に戻ると、先ほどのエヴァンとの会話を聞いて気になったことをマリに尋ねた。


「ねえマリ。わたくしはこの街に来たことがあったかしら?」

「タフェルにですか? …………あ、ありますね。十年以上前だと思いますけど、夏の暑い時期に避暑も兼ねて来ていたと思います」


 マリが天井を仰いで記憶を遡ると、過去の記憶が出てきた。


「やっぱりあるのね」

「はい。たしか二週間ほど滞在して……あ」

「? 何?」

「あのときたしか、王都に帰る途中でお嬢様がお倒れになったのですよ。そりゃもうひどい高熱で数日うなされてらして、回復したお嬢様はタフェルでの記憶をすっかり無くされていました。初めは旦那様や奥様も大層驚かれていたのですが、そのすぐ後に、旦那様が倒れられてしまったんです。……お嬢様が毒を見たあの日です。そうなるともう、旦那様の治療やらお嬢様の毒見の能力やらの方が話題になってしまいまして。幸いにも、お嬢様が無くした記憶はタフェルでの二週間分だけで生活に支障はなかったので、記憶はいつか自然に戻ればいいか、ということになったんでした」


(五才のときに初めて毒を見たけど、あれは高熱で寝込んだ直後だったのね。しかも高熱のせいで記憶が無くなってたなんて……)


「どうりで、タフェルに来たときなんだか懐かしい雰囲気を感じたわけね。記憶はなくても、きっと脳は覚えていたんだわ」


 タフェルの地に降り立った時のあの感覚を、イリスは頭の中で思い浮かべながら言った。


「それにしても、ご子息様から何か教えていただいたのですか? 一体どんな話をしてこられたのです?」

「彼は、わたくしが昔タフェルに来たことがあると教えてくれて、それから……結婚してほしいと言われたわ」

「へえ、結婚…………けっこん!? 本当ですかお嬢様!?」


 マリは目が飛び出そうなくらい驚いている。


「マリ、声を抑えて」

「ああすみません。ですがどうして……いえそんなことより! お嬢様はなんと答えたのですか?」

「わたくしはただ、時間がほしいとだけ」

「断らなかったのですか?」

「……そうね。すぐには断れなかったわ」


(今のわたくしはオスカー殿下に意地汚い女だと非難され、婚約破棄までされた女だもの。そんなわたくしと結婚したいと言ってくれるのは嬉しいことよ)


 第一皇子との婚約破棄は大きくイリスに傷を負わせた。いくら公爵令嬢といえど、その代償はかなり大きい。

 そんな折に辺境伯子息から求婚してもらえるなんてこんなにありがたいことはない。


「お父様やお母様に手紙で聞いてみようかしら」

「そうですね。それが良いかと」


 マリもこくりと頷いたので、イリスは両親に手紙を書いて意見を求めることにしたのだった。



──翌日、イリスは机に向かって手紙を書いていた。


 ふと窓の外に目を向けると、見慣れた紋章が描かれた馬車が一台、邸宅の前に停まっていた。

 目を細めて見つめた先に見えるのは、皇室の紋章だ。


(なぜ皇室の馬車がここに? 一体誰が乗って来たのかしら?)


 すると馬車の中から出て来たのは……。



「オスカー殿下……?」


 間違いなく、そこにはオスカーの姿があった。

 突然現れた彼を見てイリスの顔がこわばる。


 イリスの異変に気づいたマリも続けて窓の外を見て、状況を把握した。


「なぜあの人がここに? まさかお嬢様を追って……?」


 それは想像に難くない。

 第一皇子のオスカーがタフェルまでやってくる理由は、イリスに関することくらいしかないだろうから。


「……とにかく出迎えなくてはいけないわね。行きましょうマリ」


 イリスはスッと立ち上がり、邸宅の玄関まで向かった。





「突然の訪問すまないな、辺境伯殿」

「いえ。オスカー殿下に訪問いただくなんて光栄です。至らぬ点はあるかもしれませんが、こちらの息子共々、精一杯おもてなしさせていただきます」

「ありがとう。歓迎に感謝する。……ところで、ここにイリスはいるかな?」


「ここにいますわ、殿下」


 ちょうどイリスの話題になったタイミングで、イリスも玄関に到着した。


「おお、イリス」


 イリスを見たオスカーは、イリスがいたことへの安堵感と、婚約破棄をした気まずさとが入り混じったような複雑な顔をした。


「わたくしになにか御用でしょうか?」

「ああそうなんだ。……単刀直入に言おう」


 オスカーはこほん、と咳払いをして喉の調子を整えてから、用件を言った。



「婚約破棄の件を白紙にさせてもらえないか?」


(……やっぱりそうくるのね。こんなに早いとは思わなかったけれど)


