婚約者様は死亡ルートの案内人〜ヒロインは私が守る!〜
乙女ゲーム転生や悪役令嬢ものが大好きで自分でも書いてみました。冒頭シーンだけで満足してしまったので、続きは未定です。
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
「……君、とっても綺麗だ。」
目の前の容姿の整った少年が、私に微笑みながら言う。余りにも甘く囁くから、私はぼうっと見惚れてしまった。
「ぁ、有難うございます……ウィリアム様。」
真っ赤であろう顔で、私は目を彷徨わせながら答える。王子様めいた少年に対して、恋心が芽生えーーーーそうになったが、それはその日のうちに吹き飛んだ。
ここは彼の家で、両親と訪問していた私はそこで彼と出会った。そして、彼に手を繋いで連れてこられた部屋で見せられたモノ。
「ほら、君にとても似てるでしょ? 本当に綺麗……。」
ウィリアムが一際美しい笑顔で紹介したのは、とても美しい白銀の毛並みをした狐の“剥製”であった。
◇◇◇◇◇◇
生まれた時から体が弱く、室内で過ごす事が多かった私、リリス・リンドバード。
肌は具合が悪そうな青ざめた白色、髪はシルバーブロンド、瞳の色は深い海のようなダークブルーという既に死者のような見た目の娘。それがリンドバード伯爵家令嬢のリリスであった。
兄弟は、兄が二人に妹が一人。五歳になるまでは、週に数回の頻度で朝を迎えられた事に安堵の息を主治医が吐く程の病弱さだった。
妹に至っては、姉の事が心配だったのか「姉様は私が守ります!」と雄々しく育ってしまい兄様達と剣術の稽古が日課になってしまった。
先月、無事に十三歳となり外出しても寝込む事がなくなったので、お父様の友人のお宅へ初めて訪問しに行ったのだ。
同じ伯爵家のディスベラート家には私と同じ歳の男の子がいるそうだ。同じ年齢の子供との接触がゼロに近い私は、とても楽しみに当日になるのを待った。
そして冒頭に繋がる。
漆黒の闇を連想するような美しい黒髪に、まるで宝石のように角度により煌めきが変化する琥珀色の瞳を持った見目麗しい少年は、私を剥製の展示部屋へ案内し、彼のお気に入りという白銀の狐の剥製と、あろう事が私が似ていて美しいとのたまったのだ。
初めて見た大量の剥製と、死人のような肌色にコンプレックを持っていた私はショックのあまりその場で気絶した。
その後、側に控えていた侍女が悲鳴を上げその声に両親が飛んできて顔面蒼白となり、一緒に駆け付けたディスベラート伯爵はウィリアムの頭に大きな音が鳴るほどの力で拳を落とし、ウィリアムの母ことディスベラート伯爵夫人はパニックに陥り謝罪を繰り返し、ディスベラート伯爵家の執事が伯爵家お抱えの医師を担いで全力疾走してきたりと大変だったらしい。
私はすぐに目を覚ましたが、そのまま帰宅となってしまった。
家に帰ると十歳になった妹が、一体どこから持ち出したのか分からない殺傷能力の高そうな大きな木の棒を抱え「ウィリアム様にちょっとご挨拶を」と外出しようとしたため、兄二人掛かりで押さえつけられいた。
姉想いの妹に感極まってしまったが、もう少しご令嬢らしくしないと妹の将来が心配だ。
一番上の兄は、妹は私が大好きで仕方がないのだから今回は大目に見ようと言っていたが、二番目の兄は、妹が心配性なのは私が虚弱体質過ぎるのが原因だと叱られてしまった。
たしかに、私がもっと健康になれば、妹も貴族の令嬢らしくなるのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
「リリスお嬢様、本当にお一人でお休みで大丈夫ですか? 私がお側に……」
私付きの侍女リタが、心配そうにベッドの側の机に、水差しを用意しながら様子を伺ってくる。
「もうっ! 大丈夫よ、リタ。昼間はビックリしちゃっただけだもの。心配しないで。」
そんなリタに笑顔で答える。私が布団の中に潜り込むとリタは納得したように頷いた。
「お嬢様、お休みなさいませ。」
「お休み、リタ。」
静かに扉を閉めてリタが退室する。
今日も無事に一日が終わった。暗い部屋の中で、私はぼんやりと天井を見上げる。
ウィリアムに見せられた白銀の毛並みの狐の剥製。何かが引っかかった。生まれて初めて見た剥製だったから?ときめいた相手が、ショッキングな事を頬を染めて告げる残念な美少年だったから?
『俺の愛しい人は、この剥製に似た美しい子だったんだ。』
不意に蘇る声。私はこんな声を聞いたことはない。
「…えっ?」
今よりは低くなっているものの、今日聞いたばかりの声。
『リリスも友達が欲しいと思うから、君がなってくれないか。』
脳裏に浮かぶ一枚の写真。
ーー写真?いや、これはスチル……スチル?
