『趣味』に生きたい伯爵令息
とある館。窓辺で優雅に何かを書いている一人の少年がいた。
「ラウレンツ坊ちゃま。レオノーラ=フォン=ハイデンライヒ伯爵令嬢がお見えです。」
「…わかった今行く。」
彼の名前はラウレンツ=フォン=ベルナー。
『地球』と呼ばれる星に住んでいた一人の男の記憶と一部の人格を受け継いだ10歳の伯爵令息である。
(ふむ。今日のところはこんなものか…一応見つからぬよう隠しておこう…)
彼が書いていたものの題名はこの世界の者には全く理解できないものであり、ラウレンツが書いているものがどういった内容なのかもわかるはずもない。
しかし、使用人が見た冊子に書かれているものは特定層の人々にとっては親しみ深いものであろう。
その冊子の題名は、ロシア語で『資本論』と書かれていた。
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彼の転生前の世界は彼から見るととても恐ろしい世界であった。
前世で若いころに魅了された共産主義という思想には、年を取り『理想の国家』の現実を見るにつれ失望しか感じなくなっていったが、現実を知りながらそんな思想をアヘンのように広める国家には畏怖すら覚えたし、前世の彼が一人の男が支配する赤い帝国で支配者からの信頼を勝ち取っていたことはまだ若いラウレンツにも恐ろしいまでのバランス感覚を持っていたことをうかがわせる。さらに恐ろしいことにそれほどまでに鋭い政治的嗅覚を持っていた男の裏をかいて銃殺するような輩までいたのだ。
「今度こそは上手くやるさ、今度こそは。」
もちろん自らが生まれ落ちたルテニア王国にも前世のような古狸たちは存在している。
しかし、両親が爵位を狙う兄ごと事故死すれば彼自身もだいぶ動きやすくなり対抗できるようになるだろう。
そうすれば前世での政争経験というアドバンテージに加え、今から作り上げる予定の前世の職場…NKVDをモチーフとした機関によって王国内での地位を確立し『趣味』に生きる…つまり『スローライフ』を送ることができるようになる。
「どうだか。どうせお前もいつかは事故死するだろうに。」
「わからんぞ?憎まれっ子世に憚るともいうではないか。天寿を全うできるかもしれん。」
ラウレンツ=フォン=ベルナーは前世の記憶、ラヴレンチー・ベリヤという男の記憶を持っている。
あくまで前世であるから腹芸は得意ではないが、秘密警察のノウハウを持っているというだけで十分だ。
前世のベリヤであったら王国を支配するような権力を求めたかもしれないが彼が欲しているのは権力でも何でもない。彼が欲するのは『趣味』を心置きなく堪能することだ。
二兎を追うものは一兎も得ることはできない。彼は狸との化かし合いより、趣味を生きがいとすることを選んだのだ。
「はっ、お前が天寿を全う出来たら王国の法はザルどころでは済まないな?」
「私の『趣味』はそんなに悪いことかね?レオノーラ…いや『ラインハルト・ハイドリヒ』よ。頭が固いぞ?」
そして、目の前に座る自分の婚約者も転生者だ。
前世では相容れなかった、しかし今では良きビジネスパートナー。
レオノーラ=フォン=ハイデンライヒ伯爵令嬢は、かの悪名高きナチスドイツのゲシュタポ長官の記憶を持っている。
「このロリコン野郎め。」
「浮気者の君には言われたくないなぁ。」
笑みを浮かべて交渉をする二人は遠くから見ればお似合いのカップル。
…近くから見ればおぞましいカップル。
「早速だが、君の家族の事故死計画はこんなものでいいかな?」
「…いや、もう少し地点をずらしてもらいたい。誰にもばれないようにする必要はないから、誰でもできる状態のほうがいいだろう?そっちのほうがこちらに疑いが向かない。」
二人の子供は、子供とは思えないような邪悪な笑みで心ゆくまで茶会を楽しむのだった。
しかし、これは王国にとっては幸運なことなのかもしれない。
((私の生活のためにこいつの手綱だけはしっかりと握っておかなければ…))
彼らが腹の中では互いに『危険人物』と罵り合い、悪い意味で相手を信頼し牽制しているからこそ、
((こいつが私の『スローライフ』の一番の障害だ!))
王国は平穏な日々を保っているのだから。
ラウレンツ=フォン=ベルナー
NKVD長官ラヴレンチー・ベリヤの記憶と人格を受け継いでしまった伯爵令息。
ちなみに『趣味』は女性を攫って暴行すること。そしてストライクゾーンは幼女。確実にスローライフじゃねぇ…
まだ10歳だからストライクゾーンの子供と触れ合っていても微笑ましいで終わってもらえるから、家族は気づいていない。
というか気づいていてもいなくても、馬車に乗っているときに怪しげな山賊に襲われて事故死する予定だから問題ない(倫理観に問題はある)