 多少予想がついていたイリスは、特に驚くこともなかった。だから、それに対する答えも淡々とお返しできた。


「殿下から婚約破棄を申し出られた際、わたくしは再三確認いたしました。それに、二度と婚約できないとも伝えたはずです。それでも婚約破棄だと宣言されたのですから、申し訳ございませんが白紙には戻せません」

「それはそうなんだが……っ! だがソフィが……」


 イリスの返答に戸惑うオスカーは「ソフィが」と口を滑らせた。


(ソフィ? 卒業パーティで殿下から毒入りの飲み物を受け取ろうとしたからわたくしが止めたら、ソフィに嫉妬しているんだろうと難癖をつけられたあのソフィ?)


「ソフィ嬢がどうかされたのですか?」

「ソフィが……毒で倒れたのだ」


 それは予想外だった。


「あの後、私の飲み物を飲んだソフィが倒れた。調べたら飲み物に毒が入っていたことが分かり、それから……父上にそなたの目のことを聞いた」

「それで、婚約破棄は惜しいと思ったのですね?」

「こ、婚約破棄の白紙が難しいなら、私の侍女になってくれないか!?」


 さらに出て来た展開はこれまた予想外の内容で、イリスは思わず絶句した。


「父上には婚約破棄を撤回してこいと言われたんだが、我々はお互い好き同士ではないわけだし、無理して婚約する必要はないと思うんだ。侍女として私が食事をとるときだけそばにいてくれればいい。勿論他の侍女よりは良い待遇を用意する。どうだろうか?」


 イリスが絶句している間に、オスカーはペラペラと非現実的な話を続けていた。


 公爵令嬢であるイリスが、第一皇子から婚約破棄されて彼の侍女に成り下がるなんて……。

 しかし、どれだけひどい仕打ちをしようとしているのかに、オスカー自身は気づいていないようだ。


 呆れてものも言えないそんな中、その場にいたエヴァンが会話に入ってきた。


「……あの、発言してもよろしいでしょうか」

「無関係な奴は黙っていてくれ」

「それが、まったく無関係というわけではないんですよ」


 オスカーにはきっぱり断られたが、エヴァンは引き下がらなかった。


「何せ、私の愛する人がひどいことを言われているんですから」


 イリスは少しだけ目を見開いて、驚いた顔でエヴァンを見ると、彼はキリッとした眼差しをオスカーに向けていた。


「愛する、人だと?」

「はい。実は昨日、私はイリス様に求婚をさせていただいています。そのイリス様が他の殿方から婚約やら侍女やらという話を持ちかけられたのですから、一応私にも発言する権利はあるかと思います」

「きゅ……!」


 オスカーはさすがに言葉に出せなかった。

 婚約破棄してまだ数日しか経っていない。

 この短期間でもう新しい男ができたのかと雷に打たれたような顔だ。


 エヴァンは続ける。


「イリス様ほど素敵な女性を私は他に知りません。私の愛する人が皇族の良いように使われてしまうところを黙って見過ごせるわけがない。……ですが、殿下には感謝していますよ。イリス様との婚約を破棄していただきありがとうございました。おかげで心置きなく結婚の申し込みができましたから」


 にっこり笑顔を見せて嫌味なことを言ったエヴァンに対して、オスカーはわなわなと震えている。


「わ、私は別に良いように扱うつもりはない!」

「卒業パーティでの婚約破棄に続いて、今度は侍女にするだなんて、そうなったときイリス様が周りからどんな目で見られるかは考えられませんでしたか?」

「……っ、お前はイリスを分かってないんだ! イリスは私のためなら何でもする。なあ、イリス。この男の求婚なんて断ったんだろう? 私の侍女になってくれるよな?」


 エヴァンに言い負けそうになり、オスカーは慌ててイリスに答えを求めた。


「わたくしは……」


 突発的に話を振られたイリスは、オスカーとエヴァンの顔をそれぞれ見て、それぞれとのこれまでのやり取りを思い出す。


(過ごした日々は圧倒的に殿下との方が長い。……けれど、その中で一度でも、殿下から優しさや愛を向けてもらえたことはあったかしら? でもエヴァン様は、あんなにも真っ直ぐに結婚してほしいと言ってくれて、今だって、わたくしのために殿下にあんな風に言ってくれて。皇族に歯向かうなんて、きっと勇気がいることよ。それなのに彼はあんなに毅然と、わたくしのために……)