「……っ!?」
突如脳裏に次々と浮かぶ情報量に私は頭が真っ白になった。
どれくらい時間が経ったのだろう、薄暗い部屋の中でカチコチという時計の音が微かに聞こえる。
額を右手で抑え、ゆっくりと深呼吸する。肌はやや汗ばみ、今起きた衝撃に身体が震えた。
「どういう……、こと?」
私は前世でこの世界を擬似体験していたようだ。ここは前世の私がプレイしていた、女性向け恋愛ゲーム『茜色の夕焼けになる前に』の舞台であった。
ーーーーーーー
前世の私がどんな人物だったのかは、よく覚えていない。大人の女性、だったような気がする。
そしてこの恋愛ゲーム…所謂乙女ゲームをプレイするのが趣味だった。毎月発売するゲームを予約してプレイした数は二桁はゆうに超えていた気がする。
沢山のゲームをプレイしていたのに、何故この内容を思い出せたのか。
理由は簡単だった。
とんでもないゲームだったのだ。
主人公のヒロインはとある学園に入学する。
そしてそこで見目麗しい男性達と愛を育むのだ。成人向け指定の付いていたゲームだった事もあり、発売当初はドキドキしながら起動したものだ。
ヒロインとヒーローの濡れ場シーンがあると思っていたら、蓋を開けて見て愕然とする事となる。ラブシーンはキスとボディタッチ、ヒロインの際どい姿は下着まで、ヒーローは上半身のおはだけまで。
何が一体成人向けだったかというと、残虐すぎたのだ。スプラッタに次ぐスプラッタ。モザイク処理されてはいるものの、悲惨さが分かるスチル。当時の私は「どういう事だ!」と叫び、危うくキーボードをクラッシャーしかけた。
また、ゲームタイトル『茜色の夕焼けになる前に』の意味は、死亡時刻が全て夕方だから。該当する日の夕方までに攻略対象の好感度を上げておかないとヒロインは死亡するのだ。「茜色ってそーゆー意味か!」と叫び、ここでも私はキーボードをクラッシャーしかけた。
そんなゲームでバッドルートが確定すると登場する人物がいる。そう、本日会ったウィリアム・ディスベラートだ。
彼は攻略キャラクターではなくバッドルート、しかも死亡ルートに出張ってくるキャラクターだ。
愛していた婚約者を亡くし、その婚約者を剥製にして愛でている異常者。ヒロインを婚約者の友達にすべく剥製にしようと狙ってくる。こわい。
ちなみに、ヒロインと初めて出会った時のセリフは『君、うちにある狸の剥製に似てるね。』だ。こわい。
そして、その死んで剥製にされた婚約者はリリス・リンドバード、私だ。
ウィリアムが十五歳で学園に入学する前には死んでいるリリス。ウィリアムは私と同い年なので、今は十三歳。つまり二年以内に死ぬこととなる。
こんなに今は元気なのに!!死んでも墓に入れてもらえず、ウィリアムの私室に剥製で飾られるとか、たまったものではない。棺の中で安らかに眠らせて欲しい。
「死ななければ良いのでは…?」
ポツリと思わず呟いた言葉に、良い案だと自画自賛する。
リリスの死因はゲーム中は不明だが、病死ではないと思う。健康になって三年。ようやく“身体が弱い令嬢”レベルになってきたのだ。
まずは丈夫な体の獲得とウィリアムとの婚約の回避だ。しかし、婚約の方は回避出来る自信は正直ない。今日の私を見るウィリアムの目が、恐ろしいほど熱を帯びていた。これは明日にでも婚約について打診のお手紙が来ていても驚かないぞ、と独りごちる。
そうすると、ウィリアムが異常な思考を持たないように、側で舵を取った方が良いのかもしれない。何かの拍子に剥製にされてしまったら、堪ったものではない。
健康かつ丈夫な体を手に入れ、“健常な思考”のウィリアムと無事に学園へ入学する。第一目標はこれだ。
第二目標はヒロインの死亡ルート回避。
会った事もないヒロインだけど、前世の私にとってお気に入りのキャラクターであった。
容姿は可愛らしくはあったけど、守られるだけでなく時には戦い、ヒーローも守る凛々しい女性キャラだったのだ。そういえば妹に似ているかもしれない。前世だけでなく、今世でも私の中では好印象のようだ。
つまり、彼女に死んでほしくないのだ。
死亡ルートの案内人であるウィリアムの婚約者の私が、学園で彼を抑えていれば、彼女は死なずに卒業出来るはずだ。
私も死なず、彼女も死なない。なんて素晴らしいハッピーエンドだろう。
一世一代の大勝負!私は生き抜いてみせる!