「エヴァン様」

「はい」

「今ここで、昨日の求婚のお返事をさせてください」

「え?」



「わたくしでよければ、喜んで。あなたの妻にしてください」

「!」



 イリスはエヴァンに幸せそうな笑顔を見せた。


「待てイリス! 血迷うな! 本当にこんな辺境の地で暮らすというのか!?」

「あら。公爵令嬢のわたくしが王都から追われたのは、殿下に汚名を着せられたからなのですよ? エヴァン様はそんなわたくしに思いを寄せてくださいました。わたくしはここで、彼と幸せに暮らしたいと思います。そのため、殿下と再び婚約することも、殿下の侍女になることもできません。ご容赦を」

「そ、そんな……」


 イリスが頭を下げると、オスカーは今起きた現実を受け入れられず、目の前が真っ暗になり膝から床に崩れ落ちてしまった。



「お嬢様。殿下のことはこちらで対応しますので、ご子息様とお二人でお話ししてきてください」

「マリ……。ありがとう」


 放心して一歩も動けなそうな殿下は自分が対処するとマリが言ってくれたので、イリスはエヴァンと二人で邸宅裏に向かった。





「イリス様、本当によろしいのですか?」

「何がですか?」

「その、私との結婚です。私は勿論嬉しいですが……」


 エヴァンは自信なさげにイリスに確認した。

 先程の流れでは確かに、イリスが止むを得ずエヴァンの求婚に応じたと思ってもおかしくない。

 イリスは不安そうに見つめてくるエヴァンを見て、ふふ、と笑みをこぼす。


「わたくし、あんなに真っ直ぐな気持ちを伝えられたのは初めてでしたわ。それに殿下にあんな風に言い返していただいたことも、嬉しかったです」

「え……では、本当に?」

「ええ」


 驚きながらも嬉しさが込み上げてきているエヴァンと、それにつられて恥ずかしそうに答えるイリス。

 エヴァンはふと何かを思いついた顔をして、目の前にあったピンク色のチューリップを一本摘み取り、イリスに差し出した。


「これをあなたに」

「まあ。ありがとうございます」


 イリスはそっと受け取ると、目を瞑りながらその花の匂いをかぎ、優しい香りに癒される。


「…………これからもたまに、このお花をいただけますか?」


 イリスはふんわりと微笑みながら、エヴァンに聞いた。エヴァンは少し考えて、答える。


「じゃあ次は四本用意します」

「! ……ええ。楽しみにしていますわ」




 この後も何度もオスカーから抗議されるも、イリスは聞く耳を持たずに、エヴァンとの結婚話を進めた。

 また、オスカーがイリスを侍女にしたいと言い出したことがイリスの両親に伝わると、両親もイリスの味方となり、イリスとエヴァンの結婚を猛烈に後押ししたのだという。


 こうなるともうオスカーも何も言えなくなり、彼はすごすごと王都へ戻っていったのだった。



「ようやく諦めてくれましたわね」

「ああ、長かったな。でもこれでようやく、結婚できる」


 エヴァンはイリスの頬にちゅっと優しく口付けをした。

 イリスは目をぱちくり瞬かせて、それから確認する。


「……頬で良いんですか?」


 恥ずかしそうに上目遣いする彼女はなんとも可愛らしい。そんな姿を見せられては、エヴァンも我慢できない。


「困ったな。私の婚約者が可愛すぎる」


 そう言うと、エヴァンはイリスの顎を持ち、彼の口が軽くイリスの口に触れた。


────二人はこの日、初めてキスをした。


 それからもお互いに想いを伝え合った。

 時々、チューリップの花も添えて。


 その後二人は、国中で噂されるぐらい仲睦まじい夫婦となったのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 物凄く面白かったです [気になる点] そんなにそこら中毒あるのかよと考えると微妙 でも、話はとても面白かったです [一言] 次回作期待してます
[良い点] 確かに短編にしては長いですが、読み応えあって私は好きです。 ざまぁ要素は薄いけど、すでにオスカーの好きな人は毒で倒れてるし、今後毒を疑いながら生きていく訳だし、これでもいいんじゃないでしょ…
[一言] ざまあ要素が少々弱いな。
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